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2007年11月26日

『ドッグ・バイト・ドッグ 』ソイ・チェン

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狗咬狗

この映画の中のエディソンの魅力をどう表現していいか、わからない。
ただ生き延びる為だけに生きている。そんな生き方をしてきた男の話である。

光線が黄色っぽく覆っていて異世界の出来事のようでもある。香港で言葉の通じない(カンボジア人)青年と普通語を話す少女はゴミ捨て場の汚らしい小屋で出会う。
青年は劣悪な環境で生まれ育ち生きていく為に仲間を次々と殺すことで命をつなぎとめており、ここへも殺人のために送り込まれたのだった。少女は遠い場所(大陸のどこか)で生まれ母をなくし父親と香港のゴミ捨て場で生活をしていた。そこで彼女は父親に犯されながら生きていくしかなかった。
彼らがたとえ命を落としたとしても誰の関心を呼ぶこともなく涙を誘うこともないのだろう。彼ら自身がゴミ捨て場に運ばれたゴミでしかないのだ。生きていても死んでしまってもどうでもいい、そんな存在なのだ。
自分というもの以外何も頼るものもないふたり。賑やかで富める街のゴミ捨て場で出会った青年と少女には生きていく希望も価値もないのだろうか。

出会う者を皆殺すことしかできない青年がもう少しで手にかけようともした少女を殺さなかったのは少女が自分と同じ存在だったからなのだろうか。
青年が船の絵を描いた上に少女が男と女が手を握って乗り込んでいるのを描き加えて喜んだ時、青年はこの少女と行こうと思ったのである。

どこにも行き場はない二人の逃避行と心に傷を持つ若い刑事の救われることのない復讐が絡んでいく。
刑事は尊敬する父親の堕落に失望し刑事としても人間としても生きていく事ができなくなった惨めな存在である。その心のあり方としては殺人者である青年よりさらに人間性を失ってしまっているのだ。

彼らはまさに『犬』でしかない。彼らが出会い殴りあう様は野良犬が咬み合っている、その姿なのである。彼らのケンカの場面では犬の唸り声が聞こえている。
彼らの争いには何か特別なものが伴っているわけではない。国だとか組織だとか金銭だとか名誉だとかそういうものは何もないのだ。
彼らのケンカは単なる犬同士の咬み合いでしかない。彼らのどちらが勝ってもまた死んだとしても誰も何も思うことはない。ある者は無意味だと笑うだろう。また醜いと罵るだろうか。
最後に聞こえてくる『You Are My Sunshine』は胸に刺さるものがあった。


エディソン・チャンはノーブルといっていいほど綺麗な顔立ちなのだが、この獣のような青年をこれ以上ないほどの魅力で演じている。
少女は可憐で愛おしい。互いに言葉が殆どないのが効果的である。
歪んでしまった刑事役のサム・リー。相変わらず細身でしかも男らしくて素敵である。

『狗咬狗』というタイトルを見た時から観たくてたまらなかった作品だったが期待以上の出来栄えだった。
エディソンとサム・リーが主演だというのも観たい理由だったが、こちらも満足以上の素晴らしさであった。

こういう話は欧米ではちと無理であるだろうし、東南アジア・香港だからこそ作られる作品なのではないだろうか。
がつがつと食べ物を飲み込みながら殺人を犯す青年というキャラクターには身震いを覚える。

監督: ソイ・チェン 出演: エディソン・チャン サム・リー ペイ・ペイ ラム・シュー チョン・シウファイ
2006年香港





ラベル:暴力
posted by フェイユイ at 21:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 香港 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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