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2007年08月26日

「珈琲時光」侯孝賢

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この映画、侯孝賢監督をちょっとでも知っていてタイトルやあらすじを見たらば退屈かもと手を伸ばせなさそうだが(実際そう思って観るのが今になった)意外や非常に面白く観通した。

これという事件がおきるわけでもなくどこから始まったか判らず何も終わらない単調な物語のようだが、様々な要素が絡み合っている。それらを陽子(一青窈)とハジメ(浅野忠信)が力の抜けた自然な演じ方で見せてくれる。
まずはフリーライターの陽子がその足跡を尋ね歩いている台湾生まれで日本で活躍したという作曲家・声楽家の江文也。作中でご本人の奥様と娘さんも出演されているのだが、その存在を初めて知った。(主人公役の一青窈自身ともイメージが重なることになる)
陽子が2・3日の予定で帰郷する。父親(小林稔侍)が娘を車で迎えにきている。無口だが優しい父親だとわかる。小林稔侍が大変にいい。
たどり着いたのは田舎の日本的な家。父親は座り込んでテレビで夏の甲子園大会を観ながらビールを飲む。そしていそいそと夕食の準備をしている妻に、つまみを用意してくれと言う。典型的な日本の家族の風景である。疲れて寝てしまう娘をそのままにしているのも、起き出した娘にご飯の用意をしてあげる母の姿もまた。

だがここで娘が母親に妊娠している事を告げる。相手は台湾の男性だが結婚するつもりはないと言う。
母親は驚き(だが声を荒げたりはしない)後で父親になんとか言ってとせがむが無口な父親は何も言わない(言えないというべきか)

また優しい母親は父の後妻であることがわかる。産みの母親が陽子の幼い時家を出て行ったため、彼女は北海道の親戚の家で育てられたのだ。
優しげな平凡な家族に見えたが人生というのが決して単純なものではない。

陽子が家族や親戚とお墓参りをするシーンがあってその風情がなんとも懐かしい。自分も昔殆どこんな感じで夏墓参りをしたものだ。
周りの風景もこんな田舎の田んぼばかりであった。

懐かしいといえば行ったことはないがテレビや映画で見慣れているはずの東京の町もこんなに懐かしい雰囲気のするところだったのか、と奇妙な郷愁に襲われながら観ていた。
陽子が乗る電車のゴトトンという音が心地よい。窓から見える風景も乗っている人々ものんびりとしている。

陽子が珈琲を好きでよく喫茶店にはいるのだが、確かに今風の珈琲ショップではなく喫茶店というのも酷く懐かしいものである。店主が高齢な人が多いのもいい感じである。(但し陽子は妊娠中でホットミルクばかり飲んでるけど)

陽子に何か忠告をしようと両親が陽子のアパートを訪ねる。
ここでもまめな母親は陽子の好物の肉じゃがを持参している。父親は何か言いたげにしかし何もいわず肉じゃがをぱくつく娘をじっと見ている。結局父親は一言も陽子に言い出せないままだった。

無論、陽子の判断は陽子自身の体験から来ていることでもあるだろう。母親から見捨てられても彼女はいい娘に育った。
そして結婚する事が束縛を意味すると嫌っているのも母親が父の元を去ったことに起因している。
とはいえ、無論彼女はまだ若くこの先どうなるのかはわからないのだ。台湾の彼とやはり結婚するかもしれないし、ハジメちゃんと結ばれるのかもしれない。本当にシングルマザーを通すかもしれないし全く違う男性と暮らすのかもしれない。だがこの先どうなるとしてもかまわない。
父親として娘が本当に困って駆け込んできた時助ければいいのだ。そんな風に思ったのではないだろうか。
というか、これは自分が母親なのできっと娘に対してそう思うと考えるからなのだけど。
「お前はジャガイモが大好きだったな」そう言った時、父親は幼かった時の娘を思い出して大人になった、と感じたんだ。

ハジメちゃんは絶対陽子が好きなんだけどあっさりしてるとこがいかにも今風である。
パソコンで電車をモチーフにした絵を見せて自分をアピールしている。
勿論陽子だってハジメの気持ちがわからないわけじゃないだろうけど、この関係は気持ちいいよね。つかず離れず違う電車に乗って通り過ぎてしまったり偶然乗り合わせてしまったり。彼女達の関係を表すかのような演出だった。

演出といえば、陽子が義母に妊娠を打ち明けた時、雨が降ったり、話しにくいな思ってる時電話の呼び出し音が途中で切れたりといった細かい演出が色々あって退屈しない。
陽子が夢に見たゴブリンの話は自分が生みの母親にとってチェンジリング(取替えっ子)じゃなかったのか、これから生まれてくる子は?という恐怖感があったのでは。だからゴブリンの絵本を見て産みの母親の記憶が蘇る。単純なようで複雑な物語が東京の町を上下縦横無尽に走る線路と電車に重なる。
陽子がこれからどうなるのか何もわからないし決まってないけど、大丈夫。
大好きな珈琲を飲んで一息つこう。

監督:侯孝賢 出演:一青窈 浅野忠信 小林稔侍 余貴美子 萩原聖人
2004年日本

陽子という名前は一青窈がこの映画の最後に流れる歌「一思案」の作曲をした井上陽水から取って監督に薦めたのではなかったかな。


ラベル:家族 人生
posted by フェイユイ at 22:54| Comment(4) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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