映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2006年10月29日

「ボーイ・ミーツ・ラブ」イアン・イクバル・ラシード 

ボーイミーツラブ.bmp

ケイリー・グラント映画を愛し、グラントが実体化して側にいると感じている青年アリム。彼はカナダ・トロントでのイスラム教・インド人の社会から逃げ出すようにイギリス・ロンドンで生活している。彼はそこで同性の恋人と暮らしているのだった。
ある日そこへ母親が訪ねてくることになり、慌ててアリムは「自分の正体」を隠すのだが。

こういう状況でのドタバタコメディでもあり、家族の愛を描いたものでもある。そして人種・宗教の違いを含めてややオタク気味のアリム青年の苦悩も描かれていく。
アリムのアイドルの実体化、守護神でもある幻のケイリー・グラントの役をカイル・マクラクランが端正な顔で演じている。生真面目でユーモアのある非現実キャラクターがぴったりあっている。
カミングアウトがどうしても怖ろしくてできないアリムに対しイギリス白人の恋人・ジャイルズは家族もゲイであることを認めている。おたおたするアリムに時々反発しながらも何とかしてあげようと心を砕いて見守っているのがナンとも素敵な彼氏ぶりである。まさに理想の恋人像でありますね。

そんなステキな彼氏と自己主張の強い母親に挟まれアリムの心は千千に乱れるのだが。
まーこれも結果がわかっているようなもので。早く言っちまえよ、といらいらしながら見たりとか(笑)まあその辺の過程が面白いわけでさっさと言ったら終わりでしょ、ていうのもあるんだが。
アリムのお母さんが可愛くて大変魅力的でした。

ジャイルズはゲイであろうがなかろうが恋人がこんなステキな人だったらな、ってな感じです。
それにひきかえアリムのイスラム世界での元カレはやな感じであるな。

監督自身がケイリー・グラントの映画が好きだったそうで、ただ彼の映画は自分たち(インド人・イスラムもしかしたらゲイということも含むのだろうか)の為の映画ではなかったのでいつか自分たちを描いた映画を撮りたいと願っていたそうです。
多分監督の思いがひたすら込められた作品なのでしょうね。

原題の「タッチ・オブ・ピンク」はケイリー・グラント出演映画の「タッチ・オブ・ミンク」のモジリだそうな。

監督: イアン・イクバル・ラシード 出演:ジミ・ミストリー、カイル・マクラクラン、クリステン・ホールデン=リード、スー・マシュー、ブライアン・ジョージ
2004年 カナダ/UK 


posted by フェイユイ at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「スリング・ブレイド」ビリー・ボブ・ソーントン

スリング・ブレイドa.jpg

いつもどおりのネタバレですが「アラバマ物語」のネタバレもしていますのでご了承ください。

テレビでちらりと見てひどく気になっていた映画なのだがタイトルも出演者も知らず長い間そのままになっていた。やっと最近になってそれがマット・デイモン出演の「すべての美しい馬」の監督の作品だと知った。

しかも監督・脚本・主演である。何日か前に書いたように「すべての美しい馬」のことも気になったままで是非観たくなった。

どちらもアメリカ南部を舞台にした物語である。特に「スリング・ブレイド」は南部の人々の暮らしが生で描かれている感がありそれだけでも興味深かった。

「すべての」と一緒くたにしてしまうとまた長くなりそうだが、二つの作品とも淡々と出来事を語っていく、という演出なのであるいはかったるく冗長に思われそうである。

「スリング・ブレイド」では知的障害者である主人公カールが母親とその浮気相手を惨殺したことで収容されていた精神病院から追い出される(という感じである)ところから始まる。
治療を受けたとはいえ、そういう過去を持つ知的障害者が偏見の強い田舎町に戻るという設定を聞いた時点でどういう展開になるか想像できるしまたそのとおりになっていく、という筋書きなのだ。
案の定偏見の強い自己中心的な男が登場してきて非常にいらいらする時間を耐え続けねばならない。
そういう状況でありながらも画面から目が離せないし、カールを中心とする登場人物が魅力的でついつい惹き込まれてしまうのだ。

その原因の一つは私にとっては不思議とさえ思える田舎町の人々の人のよさだ。これはそのままの姿としての描写なんだろうか。
ビリー・ボブ・ソーントン監督がこの映画で描きだすのはアーカンソーの田舎町の決して裕福でない人々である。
特にカールが親友となった少年フランクの母親には驚く。いくら息子が手助けしてもらったとは言え、見も知らぬ大男を自宅のギャレージに宿泊させるというのだから。この優しさはむかつく乱暴男ドイルにも発揮されていてこう言ってはなんだが乱暴男ドイルよりこの優しき母に対しての苛立ちを押さえきれなかった。往々にしてこういった乱暴男と手を切れない女というものが存在するものなのだが、自分の息子が精神的にも肉体的にも迫害を受けていても男を見捨てる事ができない。つい「あの人にも辛いことがあるのよ」と言って虐待を受ける事を甘んじているこの母親に(優しいからこそ)むかついてしまうのだ。
それは心のどこかでカールがなんとかしてくれるんじゃないかと願っているフランク、同性愛者だからと言う理由で(かなんかわからんが)母子を守りたいと言いながらもドイルに対して強い態度が取れないヴォーン、ドイルの分裂気味な暴虐ぶりにもグチをこぼしているだけのバンド仲間にも言い知れない不思議な感覚「この優しさはなんだろう」を感じてしまうのだった。

そんなおっとりとした人々が住む田舎町に同じく存在するのがヴォーンであり、カールの両親なのだ。
ヴォーンは正直言うとまだ何か怖ろしいことをしたわけではない。ただカールの親友フランクとその優しい母親(カールに夜中にもビスケットを焼いてくれた)に暴力を振るうのをそしてこれからも苦しめ続けるもしくは殺してしまうこともあると予感して刃を向けたのだ。
冷静に判断できたのはカールだけだったのかもしれない。
これから起こるかもしれない不安を未然に「殺人」という方法で断ち切ったカールのやり方は間違いだったのか。
だがこの結末に何故か安堵感を覚えてしまうのだ。

この映画の中で怖ろしいのは映像としては表れないカール自身が両親に惨たらしい扱いを受けていた過去だ。
カールが父親の住む家に戻る場面がある。荒れ果てた家の中で椅子に座った父親がつぶやく「あの時、頭を思い切り蹴ってしまった・・・」それはカールの知的障害に関する言葉なのだろうか。
カールを毛嫌いした両親は彼を小屋に住まわせカールは小さな窪みを掘ってそこに寝たのだ。病院では気持ちのいいベッドで寝れたとカールはいうのだ。
母親から焼いてもらったビスケットをフランクの母にねだるのが悲しい。
後半のこの帰宅シーンで初めて登場したカールの父親をロバート・デュバルが演じているのを知ってはっとした。
あの「アラバマ物語」で虐待を受けながら幽閉されていた青年ブーを演じたのがデュバルだったからだ。
同じく南部を舞台にして虐待を描いているということで監督自身意識して彼を使ったはずだ。
あの時も僅かな出演時間で虐待された青年を演じきったが、ここでも短時間ながら冷酷な父親を印象付けている。

怖ろしく物悲しい雰囲気を出しているのはアメリカ南部という空気そのものなのだろう。
まったく随分アメリカ南部の作品を見て来たものだと思う。そこには洗練された知性・理性というものではなく、感情、暴力といったものが多く描かれていたはずだ。都会ではなく田舎というイメージ。差別、苦悩といった記憶である。
映画でも泥臭さを感じる南部の風景が好きだ。(なんていうのか、あの樹木が南部を表現するよね)

最後、カールが窓から眺めているのはフランクとの友情を深めた秘密の水辺なのかもしれない。

監督・脚本・主演:ビリー・ボブ・ソーントン  出演:ドワイト・ヨーカム 、ジェイ・ティー・ウォルシュ、ジョン・リッター、 ルーカス・ブラック 、ナタリー・キャナディ、ジェームズ・ハンプトン、ロバート・デュヴァル、リック・ダイアル、 ブレント・ブリスコウ、ジム・ジャームッシュ
1996年 アメリカ
少年フランクを演じたルーカス・ブラックは「すべての美しい馬」でも印象的な少年ブレヴィンズを演じています。
またジム・ジャームッシュがハンバーガー・ショップの店員役でカメオ出演。ほほう。

「アラバマ物語」
ラベル:犯罪 家族
posted by フェイユイ at 17:21| Comment(2) | TrackBack(2) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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