映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2008年04月29日

『ハッスル&フロウ』クレイグ・ブリュワー

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Hustle&Flow

『ブラック・スネーク・モーン』を観て惚れてしまったクレイグ・ブリュワー監督のその1年前の作品だが、これもまたたっぷり酔わせてくれた。

数人の売春婦(黒人&白人)を使ってしがない稼ぎで食いつないでいるピンフ(客引き)の黒人中年男Dジェイがひょんなことで聞いてしまった黒人女性の歌声に涙する。
Dもかつてはラッパーを目指していたのだった。
まともな生活をしている昔の友人(黒人)と彼が連れてきた若い白人男と手を組んでDは再びラッパーの道を目指すのだった。

黒人・白人と書き立てるのは気が引けるが『ブラック・スネーク・モーン』と同様(こっちが先だが)黒人が主要人物というのがやはりポイントなのである。プラス白人の女性と男性が少しずつ登場して白人の観客も参加できる仕組みになっている(のだろう)

物語はもーいかにもラッパーならではというこてこての展開。貧乏で不運で女を食い物にして日銭を稼ぐならず者なDジェイ。日頃の鬱憤を全てラップに注ぎ込む。
夢と希望の全てをかけてデモテープを作り上げ人気ラッパーにそれを手渡そうとするが喜びは束の間、Dの行動が全てをぶち壊しにしてしまう。

黒人女性の歌を聞いて涙を流すDを観てまあなんという判り易い反応だろうと思いながらもその歌声の素晴らしさにこちらもじわり。
情けない客引き男があっという間に音楽にのめり込み友達と共に悪戦苦闘でスタジオを作り、音楽を作り上げていく過程は観ているだけでも楽しくなってにやついてしまった。
歌を作っていくのって面白そうだなあ。とはいえ私は音楽素養などまったくないので作れるわけもないが。
Dの売春婦の一人で妊娠中のシャギにちょっと歌わせたところ、これがとんでもなくいけていた!うーん。黒人女性だからなあ、などと納得していいのやら。これがめちゃめちゃかっこいいのだからもうどっちでもいいか。
とにかく御手製のスタジオ、仲間内でソウルフルなラップが吹き込まれていく。

そんな大事なテープをどうして有名とはいえ一人のラッパーに手渡す事で夢を繋ぐのか、実はいまいち判らない。
まだしも最初からラジオ局なり、どこかの音楽事務所なりに持ちかけたほうがましと思うのだが、アメリカではこういう形、もしくは黒人としてはこの方法が多いのか。
まあ、こうしてDは自分の手で自らの夢を断ち切ってしまう。
普通ならここでもう「なんて最低な結末だ」になりそうなものを思わずにやりとしてしまうこれからへと繋げてしまうのだ。

ラップといえば自分は台湾人の周杰倫のしか聞かないし、てんでなにもわかっちゃいないけど、この映画は最高にいかしてた。Whoop That Trick!
Dジェイは女にも酷いし情けない役どころなのだが、演じるテレンス・ハワードはどう見てもかっこよくてステキに見えてしまうんだよね。ホントに嫌な感じだったら見たくないだろうけど。
やせっぽちの白人青年のブルースに関する熱論がかっこよかったし、白人売春婦ノラの最後の活躍も決まっていて白人二人もソツなく活躍。
音楽のできる過程をわくわくと見れてそういまくいかないよ、と釘をさされ、でも人生そう捨てたもんじゃない、と思わせてくれるちょっといい映画だったね、これは。

走る車のホイールが綺麗だった。

監督:クレイグ・ブリュワー 出演:テレンス・ハワード アンソニー・アンダーソン タリン・マニング タラジ・P・ヘンソン D.J.クオールズ
2005年アメリカ


ラベル:音楽
posted by フェイユイ at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『中国の植物学者の娘たち』ダイ・シージエ

学者.jpg
Les Filles du Botaniste Chinois

真っ先に結論を書くと何かとまずいからちょっと後にするけど、いつまでたってもこういう話なのかねーと思いつつ、いつか新しい物語が観れるだろう、それまで我慢我慢とつぶやいたりもしてみる。

植物園の緑の色彩の美しいこと。主役の若い女性たちの美しい肢体に見惚れているだけで時間は過ぎていった。濃厚な湿気と香りを感じさせる花と緑の園で愛する人を見つけた女性たち。その相手は自分と同性であったのだ。
美しい彼女達と見てるだけで癒されていくような画面に惹き付けられて観てしまった。

なのにこの物語はなんだろう。
繰り返し繰り返し作られる「最後に死を迎える同性愛映画」というものにはもううんざりである。
実話だから、というのは言い訳に過ぎない。そういう題材をあえて選んでいるのだから。
思わず涙がこぼれてしまうほどひたむきに愛し合う二人の女性。見入ってしまう美しい裸体とあまり露骨ではない夢見るような同性の触れ合いの場面。
そして最後に全てを破壊してしまう死の場面。

なんでなのかな。
結局観たい場面だけ見せておいて「でも同性愛は禁止だからね。死刑だよ」というラスト。
それを美しいと思わせてしまう狡猾さ。
金庸の物語でも同性愛ではないけど禁じられた恋人達は自分達だけの世界で生き続けたじゃないか。
昔だからというのも言い訳で、武侠もののはもっと昔だしね。

悪人として登場する父と兄の描き方も一方的過ぎると思うのだが。
自分としてはこの監督は全てを支配している父親そのもののように思える。二人の美しい女性を利用するだけ利用しておいて最後にあっさり殺してしまうのだから。
自分に歯向かう者を許さない父権でもって同性愛者だった娘を殺してしまうのだ。その体を性的な目で眺めていながら。
もしそうでないなら何故二人が生き延びるという創作にしないのか。好奇心は満たしたからもういいや、というこの殺し方。
それらを全て誤魔化してしまうための綺麗な映像で騙されてしまう。

例えば『ブロークバックマウンテン』で生き延びていくイニスの苦しみがここにはない。
イギリスドラマ『荊の城』での二人のような未来も与えずに。

綺麗なだけの同性愛場面を見せ付けて最後に殺すという映画に何の意味があるのか。
主役の二人と映像の心地よい美しさに酔いしれていただけにいっそう腹立たしくなってしまう。

これを観て同性愛者を弾圧・嫌悪するのはよそう、という意味合いなのだろうか。
もういい加減判ろうよ。
その次の段階に行きたいんだよ。

監督:ダイ・シージエ 出演:ミレーヌ・ジャンパノイ リー・シャオラン リン・トンフー グエン・ニュー・クイン ワン・ウェイドン
2006年カナダ/フランス

私なんか親父死んだ時「やった!」って思ったもん。後は二人で植物園やっていけばいいし。心臓悪かったからわかりゃしないって。
そうして二人はおばあちゃんになって死ぬまで植物園で愛し合いました。でいいのにさ。
兄貴が邪魔か。ちぇっ。
ラベル:同性愛
posted by フェイユイ at 01:00| Comment(2) | TrackBack(1) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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