



やっと森田芳光版『椿三十郎』を観ることができた。多くの黒澤ファンならどうしても三船と織田を比較せずに観るなどということは無理に違いない。何とか意識を切り離してみようと思ってもあの三船敏郎の顔と声を思い出さずにこの映画を観ていくのは不可能である。
なのでまあ無駄な抵抗はせずに思ったままを書いていくことにしよう。
いつものように他にないような変てこなことを書いてしまっているのでご容赦を。
脚本に手を入れずそのままリメイクした、という触れ込みだがそのままとは思えないほど違った印象になるのは不思議である。
無論ストーリーは同じなのだが、細かな部分はかなり変わって感じてしまう。
冒頭部分からしてリメイク版には余計な風景描写がある。黒澤版ではいきなり社殿の窓から灯りがもれているところから始まり中に9人の若侍がなにやら真剣に話あっている情景が映る。のに対して森田版は社殿の周りの林が映り大勢の人影がそれを取り囲むのが見えるのだが、種明かしを先にしてしまうのはどういうことか。緊張感を持たせるつもりなのかもしれないが、まだ何も状況がわかってないのだからこのシーンには意味がない。
万事がこのような違いの重なりになっていて、森田版は説明しすぎの平板な間延びしてしまうのだ。大昔の黒澤版のほうがよりダイナミックでスピーディなのは黒澤だからという説明で納得してしまうしかない。
そして多くの『椿三十郎』ファンが苦渋するのは三船敏郎と織田裕二の比較だろう。
暗闇の中から声がして後登場する三船に対し織田三十郎はどういうものかいきなり姿が映ってにっこり笑っていたのが驚いた。
織田の演技を観ていると、まるで「三船を真似しているのか」と思えたのだが実際の三船三十郎はこんなに大げさな声を出してはいず、低い声であまり抑揚をつけてはいない。織田の演技がいかに奇妙に奇抜なものかをこれで知ったのだった。
優れた脚本とそれを生かした演出と音楽が絶妙なバランスで一つの映画作品となった黒澤版『椿三十郎』を楽しみ親しんだものとしては森田版のそれは脚本が同じである為もあり、黒澤版を越える事も変える事もできなかった試作品となってしまった。
と、こう書いたのは無論本当の気持ちなのだが、だからと言って自分は森田版にまったく幻滅したわけでもなく途中で止めたいとは思わなかったのである。むしろ本音を言うと黒澤版で感じなかった(というか感じてはいたがやや微妙だった)ものをぞくぞくと感じてしまったのである。
というのは(ほんと言うとちょっと書きにくくて勇気がいるが)椿(織田裕二)と室戸(豊川悦司)の濃厚なゲイムードに悩殺されてしまったのだ。
これは森田版だけに現れたわけではなく黒澤版の三船と仲代の間にも充分に感じられる雰囲気ではあった。
唐突に椿を気に入って我が方に引き入れようとする室戸の誘いかけや訪ねて来た椿を別室に招き入れる室戸の表情や言葉遣い、室戸に殺されても仕方ないような状況でもどこか彼を信じているような椿の態度、最期の果し合いのある意味ゲイ的なポテンシャルを感じさせてしまう。且つ三船氏の男っぽさと仲代氏のそのままゲイ的な雰囲気が否応なく二人の秘められた関係を匂わせているのである。
実は自分は織田裕二という役者をドラマでも映画でも観たことがなくTVのCMか芸能ニュースで見る位しかなかった(後、物まねと)豊川悦司のセクシーさは知っていたが、まさかこの二人の「椿と室戸」が黒澤版に勝るとも劣らないホモ・セクシャリティを持って演じてしまうとは想像していなかったのである。
黒澤版がそこはかとなく漂わせるゲイ的ムードなのに対し、森田版ではもう大っぴらに告白しているとしか思えないくらいの二人の眼差しではないか。
こんな部分で感動するのが森田版の目的だったのかどうかはわからないがとにかく日本映画で他にないくらい自分としては感じてしまったのだ。
ところでこの映画の最初(から2番目)に製作総指揮というので名前がバン!と登場する角川春樹、押し出しの強さにはめげるしかないのだが、松山ケンイチ目的で観た『男たちの大和』しかり『蒼き狼』しかりゲイムードに溢れる映画ばかりなのだが、そういう方なのだろうか。
さてこの映画鑑賞の目的である松山ケンイチの若侍はどうだったろうか。
素直で人のいい若侍の役はいかにも彼らしい役どころであるかもしれない。痩せすぎと言葉の訛りがここではやや気になったものの懸命に目的に達しようとする姿勢が彼そのもので好感の持てる青年と観れた。
だが反面身分の高い侍というのは彼にとってなかなか難しい役どころだったのではないか。黒澤版ではその役に加山雄三が当たっていて申し分ない物腰を持っている。大らかで毛並みのいい感じなのだ。
本作のキャラクターの中に松山ケンイチに演じて欲しいというのは見つからない。なぜ彼がこの作品に出たのか。随分と角川春樹氏に目をかけられているように思えるのだが、どれにしても誠実な青年という役ばかりなのだし、別れて欲しい気もするのだが、どうなのだろう。
というわけでこの映画、黒澤映画好きとしては同じく見劣りがしたものの、人に話しにくい点で非常に好ましく観てしまったという作品だった。
松山ケンイチに関しては出ずっぱりのわりには物足りなかったが役に徹したということだと納得したい。
最後近く、伯父さんの「乗ってる者より馬は丸顔」というジョークで黒澤版は引いたカメラで皆が笑うのだったのに、森田版では松ケンがアップで笑うことになっている。彼はちょっと笑うのが苦手気味なのでこれは気の毒な場面だった。いじめとしか思えない。練習したんだろうなあ。
後、三十郎が「おかみさん」の前で四つん這いになって踏み台となる場面。おかみさんが重くて三十郎が「うう」となるのだが、中村玉緒さんだと重そうに見えない。困ったね。
監督:森田芳光 出演:織田裕二 豊川悦司 松山ケンイチ 藤田まこと 中村玉緒 鈴木杏 村川絵梨 風間杜夫 小林稔侍 西岡徳馬 佐々木蔵之介
2007年日本