映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2007年06月30日

「悪魔のいけにえ」トビー・フーパー

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ごめんなさい、こんな怖いの貼ってしまって。
画面大きくしたらもの凄く怖いです。こんにちはー、って感じもしますが(しないって)

こんなに単純にストレートに怖い映画というのは他にそうそうないのかもしれない。

前置きが長くなるが、少し前に「男が近所の女達を殺しては皮をはいで家具などを作る」という映画をテレビでちょっとだけ観てしまい、何の映画か判らず悶々としていたら最近やっとエド・ゲインという(有名な)名前を知った。(レンタルしたかったがなかった)
実在の人物なのだが墓場を荒しては人体を解体し様々な家具やお面、服のようなものを作っていたという怖ろしい事件なのである。
この事件を元に多くの小説・映画などが作られ最も有名なものはヒッチコックの「サイコ」だが、もう一つ「解体」ということに焦点をあてたのが本作なのであろう。

といっても本作は単にエド・ゲイン事件を模倣しただけではない恐怖がある。公開当時は、その荒っぽさと唐突な展開、意味のなさからB級のレッテルを貼られてしまったようなのであるが、今、観直してみればそれどころではない恐怖がある。

「変態村」を観た人であれば(順番が逆の場合が普通かもしれないが)この映画の影響が大きくあったのがわかるはずだ。
粗い画面、有名俳優がいないために本当のことを映しているかのように思える映像。
なにか金属製の引き戸から突如現れるレザー・フェイスの恐ろしさ。おかしな兄弟。今にも殺されようとする若い女性の泣き叫ぶ声の悲痛さ。それを見て嗤う殺人者たち。
「サイコ」とエド・ゲイン本人は母親がキーワードだったのにここでは殆どミイラ化しているような祖父が元凶となっている。死んでいるかのような祖父に若い女の指から血を飲ませたり、「爺様は痛くないように殺すよ」とか言いながらもう動かない手にハンマーを握らせようと何度も繰り返したり(ホントに一体これ何の意味があるのか、クレイジーとしか言いようがない)そのハンマーで少しだけ頭を殴られたりして痛そうである。
再び逃げ出したサリーをふざけながら追いかけてくる兄弟。あわやという所で通りがかりのトラックに乗り込み狂ったように笑い出すサリー。獲物を逃し悔しがってチェーンソーを振り回すレザーフェイスのその動きはダンスのようである。
その設定も展開もシュールとしか言いようがない。何の意味も動機もなく殺人を犯す兄弟たち。アメリカの片田舎、殆どの者がただ通り過ぎていくだけの土地ではこんな家があるのかもしれない。

監督・トビー・フーパー 出演:マリリン・バーンズ アレン ダンジガー ポール A パーテーン エドウィン・ニール ジム シドー ガンナー・ハンセン ポール・A・パーテイン エド・ニール
1974年アメリカ
タグ:ホラー
posted by フェイユイ at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ナインソウルズ」豊田利晃

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何の因果か「エコール」の後に「ナインソウルズ」観てごらんよ。同じく塀の中からの脱出というストーリーなのにさー。
あの少女達の妖しくもまだ稚い色香ただよう濃厚なひと時から、むさ苦しい男どもらのていたらくの情けないことよ。
まあ、こんな組み合わせにしてしまったことに一人つっぷしていたのだった。

そして松田龍平といえばついこの前、同じように刑務所入りをしていた「46億年の恋」でそれまで自分が苦手と思っていた彼がよく見えてきて、そして豊田利晃監督の「青い春」にも惹かれたので観たのだが、それらと比べるとどうかなーという感じだった。
そしてどうかなーと思ってしまうと豊田監督の演出ってそれほど奇抜に面白くはないようだ。
なにしろ「青い春」は新井浩文がよすぎて彼への思い入れで好きになってしまったもんだからその彼がいないとなるとそうまでのめりこめないものであった。
彼の代わりとなるのはここでは千原浩史なのかもしれないし、私は彼が凄く好きなんだけど、「青い春」に描かれたような関係ではないし、むしろというか勿論本作では松田龍平と原田芳雄が擬似父子的な描かれ方をしていてそれはなかなかよかったと思うんだけど、9人分のソウルを描かなければいけないために二人の話はその分希薄になってしまうわけで濃厚な関係を欲する自分としてはやや物足りなかったのである。

群像劇、というのはやはり難しいのかもしれない。9人も描いていると好き嫌いも出てくるし。
好みの問題ではアルだろうが、刑務所の一室の面々とうことなのに若い人が多すぎる。もう少しオジサン、ジー様が多くていいんではなかろうか。日本の刑務所はこんな若者ばかりなのか。
一応考えれば原田芳雄を父親にしてマメ山田がおじいちゃん(失礼)の後兄弟みたいなのかもしんないけど、好みとしてはもっと年上の話が好き。青春劇だから若者かもしんないがおじさんで青春劇して欲しい。

ラスト、父親殺しのミチルのもとに息子殺しの寅吉が転びながら走っていく(考えたらこれって「青い春」と同じラストだ)
父親というものを信じられずにいたミチルはその姿を見て未来への扉を開く。
といっても彼はすでに弟殺しまでやってしまっている。彼にとって未来はあるのだろうか。
というホントに「青い春」と同じ最後だったわけだがやはり空しい。
もう少し何か、何かが欲しい、と思いつつ今夜は終わろう。

監督:豊田利晃 出演:原田芳雄 、 松田龍平 、 千原浩史 、 鬼丸 、 板尾創路 、 KEE 、 マメ山田 、 鈴木卓爾 、 大楽源太 、 伊東美咲 、 京野ことみ 、 唯野美歩子 、 今宿麻美 、 鈴木杏 、 松たか子 、 井上順
2003年日本
posted by フェイユイ at 21:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジェイ・チョウのベストアルバム、急きょ発売中止に

ジェイ・チョウのベストアルバム、急きょ発売中止に

ということになりました。私もアセりましたが、よかったよかった。

泳ぎもマスターしたということでめでたしでした・
posted by フェイユイ at 14:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 周杰倫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月28日

「エコール」ルシール・アザリロヴィック

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この映画を観てしまい興奮気味なのである。一体なんという面白さであろうか。こんなにも惹き付けられ惑わされた映画を他に知らない(てなことばっかり言ってはいるが)

高い塀に囲まれた森の中に少女たちが住んでいる。
そのイメージだけでもなんともエロティックな匂いを嗅ぎ付けてしまうではないか。
森は濃い緑の陰を落としある時は裸で戯れる、ある時は白い短いスカートを穿いて道を歩く少女達を包み込んでいる。少女達の世話をするのは幾人かの老婆とまだ若く美しい二人の女教師たち。少女達には日課が与えられ、バレエの授業があるが他は自由に遊んでいていいようである。但しその森の一角を囲う塀の中において。
その塀を越え脱走した者には重い罰が下されるという。

なぜどうして少女達がここにいるのか、というような「余計な」説明は省かれている。
判るのは少女達に起きる出来事、提示される物事が全て明確な暗示によるものであるということ。不思議の国のアリスは謎めいた世界に入り込んでしまうが少女と謎々、というのはいい組み合わせなのだろうか。溢れてくる謎解きの面白さに猫のように目が輝いてしまう。

この物語は幼女から少女そして大人へという成長を表している。ビーナスは泡から生まれるというが(しかも海に落ちた男根から生じた泡だそうだが)最初に水の流れと泡が画面いっぱいに映される。暗い地下道は胎内を示す。まだ何も考えていないような幼女が目覚める。幼女は年上の少女に憧れながら色々な事を学んでいく。好奇心は強いがまだ幼い。少女達は高い塀に囲まれ勉強していかなければならない。森は危険なものを暗示するが少女達は高い塀で囲まれた安全の中にいる。その中では老婆(母親たち)がいつも見守っている。少女達はそれがうっとおしく早く外の世界(大人の世界)へ出て行きたいと願う。中には我慢できず脱走するものがいる。現実の世界にもいる大人の世界へ入り込んでしまう少女達だ。非行だとか不良だとかいわれる行為のことである。大人になった教師がつぶやく「早く外に出たがるけど外もいいものばかりではないわ」外へ飛び出した少女には往々にして罰が待ち構えているものだ。ボートには穴が開き、水に飲み込まれる。大人社会を甘く見てしまった少女のはまった罠だ。別の少女は逞しく塀を乗り越えて走っていく。だが犬の吼える声と狩人たちの銃声が聞こえる。まだ無知で愛らしい少女がどのように狩られてしまうか。その声が聞こえる方向へ走っていく少女の姿は痛々しく闇は酷い。
なんというモラリスティックな物語なのであろう。少女達はそのモラルによって守られているがまた同時に高いモラルこそが強いエロティシズムを感じさせるものである。

年に一度少女達の様子を見に来る校長がいて特に美しく才能のある少女だけを外へと連れて行く、というのも当然考えられる状況である。一人の少女は強くそれを願い果せずに終わってしまう。
バレエというものが少女達が女性へと変わるための勉強として表現されているのであろうか。そのためビアンカはその途中で初潮を見る。

最も判りやすい暗示は蝶の変態である。幼女が少女にそして大人となるように青虫が蛹となり蝶となって交尾する。少女の事をニンフェットというが、なるほど蛹=ニンフなのだ。
物語は最初幼女であるイリスの目線で語られ、途中から大人に近いビアンカに代わっていく。ビアンカはニンフェットの最後の時間を過ごしているのだ。ラスト近くビアンカは蝶の羽をつけて踊ることでニンフェット期を終えたことを表している。

ビアンカたちは成長し、この森から出ることを言い渡される。ビアンカは「出て行きたくない」とつぶやく。これは女性なら誰でも判るだろう。大人に憧れながらも少女時代にさよならを言う寂しさを。
だが森を出、今までの教師達に別れを告げ、噴水の中で服を脱ぎ、若いハンサムな男の子と出合ったビアンカはもうそんな子供時代は忘れてしまったかのようだ。気に入った若い男と噴水の水を浴びるビアンカの姿は勿論性的な暗示をされているわけでまあこれが判らないというものはいないだろう。性的描写が御法度の国では水を浴びる事がセクシーさを表すことになるらしいがここでも使用されたわけである。
森の家では新しい幼女が目を覚まし少し成長したイリスがその幼女を見守る。やがてイリスもビアンカのように女性となるのであろう。
森の中での生活は窮屈だが安全に成長する為に忍耐が必要なのである。と物語っている。
少女達が大人たちと関わるために時計を通っていく。時を経て、というイメージである。

いやまったく、お堅い、と言っていいほど規律あるモラルに守られた少女達の物語であった。
だが先にも言ったが、モラルが高いほど少女へのエロティシズムというのは強まるわけで、大体においてきちんと統制のとれた少女達の生活ぶりや白い清潔な服装、リボンをつけた清楚な髪型などが却って少女達に危険な魅力を与えている。
少女達の周りには彼女達の聖域を侵してしまうような男達はいないのだが、深い森そのものが怪しく性的な欲望を持っているように思える。
少女達が水浴びをし、ブランコに乗る時(これもどちらも性を暗示させる)森の中に少女達を侵そうとする目を感じる。
別にこの映画の中で何か猥褻な出来事があったわけでもなく、男性すらも殆ど登場しないのに、ロリータ趣味の男性達がむずむずとした欲望にかられてしまうのは無論登場する少女達の愛らしさのせいではあるが画面のいたるところに男性を示す象徴が置かれていて少女達を脅かしているからではないだろうか。その隠微な妖しさのせいで怒る人すらいるようだが、少女とはそういう視線の中に存在せざるを得ないものなのである。

一瞬、前半でイリスが慕っているビアンカを追いかけて行った建物の中でベッドの少女に注射を打っているような場面があったが、あれは何を意味しているのか、判らなかった。というかあの場面があったために私はてっきりビアンカが夜訪れている建物は何かいかがわしい主人のアブノーマルな遊びの為にあるものではないかと疑ってしまったのだったが、それは邪推にすぎなかったようで、その箇所が謎として残ってしまった。

二人の女性教師は同性愛の関係ではないかと思うのだが。外の世界(異性愛の世界)へ行かず少女達の世界に留まっているということで。でももしそうなら同性愛者といっても社会の中で生きているのは同じなのだから外の苦しみは味わっているはず、と思うのだが性的な意味でのみ、ということになるのだろうか。

監督ルシール・アザリロヴィックは公私ともにギャスパー・ノエのパートナーであるということでノエの映画に最近になって深く共鳴した自分としてはこの作品はとても観たいものであった。
本作が女性監督によるものでしかもこのように女性を描いた優れた作品であったということは嬉しく思う。
私は男性が多く登場する映画を観ることが多いのだが、女性の映画がもっと増えて欲しいし、もっと観たいと願っている。
とはいえ女性監督作品と言われて観ても共感できることはまだ少ない。
女性にとって少女期というのがどういうものなのかこの作品は非常に計算されまた美しく描きだしている。
同監督の他の作品も是非観たいものである。

監督:ルシール・アザリロヴィック 出演:ゾエ・オークレール ベランジェール・オーブルージュ リア・ブライダロリ マリオン・コティヤール エレーヌ・ドゥ・フジュロール
2004年ベルギー/フランス

この映画ですぐ思い出したのは小説「わたしを離さないで」だった。少女達の存在がなんなのかわからない、という点で。静かな空気の中、という点で。
そして小説ゲド戦記第2章「こわれた腕環」のテナーを。
posted by フェイユイ at 22:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ベストアルバム「就是周杰倫 精選 」は買わない

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就是周杰倫 精選

おお、やっと登場しましたぞ。でも「この商品は現在お取り扱いしておりません。」だそうです。残念。

でも7月6日発売!!

追記:この記事を書いた後、じえるなさんから次のようなコメントをいただきました。

「ジェイが今までの作品の版権をアルファと争っている事はご存知ですよね?
このベストは、その解決がついていないのにジェイのあずかり知らぬところでアルファが勝手に出すもので、実際に発売された場合、JVRミュージックは法的措置も辞さないと言っており、台湾のジェイ迷の間では不買運動も起こっているようですよ。」

私の書いたものはこのことを知らないで書いてしまったもので反省しております。
また買ってしまう前にじえるなさんに教えていただいて本当によかったと思います。
このようなニュースを知ってよく確かめもせず、喜んでしまい記事を書いてしまい、申し訳ありませんでした。
単に消してしまってはいけないと思い、追記しました。

この記事を書いた時は、yesasiaさんで販売予定が記載されていましたが、また消えてしまったようです。
勿論また記載されても私は購入しません。
皆様にご迷惑かけて申し訳ありませんでした。
posted by フェイユイ at 18:46| Comment(10) | TrackBack(0) | 周杰倫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジェイ・チョウ監督作品「不能説的秘密」予告編

いつもの如くじえるなさんに頼りっぱなしですが、ジェイ・チョウ初監督作品「不能説的秘密」の予告編を教えていただきました。ありがとうございます!!

可愛すぎて死にます(泣)

「不能説的秘密」MV

ここも
posted by フェイユイ at 12:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 周杰倫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月27日

ジェイ・チョウのベストアルバム不買

ジェイ・チョウのベストアルバムが発売

という記事を今見て大慌て。とにかくまず探してきます。

追記:と、喜び勇んで探し回ってた私。じえるなさんから注意をいただきよーくニュースを読んでみればこのベストアルバムを買ってはいけないことは明白。
いやー、頭が熱くなってたんですねー。ジェイの新アルバムが出るという喜びでまったく判らなくなってました。

買ってしまう前にアルファがジェイに断りもなく出しているアルバムなのだと教えてもらえてよかったです。
今後はよく気をつけていこう!と思うのですが、こういうこと私はしょっちゅうなんです(言い訳^^;)
ほんとに教えていただけるということはありがたいことです!!
感謝。
posted by フェイユイ at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 周杰倫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ドリームガールズ」ビル・コンドン

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ジェニファー・ハドソンの歌唱力、ビヨンセの美しさに酔いしれた130分間であった。思わず体が動き出し,涙がこみ上げてきた。
描き出されるのは差別偏見と戦いながら華やかなアメリカショービズ界の人間たちの生き様。
作り上げられていく美貌のディーナ率いるドリームガールズはその名の通り夢の女達である。
反抗的なエフィーはやり手マネージャー・カーティスから切り捨てられてしまうが、最初から彼女は地道に音楽活動をして実力を認めてもらいたいという思いを持っていたのだから我慢してやり続けたとしてもどこかで爆発してしまったに違いない。リードシンガーを任されたディーナもついには自分の道を歩みだしていく。

人の心を魅了するその華やかさ、力強さはまさにアメリカそのもので素直にその楽しさに浸る者もいれば、反発を感じてしまう人もいるだろう。
確かにあまりにも単純な構図なのであろうがその中で生きていくしかない彼らの生き様とそこから溢れ出す音楽の力を感じずにはいられなかった。
その感動は昔「ライトスタッフ」を観た時と同じものと言ってもいい。なぜかストーリーも殆ど同じである。
華やかに人々の注目を浴びる選ばれた者たちと実力がありながら陰の生活をせざるを得ない者。だが陰の生活をする者にも輝く時がある、という筋立てだ。
私は酷く感動して何回も観たものだがその時の感動は空を飛ぶ、という心地よさによるものでもあった。
今回は歌の素晴らしさである。ブラックミュージックの波動に揺れ動かされたのである。

監督:ビル・コンドン 出演:ジェイミー・フォックス ビヨンセ・ノウルズ エディ・マーフィ ジェニファー・ハドソン アニカ・ノニ・ローズ ダニー・グローバー シャロン・リール ヒントン・バトル ジョン・リスゴー
2006年アメリカ
posted by フェイユイ at 00:04| Comment(4) | TrackBack(1) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月25日

「悪夢探偵」塚本晋也

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私は本当にそそっかしいのだがずっとこれを「悪漢探偵」というコメディな映画だと思っていてよくタイトル見たら「悪夢探偵」だった。
それでも「名探偵コナン」みたいなノリかドタバタ喜劇みたいなものとしつこく思っていた。他人の悪夢に入りこみ、化け物退治でたちまち解決、みたいな。
したら全く違ってた。でもこれは凄く面白かったね。

私はヒロイン役のhitomiさんの顔を知らなくて、大体日本の女優さんもよく知らないし、綺麗でスタイルよく魅力的な女優さんだけど誰なんだろう、と思ってたら歌手の方だった。さすがに名前は聞いたことがあるのに顔と結びつかなかったのだった。まあ、あんまり(ある程度の年齢で)こういう日本人はいないのかもしれないけどいいか。
他の評価など見ると彼女がよくないと言ってる人も多いようだが、上に書いたように私は凄くいいと思った。なにしろ彼女のアップと体を追い続けているようなカメラなんだけども、この感じは「六月の蛇」でもそうだったけど、それだけ迫っていっても見飽きないし、セクシーだけど硬派な感覚もあると感じたのだった。
そして安藤政信&松田龍平、なにしろついこの前「46億年の恋」でこの二人に撃ち抜かれたばかりなので一度に見るとどきどきする。何故二人一緒なのか。
安藤政信はその時と全然違って(といっても途中から少し似てくるが)可愛い青年を演じていた。こういうキャラもいいなと思ってたら早めに退出。もう少し観ていたかった。
勿論見所は松田龍平。前回「嫌いな顔なんだけど、段々好きになりそうだ」と書いてたら本当にまたまたよく見えてきた。
本作の龍平は申し分なく魅力的なのではないだろうか。悪夢探偵という他人の悪夢の中に出没できる能力を持つがそれは本人にとっては物凄く辛い体験なのであり他人の心の中を覗きみることで彼は背を向け「ああ、いやだ、いやだ」と苦渋に満ちた表情でつぶやくのだ(なんていや〜な決め台詞!)
どうやらパート2も作られているようでこんなダークヒーローのシリーズ化があるのだろうか。次第にコミカルな存在になっていくような気もするが(どうしても喜劇だと思いたいようである私)しかしそうだとしたら松田龍平のあのむっとした唇と三白眼とけだるげな感じはいかにもぴったりでどことなく変なユーモアもあって不思議なヒーローとして活躍できそうである。
そういえば彼のお父さんは「探偵物語」でひょうひょうとしたキャラクターで人気だったものだ。
しかし私はお父さんより龍平君の方が好きになりそうである。

もう一つ嬉しかったのは人々の醜い心の表現がこの前色々見たフランシス・ベイコン風だったことで、顔ぐるぐるで口がぎゅーっとなるのがベイコンはがーっと開くのと逆になっててちょっとおかしい。悪夢の様子もベイコン的な感じがしたのだがどうだろう。

塚本晋也監督はここでも重要な影の主人公という役でしかもケレン味たっぷり演じ切っている。
塚本作品を全部見たわけではないが、観るといつも江戸川乱歩なイメージとつながる。本作もまた例外ではないのだが、だからと言って真似してるといったようなレベルの話ではなくそういった同じ世界に住む者なのだろうと思い私自身も同じ世界の住人のつもりなのでこういう話はとても惹かれてしまうのだ。

今からもうパート2楽しみである。早く龍平探偵の「あーいやだいやだ」が聞きたくてしょうがない。

監督・製作・原作・脚本・撮影:塚本晋也(全部自分)出演:松田龍平 hitomi 安藤政信 大杉漣 原田芳雄 塚本晋也(勿論監督も出演)
2006年日本

posted by フェイユイ at 23:20| Comment(0) | TrackBack(1) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月24日

「パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド」ゴア・ヴァービンスキー 

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前作「パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト」以来の映画館での鑑賞に行ってきた。
映画館にいつも行ってる人なら当たり前のスクリーンの大きさ迫力に感動。映画自体が大きいスクリーンを思い切り利用したものなのでその感激もひとしおである。

家族の付き合という意味もあったのだが、「パイカリ」は好きである。ジョニデやその他の登場人物というより背景が好きという感じではあるが。
キャラクターではティア・ダルマが好きで前作の彼女の住処の雰囲気が好きなのであった。今回は海賊の評議会が行われた場所がまた同じように闇の中の岩壁の城塞、松明の灯りなんかの情景が好きなのであった。

大人気の映画だから当たり前とも思うし、また逆に不思議でもあるのだが物語の描写がちょっと変わっていて面白い。
ジャックと船が登場する場所が砂漠みたいなイメージで蟹が船を運んでいく場面とか、船が逆さまになるのだとかジャックがたくさん出てくるとかウィルとエリザベスの最後もちょっとひとひねりあって単純に話を終わらせない工夫が盛りだくさん。
3時間近い長い映画にも関わらずストーリーも映像も複雑に凝縮されていて2度3度と観させよう、再度観ても面白いよという意気込みがあると思わせる。

私としてはチョウ・ユンファ演じるサオ・フェンとティア・ダルマがもっと長く出て欲しかったけど。
そしてジャック・パパを演じたキース・リチャーズの誰にも負けない海賊ぶりにもぶっとんだのだった。

背景が好きなんだとは言ったけどそれぞれのキャラクターが立っているのがきちっと伝わってくるし、何と言ってもジャック・スパロウのよれよれ海賊ぶりというのは魅力的だ。エリザベスとウィルとの間に全く入り込まない、というのもアメリカ映画として(っていうか普通の映画として)かなり変わった例だと思うし。

海の中を漂う霊も怖いし、大渦巻きも迫力あったし、どかんどかんも結婚式絡みの戦闘シーンも楽しくて大いに映画館を満喫したのであった。

監督:ゴア・ヴァービンスキー 出演:ジョニー・デップ、オーランド・ブルーム、キーラ・ナイトレイ、ジェフリー・ラッシュ
2007年アメリカ


posted by フェイユイ at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ダニエル・クレイグとマット・デイモン

今日は仕事が忙しかったせいもあって映画を観るには時間も精神力も足りないので、好きな人のことについて少し話してみます。
好きな人っていうのは勿論右サイドに出ているカテゴリでも個人名として出している男性4人。順番は好きになった歴史順であります。

多くの場合はそうでしょうが私はまず作品がいいと思った時点で好きになるので「好きなんだけど、作品は嫌い(または観ない)」ということはあり得ません。だからここに挙げた人たちの作品は好みなものが多いです。だから好きになると次々と観ていき、どれも面白いのでますます深みにはまる、と言うパターンが多いのです。カテゴリにはしてませんがレスリー・チャンがまさにそうで彼の映画作品のうち10本は本当に素晴らしいし(この数字は凄いと思うのですよ)他でもなかなかよいのがあると思います。

この4人を同等に語っていきたいのですが、何と言ってもジェイは歌手として素晴らしいわけで役者としてはまだ作品が少ないし(それでも「イニシャルD」は抜群だと思ってますが)張孝全は役者として活躍してますが好きになったのがドラマ「ニエズ」と映画「盛夏光年」でまだまだこれからという人なので(と言ってもこの2本で充分好きになるだけの価値がありますが)今回は後の二人、マット・デイモンとダニエル・クレイグについて書いてみようと思ってます。と言っても大したことは何もなくてただ何となく今思っていることをだらだら書くだけなんですが。
全くの個人の趣味なので同じように二人に興味がないと別にどうってことはない話なんですけどね。

私が二人を好きな理由は先にも書いたように出演作品が面白い、ということ。
とてつもなく凄い作品と言うわけでもないのかもしれないのですが、大通りではない微妙な位置にある映画が多い、というのがまた好きです。
と言ってもダニエル・クレイグは「007」という超人気シリーズを主演してるし、マットは(主演としては)「ボーン」シリーズがあってこれは新しい「007」などとも言われていたので妙な因縁を感じたりします(私だけですが)
他の共通点はなぜか二人ともスピルバーグ映画に出ている(-_-;)
スピルバーグはそんなに有名な人を出す人じゃないので出てなくてもいいのですが、なぜか出てる。二人とも有名じゃなかった時期なんでしょうが。
それぞれの作品にはそんなに似通ったとこはないと思うんですが、まだ気づいてないだけかもしれません。
別に探そうとはしてませんけどね。

本人達に目を向けてみれば金髪碧眼系ではありますが殆ど似てる印象はないですね。
筋肉質って言うかがっしりした体格は似てるかもしれません。私は細身はあんまり好きじゃなくて(ジェイは例外ですが)むしろ太めくらいの体つきが好きなんですよね。この点は二人とも凄く好きな体型です。
驚くのはこの二人印象的には随分年齢が離れている気がするのですが、実際はダニエルが2歳年上なだけです。ダニエルが老け顔でマットが童顔なので10歳くらい違う気がします。
役者としては年を取ってくるほど特に男性は童顔は損をすると思うのでマットはこの点大変かもしれないし、ダニエルはこれからより出番が増えそうです。
マットの映画で好きなのは前にも書きましたが今のところ最高は「ふたりにクギづけ」です。マットのイメージそのものの映画です。
ダニエル作品は「アークエンジェル」って映画じゃなくてドラマですが面白かったですね。

とまあ、以上です。ほんとに大したことは書いてませんが、特別に好きな人がいるっていうのは嬉しいことです。
但し血眼になって作品を追っていくために出費がかさむのは困りますけど。見境なくなる自分がいけないだけなんですけどー。


posted by フェイユイ at 23:39| Comment(4) | TrackBack(0) | ダニエル・クレイグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月22日

「Obsession」Peter Sehr

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ベルリンを舞台にしたドイツ女性、フランス男性、イギリス男性の三角関係ラブストーリー。ダニエルのドイツ語が聞ける。
基本的字幕なしなのだが、登場人物がドイツ語・フランス語の時は英文字幕が付く。勿論私は眺めてるだけ。
今まで作品を観ていると「007」みたいなのは少なくて比較的静かな役が多かったのだが、本作は年齢的に若いせいもあるのかかなり活動的で衝動的である。「カジノロワイヤル」ばりの突っ走り場面もあり。
が、ミシンかけで象さんの刺繍をしたりして可愛らしい面も。

1997年製作なのでかなり若いダニエルである。結構黒髪にしてる作品があるのだが、この時は短いブロンドヘア。
好きになった女性に翻弄されてるのだが、どっちかというとオジサンにもててる気がする。

ワイルドなところもあるし、スーツ、コート姿がかっこいいのだが、ダニエルはこの辺観ててもやはり文句なしにかっこいいんじゃなくちょっと抜けてるっぽい駄目っぽい情けないとこがあるのだ。
必ず脱ぐシーンがある、という定説のようだがここでもちらりと披露。
表紙絵にされている毛布で彼女を包み込む場面はよくある演出かもしれないけどちょっと素敵である。

監督:Peter Sehr 出演:Heike Makatsch Charles Berling Daniel Craig
1997年ドイツ

posted by フェイユイ at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | ダニエル・クレイグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月21日

「Infamous」ダグラス・マクグラス

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日本版が出るのを待つ、と思っていたのにとうとう我慢できず購入してしまった。せめて中文字幕が出たら、と思ったが叶わず英文字幕で鑑賞。「Hi」くらいしか判らんのに。

せめてもの救いは今までに観た映画と原作と知ってる限りのカポーティ像。
だがどういうものか比較しようと思っていたベネット・ミラー版「カポーティ」が全く記憶から抜け落ちていてあのアメリカ南部遠景場面しか覚えていない。な、なぜ。
覚えているのはむしろその後見たリチャード・ブルックス「冷血」本作はかなり映画「冷血」を思い出させる場面が多く助かった(言葉がわかるなら感想は「助かった」じゃなく「似ていた」になるんだろうけど)
問題のカポーティは「カポーティ」で「思ったのと違う」という不満を吐いてしまったのだが、本作のカポーティは「これこれ」と言う感じだった。無論本人にあったわけでもなく写真で見ても瓜二つと言うわけじゃないが私としてはホフマン=カポーティよりこちらのとビー・ジョーンズ=カポーティが頷けたというだけ。というかもしかしたらフィリップ・シーモア・ホフマンを知っていたので却って入り込めなかっただけなのかもしれない。
ジョーンズ=カポーティはより猥雑でクイアな雰囲気が強くよりらしく思えた。

とにかく英語能力がない上、酷く饒舌な映画なので内容については語れない。結局日本版が出るのを待つしかない、が無論待たずに観たのは犯人ペリー役をダニエル・クレイグが演じていたからで確か(なにしろ記憶が)「カポーティ」で不満に思ったペリーとカポーティの関係を濃密に描き出していた。
カポーティが狭い牢の中で次第にペリーに惹かれていき、彼の話を聞きだすために自分の生い立ちも語って心を通わせ、彼のことを親身に思って語りかけ、ついにキスをするのだが、ホテルに戻ったカポーティは最初興奮気味に喜びを溢れさせるが次第にその表情は悲しいものと変わっていく。僅かなカットの間にカポーティの心の動きを表現した場面だった。
そしてカポーティの都会での華やかな生活と南部の刑務所でのペリーとの場面の落差の激しいことは。
だが前半に華やかな場面が多かったのが後半になるにつれペリーとのもの悲しい檻の中のシーンが多くなっていくのもカポーティの心を表している。
名声のために新しい試みをしているカポーティを最後まで「フレンド」と書いていたペリーの絵とカポーティに贈った歌を吹き込んだテープが悲しい。

この「冷血」を書き上げた後はカポーティはこれという作品を仕上げていないと聞いたが、この映画を観ればそうなった彼の心がわかるようである。
まあ、台詞が判りもしないのに感じたままを言っている。

だがこの映画、本当に日本で公開はなくともDVD化されるであろうか。どうあっても実現して欲しいのだが。

監督:ダグラス・マクグラス 出演:トビー・ジョーンズ、サンドラ・ブロック、ダニエル・クレイグ、シガニー・ウィーバー、グウィネス・パルトロウ
2006年アメリカ
タグ:犯罪 同性愛
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2007年06月20日

「グラスハープ/草の竪琴 」チャールズ・マッソー

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この前のカポーティ原作映画がよかったので今度は「グラスハープ・草の竪琴」ロマンチックなタイトルである。内容もアメリカ南部を舞台にした叙情味あふれるものでとてもよかった。
一昨日「ストレイト・ストーリー」でトロいと言われている駄目駄目人生を送ってる中年女性を演じていたシシー・スペイセクがここではバリバリのキャリアウーマン役。どちらもぴったりなんで恐れ入る。どっちが似合ってるんだろう?やっぱりどちらもうまい。
他にウォルター・マッソーとジャック・レモンが対照的な男性役で登場。かつてそういう役柄もありましたっけ。そして本作の監督はウォルター・マッソーの息子・チャールズ・マッソーだけあってお父さんはいい役である。
主人公コリンを演じるのはエドワード・ファーロング。美少年であるが、つまりは原作者トルーマン・カポーティの少年時代を演じているわけである。とはいえカポーティが美少年であったことは確かなので彼でいいのだ(それがあーゆー奇怪な老人に変貌していくとは)
コリンが憧れているという美青年も出てきたりして別に何もないけどこれはカポーティのサービスなのであろうか。
が、主人公コリン少年が人目で恋に落ちたのは美青年じゃなく、これまでの人生をずっと家の中で過ごして来たと言う内気な年配の女性ドリー(パイパー・ローリー)なのである。
彼女はやり手の妹ヴェレーナ(シシー・スペイセク)からいつも馬鹿にされながら家事と薬草作りだけに生きてきた。厳格で仕事一辺倒の妹の前で姉ドリーはおどおどとしているだけ。そんなドリーを支えているのがインディアンのハーフだと言い張る黒人女性キャサリンなのであった(彼女に言わせるとリンカーンも黒人・インディアン・白人の血を併せ持つらしい)
両親が亡くなってしまい父親の従姉妹に引き取られることになったコリンは優しくロマンチックなドリーに一目惚れしてしまうのだった。(コリンは少年でドリーはおばあちゃんに近いくらいなんだけどね。この辺の設定は「遠い声、遠い部屋」と同じ。孤児になった少年が引き取られ、片方は近寄りがたく片方には打ち解ける。そして黒人女性が側にいる)
ドリーのイメージはカポーティ作品のミス・スックと重なる。内気でイノセンスな女性。
カポーティの理想の女性はそういう人だったのだろうか。(カポーティはまたマリリン・モンローにもイノセンスを感じ取ってフェアチャイルドと呼んでいる)

妹に人に会わせるのも恥ずかしい、と言われたドリーはコリンと仲よしの黒人メイドのキャサリンと共に木の上の家に家出する。
なんだか本当に子供みたいでおかしいがそこにはコリンの憧れライリー(ショーン・パトリック・フラナリー)やクール判事がやって来て仲間となっていく。
妻を亡くしていた判事は優しいドリーに惹かれてキャサリンやコリンも一緒に引き取って結婚を申し込みたいという。
ドリーは快く引き受けるが勿論妹は反発。
だが口争いするうちに妹ヴェローナはドリーが羨ましかったのだと泣き出してしまう。ドリーは妹を抱きしめながら離れないわと約束した。判事は二人の間に入ることは出来なかったのだ。

カポーティが郷愁を込めて描いたほのぼのとして悲しい物語。出演陣が素晴らしくさすがに見ごたえあり。綺麗なエディくんはその横顔だけでも惚れ惚れなのでこれもまた観る価値あり。自分のガールフレンドとライリーが一緒に出て行った時に台詞はないのだが、どちらに嫉妬していたかはカポーティということで考えてみれば自ずと判るというもの。
カポーティ作品はちょっと変わってて面白い。小説の信奉者はあの美文は映画に出来ない、と思うものだろうが、私としてはこのアメリカ南部の雰囲気が好きでもっと見せて欲しいと願うものである。

監督:チャールズ・マッソー  出演:エドワード・ファーロング ショーン・パトリック・フラナリー パイパー・ローリー シシー・スペイセク ウォルター・マッソー ジャック・レモン メアリー・スティーンバーゲン
1997年アメリカ

タグ:家族
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2007年06月19日

「ジャケット」ジョン・メイバリー

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お説教されちまったぜ。娯楽と思って観始めたら実は道徳の教科書だったような苛立ちあり。

こういう時間が交錯する物語は大好きだし、拘束衣を着せられ死体安置所の如き引き出しに入れられるのが観てるだけでエコノミー症候群になってしまいかなりキツい体感があってしかも途中から拘束衣着せてくれーっていう拘束マニアになってしまいなかなか面白かったんだけど。ラストいい話に持っていてしまうのが脱力であった。
自堕落な母娘を更生させる話ってのはどうも受け付けない。正しいのかもしんないけど余計なお世話だ、ほっといてくれ、と言いたくなってしまうのだ。
ウェイトレスはいけないと?ふーん。で、看護士さんは好みなわけね。
悪い娘=煙草(しかもやたらと吸う)冷蔵庫汚い、濃いメイク、目つき悪し。いい娘=可愛いワーゲン車、三つ編み、丁寧な話し方。そりゃその通りだろうけどあまりにもそのまんますぎじゃないか。しかもジャックを助けたのは悪い娘の方じゃないか、セックスだってしたくせにさ。いい娘はやらせてくんないよー。

ちょっと注意されたくらいで禁煙、クスリ断ちできるものかどうか、火事になるよで禁煙できたら皆すぐ禁煙できるはずだけども。
クスリの快楽もそうたやすくやめられるのか、疑問である


監督はジョン・メイバリー 。ダニエル・クレイグ出演「愛の悪魔」を作ってるが、そこでも芸術家の才能のないジョージに冷たくて自堕落な生活を批判してたっけ。そういう基本姿勢の人なんだわ、この監督。
あちらではフランシス・ベイコンを表現する為、まるでデヴィッド・リンチのような映像を駆使していたが、こちらも映像には手をかけている。

一応これもダニエル・クレイグが出てるから観る気になっったんだけどもあんまり少なくて残念だった。それでも観てよかったとは思えたけどね。

ギャグっぽいのりのコメディならこういうオチでもいいけど、エイドリアン・ブロディみたいな顔のラストはもっと渋くキツメにやって欲しかった。
あ、じゃなくてコメディでやれば楽しかったんだね、この映画。ジム・キャリーで。じゃなきゃブロディさんにコメディやってもらう。キーラはそのままでよいし。ハチャメチャラブコメみたいなのだったらよかったのにな。

監督:ジョン・メイバリー 出演:キーラ・ナイトレイ エイドリアン・ブロディ ダニエル・クレイグ  クリス・クリストファーソン ジェニファー・ジェイソン・リー ケリー・リンチ
2005年アメリカ
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2007年06月18日

「ストレイト・ストーリー」デヴィッド・リンチ

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先日、「リトル・ミス・サンシャイン」を観てよく出来てはいるが何か自分が観たかったものとは違う気がするのにうまく文章にできなくてもどかしかったものだ。
その時、まだデヴィッド・リンチの「ストレイト・ストーリー」を観ていないことを酷く後悔した。まだ観ていないのにこの映画には観たい何かがあるのではないかという気がして。ならば早く観ろよと気がせいたがやっと今日鑑賞に到った。

何も無理に「リトル・ミス・サンシャイン」と比べる必要はない。これはこれ、あれはあれで観ていいと思った方を或いは両方を好きになればよいし、両方感性が違うという人もいるだろう。
だが本作を観てやはりよかった、と思い結局うまくは言えないもののこの中には何かがあったと感じた。

デヴィッド・リンチらしからぬ、という人もいるだろう。でもそこはさすが鬼才リンチ。決して普通ではない。(実話を元にしてるとはいえ)
大体アイオワからウィスコンシンへ500キロの道のりを齢73歳にして時速8キロのトラクターで走り抜ける。という考え方自体が常識を外れているわけで確かにリンチらしい逸脱ぶりではないか。しかも途中で人情溢れる人が車で送っていこう、と言ってくれるのに最後までやり遂げたいんじゃ、と言う頑固爺なのである。

比べないでいいとは言ったものの主人公アルヴィン・ストレイト爺様の暮らしぶりは「サンシャイン」の負け犬家族どころではないようだ。あまり裕福ではなさそうでオンボロのトラクターがあるだけ。アルヴィンは突然倒れてうまく歩けない体になってしまった。
娘(シシー・スペイセク)と二人暮らしだが、その娘は他人に子供3人を預けている時、子供たちが火事に遭ってしまい、役所から育児能力を咎められ、子供たちを引き離されてしまったという状況にある。

そんなアルヴィンは娘と大好きな雷雨を見ている時(これも変わってるし、でもあるよね)もう10年も交流のない兄・ライルが倒れた、という電話を受けた。
アルヴィンと兄・ライルは何かの諍いで喧嘩別れしてしまったのだ。
小さい時は仲がよくいつも一緒に夏の夜の庭で星を見上げながら眠ったのに。
自分が倒れ、兄も倒れたと聞き、アルヴィンは再会する決意をする。だがバスもなく、目が悪くて車を運転することもできない。自分にあるのはオンボロトラクターだけ。アルヴィンは自分でキャリーカーを作って取り付け500キロの道のりを走り出した。
だが少し行ったところでトラクターがオシャカ。ここで負けるようでは頑固爺様ではない。アルヴィンは馴染みのトラクター店主から安く中古のやや新型車を買い取り、再び走り出したのだ。

何しろ普通のアメリカ映画(リンチの映画でもよくある)ハイウェイをぶっ飛ばさない。
時速8キロ。センターラインが物凄くゆっくり流れていく、じれったいよおおお。
アメリカの広大な牧場の脇をゆっくりとゆっくりと進んでいく。

そんな超スローペースの旅のなかでアルヴィンは色々な人々と出会う。妊娠したが家族の嫌われ者だから誰にも話せないというちょっとすねた少女。その少女にアルヴィンは自分の娘をとても愛してる、と言う話をするのがとてもいい。
アルヴィンのトラクターの横を凄いスピードで駆け抜けていく自転車レースの若者達の群れ。
トラクターが故障したのを見てアルヴィンを庭に泊め車で送ってやろうと言う男性。アルヴィンと同年輩でかつて戦争で悲しい思いを抱いたことを話し合ったり。
「何度も車で鹿をはねてしまうのよ。何故なの」と怒鳴りながら物凄いスピードで走っていく女。あきれたがアルヴィンはちゃっかり鹿の肉を食べて立派な角をトラクターに取り付けパワーアップ。
修理代を高く吹っかける双子の修理工にもびしっと割り引かせてなかなかアルヴィン爺様しっかりしてて頼もしい(人がよすぎて金を巻き上げられる話なんかはいらいらするもん)

そうやってとにかくアルヴィンは目的地までやって来た。ずっと禁酒していたアルヴィンはそこで久し振りにビールを飲む。
あと少しで兄に会える。
すぐ側まで来てアルヴィンは暫しトラクターを止める。通りがかった大型トラクターに導かれ兄の家へたどり着く。
それは小さな粗末な家。アメリカ映画によく出てくるような綺麗なこざっぱりした家じゃない。
なんだか壊れかけて誰もいないようにも思える。「ライル」と何度も呼ぶ。
その時家の中から「アルヴィン」と言う声が返ってきた。まだ姿を見てないのに。
出て来たのは歩行器につかまったライル。杖をついたアルヴィンと向かいあう。頑固そうな顔だ。
「あれで俺のところまできたのか」「そうだよ」
その後の二人の会話はなかった。
でも夜空には星が子供の時と同じように輝いており、二人が見上げて語り合ったことは確かなのである。

アルヴィンは戦争の後遺症で酒びたりになり、なんとか立ち直ったというような人生を送ってきている。
アメリカ映画でよくある金持ちでも成功者でも芸術家でも何でもない。兄ライルもそう変わらない生活だったのだ。
体も思うように動かせなくなってしまった老人たち。
頑固で最後まで意地を張り通してやってきたアルヴィンがライルと再会できて本当によかった。

監督:デヴィッド・リンチ 出演:リチャード・ファーンズワース シシー・スペイセク ハリー・ディーン・スタントン エヴァレット マッギル ジェーン・ハイツ ジェームズ・キャダ ウィリー・ハーカー
1999年アメリカ


タグ:家族
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「46億年の恋」三池崇史

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安藤政信の視線がぐさりと突き刺さってしまいどうしようもない。
松田龍平は外見的に苦手だって言ってるのに「御法度」「青い春」これと観てみんな面白かったし時々いい顔にも見えてきた。特にこれはよく見えたが、ということは時がたつにつれ段々よく見えてきてるわけでこの分だともう少しで好きになるのかもしれない。安藤政信は「キッズ・リターン」からいい顔だなあと思っていたがますます綺麗になってきたようで特に本作では刺青に包まれた体も有吉を見つめる眼差しも熱い魂に揺さぶられるように美しく感じた。

この奇妙な刑務所はなんなんだろう。放射線状に寝台が配置されている丸い雑居房。囚人服はなぜだかびりびりに破れた黄色い巻頭衣である。時折線で書かれただけの独居房など出てくることからしてもすぐ隣に宇宙ロケット打ち上げ基地があり反対側にはピラミッドがあることもこれらの設定が登場人物である青年たちの思いを表現する為の仕掛けであることがわかる。

有吉と香月は誰からもできていると思われているのに二人はなかなか近づくようで近づけない。
香月が誰か男とやっていた、という噂があって有吉に似ていた、というけどそれが結局誰だったのか。

偶然二人は同じ時、同じ刑務所に入所する。何もしないぼんやりした有吉と違い、香月は剃刀のような男でちょっとしたきっかけで相手を傷つけてしまう。怖ろしいほど強く忽ち刑務所で誰も歯向かえない存在になってしまう。
その香月はなぜか有吉が他の囚人から虐待されていたりするとかばって相手を殴りつけたりするのだ。
香月の強さも現実のものではないように思える。
有吉は口には出さないが香月の強さに憧れる。だが香月はこんな風になってはいけない、と有吉をはねつける。
香月の有吉を見る目には深い悲しみが宿っているようで観ているだけで切なくなる。こんな視線を持っていた人だったんだと胸が苦しくなった。

宇宙ロケットは未来を表し、ピラミッドは過去を示している。香月は未来に行くと言ったのに、死を選んでしまった。
有吉は香月を殺した犯人に嫉妬している。なぜ死にたいなら自分に手をかけさせてくれなかったのか。
有吉を守ろうと思っている香月が有吉の不利になるような事をさせるわけはない。だが他の男の手で死んでいった香月を有吉は激しく恨んだはずだ。だからこそ自分が殺したかのように手をかけ自供した。そうでありたかったと思うが為に。

香月は自分は宇宙ロケットの方へ行くから有吉はピラミッド(天国)へ行けと言う。
だが有吉が3重の虹を見つけたことで泣き出してしまう。有吉が香月の頭を抱き寄せたことで香月は「やめろ」と怒鳴り彼を突き放してしまう。
なぜ香月は有吉を突き放したのか。有吉が言う様にあの時虹が出なかったらどうなっていたんだろう。



46億年というのは地球の年齢であった。

この映画を観ていて今まで自分が見てきた色々な物が巡ってきた。最近読み返していたジャン・ジュネの「薔薇の奇跡」(この中で受身の男をアンコと呼んでいる。今でも使うのだろうか。古い言い方のような気がする)
「カランジル」の生活風景。「ケレル」みたいな舞台のようなイメージ。そしてガス・ヴァン・サントの「ジェリー」なぜか二人の関係が似ているように思えた。
「銀河鉄道の夜」まで思い出した。「僕も君と一緒に行ってはいけないかな」というところ。

映画がミステリー仕立てになっていて、字幕で質問が表示され登場人物が答えるなど面白い仕掛けがある。
壁の穴を覗いたらロケットが見えるなんてちょっと考えられない。
登場人物の台詞が繰り返されるたびに少しずつ違う意味が感じられるのもうまい。
こういう風に場面がカットされつなぎ合わされていくのは凄く好きな手法なんである。
物語を辿っていく二人の刑事、遠藤憲一、石橋蓮司が絶妙でうれしい。刑務所所長の石橋凌と亡霊も怖くておぞましくよかった。
刑務所、っていうことなのに囚人達は皆若いというのも不思議。
香月は誰を抱いていたんだろう。

監督:三池崇史 出演:松田龍平、安藤政信、窪塚俊介 渋川清彦 金森穣 遠藤憲一 石橋凌 石橋蓮司
2006年日本
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2007年06月17日

「ドラキュラ」フランシス・F・コッポラ

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思いもかけず面白かった。ブラム・ストーカー原作をかなり忠実に映像化したものと思われるが、幾多の改作・パロディをされ続けているこの有名な古典をここまで格調高く美しくエロティックに作り上げたコッポラを失礼ながら見直してしまった。
しかも悠久の時を越えての愛の物語でもある。ある時は怖ろしくある時は滑稽な存在ですらあるドラキュラがかくも一人の女性を愛し続けたのかという悲劇でもある。

「ドラキュラ」にはその物語を構築する為の時代背景というのが不可欠だが、19世紀末のロンドンとトランシルバニアを舞台に登場する人々の恋愛ドラマが交錯する。

ピーター・カッシングの印象が強すぎるヴァン・ヘルシング教授にはアンソニー・ホプキンス。今までのヘルシングを払拭する新たなイメージで登場。
ドラキュラはゲイリー・オールドマン。ドラキュラと恋人との間で揺れ動くミナにはウィノナ・ライダー。ミナは大昔ドラキュラ伯爵の最愛の妻であったエリザベータが時を越え生まれ変わったのだった。
そのミナの現代の恋人がジョナサン・ハーカー=キアヌ・リーヴス。このときのキアヌーは若くて生真面目で一途な青年を演じていて非常に魅力的である。

ミナの友人の婚約者がケイリー・エルウィズ、ドラキュラの一味にモニカ・ベルッチがセクシーな肢体を披露していた。

ドラキュラが好きならまずはこの基本を抑えておかねばならないだろう、と思う以上に瑞々しい作品であった。
宗教に見捨てられ、時を越えて愛し合う二人の男女の姿。
先だって「嗤う伊右衛門」で怪談がこのような愛の物語に変わることに驚きをもったのだが、真に愛する者たちというのはどこか異形のものであり、普通の者には受け入れられない異常な世界でもあるというのだろうか。

醜く変わったドラキュラが他の女の血を吸う場面を愛するミナに見られ「見ないでくれ」と叫ぶ箇所は痛々しかった。

エンド・クレジットで流れる歌が悲しく心を揺さぶる。

監督:フランシス・フォード・コッポラ 衣装デザイン:石岡瑛子 出演:ゲイリー・オールドマン、ウィノナ・ライダー、アンソニー・ホプキンス、キアヌー・リーヴス、トム・ウェイツ
1992年アメリカ
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2007年06月14日

「遠い声 遠い部屋」デービッド・ロックサベージ

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ダウンロードシネマでトルーマン・カポーティ原作映画「遠い声、遠い部屋」を観る。映像が溶けきってるし、かなりの低予算なのかTVドラマみたいな仕上がりの映画だったがカポーティ原作だけあってなかなか面白かった。

母が亡くなり叔母の家で暮らしていた少年・ジョエルの元に9年間音沙汰なかった父親から引き取りたいと言う手紙が届く。
父親はかつてボクシングの巡業をしていて叔父も信用してはいなかったが少年を育てる余裕もない、という理由で見た事もない父親の家へジョエルは一人向かうことになった。

到着した家は立派なお屋敷だったがひっそりと静まりかえり黒人の祖父と孫娘が館を切盛りしている。
ジョエルは黒人メイドのズーとすぐに打ち解けるが、屋敷の女主人は奇妙な雰囲気を持ち近づきにくい存在だった。
肝腎の父親の姿が見えず、屋敷の者も口ごもってしまう。
戸惑うジョエルの前に現れたのはキモノをガウンのように着ている病弱な印象の男性・ランドルフだった。

ランドルフは全く屋敷から出ることもなく毎日部屋の中で酒を飲んだり音楽を聞いたりして過ごしているのだ。
ランドルフはジョエルに優しく接し、肖像画を描き、勉強を教えてくれる。だが近所の少女と遊ぶ以外閉じ込められた生活に少年ジョエルは次第に苛立ちを感じ始めた。

階段から落ちてきた小さなボールでジョエルは階上に誰かがいることを感じる。それこそが小さな部屋に寝たきりになっているジョエルの父親だった。彼は口もきけず体も動かせないのだった。

映画とは思えないくらい淡白な映像で役者も知らない人ばかりだが、結構見入ってしまった。
勿論この作品はランドルフのキャラクターが重要だしジョエル君の可愛さも必要なのだがどちらもよかったのではないだろうか。
もうちょっと映画らしい演出があったらミステリアスで凄くいいんだろうなあ、と思ってしまう。

このランドルフはカポーティならではのキャラクターで、その昔ジョエルの父が巡業していたお抱えのボクサー・ぺぺに恋をしていた。
勿論そのことを言えるわけもなくランドルフは仮面舞踏会で女装の貴婦人に仮装しぺぺと踊ったのだ。
ぺぺが女と共に金を持ち逃げしてからは屋敷に閉じこもりずっと昔の思い出に浸っているのである。
そしてランドルフはもう一つの秘密を持っていた。

アメリカ南部のお屋敷で時折女装しながら閉じこもっている男。なんとも胡散臭い話だが少年の目を通してミステリアスに描く事で神秘性を持たせている。うまい語り口である。勿論少年ジョエルを手放さないことがもう一つ妖しい雰囲気を持つことになる。

またジョエルとズーの関係、ジョエルと年上の少女との挿話もいい。少女はちっとも女の子らしくないということで家族の中で浮いていてジョエルと駆け落ちしようとするのだ。

それにしてもアメリカ南部の景色はとても好きなのである。あのうっそうと茂っている樹がいい。
カポーティが話題になったし、小説もまたちょっといいのを作ってもらいたい。

監督:デービッド・ロックサベージ 出演:Lothaire Bluteau(「ベント」など出演)
1997年アメリカ
タグ:家族
posted by フェイユイ at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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