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2007年08月17日

「フランケンシュタイン」ケネス・ブラナー

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「ドラキュラ」と同じように皆が知っているけど、イメージが先行して本当の話を知らない人が多い。と言っても私も原作をきちんと読んでいるわけではないのだが。

時代劇ということで機械類の奇抜さ、感情表現過多の部分も含め楽しめる作品である。
とはいえ、その本筋であるヴィクター・フランケンシュタイン氏とその造形物であるクリーチャー(怪物)の物語は決して古臭いものではなくむしろ現在において様々に考えさせられる話であった。

まず単純に新しい生命体を人間自身が作り出す、ということで言えば、現在すでにクローン、DNA操作、人工授精などが倫理問題の正否を問われながらも進行しつつあり、今、不可能であっても近い未来に大きく変化し需要と供給により当然のこととなっていくのだろう。それが果たしてどこまで進むのかは判らないが。

本作では人間が神に背いて作りだした生命体は「クリーチャー/怪物」と呼ばれてしまう。それは彼が人間の常識的な判断から言えば美しいとは言えず、醜いと呼ばれる外見をしているからのように思える。つまりフランケンシュタインの未熟な技術によるものであって、彼がもし優れた美容形成外科医であったなら話は全く違ってしまったのではないかと思えてしまう。
普通より美しい形で生まれてきた「人工生命体」なら逆にもてはやされたのではないか。
それでも正体を知られたら軽蔑されてしまうのか。しかし「それ」の数が増えていったらまた評価も変わってしまうかもしれない。

もう一つの見方は「怪物」と忌み嫌われた「子供」というものである。
「クリーチャー」はまるで親から生まれたのにも関わらず「怪物」「醜い」「出来損ない」と罵られる子供そのものの姿のようだ。
親は「こんな子に育つとは思わなかった」と言って自分の子供を嫌悪し見放してしまう場合がある。
愛されない子供はもがき苦しむ。彼らには巧く話す言葉がない。暴力と反抗でますます親を追い詰めていく。
ラスト、怪物が死んでしまったフランケンシュタインの側で「お父さん」と呼んで泣く場面がある。
怪物はただ愛して欲しかったのだ。なぜフランケンシュタインは我が子を醜いと斥けたんだろう。
なぜ愛さなかったんだろう。彼が怪物を「可愛い」と慈しみさえすればこんな事にはならなかったのに。
「赤毛のアン」で酷いコンプレックスに苦しめられているアンを支えていたのは彼女を産んですぐ亡くなった母親がアンを「とても可愛い」と言ったということだった。愛されたという思いがアンを勇気付けたのだ。
親に「醜い」「出来損ない」と言われてしまう子供はどうやって生きていけばいいのか。
多くの親なら他人には可愛くない子供でも可愛いものである。血がつながってないから?例えが気の毒だがあんまり可愛くない犬猫も飼ってるうちに情がわくものだ。
本作の怪物もさすがに始めはびっくりしたが観てる内に可愛く見えてきた。性格凶暴のみだと困るが理性も知性もあるのだから全然OKである。パパ=フランケンシュタインと仲良く暮らせたなら怪物も凄くチャーミングに変わっていったんではないだろうか。残念だ。

フランケンシュタインの我が子への非情さは怪物に名前をつけなかったことに表れている。
読んではいないけど虐待児の本に「It(それ)と呼ばれた子」というのがあった。映画の中でもフランケンシュタインが怪物が死んだと勘違いして「奴は死んだ」という英語が「He is dead」ではなく「It is dead」と言っているように聞こえた。怪物は生みの親にとって彼=人間ではなくそれ=ものにしか過ぎないのだ。
名前さえも与えてもらえなかった、と怪物は泣く。名前のない生物、それが彼に愛が与えられなかった証拠なのだ。
 
最後に死んでしまった父親ともろともに怪物は火を放つ。悲しい最期である。そうすることでやっと彼は父親の側にいることができたのだ。
そして技術も愛する心も未熟だったフランケンシュタインは死をもって償うしか道はなかったのだろう。

クリーチャー/怪物を演じたのがロバート・デ・ニーロ。大男のイメージの怪物を小柄なデ・ニーロが演じているのにまったく違和感がない。彼の怪物は本当に悲しい。目が見えないために怪物に優しい声をかけてくれた老人とのひと時だけがほっとする時間だった。
とはいえ、もともとはデ・ニーロ。いくら傷だらけで引きつれがあってもハンサムな土台が怪物を可愛く見せてしまう。自分がフランケンシュタインなら絶対可愛がるのにな。実際は(って創作物語だけど)もっと本当に醜悪だったのか。というかそんな醜悪さというのも想像がつかない。普通の顔をしてても醜悪、と思えてしまう人もいるけどね(自分の事は棚に上げてごめん)
ケネス・ブラナー監督・主演。すごい才能の人である。
しかし、フランケンシュタイン氏のあの再生方法、乱暴すぎる。手術とかってもっと落ち着いた繊細なものではないのか。
やたらばーんばーんって。出来立ての怪物の頭の上になんか落ちてくるし。縫い目ももっと細かくしてやって欲しい。全体に雑すぎ。その辺だけでも思いやりにかけるんだよね、この人。
ブラックジャック先生がいたらよかった。

監督:ケネス・ブラナー 出演:ロバート・デ・ニーロ ケネス・ブラナー ヘレナ・ボナム・カーター トム・ハルス エイダン・クイン
1994年アメリカ




ラベル:家族 科学 ホラー
posted by フェイユイ at 22:23| Comment(0) | TrackBack(1) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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