映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2007年08月22日

『ツイン・ピークス』 シーズン 1 Vol.1序章 デヴィッド・リンチ

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「ツイン・ピークス」の面白さを今更語る事もないだろうが、久し振りに観なおしてやはりその面白さは色あせる事がなかった。
というか今尚更にこのような事件、心理というのは身近なものとして感じられないだろうか。
その舞台はアメリカの田舎町である。製材工場が町の主な産業のようであり、緑豊かな自然に恵まれた環境だ。

物語はそのパッカード製材所に勤めるピート・マーテルが釣りをしようとした水辺でビニールシートに包まれた死体を見つけるところから始まる。
それは高校でも町の中でも人気者でありながら様々な秘密の顔を持つ17歳の少女・ローラ・パーマーであった。

今回は第1話を観たのだが、次々と奇妙な登場人物が現れる。といってもこれからもどんどん現れるのでここで驚いていてもしょうがない。
都会から車を駆って登場するFBI特別捜査官・デイル・クーパー(カイル・マクラクラン)からして不思議な存在である。
田舎町に巣くう異常な人々に勝るとも劣らない強い個性を持っている。樹木、ドーナツ、珈琲に強い愛着を示す。彼の個性は今後ますます発揮されていくわけでここらはまだまだ序の口なわけである。

異常な人々の中で最もまともな印象を持ちほっとさせてくれるのがトルーマン保安官である。マイケル・オントーキンがひょろりとした穏やかな保安官を魅力的に演じている。とはいえ、クーパー捜査官の超自然な手腕に絶大の信頼を置いているところはやはり変わっているのかもしれない。パッカード製材所のオーナーであり香港人のジョシー(ジョアン・チェン、後で彼女の事を知り驚いた)にぞっこんなのである。その辺も変わっているといえるのかも。

「世界で最も美しい死体」という(確か)コピーだったローラの遺体。途中で挿入される写真やビデオテープからローラがどんなに親しみやすく愛されていたかが伝わってくる。だがここですでに表向きの恋人と秘密の恋人がいること、1万ドルの所持金があったこと、ローラと共に怖ろしい体験をした少女が痛々しく傷だらけの下着姿で彷徨っていたところを保護される。秘密の恋人ジェームズと彼女の親友ドナの口からローラが聞いたものが嫌悪感を持つようなことに関わっていたことが示される。
愛娘が殺されたのだから当然ではあるが異常な反応を見せるローラの両親。冒頭部としてローラ殺害事件に大いに興味がかき立てられる。彼女の爪の奥から見つかった小さな紙片に書かれた“R”の文字の謎。大体なぜそんなとこにそんな紙片が?

高校生にしちゃ偉く色っぽい美人が続々登場するが、まあその辺はTVドラマとして当然の対策で。
クーパー捜査官が宿にするホテルの小悪魔娘オードリーの行動も気になる。
ローラの親友ドナはマイクと言う恋人がいながら、ローラの裏恋人ジェームズと恋仲になり、高校中退で暴力男の麻薬密売人レオの妻でありダブルRダイナーのウェイトレス・シェリーはローラの表向き恋人ボビーの恋人である、というややこしさ。
アダルトチームも面倒くさいので端折るが結婚していながら別恋人がいちいちいたりしてますます関係が複雑化していく。

ちなみに私は孤独なバイカー・ジェームズが好きだった。

片腕の男、丸太おばさん、片目のネイディーンらは今回はちょい役ながら誰もが謎の片鱗を見せている。

TVドラマとはいえ、デヴィッド・リンチ独特の不可思議映像は如何なく発揮されている。
拘置所で一緒になってしまった恋敵ジェームズに威嚇するボビーの吼える口はなるほど、フランシス・ベイコンのようである。

うたた寝しながら突然目を覚ましたローラの母・セーラが叫び声をあげ、ジェームズがドナと共に証拠隠滅に地面に埋めたローラとのハートのペンダントを何者かが掘り起こす所で続くとなった。
気になるではないかー!!!


posted by フェイユイ at 23:29| Comment(4) | TrackBack(0) | ツイン・ピークス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「キング 罪の王 」ジェームズ・マーシュ

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酷く気持ちの悪い映画だった。とても面白かった、などと言うつもりはない。

勿論、この映画はそれが目的なのだからそれでいいのだろう。

主人公はもとより父親牧師の言動は奇妙である。再三の買春でできた子供に対して最初は脅迫し、後ではいきなり息子として受け入れる。しかも罪の子と呼びながら。
いなくなった息子を神にゆだねると言ってあきらめてしまう。泣き出す母親の方がまともな感情のはずだ。妻の気持ちを理解せずにエルヴィスを家に迎えるのも変である。
聖職者でありながら鹿狩りに行くのも銃に興味を持っているのも異常ではないのか。

信仰深いはずの彼の家族もとてもそうとは思えないし、愛情も薄い気がする。
兄が殺されたというのに動揺しない妹が不気味である。

そういったものを映し出しながら、愛を求めて狂気の行動をとる主人公と対峙させていく。
どちらも怖ろしいとしか言えない。

ラストは当然こうなるべきものであったと思う。

惨たらしい内容なのにガエルの美しい容貌やウィリアム・ハートの存在感で見せられてしまうのも怖ろしい。

またここでもカインとアベルがモチーフとなっているということで兄弟殺しと父親への愛の渇望が描かれている。
それに妹強姦も加算されてよりおぞましさが増えているわけだ。

懺悔をすれば許されるのか、という根本的な問いかけで物語は幕を閉じる。

罪は誰にあるのか。

心に残ってしまう映画には違いない。

もう一つ気になるのは主人公がメキシコ人であり、演じたのがメキシコ人であるガエルということだ。
この映画の視点が父親側にあったなら理解不能なメキシコ人の犯罪ということになる。
が、視点はメキシコ人のガエルの側にある。アメリカ人である父親の元に行くのは不可能に近い。だからこそエルヴィスはアメリカの軍隊に入ったのだろう。
父親が最初慕ってきた息子を撥ね付けるのも得体の知れないメキシコ人だからだろうし、父親の娘(つまり自分の妹)を抱いてしまうのもメキシコ人だから、と取れなくもない。
他の映画でもアメリカ人のメキシコ人への差別的な目線は感じるわけで、ガエルのように性的魅力のあるメキシコ人が突如出現する恐怖というのはアメリカ人としてあるのかもしれない。
などと考えるとますます嫌な気持ちになる。

それにしてもガエル。やはり魅入ってしまう。さほど好きというわけではないが目を話せない。あの眼差し。気になってしまう。

監督:ジェームズ・マーシュ 出演:ガエル・ガルシア・ベルナル ウィリアム・ハート ペル・ジェームス ローラ・ハーリング ポール・ダノ
2005年アメリカ

ラベル:家族 宗教
posted by フェイユイ at 00:03| Comment(4) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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