映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2008年01月14日

『ヘルボーイ』ギレルモ・デル・トロ

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Hellboy

『荊の城』のルパート・エヴァンスに心奪われ他の出演映画は?というとこれしかレンタルなかったのだが、これが意外にも物凄くよい出来でここにきてギレルモ・デル・トロ監督にはまりそうである。世間では『パンズ・ラビリンス』で有名になっておられるようだが、私は未見。

且つ目的のルパートはてっきりチョイ役かと思いきや出ずっぱりで顔が拝めたのでこれも期待以上150%に大満足であった。しかも『荊の城』でのお調子者の二枚目詐欺師とは正反対に生真面目な七三分けヘアスタイルのFBI捜査官で主人公ヘルボーイとも友交深める役だったので演技の幅も広い方なのだと認識。しかもその七三分けの真面目顔は私的にはますます萌え萌えなのであった。ルパートくんは眉根が開いているのが可愛らしい顔である。ちょっとレスリー・チャンを彷彿としてしまうのだわ。

『ヘルボーイ』というタイトルが示すように地獄からの使者である悪魔の姿をした異形のヒーロー・ヘルボーイ(ロン・パールマン )全身真っ赤な為「レッド」と呼ばれその額にあるはずの角が根元からぼっきりとおられまるで切り株のような痕が残る。悪魔というより日本の赤鬼の如き形態だ。髪型もなぜか相撲取りをイメージさせるような曲げになっているのが、怪力の証拠なのだろうか。まさしく超人的な破壊力を持つ大男でひくひくと動く尻尾も持っている。
ひと目見てぎょっとする醜悪なキャラクターなのだろうが、その心は厚い義侠心に満ちている。育ての親である博士を「ファーザー」と呼んで敬愛し、同じように異常な能力を持つ美女リズ・シャーマンを一途に愛する心は切ないものがある。自分の見張り役として登場したジョン・マイヤース(ルパート・エヴァンス)とリズが仲良く話しているのを見て嫉妬し、後をつけて邪魔したりその様子を見た9歳の少年から「思い切って打ち明けたがいいよ」とアドヴァイスされるなど悪魔らしからぬ純情ぶりである。ふられた時には「腕の傷より今は心の傷が痛い」と言う繊細さなのだ。
義父博士への深い愛情や怪物にやられそうになる猫を救助したり「悪魔の方が人間よりはるかに愛情深いじゃないの」と思わせるのがおかしい抱腹絶倒の浪花節ドラマなのである。
とにかく見た目は異形だろうが熱い心と純な魂を持つヘルボーイなのである。ボーイと言っても見た目はおっさんなのだが、人間より成長が遅く一応20代をやっと越えたところらしい。男らしくて他の諸々のヒーローの中でも一番素敵なのではなかろうか。

その仲間である半魚人エイブ・サピエン(ダグ・ジョーンズ )ヘルボーイのレッドに対し、ブルーと呼ばれる。過去や未来そして物体を透視し本質を見抜き起きたことを見る能力を持つ。腐った卵が好物で水の中で食べる様子が可愛らしい。
私は初めて半魚人が素敵に見えた。ヘルボーイより彼の方がスマートでかっこいいし、温厚で飄々としたキャラが魅力的である。

エリザベス・シャーマン(セルマ・ブレア )ヘルボーイから愛され彼女自身も彼に好意を持っているのに素直に言えないでいる。
怒りなどの精神状態にはいると体から発火してしまう能力を持つ。幼い時からその能力のためにいじめなどを受けてきた悲しい体験を経てきている。目が印象的な美女で青い火を発火するのがかっこいい。

トレヴァー・ブルーム・ブルッテンホルム教授(ジョン・ハート)経験なカソリック教徒。平和を愛す。悪魔の姿をしたヘルボーイを引き取り息子として育てる。ヘルボーイを心から愛しているのが泣ける。

そしてこういうヒーローものに欠かせない悪役キャラが秀逸。ここでもまたナチスが登場してくるのだが、極悪非情の悪役としてどうしてもナチスは必要なキャラクターの一つになってしまっているわけである(悪魔の方は日本人(相撲取り)みたいなわけで?)
世界征服のためにナチスが悪魔と取引しているというのは当然の図式にも思えるのだろう。
ナチス将校であるクロエネンは日本の子供向けヒーロー戦隊ものみたいな造形である上に、刃物トンファーの使い手でそのマスクを取ると目蓋も唇もないという過激な状態。1800年代の生まれで血液はすでに干からび粉になっている。心臓部分に鍵を差し込んで動いている。自分の義手を修理したりする。このクロエネンがかっこいい。
そのクロエネンを動かしているのがロシアのラスプーチンという組み合わせ。ドイツとロシアというのは最も悪役のイメージなのだ。そしていたるところに日本的イメージが使われている。

悪魔の姿をしたヘルボーイと人間の姿ではあるラスプーチン。だが何を選択するか、どう生きるかで悪魔にでも神にでもなれる、ということで物語りは幕を閉じる。

想いを通じたヘルボーイとリズのキスシーンが青く燃え上がって美しい。これはマイヤースが相手ではできまい。二人こそが結ばれる相手ということなのだろう。

ところでここに登場してくる怪物にサマエルが韓国映画『グエムル』に形態といい動きといい、よく似ている(名前も似ている)
『グエムル』が日本公開された時、日本アニメのパクリだとか言われて話題になったが私自身はそのアニメを知らなかったのでなんともいえないが(一応ネットで絵は見たがよくわからず)このサマエルのほうがグエムルに似てるのでは、と思ってしまった。とはいえ、『グエムル』の面白さの価値には自分的には何の支障もないが。

監督:ギレルモ・デル・トロ 出演:ロン・パールマン ジョン・ハート セルマ・ブレア ルパート・エヴァンス カレル・ローデン
2004年アメリカ

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↑この映画のじゃない、と思うがルパート・エヴァンス

追記:主人公のヘルボーイは物凄いメイクのために無論誰か判ってなかったのだがあの『薔薇の名前』で奇怪な顔立ちの僧、あの方だったのだ。今日気がついた。ジャン・ジャック・アノー監督も彼について大絶賛だったのだが(「彼のように素晴らしくて大好きな役者はいない。何度でも一緒に仕事をしたい」と繰り返していた)デル・トロ監督も同じ気持ちらしく別の役者を使いたいと言った製作会社を押し切っての起用だったらしい。確かにこの存在感、感心してあまりある。
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2008年01月12日

『キッズ・リターン』北野武

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Kids Return

この映画を初めて観た時、こんなに甘く切ない青春映画というものがあるんだと思ったのを覚えている。
普通に言えば落ちこぼれ、としか呼ばれないような二人の若者のどうしようもなく空しい青春時代がこんなにもかけがえのない美しいものに思えるとは。

学校に行っても授業も受けず度の過ぎた悪ふざけばかりをして教師から嫌われているマサルとシンジ。同い年だが兄貴分のマサルはちょっと威勢がよくて弱い奴を見ればカツアゲをするような悪党でシンジはそんなマサルの腰ぎんちゃくのようにくっついてまわるだけの存在だった。
マサルとシンジには他に友達もいないし、ガールフレンドや片思いの少女なども出てこない。他からは嫌われ者というか孤立した二人きりみたいな感じである。兄弟のような恋人同士みたいないつもくっついて離れない、何をするのも一緒という少年期の男の子たちによくある感じなのだ。
だがある日自分の強さに自信を持っていたマサルがボクシングをやっている男に叩きのめされてしまう。それまで必死になった事のないマサルはその男に勝つためにボクシングを始める。シンジもそれに倣うのだが、なんということかそれまでおとなしかったシンジのほうにボクサーとしての才能が秘められていたのだ。シンジにも勝てないマサルはすぐボクシングをやめてしまう。そしてヤクザの道に入ってしまうのだ。
いつも一緒だったマサルが離れていく時のシンジの眼差しが悲しい。シンジを演じた安藤政信はこれで映画界に入ったそうだが、切なく見つめる目を持った青年である。マサル役の金子賢との組み合わせが絶妙によくてヤクザとボクサーになって分かれていく二人に胸が痛くなったものだ。
「お前が世界チャンピオン、俺がヤクザの親分になったらまた会おうぜ」
だが幸か不幸か夢はかなわなかった。
シンジは減量に失敗して試合で負け、マサルは兄貴分の怒りを買って組を出る。
再会した二人は高校時代のように自転車で二人乗りをしながら校庭をぐるぐる回る。
「俺達もう終わっちゃったのかな」「バカヤロ。まだ始まっちゃいねえよ」
本当に胸に沁みてくるいい言葉だ。

大変な思いをして青春をかけた二人はどちらもそれをかなえられなかったけど(ある意味それでよかったのだが)二人ともまだ全然若くてそんな台詞をいうまでもなくまだ始まっちゃいないのだ。
この台詞はもっと年取ってからでも使いたい。
自分がシンジのように問いかけた時、そう答えてくれる誰かがいることを信じたい。
互いを思いながらも離れることになった二人が再会してこんな風に言い合える。他のどんな映画より羨ましくて眩しく思った作品なのだった。

北野武監督について語る資格はまったくないのだが、この一作だけはどうしようなく好きである。
金子賢のチンピラ風でどうしようもない感じと安藤政信のおとなしくてマサルを慕っている雰囲気が可愛らしくいじらしいのだ。
二人に焦点を絞ってあるのだが、同じ高校生で一途に憧れの女性を思い続ける少年や漫才コンビで地道に人気を得ていく二人組みの話も巧みに織り交ぜてある。
マサルとシンジの関係はまるで恋しあっているようにも思えるほどで、少年期のそういった関係は甘く眩しい一時期のものなのかもしれない。私はそうした感じが好きでこの映画にインスパイアされて作られたというケン・ローチ『SWEET SIXTEEN』や昔観たアラン・パーカー『バーディ』なんかもたまらなく好きである。松本大洋『鉄コン筋クリート』なんかにもそんなものを感じる。
また友情が恋愛になってしまった陳正道『花蓮の夏(盛夏光年)』も同じように思えてしまうのだ。
どれも大人になる事で関係が終わってしまうのではなく、まだこれからずっと俺達は続くんだよ、と作品が語る時、何度でも幸せを感じてしまうのは一体どうしたものだろう。
こんな喜びはもう何度でも味わいたいものである。

監督:北野武 出演:金子賢、安藤政信、森本レオ、石橋凌、山谷初男、寺島進、モロ師岡、宮藤官九郎
1996年日本

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ラベル:友情 青春
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2008年01月10日

『荊の城』上・下エイスリング・ウォルシュ

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FINGERSMITH

イギリス、ビクトリア朝のロンドンと郊外のお城の物語、と聞けばそれだけでなにやら面白そうだとわくわくしてしまうのだが、この作品はそうしたわくわくだけではすまされない動悸を起こすものだった。

先日『オーシャンズ13』はクライムサスペンス、コンゲームと言われるには物足りないと思ったものだが、本作こそはクライムサスペンス、コン・ゲームと称すべき作品である。しかもそれだけではない、というよりもっと秘められたものがあるのだ。
上下に分かれた全3時間のドラマだが一気に観終えて欲しい。というか観終らずにはいられないはずだ。上だけしかレンタル、購入しなかった方はお気の毒である。
ロンドンの貧しい生活の少女スウと田舎の城で暮らす事になった心療院育ちの少女モードが紹介される。
ロンドンの下層階級少女は実母はいないが育ての親の家で荒々しい生活にもまれながら成長し、城に住む事になった少女は、書籍を扱う伯父の秘書として毎日を送っている。
ある日、「紳士」とあだ名されるハンサムな若い男リバーズがロンドンの少女スウに仕事を持ちかける「田舎の城に住む若い女を誑かして結婚すればその莫大な財産が手に入る。その手助けをしないか」極貧の生活をするスーに3000ポンドの分け前を約束するのだった。スウは侍女として同じ年頃の少女の住む城へと向かう。

果たしてスウとリバーズは令嬢を騙して財産を手に入れられるのだろうか、というサスペンスになるわけで確かにそういったはらはらが気になってしまう。構成もちょっと面白い仕掛けになっていて、前半、ほぼスウの目を通した物語だったのが、後半令嬢モードの物語の種明かし的な展開になっていくのである。
観客はあっと騙され、また進むうちに思わぬ方向へと導かれていくことになるのだ。
だが、この作品の本当の狙いはそういった財産目当ての騙しあいではなく、ビクトリア時代の性に関する「騙し」なのである。
一見、厳格に多くの著作の研究に没頭していると見られた令嬢モードの伯父の蒐集が実はポルノ本だったのだ。読み書きができたモードは幼い頃から伯父にそういった性的な著作を読まされ、卑猥な絵を見せられて育ったのだ。処女であるモードだが幼い頃からそうしたポルノ本に慣らされ感情が動くこともなかった。品行方正であることを求められたビクトリア時代の隠された部分に焦点があてられているのだ。
もう一つは数奇な運命の中で出会う事になるスウとモードの同性愛。これこそがこの作品の主題となっているのだ。
僅かに匂わせる、というようなことではなくスウとモードははっきりと互いに恋をする。
これは「レズビアンを描いた貴重な物語」なのだ。と大げさにいうのもなんだが、差別されていると言われても男性同士のゲイを描いたものはかなりの数あれど女性同士となるとひやかし程度のものを省けばその数は微々たるものではないか。
先日観た『あるスキャンダルの覚え書き』でも同性愛が描かれていたとはいえ、なんだかいまいち寂しいものがあったりで(しかも人によって微妙に受け止め方が違う。あれが男女間だったら恋愛じゃないとは思われないだろうに)レズビアンを描いた作品というのは本当に少ない。
この話は一見時代ミステリーだが設定はすべて二人の女性が恋愛に落ちた物語を語る為のものになっているといってよい。
片方が令嬢で片方がメイドというのも今流行りの(違うか?)恋愛形態にするべく設定されたような気がする。
二人を騙すために登場する「ロンドン一のハンサム男」というのも「そんなにハンサムな彼も彼女達の恋を邪魔できなかった」という証明のために登場してくるのである(ブ男だったらそのせいでレズになったと言われてしまうからね)
性的知識はあっても世間を知らない美しい令嬢と彼女を守ろうとするしたたかな侍女という関係はビアン的欲望を刺激するものなのではなかろうか。

正直、ドラマを観た限りではこのミステリーはあちこち穴があるように思える。一番ひっかかるのは「何故、スウを心療院にいれなければならなかったのか」というところなのだ。確かに前半の展開でモードを騙して家出させ結婚し財産を奪って心療院に放り込む、という企みは判る。だが実はリバーズとモードが手を組んでいたんだとしてもスウを身代わりにした意味がこのドラマでは伝わってきない。伯父がどうこう動いたという映像もないし。
そして実はすべてがサックスビー夫人の計略であり令嬢モードは彼女の娘でスウこそが城に住む令嬢だったのを夫人が入れ替えたのだ、という告白となるのだが、サックスビー夫人がスーも愛しているためにこの計略が成り立たないのではないか。憎んでいて心療院に押し込んだのだ、とするのかでなければすべてが城の「伯父」を騙す為の全員の策略だったということにするか、そうするとラストは皆で財産を分け合ってハッピーエンド、ということになってしまうが。リバーズが3000ポンドで満足せず、裏切ったとかにすれば話は別だけど。

そういうミステリー部分にはやや「?」を感じさせはしても本筋であるビクトリア時代の女性の性というもの対しての描写が素晴らしくて魅入らずにはおかないのだ。
モードが清楚な令嬢という風になっていたのもひっかけではないか。最初幼女の頃のモードは激しい気性であった。あの性格が彼女の本質のように思える。

ハンサムなリバーズのキスには何も感じないがスウからのキスを受けて欲望を感じたというモード。それまで卑猥な本を見ても何も思わなかったのにスウを知ってからその本の意味がわかったというモード。モードの髪を梳きながら踊りを教えながら次第にモードを好きになっていくスウ。二人の愛情が「同性愛的なもの」ではなく明確に同性愛として描かれている。
ミステリーという設定上互いを騙しあってしまった二人だが、鎖となる伯父と母が亡くなり、スウが城を訪れた時、モードが一人小説を書いているのを見る(これは原作者、サラ・ウォーターズ自身のことなのだろうか)謝るモードをなだめるスウ。
何を書いていたのと問いかけるスウに「あなたを愛していたことを」と答えるモード。
自由になった二人がこのひっそりとした城で愛し合いながら暮らしていくだろうという予感を持たせて物語りは終わる。

黒幕ともいうべきサックスビー夫人にイメルダ・スタウントンが扮している。『ヴェラ・ドレイク』でもある意味おせっかいなおばさんを演じていた彼女はここでもおせっかいを焼いていて切ない。さすがにうまい。
そしてロンドン一ハンサム(仲間評)なのに二人の女性のどちらからも好かれない上、貧乏くじを引く可哀想なリバースを演じたルパート・エヴァンス。ごめんなさい。好きになってしまった。どうしよう。凄く甘ーい顔なのに。しくしく。
貴族でもないのにいちいちかっこつけた仕草も可愛い彼なのだが、レズビアンの二人の女性の引き立て役というちょっぴり寂しい役ではある。
ところで特典映像の中でルパートがリバーズについて語っていたのだが「彼は多分同性愛者なんだ。受け入れられなかった当時、彼は感情を抑圧せねばならずそのために内面に怒りを持っている」というのである。リバーズも同性愛者だとは思わなかったので驚いてしまった。そう語っている素のルパートの表情も素敵だったのでますます好きになってしまったのである。リバーズが同性愛者といって彼を演じていたルパート・エヴァンス、気にならないわけがない。
ビアンドラマとしては「歯が痛い」というモードの口に中にスウが指を差し込んで治してあげるシーンが色っぽいのだが、私はモードの手を舐めたルパートに負けてしまった。

監督:エイスリング・ウォルシュ 出演:サリー・ホーキンス エレイン・キャシディ ルパート・エヴァンス チャールズ・ダンス デヴィッド・トラウトン イメルダ・スタウントン
2005年イギリス/BBCドラマ

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このドラマのじゃないけどルパート・エヴァンスのアップ。
posted by フェイユイ at 22:57| Comment(1) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月08日

『オーシャンズ13』スティーブン・ソダーバーグ

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OCEAN'S THIRTEEN

マット・デイモンで一つのカテゴリを作っているのだが『ディパーテッド』が不満足だった私としては早く次の作品をと心待ちにしていたのが本作『オーシャンズ13』無論『11』『12』は鑑賞済みである。
シリーズものの常として次第に面白くなくなるという不安はつきものだが、とにかくマットを観たいという気持ちで観始めた。
結果、やはり(と言いたくないが)やはり大げさな触れ込みのようには「ド派手な」というイメージでもなく全体が薄まったような感は否めなかった。
まったくつまらないということはなくそこそこに楽しめるのだが何か物足りなくもある。
強い友情で結ばれたオーシャンズの一人ルーベンがアル・パチーノ扮するホテル王に酷い仕打ちを受け立ち直れなくなる。そんな姿をみたオーシャンズはルーベンの復讐のために立ち上がる。
という義侠心あふれる極道どもの話なのだがその本筋がいまいち感動的でなかったということか。

タイトルが『オーシャンズ13』ということで彼らの魅力をバンバン出す或いは滲ませる、というようなスタイルでやって欲しいのだが、『11』『12』『13』と進むにつれて彼ら自身へのクローズアップが少なくなっていく。特にダニー・オーシャンと相棒ラスティをもっといちゃつかせて欲しいのだが、そういう雰囲気が全くない。ゲイっぽい雰囲気でもないのにまるで夫婦の関係のようなダニー&ラスティが素敵だったのに勿体ない。
お目当てだったマットもただ一人の主要女性の相手役にしてはまるきり目だっていない。『オーシャンズ』自体が過激なお色気シーンはなしなのだがマットがホスト役なのでより危険性がなくなってしまったのか、も少し危ない雰囲気になりそうなところまで行ってもよさそうなのに。これも欲求不満。
『12』では一番目だっていたのがキャサリン・ゼタ・ジョーンズだったがここではアル・パチーノ。
無論名優なので貫禄充分ではあるが、色恋沙汰もなし。つまりセクシーガールもなし。秘書(?)の女性は美人ではあるがセクシー路線で売るにはダイナマイトさが足りない。キャサリン美女だったからなー。おまけにジュリア・ロバーツもちらりとも出て来なかった。そのせいもあって全体に色っぽさが皆無になってしまったようだ。犯罪とセクシーさ、というのは切っても切れないはずなのに、ダニー&ラスティのむふふもセクシーガールの登場もなしではこういったコン・ゲーム映画の楽しみは半減してしまうのではなかろうか。

ならこの映画が何を描いていたかというとやはり映画のために作り上げた大掛かりなラスベガスカジノ&ホテルそのものなのだろうが、それがあまりにも前に出すぎたために肝腎のオーシャンズたちが薄くなってしまったのだ。贅沢ではあろうが豪華なホテルはあくまでも背景としてのみ使われるべきだったのだろうがラスト、変わり行くラスベガスに郷愁の想いを語るダニー&ラスティを見ると本当にラスベガスカジノ&ホテル自体を映したかっただけなのかもしれない。
とにかくアル・パチーノ演じるホテル王も最初だけ悪辣で後はずっとオーシャンズに攻められっぱなし。普通ならもっと手強い敵を用意しそうなのにな。かつての敵で味方となったアンディ・ガルシア氏にヴァンサン・カッセルまで絡んでくるコリようだがどちらもちょっと出てきただけで悪役の恐怖感だとか凄みだとかいうわけではない。しかも二人ともお間抜けな落ちがついてるし。
ただとにかく豪華でお洒落で笑いがあって楽しい雰囲気なのだけは伝わってくる。私的に一番心に残ったのはメキシコに行ったケイシー・アフレックの話でメキシコで作られるダイスにいんちきを仕掛けようとしていったはずのケイシーが悲惨なメキシコ工場の現状に立ち上がって工員たちの先頭に立って抗議行動を始めてしまう、というのが悲しくもおかしかった。ラスベガスに戻ったケイシー今度はアル・パチーノにネット送信されてきた「オーシャンズ」面々の画像をオタク技術を駆使して変化させてしまう、というのも笑えたし、今回ケイシーは美味しいとこ持っていってしまったようである。
他にも笑える場面は満載なのだが惜しむらくは元ネタがあってそれをひねった笑いのようでマットの鼻高中国人だとか(なぜ中国人なのに鼻高?)も元ネタを知らないのでいまいち笑えないでいる。女をメロメロにする媚薬というのも何かあるんだろうなー。

そんなこんなで豪華さに感心したり、ちょっと笑ったりしながらもマットのアップが少なすぎるんじゃと不満もあるし、という感じであった。

むしろ特典で観たドキュメンタリー盗みの達人たち、というのがおもしろくて特にアメリカ黒人女性でヨーロッパの宝石店の極上の宝石を盗みまくった話と名画強盗の話はまさに映画のよう。MIT大学生の話はもう聞いていたけど凄い楽しいよね。

というわけでマット目当てとしては「美女と恋仲に?」などという情報を得ていただけに残念だった。映画としては豪華で勿体無い、という感じかな。

監督:スティーブン・ソダーバーグ 出演:ジョージ・クルーニー ブラッド・ピット マット・デイモン アンディ・ガルシア ドン・チードル バーニー・マック エレン・バーキン アル・パチーノ
2007年アメリカ

OCEAN'S THIRTEEN 1.jpgOCEAN'S THIRTEEN 4.jpg



ラベル:犯罪
posted by フェイユイ at 23:01| Comment(3) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月06日

『西太后』 [ノーカット版] 第一部・第二部

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第一部/火燒圓明園/The Burning of Imperial Palace
第二部/垂簾聽政/Reign Behind A Curtain

溥儀に続いて『西太后』である。歴史的順番は逆だが。この辺の話が好きな上、皇帝がこちらもレオン・カーフェイ、西太后が劉暁慶(リウ・シャオチン)と聞いては観らずにおけない。
これも『藍空』で『西太后の紫禁城』と言うドラマが凄く面白かったことを書いているのだが、李翰祥『西太后』はそのドラマのずっと以前の話。西太后がまだ玉蘭と言う名前で大勢の側室の一人になんとか選ばれてから皇太子を生み、皇帝が崩御して後、皇太子の後ろ盾として垂簾聴政を始めるまでの過程を物語った作品である。
私は西太后を描いたドラマ、著作などをほんの少し齧ったに過ぎないが、彼女の人間とも思えない残虐性や様々な伝説を知ると共にそれらはすべて嘘であり、彼女が悪女であったことを示す為の作り話だという説もあり、一体どちらが本当なのか判らなくなってくる。
例えばこのドラマでも満人である彼女・玉蘭が皇帝にその美しさを認められたにもかかわらず「部族は?」と聞かれ「エホナラ」と答えた為に下っ端の側室となってしまった。それは「エホナラの呪い」というものがある為だという。かつてヌルハチ(清の創設者)がエホナラを滅ぼした時、エホナラの首長が「エホナラの女が一人でも清朝に加わればその女が一族を滅ぼすであろう」と言い残した為に皇帝はエホナラの女性とは結婚しないという言い伝えがあるのだ。
が、実際はエホナラ族の后もいたということでまったくの作り話らしい。
また有名な「皇帝のお気に入りの側室を嫉妬のあまり手足を切断して甕につけて生きながらに苦しめた」というのも映像となっていたがこれもデマらしい。大体中国歴史上の悪女(呂后、則天武后)がいずれもこの手足切断をやっている伝説ばかりなので確かに同じ趣味ばかりということもないだろう。
歌声と美貌を皇帝に気に入られたというのもデマなら、後の光緒帝が愛した珍妃を井戸に投げ込んだというのもデマという話で一体何が本当の話か判らなくなってしまう。珍妃の井戸なんて観光でよく説明されているようなのに。
疑ってばかりではドラマの感想もいいにくいので一応ここで描かれたことを信じれば、デマとされるその「手足切断甕漬け事件」以外は確かに西太后は気は強いが特に悪女というほどもない。確かに重臣たちを失脚させ処刑しているが彼らもまた西太后の命を狙っていたわけで同じ穴のムジナといったところである。
また皇帝の遺言である「東太后を尊敬し、共に皇帝を守れ」というのを西太后も遂行したようである。彼女も病死した事で西太后にまた疑いが持たれたようだがこれも潔白ということだ(らしい)
ただ非常に頭がよく男まさりに政治に強かったので男性から嫉妬というか疎ましがられたのだろう。ドラマでも皇帝が「皇太子の母だからそれなりの地位につけなければ」と言うだけでどことなく彼女の才知にゲンナリしているかのようで可哀想ですらあった。重臣からも「温和な東太后の命令ならいいが、あんたじゃ嫌だ」という言われ方である。息子も皇后である東太后の方にばかりいるのでどうにも孤独な西太后であった。

さて『西太后』は第一部『火焼圓明園』と第二部『垂簾聴政』で成り立っている。
第一部は史実を映像化した説明といった具合で英仏を主にした諸外国が清朝を食い物にしていく様子が描かれる。
大砲や銃を武器とした英仏軍に対し、弓矢と騎馬で応戦する清軍が涙ぐましい。多くの町村が焼かれ、強奪され、民衆が無残に殺戮されていく。且つ多額の賠償金を払わせられる。
美しい庭園だった圓明園が焼き払われ、様々な宝が奪われオークションにかけられたのである。
それにしても戦いの時、カンフーじみたアクションがはいったり、撃たれてもなお旗を持つ兵士などといった演出がややおかしさを出してしまう。イギリス軍人と組み合って投げ飛ばす清軍人というのも変な挿話である。
溥儀と違ってまさしく皇帝らしい生活を送る咸豊帝を演じたレオン・カーフェイ。皇帝と言っても外交も戦争も兄弟にまかせ、観劇と側室との戯れ、阿片もやっている様子だけが描かれる。結局皇子は一人だけだったらしい。
片や西太后となる玉蘭は貴人として側室のひとりになったものの夜伽に呼ばれることもなかったが積極的に自己宣伝し、そのたった一人の皇子を産むことになる。
第二部『垂簾聴政』では宮廷の内情がじっくり描かれていく。
それにしても玉蘭には助言者がいたわけでもなく、このようにたった一人で戦って昇進していったのだろうか。皇后が温和な人柄で玉蘭にも優しかったようなのが救いだった。本当にこのような女性だったので西太后は東太后だけには忠誠を尽くしたのでは、と思いたい。
観劇の途中で具合が悪くなったのを知った役者たちが「こりゃ、芝居より面白いことになりそうだ」と言うのが妙にリアルであった。
歴史を知る以外にも清朝宮廷内の様子が伺えて楽しい。仏像が物凄く大きく驚いた。仏像のデザインも日本とは違う。
この世界を初めて観る人は弁髪や女性の髪・服だけでも違和感があるかもしれない。これも次第に見慣れてくるものである。女性の真ん中が高い靴を履いているので怖ろしく歩きにくそうだ。でも満人なので纏足ではないのだろう。

中国・香港のスタッフによる『西太后』といっても作り話とされる逸話がそのまま幾つも映像となっている。
西太后の実像、というのは結局誰にもわからないものなのだろう。それに本当の彼女を映像化したら「面白くない」のかもしれない。
数々の伝説により史上最強の悪女の一人となった西太后。何度観ても興味は尽きないのである。

なおタイトルの[ノーカット版]というのは、この作品が日本公開された時は、西太后の残虐性のみに焦点をあてて編集しなおし、ナレーションを増やして場面をつないだということからか。そのことによって西太后の残忍性が語り継がれているなら何をかいわんやである。

監督:李翰祥 出演:梁家輝、劉暁慶
1983・1988・1986年 / 中国/香港

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ラベル:歴史
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2008年01月04日

『火龍』李翰祥

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火龍/The Last Emperor

『藍空』でせっせと鑑賞記事を書いた清朝『末代皇帝』は陳道明が素晴らしくもう一度観たいと思っている。
この作品ではレオン・カーフェイが愛新覚羅溥儀の後半生『末代皇帝』では最後の2・3話に当たる部分に焦点をあてて描いている。神に等しい皇帝が再教育され人間改造の後、普通の市民となってからの悲喜劇であった。全体にコミカルな感じで描かれている作品でもある。
男らしい風貌のカーフェイがひ弱な印象の溥儀をどう演じるのかと思っていたが、さすが眼鏡をかけ独特な髪型になったカーフェイは皇帝の座から降ろされ単なる人間となった溥儀になりきり、一市民となった戸惑い、それまで他人に与えた罪の意識、何もできないことに対する悲しみなどが伝わってくるのであった。
実際の溥儀はこの頃すでに50歳を過ぎていたはずだが、カーフェイの溥儀はまだ若々しくてなかなか魅力的であった。

一市民となった溥儀は新しく結婚し、何もできない夫ながら(映画によれば)愛情に満ちた生活を送る(実際はどうだったのか、それはわからないが)
温厚な人柄だった周恩来の庇護もあって比較的裕福な(あの当時の彼の状況からしてみれば)生活を送っていたようだが、文革の波は溥儀の生活も飲み込んでいく。どの映画を観ても怖ろしいが紅衛兵らの襲撃にあった溥儀夫婦は悲惨であった。ここでも周総理の庇護により何とか救われる。

溥儀は皇后と3人の側室を持っていたが、皇后は不義を働いた上その男の子供を出産し(その子供は闇に葬り去られる)阿片に溺れ清朝崩壊後は身分を奪われ牢で変死する。
第二夫人文繍とは離婚。福貴人は溥儀に見捨てられた上に皇族として粛清されたことを溥儀に訴えこれも離婚。
最後の夫人である李淑賢との間にも子供ができなかったこともあってゲイであったとも言われているが、どちらにしても非常に子供っぽい人だったのではないかと思うのだが。
この作品ではゲイであるような雰囲気は表現されていないが子供好き、というか自分自身が子供のような人物だったように描かれていた。
皇后・婉容や福貴人の悲惨さ、何もできない夫でありいつ捕らえられるか判らない夫を与えられた李淑賢の並大抵でない苦労は見るに忍びないものがある。だが蒸かしたての熱い皿の持ち方が判らない夫というのは皇帝でなくともいる気はするが。

皇帝と言うのは龍であり、代々土葬されていたのだが、初めて火葬された皇帝ということで溥儀はタイトルの通り『火龍』と呼ばれるらしい。
レオン・カーフェイの魅力もあって平民となった溥儀を知りたいなら是非観ておきたい作品である。

監督:李翰祥リー・ハン・シャン 出演:梁家輝(リャン・ジャー・ホー) =レオン・カーフェイ、 潘虹パン・フォン 、李殿馨 マーガレット・リー、李殿朗メリー・リー、王鐵成ワン・ティエ・ツェン
1987年 / 中国/香港
ラベル:歴史
posted by フェイユイ at 22:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月03日

『ディナーラッシュ』ボブ・ジラルディ

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ニューヨークの大人気のレストランを舞台に超美味そうなご馳走(次々と作られるイタリア料理、パスタの実に美味そうなこと!シーフード!ステーキ!そしてワイン!じゅるじゅるじゅる!!)とマフィアと賭け事と親子の確執とラブストーリーが目まぐるしいスピードで給仕されていく、まさに都会的感覚を味わえる作品だった。
ところでこの作品を観始めてすぐ思ったのは「ニューヨーク映画ってそのまま香港映画みたい」ってことだ。マフィアに銃殺されるシーンに音楽がかかったり、様々な人種が溢れているところ、住人達の丁々発止のやりとり、大勢の人間が溢れるほどいる雰囲気、騒々しさ、給仕される食事の豊富さ、涎が出そうに美味そうなこと、マフィアがゴロゴロいるとこなんか、そして大陸の端っこで他所とはそこだけまったく違った進んだ特別な場所であるところなんかも似ているのだろう。この映画をそのまま香港を舞台に作っても全く違和感がないはずだ。息子のウードをエディソン・チャンがやってくれるとうれしいんだけど。
このウード役のエドアルド・バレリーニがなるほど素敵なのである。昔気質の父親(というのはマフィア絡みで、ということになるのだが)と違うシェフ一筋でがんばっている新しい世代のイタリア系なのである。ただし親父からしてみればちゃらちゃらした味のイタ飯なんか食えるか!って言う事になるらしく親父さんは「お前のママの味は最高だった。お前の料理なんかにゃ滋養も伝統もない」の一点張り。息子としてみれば「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと店を譲って引退しろよ」ってな具合。でも最後には「親父の真似をしない(マフィアにならなかった)お前を誇りに思っていたよ」と親馬鹿でちょっと涙ぐませてもらったり。
でもこの親父、さすがマフィアの叩き上げだけあってあっさり引退するような玉じゃないことを最後に見せてくれる。かっこいい。
しかもこの親父さん、相棒の家族、店のコック、その恋人、色んな方面に目を光らせて気配りを忘れない。ゴッドファーザーってこういう人物なんだなーと唸ってしまう。ただしマジで怖いんで睨まれたらお終いだ。
息子ウードは親父も俺を認めてくれたんだとご満悦だろうけど、親父さんの域に達するのはまだまだみたいである。

どんな質問にも答えることができる物知りバーテンダーだの、ウォール街の殺し屋だの、ウェイトレスをやってるアーティストだの様々な才能が溢れている街である。
ウードが寝たために一気に評価をあげたという辛口女性評論家がかなりの強面だったのでちょっとおかしかった。確かにウードはまだ自分のことしか愛していないのかも。
アジア系・ニコーレをダンカンに奪われてしまうのも仕方ない。

ディナーラッシュというタイトルそのままに凄まじい映画ながらその美味しさたっぷり堪能したのであった。イタリア料理が無性に食べたい。そしてワイン。いいなあああ。
しっかしあそこで働くのは大変。あの急階段でご馳走と空になった食器、一体一晩どれだけ運ぶのか!

監督:ボブ・ジラルディ 出演:ダニー・アイエロ エドアルド・バレリーニ カーク・アセヴェド ヴィヴィアン・ウー サマー・フェニックス
2001年/アメリカ

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posted by フェイユイ at 22:22| Comment(4) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『インプリント〜ぼっけえ、きょうてえ〜』と『ボルベール 帰郷』

最近続けて観た『ぼっけえ、きょうてい』と『ボルベール 帰郷』はどちらも禁じられた性が題材になっている(日本語タイトルだと語感が似ているのが奇妙)(はっきり書きたいのだが、この辺の文章ってネット上にそのまま直接出てしまうので困る。ネタバレ注意、などと書いてもしょうがないし。もういいかな?)

片方は救いようがないほどおどろおどろしく悲しい。片方は悲しいながらもそんな境遇と立ち向かっていく明るさと強さを持っている。
だがどちらも面白く夢中になって観てしまう。

二つの作品とも禁じられた性とそこから生み出された犯罪を隠そうとして告白していく、という構成になっている。作品から受ける印象はまったく違うが設定は似ている。不思議で怖ろしい相似と相違である。
ラベル:比較
posted by フェイユイ at 14:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月02日

オダギリジョー、キム・ギドク監督の新作映画に出演決定

オダギリジョー、キム・ギドク監督の新作映画に出演決定

キム・ギドク監督の新作映画『非夢』は、夢を現実と信じる男と夢遊病に悩まされる女の愛を描いた作品、ということである。

去年のしかもちょっと時間の経ったの記事なのだが知らなかったのである。1月3日から韓国で撮影ってことでもう明日の話だ。いつも仕事が素早いキム・ギドク監督らしい。
私はとにかくオダギリと相性が悪いと思い込んでいるのだが、この作品で好きになれたら、と密かに期待。
決して見た目が嫌いなわけじゃないので(何故か出演作が嫌いなのだ。あ『血と骨』は好きだが。もしかしたら韓国系だといいのでは、とか)観るのは嫌ではないのだし。

それにしてもギドク監督、チャン・チェンに続き人気美形男優の起用が続く。オダギリは韓国でも人気があるので最も観客動員が見込めたりするのかも?

追記:
オダジョー極秘来韓、「恋人役」イ・ナヨンと対面へ
だそうです。
posted by フェイユイ at 23:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『ボルベール <帰郷> 』ペドロ・アルモドヴァル

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VOLVER

性というものが絡んでくる時、男に対し女というのはどうしても弱く悲しい存在なのだろうか。だからこそ強く生きていこうとするのかもしれない。
この作品に登場する女性達はまるで牝ライオンの群れのように見える。雄ライオンは種の保存としてしか登場せず、狩り(仕事)も彼女達が行っていく。彼女達は支えあい、助け合いながら共存している。時に信頼し、時に憎みあいながらも。

殺人事件が起きる。血がつながっていないとはいえ、父親うが娘にセックスを強要しようとしたため、娘は包丁でで父親を刺してしまったのだ。
ここで母親であるライムンダは警察に通報することなしに自分で解決しようと考えるのだ。
この作品では事件が起きた時、当たり前のように警察やテレビ報道に訴えられていることを自分たちの事として解決しようとしているのがむしろ思いもよらないことのように感じてしまった。法律としてはそれが正しいのではないのだろうが、娘が防衛のために犯してしまった殺人を母親が意を決して娘を守り抜こうとする姿に誰もが共感してしまうのではなかろうか。法律だけでは守れないものがあるのだ。それは娘の心であり、かつて自分の父親に性を強要され妊娠してしまったライムンダは他の母親以上に娘を守ろうと決心したのだろう。
ライムンダはずっと母親を遠ざけていたのだがそれは自分が父親に強姦され出産したことを気づいてくれない悲しさからなのだ。
またアグスティナが家族の事情をTVで話すという企画を途中で逃げ出してしまうのもTV報道が家族の内部事情をさらけ出してしまうやり方にちょっとした批判をしているようにも思えるのだが。

ライムンダの母親もライムンダも隠し通してきた秘密というのがありいつかそれを打ち明けるのだと言い続ける。
物語の最後でその打ち明ける行為がすぐにもあるだろうと予感させて映画は幕を閉じる。
犯した罪を打ち明けずにはいられない=懺悔をする、という物語になっているのがカソリックであろうスペイン人の映画らしい結末なのではなかろうか。それでも彼女達はいつも優しさのために何らかの秘密を持ち隠し続けていくような気がする。いつか打ち明けようと思いながら。

ライムンダを演じるペネロペ・クルスの美しさに目を奪われずにはいられない。美人というのはこういう女性のことだろうと思ってしまう。
気が強くしっかり者のように思われるライムンダだが小さな頃は甘えんぼだったの、という母親の言葉に涙してしまった。甘えんぼだった彼女が母親から離れてしまうことがどんなに辛かったことか、その為に自分が強くなろうとどんなに決心したことか。
幽霊となってしか生きていく道がなかった母親が逃げて行った娘を見て「あの子は拒絶しなかったわ」という言葉に判っているんだとまた泣けてきた。

精神に異常をきたしてしまうほどの風が吹く村、という場所はその場所だけでなく女が生きていくどの場所でもそうなのかもしれない。
彼女たちは自らの墓を作り死の準備をする。
男達と必ずしも上手くいくとは限らなくとも恋をし、子供を産む。多くの秘密を隠しながら女たちは手を組み生きていこうとする。車で男の死体を運ぶ為、女たちが力を合わせている場面はおかしくも怖ろしい。

ところでライムンダが死体をレストランに運び込んだ時に映画撮影の一行が食事を注文しにくるがライムンダは何故それを引き受けたのだろう。
そのことで死体運搬が遅くなったという支障が出ただけでプラスになることがあったようには思えないのだ(無論、この一行の打ち上げパーティでライムンダがかつて母親に教えてもらったという歌を披露することになりその歌「VOLVER(帰郷)」が素晴らしいのだが)
私はこの30人分の食事の数回分に夫の死体を少しずつ切り分けて入れたのではないかと思っていた。グロテスクな話だがそうでないなら何故このような状態を作ったのか。急速冷凍したのも却って金槌などで死体を壊しやすいのか?と思ったのだが。

性の前で弱者となる女性の3世代に渡る生き方を明るく力強く描いた作品である。

監督:ペドロ・アルモドヴァル 出演:ペネロペ・クルス カルメン・マウラ ローラ・ドゥエニャス ブランカ・ポルティージョ ヨアンナ・コボ
2006年/スペイン

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posted by フェイユイ at 17:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月01日

『ツイン・ピークス』シーズン 2 Vol.5 第26章デヴィッド・リンチ

ウィンダム・アールの本質がさらに表現され、さまざまな出来事が一つに集約され始め、俄然面白くなってきた。
ウィンダム・アールが善人が住み祈りの世界である「ホワイト・ロッジ」と悪人のパワーが潜む「ブラック・ロッジ」について語る。「ブラック・ロッジ」の住人達の力を借りれば地球制服も夢ではないらしい。
わけんわからんチンピラ風男がアールに騙され張りぼてのチェスの駒の中に閉じ込められ弓矢で射殺される。
「矢をよこせ」という命令にためらいを見せるレオの方がはるかに良心を持っているわけである。無論、彼は反抗した為に首輪に電流を流され服従を強いられる。

クーパーたちはアールが暴いた後の洞窟を再び訪れ、彼の仕業で現れた壁画を見出す。絵を写しとり、再現したものを見た少佐は以前見た記憶があることを打ち明ける。

「ミス・ツイン・ピークス」の募集が始まり多くの娘たちが応募した。「ミス」といっても既婚者でもいいので、驚き。確かにミスにこだわる必要はないと思うし。ここでまたラナが登場、死んでしまった夫の兄である市長と結婚し、自分を「ミス・ツインピークス」にしてくれとせがむ。ボビーはシェリーに「美人を利用しろ」とミスへの応募を説得。ドナは母親がベン・ホーンとただならぬ関係なのを嫌がり「ミス」になってスカラシップをもらい、他所で勉強したいと言い出す。

ノーマの妹で修道院生活をしてきた美しいアニーに恋をしたクーパー。アールの妻を愛して、失った心の傷のため閉ざしていた愛情が解き放たれたのだ。
アニーも手首に傷を持つ悲しい過去をまだ打ち明ける事もできないでいたが、二人は次第に親密な関係をなっていく。

グレートノーザンホテルではすっかり善人になってしまったかのようなベンがゴーストウッド開発計画阻止運動を進めていた。
今回はデッィクによるワインセミナー。アメリカ人が気取ってワインを味わうマナーを学んでいる様子は(洒落ではない)日本人ともカブっておかしく可愛らしいものである。
でもテイスティングでワイングラスに鼻をつっこんだら鼻がワインに浸かってしまうのは違うところ。口に含むというのでガラガラしてるのはどうにもおかしい。味わったら吐き出して、と言われても飲んでしまうよね。
posted by フェイユイ at 14:21| Comment(0) | TrackBack(0) | ツイン・ピークス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新年快楽!!

というわけで一夜が過ぎ、あけましておめでとうございます。旧年中は色々とお世話になりました。今年もよろしくお願いいたします。

さて年が明けてもこのブログはそう変わらないまま、続けていくことになるでしょう。
というかそうであったらどんなによいかと願うばかりです。大好きな映画ばかりを観て感想を書く。そして皆様からのご意見をいただきさらに色々考えていく。そんな一年であれたら、と思います。

では早速大好きなものから観ていく事にしましょうか。
ラベル:挨拶
posted by フェイユイ at 14:15| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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