映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2008年01月31日

『アズールとアスマール』ミッシェル・オスロ

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AZUR et ASMAR

何と言っても絵の美しさにうっとりと眺めいる作品なので文章での説明というのは何の役にも立たない気がする。観ようかどうしようかと迷っておられるのなら何も考えずまず観てもらいたい。

物語は人種・宗教の違いから起こる差別や価値観の違いを戒めることがテーマとなっているため、やや説教じみて感じてしまうのかもしれないが、観ている間は登場人物たちの魅力、背景のえもいわれぬ美しさ、幻想的でありくっきりとした色彩にただ圧倒され魅了されているばかりである。
無論きちっとしたテーマがあることで判りやすく納得のいくエンディングになっていることで落ち着いた筋書きとなっている。

同監督の『キリクと魔女』を観ていたのであの可愛いキリクのような少年が二人出てくるのかと思いきや、目を見張るような美しい白人とアラブ人の少年たちだったので驚いてしまった。そろってそれぞれの人種の特徴を出した美しさでなんともいえないエロティシズムさえ感じてしまうのだ。
イスラム圏を舞台にした、というのが目当てで観たのだが『キリク』の時と違いフランス人のアズールのほうが主体となっていたのもおや、となってしまったのだがこれは無論白人がイスラム圏に入った時に言葉も通じず青い目というだけで差別を受ける、ということでそうしたことがどんなに辛いことなのかをフランス人に体験させようという試みなのだろう。フランス語には字幕がはいるがアラビア語にはそれがなく観ているものも言葉の判らない異国での苦悩を味わうことになる。

フランスの地で裕福な領主の息子アズールとその乳母の息子アスマールは乳兄弟としてともに生活するがある日厳格で差別的な精神を持つアズールの父親にその暮らしを引き裂かれてしまう。
アズールは勉学の為、街へ連れて行かれ、アスマール母子は酷いことに何も与えられず追い出されてしまう。
やがて成長して若者となったアズールは乳母がいつも聞かせてくれていた「妖精ジン」の姫を救うために遠い乳母の国へと旅立つ。
そこでアズールは青い目というだけでアラブの人々に疎んじられる。同じフランス人クラプーと出会いアズールは「妖精ジン」を探し続ける。そしてある日、懐かしい乳母の声を聞いたのだ。

アズールとアスマールは幼い時から互いに慕いながらもいつもケンカばかり。再会した後も心はすれ違う。だが別の敵が現れたことで仲良くなる、などといった筋書きもいかにも人種・宗教間の問題をあらわしている。
脇役として一番活躍のクラプーはすでに年がいってしまったが若い頃は同じように妖精ジンを探していた。
いつも母国とアラブの町を比較しては文句を言っているが実はこの国が大好きという屈折した性格の持ち主。悪口の繰り返しが妙におかしい。
キリクを彷彿とさせるような行動的で頭のいいアラビアの姫君シャムスサバがとても可愛い。
私はこの姫がアズールと結ばれるのでは?とも思っていたのだがそうではなかったのだね。国の未来を背負って立つ姫。アズールの前に現れた時は確かに小さかったのでびっくりした。誰もきっとすらりとした美女が登場すると思ったよね。

乳母。ハンサムな二人の息子を持つ羨ましい存在。冷酷なフランス人に追い出された時は可哀想だった。てっきり金持ちと結婚したのだと思っていたら自分で働いて富を得たという凄い女性。

イスラムの女性達が殆ど顔を出して外出しているのはちょっと不思議な気もするが街の雰囲気、建物の様式、すべてが絢爛たる美しさである。
アニメなのだが素晴らしい絵本を見ている様な気持ちになる。
アズールとアスマールの兄弟愛にも心打たれる。
アズールとシャムスサバ姫が樹の上で町を眺める場面はシルエットだけなのだが心に残るデザインである。

アズールとアスマールは青と褐色の意味らしい。

監督:ミッシェル・オスロ  音楽: ガブリエル・ヤレド
2006年 / フランス

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ラベル:友情 宗教 人種
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2008年01月29日

『ロード・オブ・ドッグタウン』キャサリン・ハードウィック

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LORDS OF DOGTOWN

まだ幾つか観ていなかったヒース・レジャー出演映画を全部観てしまおうとしてきたこの何日か、どうも彼を讃えるには足りない作品が続いて(自分の好みでは、ということだが)やはり好きなものから選んでいたのだなと納得もしていたのだが、ここにきてがつんとやられてしまったのがこれ『ロード・オブ・ドッグタウン』
これが思いもかけずめちゃかっこいいのであった。

車の間をすり抜け、壁に飛び上がり、地面すれすれでターンしながら街中をスケートボードで駆け抜けていく悪ガキ共。通りがかりの人たちをからかい、他人の家の庭を通り抜け、悪態をつかれ怒鳴られても止めはしない馬鹿者たちよ。
毎日毎日をそんな意味のない悪ふざけで青春を潰していく3人の少年たちがいた。

カリフォルニア州ベニス。貧しくて不潔な楽園。
サーフィンショップを手がけるスキップ(ヒース・レジャー)はそのサーフィンの腕前で悪ガキどもにも一目置かれている。
ある日、手に入れたスケートボードのウイールのグリップのよさに目をつけ、ガキどもがすっかりこれに夢中になったのを見てスケートボードチームを結成しボードで一儲けしようと企んだ。

悪ガキどもが道路だけでなくボードを走らせるのに見つけたのが当時水不足になったカリフォルニアの家々にある空っぽになったプール。
あちこちに侵入しては絶妙のカーブを描くプールの底でボードを自由自在に走らせる。
見つかっては逃げ、また別を見つけてプールのそこで舞うのだ。

3人の少年がそれぞれに魅力的なのである。年齢は16歳くらい。
長い金髪のステイシー(ジョン・ロビンソン)は最初女の子かと思った。ガス・ヴァン・サント『エレファント』の主役の子だ。
バイトもしっかりしながら(腕時計も車も持っている)スケートボードの練習もきっちりやってる努力家。
メキシコ人のトニー・アルバ(ヴィクター・ラサック)はダントツの腕前。カラーリングした金髪と濃い顔立ちも性格もおとこらしくてかっこいい。かっとなりやすいのが玉に瑕。
ジェイ(エミール・ハーシュ)は母親と二人暮らし。ちょっとだらしないところのある母親だがジェイはとても愛している。
3人ともに才能を持っているのだが、目をかけられ企業と契約をして働き出す二人と違いジェイはいつまでも町の中でボードを走らせることに留まっていた。
そして3人といつも一緒でありながらうまく滑れないということで番外になっているシド。彼こそがこの3人のかすがいになっているのだが、彼自身も明るくひたむきで下手ながらもスケボーと仲間を愛している。3人がかっこよく滑るのを感心してみているのが可愛らしいのだ。

10代のまだなにもつかめていないような不安定な少年の頃に同じような才能と希望を持ちながらも少しずつずれていく彼らの行き先。
いつまでも一緒に走り続けられると思いながら様々な出来事、思惑が友達である3人を離れさせていく。
観ていて胸が痛くなる、心のすれ違い。何かが悪いのでもないのに成長するほどに別れはくるのだろうか。
そんな彼らともう一人つるんでいた裕福な育ちのシドはいつもこけているのだが、内耳が悪くてバランスが取れないのだと思われていた。
その彼が実は脳腫瘍のせいでバランスがとれないでいたのだと判る。
ばらばらになっていた3人の気持ちがシドを中心に戻ってくる。
以前金持ちのシドの父はプールの底は危険だと走らせてくれなかった。息子が病気になった今、それを許してくれたのだ。
シドの前で技のありったけを披露する3人。そして車椅子に座るシドをプールの中に降ろす。
カーブするプールの底はまるで空中のようで海の底のようで3人は繰り返し繰り返し、シドの周りでジャンプし、回転し、走り抜けるのだ。まるで鳥のように魚のように。シドを心配したお付きの看護師が注意するまで。何度も何度も。

水色のプールの底を滑らかに走る少年たちの姿の美しさ。まぶしさ。
成長する事はまた悲しみもあるが、決して千切れてはいなかった彼らの友情が胸に迫ってくる。シドの車椅子を3人が支えながらプールの底を走らせる。手術の傷跡も痛々しいシドの笑顔。
たとえまた離れてもこの時をともにした思いはもう忘れる事はないだろう。

スケートボードというちょっとばかししょうもない感のある遊びみたいなものだと見くびった気持ちもあったのだが最後には胸が痛くなるほどの思いだった。
3人の少年たちはどの子もそれぞれに思い入れができる丁寧な設定になっている。
自分的にはメキシコ人アルバがかっこよくて好きだった。他の2人より先走って金儲けの世界に入ってしまい、持ち前の短気で痛い目にあうのだが、彼がシドのプールに戻っていたのを見た時は涙がこぼれそうになってしまった。
母親思いのジェイも生意気が可愛い。結局は一番損な役どころだったのかもしれない(出世と言う意味では)金儲けと聞くたびに逃げてしまうジェイは最も純粋にスケートボードを楽しんでいるのかもしれない。
ステイシーは可愛い顔だが3人の中で一番のしっかり者。気持ちも優しい少年で魅力的だ。
実話を元にした物語ということが信じられないような美しい話だった。海に向かって走る彼らの爽快さ。

ヒース・レジャーはこの悪ガキどもを利用してスケートボード製造で一儲けしようとして失敗するかなりしょぼい男の役なのだが、これが意外と似合っている。
酒びたりでサーフボードを懸命に作っている様子がけなげである。
世代ごとに思い出の青春映画というものがあるだろうが私がこの映画で思い出したのが『ビッグウェンズディ』本作が70年代ならこれは60年代を懐かしむ、という物語だった。こちらも3人の若者がサーフィンで青春を謳歌しやがて大人になり再び、という感動作であったっけ。
本作の出だしがサーフィンだったし、ヒース演じるスキップのサーフィンがかっこよくサーフボードを作るシーンなどが重なって思い出された。

それにしても空のプールでのスケートボードのシーンは忘れられない衝撃だったなあ。
本作の脚本を仲間の一人ステイシーが手がけているのも驚き。登場人物の一人ひとりに愛情が感じられる。

監督:キャサリン・ハードウィック 脚本:ステイシー・ペラルタ 出演:エミール・ハーシュ ヴィクター・ラサック ジョン・ロビンソン マイケル・アンガラノ ニッキー・リード レベッカ・デモーネイ ヒース・レジャー
2005年アメリカ

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2008年01月28日

『カサノバ』ラッセ・ハルストレム

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CASANOVA

観てなかったヒース・レジャーのDVDの中で一番気になっていたのがこれ。
というのも真面目で一途で純粋なイメージのあるヒースが稀代の女たらしを演じるというのだから一体どんな変身ぶりなのか。あの純朴な眼差しが妖しくも嫌らしいスケベな目に変われるのだろうか。
とあまりのことに想像も及ばずいぶかしんでいたわけである。
蓋を開けてみたら、なるほど確かにモテモテのプレイボーイという設定ではあるが悪魔のような甘い言葉と眼差しで女を次々と餌食にしていく、という過程は簡略化され、星の数ほどの女を手玉にとったカサノバが一人の女性に夢中になってからの物語となっているので正味ヒースが演じているのは「一人の女性に一途に想いを寄せる青年」である。
しかも「カサノバ」の看板を別の男(恋人の弟なのだが)に引渡し自分はその恋人と仲良く暮らしていく真面目な男になって余生を送るのだからカサノバのカサノバらしい放蕩ぶりはあまり楽しむ事はできないのである。
その上でもヒースがカサノバ役にぴたりとはまっているのか、と言われれば私としてはどう贔屓目に見てもヒースが女殺しに見えないのである。
尚且つカサノバは男とも寝ていて女装癖があり天才的な頭脳をあわせ持っていたという男である。素朴な雰囲気が持ち味のヒースがそういうキャラクターに変身しきれているとは見えなかった。
むしろ作品中で剣の手さばきを見せるシーン、馬に乗るシーンなどに
ぞくりとするような色気があってちょっとお辞儀をするような動きでもはっとするようなかっこよさがある。そちらのヒースのほうに思わず魅せられたわたしである。

などとゴタクを並べたがこの物語は特に「カサノバ」の伝記というようなものを目指しているわけでもなく、恋愛を題材にしたドタバタロマンチックコメディという軽くて楽しい作品なのでカサノバがどうだとか、ヒースがカサノバに見えるか、などということで目くじらを立てるのはいただけないことだろう。
これはそんな追求をするのではなくふふふと笑いながら楽しんで観るのが一番なのである。
最後は大団円とも言えるハッピーエンドになるわけで18世紀ヴェネツィアの風俗・景色を眺めながらシェークスピア劇のような物語を楽しむに限る。
何と言ってもディズニー作品なのであるし。

悪役ジェレミー・アイアンズはさすがの貫禄。やっぱり喜劇にはこういう悪役が必要なのだなあ。

監督:ラッセ・ハルストレム 出演:ヒース・レジャー シエナ・ミラー ジェレミー・アイアンズ オリバー・プラット レナ・オリン
2006年アメリカ
posted by フェイユイ at 20:29| Comment(4) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジョニー・デップがヒース・レジャーの遺作の代役に?

ジョニー・デップがヒース・レジャーの遺作の代役に?

どうなってしまうんだろう、と心配したテリー・ギリアム監督ヒース・レジャー出演の新作『パルナッサス博士の想像力』ジョニー・デップが代役、それも途中から変身してしまうということでヒースの出演部分も使われるわけですね。
悲しいけど僅かでもこの映画に出たヒースが観られるというのは少しだけ嬉しいことではないでしょうか。

ジョニーは『ドン・キホーテを殺した男』がお蔵入りした過去があるだけに今回でギリアム監督との共作なるか。
posted by フェイユイ at 17:47| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月27日

『パトリオット』ローランド・エメリッヒ

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The Patriot

こちらはヒース・レジャーその人のことから始めよう。
観る前に「メル・ギブソンの息子役」とだけ聞いていたのでほんの少しだけ出てきていなくなるような役割かなと思っていたら、殆どでだしから出ずっぱりの活躍だったのでヒース目的に観るにはかなり楽しめる映画となっている。
『ブロークバックマウンテン』『チョコレート』そしてこれと観てくるとこの3つはどれも父と息子の葛藤を描いている。が、本作ではメル・ギブソン演じる父親と対抗しているとはいえ心から愛されている長男としての反発なので見るからに甘えん坊で幸せそうな笑顔が見れるのだ。イメージとしてはオーストラリア男性というのは大柄で男気のある大らかな性格を想像してしまうのだが作品を見る限りヒース・レジャーは繊細で内気で無口という役が多いようだ。本作のガブリエルもそういったヒースのイメージどおりだが平和主義を求める父親に反抗してアメリカ独立戦争に志願する長男という役どころである。これが後の『サハラに舞う羽根』では戦争前に逃げ出してしまう役を演じているというのも面白い。
真面目で一途で心優しく愛する女性にも同じように情熱を傾ける青年ガブリエル。だが彼の最期もまた若くして逝ったヒースその人を思い起こさせて悲しい。
DVDにはヒースだけのフォトギャラリーも収録されていた。

さて次は主人公ベンジャミン・マーティン。7人の子供を持つ男やもめで過去の戦争で残虐な行為をした悔恨の思いを常に抱いているというメル・ギブソンお好みの「ヒーロー像」である。
これを観るとメル監督・主演の『ブレイブハート』を自然と思い出してしまうだろうが(愛する人を殺され英雄となって戦いぬく)私としてはメルは『マッドマックスシリーズ』の時からまったく同じヒーロー像を追い続けていると思っている。監督は違うのにどうしてこう同じ設定なのか不思議だが『マッドマックスシリーズ』の時も愛する妻子を殺されたメル・ギブソンが英雄となって凶悪な集団と熾烈な戦いを繰り広げる、というもので、実は私は『マッドマックス』=メル・ギブソンが大好きで死ぬほど繰り返し観たが、その時となんら変わらないメル・ギブソン・ヒーローなのだ。
冒頭ベンジャミン・マーティンが息子から軽蔑されても平和主義を押し通し、いかに彼が家族思いで戦争を毛嫌いしているかという説明が念入りにされる。アメリカ独立のためイングランドに立ち向かう、という大義を背負いたい長男ガブリエル=ヒース・レジャーは父親を蔑視しつつ入隊してしまう。愛する息子が戦争に向かったことに悲しみを抱きながらもベンジャミンは残りの子供たちと家を守り続ける。そこへガブリエルが重傷を負いながら伝令を持ったまま我が家へ逃げてくる。
だがどこへ出現したイギリスの卑劣な将校ダビントン大佐がガブリエルを捕らえて行こうとする。何もできないでいる父親に苛立った次男トーマスはまだ少年ながら兄を救おうとイギリス兵に体当たりする。無慈悲なダビントンは少年トーマスを撃ち殺した。
次男を殺され長男を連れ去られた父ベンジャミンはここで立ち上がる。かつて戦場での活躍を彷彿とさせるかのようにまだ子供の三男四男をひきつれ20人のイギリス兵を見事なまでに殺戮しガブリエルを救い出すのだ。
本当は平和主義の男が家族を殺された怒りで堪忍袋の緒が切れたということで戦争にいくのも仕方あるまいという(観客への)説得をこうも綿密に訴えてから華々しい戦闘シーンを繰り広げ、合間合間にいかにイギリス軍が(ダビントンがってことになるが)残虐無慈悲かを訴えてアメリカ軍を正当化していく。どちらにしたってネイティブから見たら侵略なんだろうけども。
本作ではメルは最初から奥さんが死んでるんだけど息子ガブリエルの妻が焼き殺されるという非業の死をダビントンに与えられることでまたもや復讐劇が容認される。作っているのは別人だがやっぱりメル・ギブソン俺のヒーローストーリーって一つのものだと確認させられてしまった。マックスは好きだったけど、年を取るとあーゆーうそっぱちではなく史実に基づいた重々しい英雄になりたいと思うのだろうな。

家族愛とヒーローというテーマを常に持っている(と思われる)メル・ギブソンはここでまさにそのテーマどおりの男を演じきってみせた。
アクションと家族愛とラブストーリーも織り交ぜた本作は3時間の長丁場でありながら退屈させない技術に満ちている。
それを秀作と呼ぶもいいが、私としては別の目線で捕らえた作品が観たいと願ってしまうのだ。

監督:ローランド・エメリッヒ 出演:メル・ギブソン ヒース・レジャー ジョエリー・リチャードソン ジェイソン・アイザックス クリス・クーパー チェッキー・カリョ ルネ・オーベルジョノワ リサ・ブレナー トム・ウィルキンソン レオン・リッピー アダム・ボールドウィン グレゴリー・スミス トレバ・モーガン
2000年アメリカ


posted by フェイユイ at 20:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月26日

ヒース・レジャーの日本未公開作品を観たかったら

ヒース・レジャーの作品で日本版DVDになっていないので観れないものもありますが、字幕なし、もしくは英語字幕などでも観たいということならyesasiaから購入できます。
参考までに。
ただしリージョンにご注意ください。

ここは『恋のからさわぎ 10 Things I Hate About You』にリンクしてます。

あとはHeath Ledgerで検索するか。色々たどってみてください。
posted by フェイユイ at 20:25| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月25日

『チョコレート』マーク・フォースター

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MONSTER'S BALL

ヒース・レジャーの追悼と言う意味を込めて映画感想を書こうと思ったのだがかなりの歯ごたえのある作品で中途半端には書けなくなった。


アメリカ南部での典型的な白人による黒人差別が主軸になっていることもあるのだがそれだけでなく冒頭から終わりまで逃げ出したくなるような気持ち悪さが満ちている。
気持ち悪いから観たくない、出来が悪いという事ではまったくなくむしろこうまでスリリングに人間の精神を描いていることに戦慄を覚える。
他の人の評を見るとこの映画は人種差別を乗り越えた真摯なラブストーリーとして賛辞され、ハンクとレティシアの今後の幸せを案じたり希望したりしているものが多いようなのだが、私はこの作品を強烈なホラーとして観通した。勿論超楽しめる一級品のサスペンスホラーである。
そして登場人物の描き方のうまさ。構成の巧みさ。どことなくスティーブン・キングの面白さを思い出してしまう。怖い怖いと思いながら目が離せずどんどんと読み進めてしまうあの感じである。
設定やキャラクターが一見ありきたりのように思えるのはホラーとしては常套で普通の男女、普通の差別者だからホラーは成り立つのだ。

映画を観ていて時々感じることがあるのだがこの作品もからくりの中のからくりで出来上がっているのではないか。
表面上は人種差別を克服した白人と黒人の愛の物語のように見えて実はどうしても逃れられない個人の心の奥底にある憎悪、劣等感といった隠そうとしても隠しきれないものがどろどろと澱んでいる。
この作品もハンクやレティシアの説明的な台詞が少ないだけにその解釈が観る者に委ねられてしまう。
怖ろしい人間の心理の奥を覗き込んだドラマである。そのシンボルとしてチョコレートが登場する。主人公ハンクはチョコレートアイスクリームが好物であり、レティシアの息子は父のいない寂しさをチョコレートバーで慰めている。
黒人差別者であるハンクは差別意識を持たない息子を死なせてしまう。その後、美しい黒人女性レティシアを知って彼が好むチョコレートアイスクリームのように彼女を味わいまるでレティシアを愛したかのように見えるがそれは彼の心の隙間を埋めるためのものにすぎないのではないか。
一見まるで白人と黒人の差別を乗り越えての愛というものを描いたかのように思わせて実は黒人女性レティシアが白人男ハンクの心の奥を知るまでを描いている。
ハンクは生活力のないレティシアを救い、自分の店に彼女の名前をつけて自己満足しているが、邪魔になった父親は即座に追い払うところにハンクと言う人間が「いい人間」になったわけではないことが判る。決して黒人差別をすることに反発したわけではなく思うようにならなかったので起こした行動だ。
ハンクが催す嘔吐も心理状態を表現している。丁寧に「きみのせいじゃない」と言っているが明らかにそうなのだ。

最も怖ろしかったのは無論最後、レティシアがすべてを知った後、玄関の階段でハンクとチョコレートアイスクリームを食べる場面。ふとレティシアが庭の脇を見ると3つの墓が建っている。
二つはすでに芝が生えているが最後の一つはやっと土が盛られた状態なのだ。
これは一体なんだろう。
この墓は実際にハンクの家にあるわけではないだろう。
これはレティシアが心に感じた墓なのだ。
ハンクの一家3人の男の墓なのか。最後の墓はハンクのものである。レティシアはすべてを知った。
ハンクが自分をどう思っていてどうするのかを。
そして自分がどうすべきかも。
ハンクが差し出すチョコレートアイスクリームを食べてレティシアはにやりと微笑む。
これはハンクの処刑の前の夜会(モンスターボール=化け物の夜会)なのである。
執行者はレティシアなのだ。

原題『MONSTER'S BALL』=怪物たちの夜会、これは英国で死刑執行前夜にパーティを開くことからきていると作品中で説明があった。これがラストの場面にもつながるわけで巧いタイトルである。

レティシア=ハル・ベリーはあくまでも美しい魅惑的な容姿を持ち且つ短絡的、衝動的であまり頭がよくない「典型的黒人女」のように描かれている。これも物語の為のあえての設定である。自堕落な「黒人女」のようにしか描かれないレティシア。貧しくて行き場がなく
結局白人男の性の対象になるレティシアは最後に白人男ハンクの正体を見破る。
「きっと俺達うまくいくよ」
それまでただハンクの庇護者に過ぎずそれを求めてもいたレティシアが笑顔の裏で何を考えたのか。

もう一つ変に思えたのはレティシアとハンクの最初のセックスの場面でそれまでのカメラの位置と全く違う所に移動した時だ。まるでふたりのセックスを覗き見るかのようなカメラ位置。一体このカメラ(つまり視点)は誰のものなのだ?誰が二人のセックスを盗み観ている?単にあまりに直接的に映さないためだったのかもしれないが。
そして時折挿入される檻の中に手を入れる画像。これはハンクがレティシアを捕まえた、という意味か。
最初のセックスの時、激しく求め合った二人が二度目ではレティシアだけを感じさせている。そしてすぐチョコレートアイスクリームを買いに行く。ハンクにとってレティシアがチョコレートアイスクリームそのもののように思える。


ヒース・レジャーについて言えば、無論この物語は父親ハンクのものなので彼はハンクの心の異常性を表現するために登場した可哀想な犠牲者で、ヒースはその役を申し分なく演じている。
家から離れる事も親に逆らう事もできず悲しみをじっと耐えている心優しい息子が(多分)初めて起こした反抗的な行動が自殺なのだ。
この映画をヒース・レジャーの死の前に観ていれば単に「若いながらうまい演技。将来有望」などと書けたのだろう。
だが彼の急死の後に観た目にはまるで彼自身のことのように思えて衝撃を受けてしまった。ソニーの純粋で繊細な精神がヒース自身と重なって見える。ヒースも何かに耐え切れなかったのだろうか。

この作品の中の祖父・父親とは違う博愛の精神を持っているが突然目の前で自殺してしまうような興奮性、鬱々とした性格は親子3代に渡ってそっくりだと言える。
この3人の男は「家」に対して非常な執着がある。親父もその親父が嫌いなら出て行けばよかったしハンクに「出て行け」と言われた時、ソニーも出て行けばよかったのに「お前が出て行け」と家から出ることを拒否している。私ならもっと以前にさっさと出て行ったと思うのにこういった家への執着というのはなんなのだろう。

映画の全体の色彩、服装などもチョコレート色が多用されている。

監督:マーク・フォースター 出演:ハル・ベリー ビリー・ボブ・ソーントン ヒース・レジャー ピーター・ボイル
2001年アメリカ
posted by フェイユイ at 23:08| Comment(2) | TrackBack(1) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月24日

ヒース・レジャー ずっと観ていきたかった

heath_ledger_06.jpgヒース5.bmp

アン・リー監督がヒースをイニス役に起用した理由を「奥深くてもろくて弱いから」と言っていたことがまた悲しみを覚えさせる。

私はヒース・レジャーのファンというにはおこがましく、作品を前部観たわけでもないことを後悔している。
今から観ていこうと思っているが彼が存在した時に観るのとではなにかが違う気がするからだ。
そして幾つかの作品を観ていて本当によかった。

まだ死因がわかったわけではないので何もいえるわけではないが、酷く疲れていたのだろうか。
遺作となったバットマン映画「ダーク・ナイト」そしてテリー・ギリアム監督との作品も期待するものだった。
だがその作品作りでの重責が彼の死を早めてしまったのだろうか。
いけない。何も言えないこととわかっているのに。

『ブラザーズグリム』『ブロークバックマウンテン』『ロック・ユー!』『悪霊喰』『サハラに舞う羽根 』が私が観た彼の映画だがどれも心に残る作品である。
私はいったい何を書こうとしているんだろう。よく判らない。まだ観ていない作品があることも心の拠りどころとなるかもしれない。彼が残してくれた映画を観ていきたいと思う。


ヒース・レジャーの死にアン・リー監督、絶句

ヒース・レジャーが28歳で死去
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2008年01月23日

ヒース・レジャーを偲びながら『ブラザーズグリム』

ブラザーズグリム.jpg

今朝方、突然にヒース・レジャーの訃報を知って信じていいのか、なんと言っていいのかまったく判らない。偽のニュースだったら、と願うばかりだ。
ヒースの映画は幾つか観ている。まだ年若い彼のことでそんなに多数の作品があるわけではないのが寂しい。手元に持っているDVDは『ブロークバック・マウンテン』と『ブラザーズグリム』
大概の人は『ブロークバック』を観なおすだろうが私にとって『ブラザーズグリム』はとても思い出深い作品なので今夜はこの映画でヒースを見つめることにした。

ヒースを初めて観たのも『BBM』ではなくこの作品である。
この映画の中のヒースはお伽話の世界に没頭し現実と夢がごちゃまぜになっているような純粋な青年。マット・デイモン演じる兄のウィルは彼を「魔法の豆」と呼んで馬鹿にしている。
『ブロークバックマウンテン』とは違い、明るいタッチのコメディでグリム兄弟をふざけ気味にパロディ化しているので軽く見られてしまう傾向もあるようなのだが、私は凄く好きなのだ。何度も見返しているがコントラストの強いお伽話にぴったりの色彩・映像とグリム童話と他の物語も取り入れながらのイメージの表現が不気味に愛らしくユニークで楽しめる。
そしてなにより心惹かれるのはグリム兄弟ふたりの個性と関係なのである。
マット・デイモンは他の映画とは随分違った印象になるほど兄ウィルを作り上げている。
もみあげのある金色の髪型も横着で傲慢な態度もこの役のために演出されたものだ。
一方、弟ジェイクのヒースはどうなんだろう。私はヒースの本性はどうだと言えるほど彼を観ていないのでジェイクがヒースとどう被るのか、まったく違うのかわからない。
ただ眼鏡をかけて内性的で兄を厭いながらもどこか頼り切っているヒース=ジェイクが可愛らしくてしょうがない。
長年追い求めていた童話研究の道を兄ウィルが無下にしようとした時彼は必死で抵抗する。そして秘密の森の案内をしてくれたアンジェリカの妹たちが行方不明になっているのを知って「アンジェリカきみはわかっているよね、すべてが現実におこっていることを。僕たちは物語を生きている。ハッピーエンドにしよう」と訴える。この言葉は偶然ではあるとはいえヒースその人の言葉のように感じて悲しくなってしまう。そしてウィルが追いかけていくのを振り切るようにして馬で駆けていってしまうのが酷く辛く見えてしまったのだ。

彼の死の原因というのはまだ判らない。報道では睡眠薬を大量に服用したのか、とも書かれている。
彼が現実に起きていることに何か耐え切らないものがあって夢の中に入り込んでしまいたくなったのか。
それはわからないことだけれど。

『ブラザースグリム』は他愛もないお伽話のパロディを遊び心たっぷりに作ったものだけど、その中で動いているグリム兄弟はどちらも素晴らしい。
特にヒースの表情や仕草をずっと追い続けて観ているとこの映画の中でなんという魅力的なキャラクターなのだろう、と感心せずにはいられない。
兄のおしゃべりにぴっと立てる指だとか、おどおどした様子だとか、塔の女王に言い寄られて恍惚となる表情、アンジェリカにキスされて嬉しそうにする場面だとかの一つ一つに見入ってしまう。

彼のようなタイプの人はこれからもっと、年を重ねるほど味わいのある演技者になっていったはずなのに。
なぜこうも早く遠い国へと旅立ってしまったのか。

心の中でまだ嘘であったらと思いながら、お別れの言葉を言わねばならないのは辛すぎる。訂正文を書ければ、と願いつつ。
ご冥福を祈ります。

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『ブロークバック・マウンテン』主演のヒース・レジャーさん、NYの自宅で死亡

249525~Heath-Ledger-.jpg

石公さんのブログを見て愕然としてしまった。

ヒース・レジャーが死亡。

信じられない。
こんなことって。嘘だといって欲しい。間違いのニュースだと。


あまりにも動揺してしまってなんと言っていいかわからない。

『ブロークバック・マウンテン』主演のヒース・レジャーさん、NYの自宅で死亡
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2008年01月21日

『約束の旅路』ラデュ・ミヘイレアニ

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Va, vis et deviens 行け、生きろ、生まれ変われ

まずこの映画がもたらしてくれた「エチオピアの山奥に黒人のユダヤ人が大昔から暮らしていた」というちょっと聞いただけではすぐに飲み込めない事柄に驚く。
ソロモン王とシヴァの女王の子孫である彼らは他のユダヤ人との接触のない世界で長い時の間、自分たちだけでユダヤ教を信仰し続けていたというのだ。彼らにとっては自分達こそがユダヤ人なのであって後に白人のユダヤ人を見て信じられなかったのである。
彼らはファラシャ(よそ者の意)と呼ばれる。(出エジプトの際にエチオピアに向かったヘブライ人だと言う説も)

そして1980年代以降、イスラエルと米国は「モーセ作戦」「ソロモン作戦」と称して大規模なファラシャのイスラエル移住計画を遂行したのだ。
移住を認めないエチオピア政府の元、ファラシャたちは歩いてスーダン難民キャンプへと向かう。その移動は過酷を極め、多数の死者が場所もわからないまま埋められる事になった。

以上が事実であり、ルーマニア出身のラデュ・ミヘイレアニュ監督はその体験者からのリサーチを集めて独自の物語を作り上げている。

ここでの主人公はそのエチオピア黒人ユダヤ人ではなく、キリスト教徒の黒人の少年である。母親とともに難民キャンプにたどり着いたのだ。
だがユダヤ人である黒人だけがイスラエルへ輸送されることを知った母親は少年を追い立ててその中へと送り込む。
子供を失ったばかりの女性がキリスト教徒である少年にユダヤ人らしい受け答えを教えて彼を助けたのだった。

何と言っても知らなかった事実と物語の設定が興味深いので夢中になって観てしまう。
ユダヤ人らしい名前シュロモと名乗ることになる少年の半生を3人の役者が演じている。
特に子供時代のシュロモはいきなり最愛の母親と別れ、言葉のわからない土地へ住み、キリスト教徒であることも自分の正体もひた隠しにしなければならない苦悩で精神が歪んでしまう状態が丹念に描かれていくので思わず涙が溢れてしまう。
だがそんな彼も少しずつ養父母家族に慣れ、恋を知る。実の母が別れの時「何者かになるまで帰ってはいけない」という言葉にも悩むシュロモがようやくその道を見つける。
シュロモには3人の母親がいて、まず実の母、自分をユダヤ人として導いてくれたほんの僅かの間の女性、そして頑なだったシュロモを養子として引き取って育ててくれたフランス系白人のイスラエル人。
心を鬼にして幼いシュロモを一人きりユダヤ人の中に追い込んで「行きなさい」という母親と大人として自立する為にフランスの大学へ行くシュロモに「行きなさい」と励ます3人目の母親の姿が重なる素晴らしい演出である。
この作品ではシュロモに対する母親達の愛情が心をこめて描き出されているのだ。

物語の面白さとシュロモの成長と母親や恋人との触れ合いに非常に感動しながらも、ややトントン拍子に進みすぎるドラマ展開に納得のいかない部分もある。
重いテーマと半生を描く長いドラマであるためにどうしても説明不足になる部分、端折ってしまう箇所、都合よく行き過ぎる展開が多いせいもあるだろう。
また丹念に描かれていた前半に比べ、後半から終わりに近づくほど急ぎ足になりラストはまるでもう時間がなくてどうしようもなかったみたいな慌ただしさに思えた。自分の好みかもしれないが、突然再会した母親が慟哭する、と言う風にしなくても(もしかしたらあれは人違いで叫んだのでは、と思えてしまう)「きっと見つけたんだ」と思わせるような終わり方でよかったのではないだろうか。
母親に焦点をあてるために義父はわりを食っている。彼も懸命にシュロモを愛しているのに可哀想なのだ。彼との関係も映画内で解決して欲しかったのだが。
代わりにケス・アムーラが父親であり友人でもある存在となっている(シュロモにはいい同性の友達がいないようだ。これも残念だった)
おじいちゃんもいい人であるが。

映画同様、感想も始めが力入って最後はしぼんでしまった。幾分心残りを覚えはしても、エチオピア、スーダン、イスラエル、フランスにまたがるシュロモの旅の物語は忘れられないだろう。
母国語のみしか話せない自分と違いシュロモは一体何ヶ国語話せるのか、驚異である。
国、宗教、人種、家族、様々なことを生きていく中で絶えず問い続けなければならないシュロモの人生を考えてみなければいけない。
シュロモの養父母がイスラエル人でありながら「敬虔でない」ユダヤ人で宗教にも無頓着な「左派」という家族なのも驚きだった。
自分もまたどうしても画一的なイメージを持ってしまっているのだ。

最後の青年期シュロモを演じたシラク・M・サバハは実際少年期にエチオピアから遥かな旅路を歩いた経験を持つのだという。
外見は今風のお洒落でハンサムな若者に見えるのだがその経験のためにも映画作りには並々ならぬ思い入れがあったようだ。
素顔も真面目で礼儀正しいステキな若者に思えた。
ミヘイレアニュ監督はフランス在住だがかつてのチャウシェスク政権下のルーマニアから逃れたという過去を持つそうである。

監督:ラデュ・ミヘイレアニュ 
出演:養母ヤエル/ヤエル・アベカシス
養父ヨラム/ロシュディ・ゼム
シュロモ(幼年時代)/モシェ・アガザイ
シュロモ(少年時代)/モシェ・アベベ
シュロモ(青年時代)/シラク・M・サバハ
ケス・アムーラ/イツァーク・エドガー
サラ/ロニ・ハダー
おじいちゃん/ラミ・ダノン
ハナ、エチオピア系ユダヤ人の母/ミミ・アボネッシュ・カバダァ
シュロモの実母/マスキィ・シュリブゥ・シーバン
2005年/フランス映画
ラベル:宗教 人種 家族
posted by フェイユイ at 22:26| Comment(0) | TrackBack(1) | アフリカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月19日

中国映画ドラマの思い出『橘子紅了』『夜奔』

『藍空』までは(というかそれ以前はというべきか)中華圏映画ドラマにどっぷり浸っていた私。今はすっかり世界的になってしまいましたが時々懐かしくもなります。
その頃好きだった作品が幾つかあって次第に韓国・台湾ドラマブームなどが訪れそういった優れた作品も日本語字幕・吹き替え付きで楽しめることができるようになるのか、と期待したのですがブームはアイドル路線に留まっている状態のようです。
『ニエズ』もなかなかお目にかかれずにいますし、いい映画作品もアメリカ映画に比べるとDVD化されないままの寂しい状況はあまりかわりません(韓国ものは結構観れそうですが)

というわけで思い出の作品を少しだけ紹介してみようかと思います。

まずは、周迅主演中国ドラマ『橘子紅了』
橘子紅了.jpg
これは「藍空」でも紹介したのですが、周迅を大好きになった作品の一つです。
清朝も末期、中国に新しい時代が訪れるその狭間。まだ纏足の美少女が富豪の屋敷の第3夫人として迎えられるという古風な世界で物語は展開していきます。
重厚な雰囲気と物語の面白さはイギリスの作品に負けない、それ以上の濃厚さに満ちています。
文芸作品といってもいいのでしょうが、堅苦しいわけではなく、ホアン・レイと周迅が美男美女で華やかさを出しています。
特にこの作品の周迅の愛らしさは目を奪われるものがあります。ドラマなので長いのですが私は全体を通じて高い水準の作品だと思っています。
『藍空』での記事(ネタバレです)『ニエズ』同様せっせと訳しながら観たので参考までに。
「橘子紅了」周迅
「橘子紅了」其の二
「橘子紅了」其の三

そして台湾映画では『夜奔』
夜奔.jpg夜奔2.jpgfleeingbynight.jpg
これにもホアン・レイが出ています。チェロを弾く音楽青年と舞台役者のほのかな同性愛の感情が漂っている美しい映画です。二人の間に立つ少女にレネ・リウ。彼女もまた素晴らしい女優です。この映画は絶対日本版DVDにしたらいいのに。残念です。

「夜奔」

夜奔

「夜奔」ストーリー
夜奔3.jpg夜奔4.jpg
posted by フェイユイ at 21:06| Comment(2) | TrackBack(1) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

周杰倫2007世界巡迴演唱會 (2CD+DVD) 発売!!

周杰倫2007世界巡迴演唱會.jpg

周杰倫2007世界巡迴演唱會 (2CD+DVD)
これは欲しい!!

こっちも
周杰倫2007世界巡迴演唱會 (DVD)
こっちはカラオケ機能つきですと。
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2008年01月18日

周杰倫、生日快楽!!

周杰倫、生日快楽!!
29歳のお誕生日おめでとう!!
posted by フェイユイ at 23:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 周杰倫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『ツイン・ピークス』シーズン 2 Vol.6 第27章デヴィッド・リンチ

『ツイン・ピークス』もいよいよ最終章に近づいてきた。中で死んだ若者が詰め込まれたチェスのポーンが運び出された。クーパーはウィンダムがゲームをやめてしまったと感じる。

娘たちは「ミス・ツイン・ピークス」に出場するためスピーチの練習に余念がない。
シェリーはボビーと仲直りし、オードリーはジャックに処女をあげるが、彼はブラジルへ行ってしまう。
クーパーはドナ、オードリー、シェリーに怪しい男と会わなかったかを聞く。3人はそれぞれ違う形でウィンダム・アールに会っている。

仕事一筋だったクーパーがアニーに夢中になっている。ミス・ツインピークス前夜祭でクーパーはアニーをダンスに誘う。
ステージでは市長がスピーチをしようとしてハウリングを出してうるさい。アニーは笑ってそれを見ている。クーパーはアニーにミスツインピークスに出場することを勧めていた。アニーは別の世界を見るためにと言って出場を決める。
クーパーがステージの上の市長を見ていると周りが暗くなりそこだけにライトが当たって巨人が表れる。彼は何かを止めるように手を振り口をノーと動かしている。クーパーが見つめる内に彼の姿は消え市長の姿に戻る。市長が繰り返しつぶやく「何かがおかしい」

少佐はウィンダム・アールについて調べる。彼はクーパーに復讐するためにこの町にきたのかと思えたが、実はウィンダムは
ブラックロッジ」を見つけるためにやってきたのだ。ダグパスと呼ばれる悪の魔術師が悪のために悪を育む場所を見つけた。それがブラックロッジなのだ。純粋に悪を培養しそれを利用できる場所である。
クーパーたちがそれを調べようとし、疲れた少佐が森を散歩するという一部始終をウィンダムは盗聴していた。
そして少佐を待ち伏せしたウィンダムは薬で少佐を眠らせ連れ去る。そして隠れ家で少佐から言葉を聞きだす。それは「木星(ジュピター)と土星(サターン)が出会う時彼らは受け入れる」というものだった。
クーパーとピートは急に手が震える現象が起きる。クーパーがアニーとダブルRで話している時皿が落ちて割れる。クーパーの目にそこからしずくがゆっくりと落ちるのが映る。

キャサリンと兄はエッカートの秘書が持ってきた謎の箱を開ける。そこにはまた謎の金属のような物体が入っていた。

ウィンダムは木星と土星の正体が時間だと知る。そして洞窟の絵はブラックロッジへの地図であることを突き止める。

森の中でまたボブが姿を表す。そして赤い部屋と音楽が。


posted by フェイユイ at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | ツイン・ピークス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月17日

『デビルズ・バックボーン』ギレルモ・デル・トロ

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The Devil's Backbone

ひょんなことから『ヘルボーイ』を観てしまいすっかりギレルモ・デル・トロ監督にぞっこんになってしまったフェイユイである。
『ヘルボーイ』の異世界感、人情味溢れる正義感に参ってしまったのだ。
世間ではすでに『パンズ・ラビリンス』で素晴らしい評価を得ているようだが私が観れるのはもう少し後になる。待ち遠しい。

『ヘルボーイ』とはまったく違う題材であるような本作だが、それでもあの時感じた独特の空気、精一杯の根性を出して悪と戦う正義の心は同じであった。しかも舞台が内戦の続くスペインであるということでさらにその妙味は濃厚になっているのである。

四方はどこまでも続く乾燥した荒地の中にぽつんと佇む孤児院に突然預けられることになった少年カルロスが主人公である。彼の目を通してそこで起きる悲劇が語られていく。
その物語が重厚でリアルなために戦争による悲劇映画と思ってしまいそうだがあくまでもこの作品はそういった状況に置かれた人々の恐怖・悲しみから生み出されたホラーなのだということに強く惹かれる。
幽霊とそれを見る主人公がどちらも幼い少年だというのも戦争映画の定石なのかもしれない。

『ヘルボーイ』でも私は一人ひとりに評を書かずにいられなかったが本作の登場人物も個々が非常に念入りに設定されていることが伝わってくる。
皆に酷い仕打ちをする悪い男ハシントは女性を夢中にさせるその美貌と裏腹に自分の欲望だけしか考えていないどす黒い心を持つのだが
「誰にも愛されなかった子供」という悲しい過去を持つ。救われることのなかった魂の彼こそが一番の悲劇なのだろう。
そんな彼を慕うコンチータは優しい人柄で彼女に恋をする少年ハイメが恥ずかしそうに渡した紙の指輪を綺麗だわと言って指にはめるような女性である。窮地でハシントに脅されながらも立ち向かう強い意志を持つが彼女の優しさが悲劇を止めきれなかったことが悲しい。
女性院長であるカルメンは年配ながら美貌と高貴さを持つ。戦いによって片足を失い義足をつけている。この義足は独特の不思議な美しさがあって目を引く。彼女の美しさと痛々しさをそのまま表現しているかのようだ。
そのカルメンを長年思い続け打ち明ける事もできないでいる初老の医師カザレス。彼もまたこの物語の主人公にもふさわしい。控えめで目立たない性格の彼は何も成し遂げてこなかった人生の最後に孤児院を守りきる覚悟を決める。
主人公カルロス。ちょっとタレ目の感じがとても可愛らしい男の子フェルナンド・ティエルブが演じている。新入りだと苛められも負けない強い少年である。
可愛い男の子が出てくるのもこの映画の魅力である。幽霊の少年もとても可愛く見えてくるから不思議だ。
他の映画と違うと感じるのはこの少年たちの行動にもある。確かにまだ小さい子ばかりで大きな体格の悪役ハシントに立ち向かえるはずもないのだが子供達は懸命に考え僕達は数で勝る、と言って銃を持つハシントに手製のやりで反撃するのだ。
それは子供の行動としては驚くものであるがはるかに大きな敵の暴力に屈しない弱者の勇気を見せてくれた。

この映画には印象的なイメージがあちこちにちりばめられている。この孤児院は見捨てられたように広大な荒地の中に建っている。そこの住人である男女子供たちも皆見捨てられた存在である。そこに置かれているのは瓶詰めにされた胎児である。生まれることができず瓶詰めにされた胎児とどこへもいくことができず小さな孤児院の中に閉じ込められている彼らは同じ存在なのである。
コンチータが扉を開け外を見るとそこには果てしない荒野が広がっている。絶望を思わせるショットだ。
そんな中で生きていた小さな少年サンティは突然の暴力で殺されそこから飛び出す機会すら断たれてしまったのだ。
石造りの建物の中に閉じ込められた小さな魂が救いを求めて彷徨うのは当然のことだろう。

最初、カルロス少年を目の仇にして苛めていたハイメが次第に打ち解け友達となっていくくだりにも心打たれる。
絵の得意なハイメがの画帳をこっそり見るカルロス。そこに秘密が隠されていた。
少年たちも生き生きと描き分けられていて魅了される。

そしてついに子供達は彼らだけで瓶詰めのような孤児院から歩きだす。小さな彼らが傷ついた体で荒野に出て行く姿は痛々しいものがある。そういった生きる事の厳しさとともに希望も見せる素晴らしいラストである。

孤児院の中庭に落ちて地面にめり込んだままの不発弾というイメージも秀逸だ。
信管を抜いたから大丈夫といいながらまだカチカチと音がするとも言う。不明瞭でいつ爆発するかわからない恐怖と隣り合わせに生きなければならない、怖ろしい設定ではないか。

2作品でこれ以上ないほどすっかり好きになってしまったギレルモ・デル・トロ監督。
メキシコ人監督だからなのか、よく判らないが観る事ができる映画はほんの少ししかないのが残念だ。
『パンズ・ラビリンス』がまったく待ち遠しい。
とりあえず、観る事ができる数本を観てしまおう。

監督:ギレルモ・デル・トロ 製作:ペドロ・アルモドヴァル  出演:エドゥアルド・ノリエガ マリサ・バレデス フェデリコ・ルッピ フェルナンド・ティエルブ イレーネ・ビセド
2001年スペイン

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ラベル:ホラー 友情
posted by フェイユイ at 20:37| Comment(3) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジェイ・チョウの『誰も寝てはならぬ』

テレビで知ったポール・ポッツの『誰も寝てはならぬ』に大感激した私ですがジェイの『誰も寝てはならぬ』があったのですね。

ジェイの『誰も寝てはならぬ』

posted by フェイユイ at 14:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 周杰倫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

張孝全『沈睡的青春〜 Keeping Watch〜(DVD) (台灣版)』発売

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張孝全『沈睡的青春〜 Keeping Watch〜(DVD) (台灣版)』発売

張孝全(ジョセフ・チャン)/郭碧婷/鍾欣凌出演 2月7日発売予定
これは日本版出る可能性低いでしょうから、絶対買わんばいかん。

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posted by フェイユイ at 11:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 張孝全 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月16日

『鰐』キム・ギドク

鰐 キム・ギドク.jpg

キム・ギドク初監督作品『鰐』が日本版DVDになったというので観てみた。というのはこの映画ほぼ3年前に韓国版ビデオで観ていたのである。(その時の感想→ 「鰐」キム・ギドク初監督作品・前半 「鰐」後半・タブー )
大体ギドク監督はこの作品からすでに台詞が極端に少ないつまり台詞での説明が少ないのでこういう場合非常に助かるのである。こうやって以前の感想を読んでもそう困ってもいないようだ。
タイトルもそのまま『鰐』で出てるのはむしろ投げやりということなのか。
久し振りに観たがやはりキム・ギドクのギドクらしい毒がどくどく溢れてくるようで(しゃればかり続けてすまん)初っ端からぎとぎと(これも?)と汚らしいのでうれしくなる。
後にグエムルも誕生する漢江はどんよりと澱み、ゴミだらけだ。その淵で生活する老若男女は言わば擬似家族であって血縁関係はない。ワニ兄と呼ばれているヨンペは自らも言っている様に男のクズである。
共に暮らす爺様にも幼い少年にも絶えず横暴な態度で暴力も振るう。漢江に投身自殺しようとした若い女性を助けるが何度も性的暴行を重ねるのだ。少年を使って小金を稼ぎ、うまくいかないとまた暴力で鬱憤を晴らす。そして自分自身もイカサマ賭博に騙され、いんちき商売をしては縄張りを荒したと言われて鼻を切られてしまう。なんとも情けない最低の男なのだ。この前半のヨンペの行動を観ているだけで大概はその下種さにうんざりしてしまうだろう。
ヨンペを演じたチョ・ジェヒョンは後に『悪い男』にも主人公として登場するがすでにこの『鰐』でそのイメージが幾つか表される。
凶暴な男と絶望した女、最初はセックスだけの接触だった彼らがふとしたきっかけで心が通じ合う。ここではいつも横暴なヨンペが傷ついたことで見せた女の同情がヨンペに涙を覚えさせる。
絵を描くのが好きな女に絵の具を買ってきたり絵を褒めたりするようになる。
金持ちでハンサムな恋人に棄てられた女はそんなものは何一つ持っていないが優しい言葉をかけてくれるヨンペにいつしか惹かれていくのだ。
何もかも失い、何も持つものがない二人は水辺で寄り添う(『悪い男』と同じ場面である)
だがこのラストは。水の中の椅子に座って死んでいく、という幻想的で美しい場面ではあるが、生きる価値もない二人がそのまま死んでいく、というラストはいかにもまだ若い時の結末のつけ方と言う気がする。それが『悪い男』で二人はやはり生きる価値もないような人間になってしまっているのだが寄り添って生きていく、というラストへと成長したように思う。

反吐が出そうな男の物語なのだがその心にほんの小さな星のかけらのようなものが光っているのだろうか。

韓国映画界において断絶された一匹狼のようなギドク監督だが、それだけに作品の内容も他の韓国映画とはかなり異なって見える。
ここまで底辺のみすぼらしい人々を描いたものはあまりないように思える。ヨンペの乗り物がバイクというのも珍しい。
そしてヨンペが警察の似顔絵書きの男に言い寄られるシーンがあるのだが、否定的とはいえここまで露骨にゲイ的なものを描いたものもあまりないのではなかろうか。

性と暴力をこれでもかと見せつけるキム・ギドク。そのやり方はやすりで擦られるような痛みを伴う。
とても正視できない惨たらしさであり、嫌悪感を引き出される。
ヨンペの生き様はこの作品の中の漢江のように汚らしいのだがその水の中は透き通る青い世界である。そんな風に言いたかったのかな、と思ってみる。

監督:キム・ギドク 出演:チョ・ジェヒョン ウ・ユンギョン チョン・ムソン アン・ジェホン アン・ジェフン
1996年韓国
posted by フェイユイ at 21:35| Comment(0) | TrackBack(1) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月15日

遅くなりましたがジェイin韓国の記事

今更遅すぎますが、韓国でのジェイの話。

<インタビュー>初監督作品が韓国で公開されたジェイ・チョウ


Rain(ピ)くんと似てるように言われるのはジェイとしてはかなり不満だと思うのだが(笑)

韓国にファンがいるとは思わなかった、というのはちょっと驚きだった。そういう反応ってあまり伝わってこないのでしょうか。

写真がなにやら韓国風の気がする。二枚目に写ってます。
posted by フェイユイ at 18:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 周杰倫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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