映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2008年05月10日

『カンフーダンク2』アンディ・ラウの出演が決定!

『カンフーダンク2』アンディ・ラウの出演が決定!

こりゃーびっくり!たまげました!!!
はじめ、アンドリュー・ラウの間違いかとも。

いやあー『イニシャルD』のアンドリュー・ラウが『カンフーダンク2』というのはこれでもう確かなようですね。
それにしても、アンディ・ラウがジェイと共演ですかー、すげえ。まあ、アンドリュー・ラウ監督『インファナル・アフェア』がらみですかねー。
一体どういう役なんでしょーか。


posted by フェイユイ at 23:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 周杰倫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『グレン・ミラー物語』アンソニー・マン

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THE GLENN MILLER STORY

先日映画『愛情物語』で知ったエディ・デューチンと違い、こちらは日本人でも誰でも知っているに違いないグレン・ミラー(違うだろうか?)である。
映画の中で何度も流れる「ムーンライト・セレナーデ」を始め他の曲もそのタイトルを聞けば自然と頭の中で吹奏楽の音が響いてくるようだ。
映画公開もほぼ同じ190年台半ばだが彼らが活躍した時期も(年表など知らないので確かではないが)近いところだろう。そして大活躍していた最中に太平洋戦争で志願入隊している点も同じであった。
続けて観たこともあり、その辺を比べてみたいと思う。

日本での認知度は別として双方ともアメリカ人から愛された音楽家であることは同じなのだろう。
上に挙げた近似点がありながらも、こうして見比べると様々な違いがあるのが興味深い。無論、映画を観ただけでの比較である(実際のところはわからないからね)
地方からニューヨークへ音楽を求めてやってきたのは同じだが、最初から何も考える事がないくらいとんとん拍子だったエディと比べグレンは「自分のサウンド」が見つからない、と苦悩し続けていく。
ニューヨークで華やかな美女とすぐ結婚したエディ、ニューヨークへ行っても田舎の恋人を呼びだして結婚するグレン。
映画を観ているとグレン・ミラーの成功はこのくったくのない奥さんヘレンのおかげじゃないかと思ってしまう。
何の権威も保障も金もないグレンが婚約をしていると言っているヘレンに強引にというより無頓着にデートの約束をしたり結婚を迫ったりするのがおかしい。他の男ならとんでもないデリカシーのなさだがそういった破天荒さに生真面目なヘレンが惹かれていくのが判る気がする。まったく滅茶苦茶なグレンはこの堅実な妻があってこそ有名になったのではないかと思える。日本的糟糠の妻というか、内助の功というか。グレンのポケットから少しずつ金を取って楽団の為の資金を貯めていた、なんていうしっかり者だが、久し振りの再会の時、パジャマに頭は昔風カーラーのリボンだらけ、と言った具合で可愛いったらないのである。
エディと違ってなかなか目の出ないグレンに常に同行してアメリカ中を旅するヘレン。
そうしている内にヘレンが流産してしまう。
『愛情物語』では愛妻・マージョリーが子供を産んで亡くなってしまう、という悲劇が起こる。
ここではヘレンは流産したためか子供ができない体になってしまうのだが、グレンは「男女の養子をもらおう」と妻を慰めるのだ。
今でも出産はやはり大変なことだが(子供が出来る出来ないを含め)この当時はさらに出産について様々な物語ができてきたことだろう。
妻が亡くなったことでエディは深く傷つき忘れ形見であるはずの子供に会うことすらできないでいた。彼が戦争に行ったのは妻への感傷を忘れる為だったように思える。
グレンは子供を失ったがそのことで妻を責めたりすることはなく慰めていることに寛大さを感じる。当然のことかもしれないがそれを責めることがあるのは事実だろう。
戦争に赴くグレンは音楽で慰問をしたいという積極的な考え方をしている。
だがそれで彼に悲劇が起きてしまうとは。運命というのはなんと残酷なものだろう。

結局は、長い間有名な音楽家として活動し続けたエディと違い、グレン・ミラー楽団というものは(経歴をみれば)戦争に行くまでのほんの5年ほどのようだ。その後、慰問演奏をしてはいるが、その短い間にあれだけの有名でいつまでも愛され続ける音楽を残していったのかと思うと驚きである。
また私などはいい作曲をすればいいもの、のように思っていたのだが、「自分のサウンド」を見つけることが難しいのだとこれを観て初めて判ったようなものだった。
名曲『ムーンナイトセレナーデ』が下品な演出で演奏されるのを見てがっくりするグレン。だがどうしても自分の納得する「サウンド」が見つからない。
そしてやっと見つけたのはやはり自分が好きな吹奏楽を多用した音楽だった。ラッパばかりで屋根が落ちるぞ、などと言われながらそこで奏でられるのは美しい音色。
今でこそ、グレン・ミラーの音楽は普通に聞いてしまうけど、当時としては驚きの音色だったに違いない。
そうした彼の工夫と努力もヘレンの忠告が数々あったのだ。ヘレンも凄いがそういう妻の助言を素直に受け止めるグレンも偉いと思ってしまう。男というのは変に依怙地になってしまうことが多々あるものだ。これも彼の心の寛大さを物語っているのだろう。

エディ・デューチンとグレン・ミラーを何となく比較してしまったが、どちらが偉いだとか、どちらが幸せで不幸だったとかは比較するものではないだろう。
どちらも苦悩があり、幸せがあり悲しみがあった。

それにしてもこうして観て行くと音楽家って本当に羨ましい。音楽のセンスのまったくない自分にとってまあここまで凄くはなくとも、ピアノなりトロンボーンなり演奏できる人に対しての羨望といったらない。
今度生まれ変わったら、言葉でなく音楽で表現するよ、なんていう人になってみたいものである。

監督:アンソニー・マン 出演:ジェームス・スチュアート ジェーン・アリスン ルイ・アームストロング ハリー・モーガン
1954年アメリカ
posted by フェイユイ at 22:48| Comment(3) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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