

DVDが全編・後編で分かれていたので二夜で観ていくつもりがあまりに面白くて一気に観てしまった。
タイトルの『クライマーズ・ハイ』は危険な山登りをしている時、気持ちが高ぶりすぎて危険を危険と感じることもなくなってしまい一気に登っていってしまう状態のことをいうとのこと。怖ろしいのはその高揚感が切れた時。もしまだ登山途中ならもうその場から動けなくなってしまうのだと言う。
ドラマの中で登山ではないのだが、気持ちがその状態になってしまう状況が表現されている。またこのドラマ自体が物凄いハイスピードで展開していく為に観る者もハイな状態になってしまうようだった。
もしかしたらもう少し長く時間をとって余裕のある構成作りをした方がよかったのかもしれない、と思うほど中味がぎゅっと詰め込まれた感のあるドラマで出だしなどかなり集中力が必要だった。
非常に面白いエンターテイメントであると同時にそれだからこそ考えさせられる部分もある。
物語の始め頃と終わりにつながりのあるエピソードが語られる。地方の新聞社に務める主人公・悠木(佐藤浩市)が部下に命令を下すのだが、それがもとで(と悠木は思った)部下が事故死するのだ。
その数年後、世界最多の死亡者を出す日航機墜落事故が起き、全権デスクに任命された悠木はそれに没頭する。
その途中でかつて事故死した部下の従姉妹という少女が悠木に「大きな事故だけが騒がれ、小さな死亡事故は問題にされない」という投書を絶対に新聞に載せろと詰め寄るのだ。
原作者・横山氏は実際に新聞記者をされていた、ということで実際にあったことかもしれないがなんだか妙にひっかかるエピソードなのである。
この話は少女という形を借りた作り手側の言い訳(というのが問題なら釈明)のように思える。
少女の従兄弟である事故死した青年は「事件・事故の被害者の写真を何故載せる必要があるんですか」という疑問を持っていた。
そして少女の事故の大きさによって扱いが違うという疑問。
それは報道が商売である以上当たり前のことなのだが、反面携わる人々にも葛藤があるのだということがこのドラマで語れていくのだ。
「凄い事故だ。売れるぞ」と言いながらこれでいいのかと自問する。
その答えが架空の少女の告発という形で表現される。飛行機事故の遺族からの怒りの声と少女からの反省の電話ということで決着するのだ。
この時の悠木氏の行動はかなり手酷い。こうなることは明らかだったはずなのに少女の投書を掲載し、同時に飛行機事故で亡くなった人の最後の手記を掲載する。少女は己の考えの間違いに狼狽するという結末になっている。なんとはなしに「告発するとこういうことになるかもしれないぞ」と釘をさされたようである。
無論、当の悠木氏もミスを犯した、ということで山奥の会社(ってなんだ)へ左遷されることになるのだが、却ってそこで悠々自適の登山生活を始めることになるのだから、よかったのである。
長々と苦言を書いてしまったようだが、面白い話の中にさりげなく自分の思い(原作者、報道者、ドラマ制作者全部の)を語ってしまうとは巧いものだと思ったのだ。
さて以上は前置きなのだが(長すぎ)エンターテイメントとしての部分は(いくら言い訳してもやっぱり面白い話として観てしまうのだ)見ごたえたっぷりだった。
新聞社というのはとんでもなく忙しく荒っぽい所だというイメージがあるがそのとおりの慌ただしさと人間関係の険悪さがどろどろに漂っていてこんな場所自分は絶対ご勘弁だが、観てる分には物凄く面白い。ホントにあんな嫌な社長がいるんだろうか。他のも凶悪なのばかりで松重豊さんだけが頼りだわ。販売部ってなぜあんなに険悪なのか。
今現在もそうなのかもしれないが少し前の男の世界、という匂いぷんぷんである。
少し前、と言えばここには携帯電話が存在しない。携帯電話がでてくるドラマが大嫌いな自分なので嬉しいことであるが、「貧乏会社じゃ通信機器も買えない」といちいち公衆電話の場所まで走って電話をかけ、電話の前でかかってくるのを待ち構えているのを見るとさすがに携帯電話の普及というのは世の中を変えたのだな、と確認してしまう。
でもドラマ的にはやはりない方が盛り上がるではないか。
思うように行かない家族との関係、登山仲間・安西(赤井英和)との友情、などもこの忙しい墜落事故担当の数日間にめまぐるしく関わってくる。そして会社内での確執、報道者としてのプライド、地方新聞社ということの劣等感。先述した少女との問題。
上司たちとの大喧嘩、焼肉屋での罵りあいの後、なにか通じ合う心のつながりを感じる男達。
会社での軋轢、反抗的な長男に心痛める父親に優しく話しかける小さな娘の「お父さんも優しいね」という一言で突然我慢していたものが崩れてしまい泣き出してしまう悠木。人間って罵られるより、優しい言葉をかけられた時が泣いてしまうものだ。
そういった戦いに日々を送った40代の悠木と60歳になった悠木が友人の息子と登山する話が織り込まれていく。
まあよくこの150分間のドラマの中にこれだけ盛り込めたものである。色んな意味を持った力作なのであった。
さてさて、ムロン、このドラマを観たのは登場人物の中に新井浩文さんがいる為である。しかも大森南朋と一緒だ。しかもいつもくっついてる役であった。ふっふっふ。
今までの作品とは全く毛色が違うので役柄も台詞も大人びて(やっぱり口は悪かったが)新たな魅力だった。なんと言うことはないのだがなんでだか妙に色っぽいのだよねー。
大森さんと組んで記事を書く仕事をしていくのだが、これが結構おいしい役なのだ。事故原因を突き止めるという核心をつくのだが気弱な悠木の判断が災い(かどうかはわからないが)となってしまう。
この辺は特に緊張感を持った山場になっていく。
自分的には新井さんと大森さんが出会う場面なんかが変に意味ありげでにやにやしっぱなしだったという楽しみ方をしたのだが。
ところで新井浩文DVD鑑賞で殆どのが簡単にレンタルできたのだがこれだけはなかなか借りれなくかったのだ。ちょうど映画版が公開前ということか、NHKドラマであるこれが凄い人気だからなのか、判らないがそうなるだけの面白さだと思う。佐藤浩市はじめ出演陣も怱々たるものだ。映画版はこれ以上に面白いものができるのだろうか。心配でもある。
演出:清水一彦(前編)、井上剛(後編) 脚本:大森寿美男
2005年日本・NHKドラマ