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2008年06月01日

『椿三十郎』妄想編

三十郎a.jpg

再観してみた。一度目は織田裕二氏の破天荒な話しっぷりに驚いたのと織田三十郎と豊川室戸が想像外にいけない関係だったのに度肝を抜かれて目的の松山ケンイチ氏にあまり目が行かなかったのであるが、今回は織田三十郎にも慣れたのでゆっくりケンイチ氏を見ることができた。

こうして落ち着いて観直すとケンイチ氏が若侍・井坂伊織を懸命に演じているのが見えてきた。
加山雄三のそれより現代的というのかやや気弱でどうやら恋仲であるらしい千鳥にもあまり厳しい言い方ができないでいるのが可愛らしい。若侍たちが大声で言い争いになった時、様子を見に来た千鳥に対し、加山伊織は侍らしく怒鳴りつけるのだが、松山伊織はそれが出来ずに情けなくなだめている。ここのシーンはむしろ森田版のほうが微笑ましくて好きだった。松ケンの演技が一番よく見えた場面でもある。
慌てふためく様子や話し方はとても侍のようではないが多分そこらへんは演出なのだからしょうがないのだろう。

黒澤版では全体的な話や演出がおかしさを持っていたのだが、森田版では個々がコメディを演じているようだ。ただそれがあまり功を奏してないのが残念なのだが。

ところでここからは比較ではなく同じ脚本なので両方に言えることなのだが、本当に面白い物語である。
大勢の家来達が出てくる以外はさほど大掛かりな仕掛けがあるわけでもないのだが、物語の運びだけで観る者を惹きつけていく。
悪いことをしているのではないが何かクライムサスペンスのような味わいを持っている。
三十郎という男は確かに腕がたつのだが、それ以上に悪賢さが面白くてたまらないのだ。
しかもその悪賢さを悪のほうではなく、いい人を助けるために役立てているのだから文句のつけようがない。
ミステリーの面白さも含まれているわけで、尋ね人がどこにいるのかを三十郎が名探偵の如く推理し、ずばりずばりと当てていく様が小気味よい。大概探偵ものには引き立て役の間抜けな助手的存在がつきものだがここではそれが9人の若侍というのがまたおかしい。
こいつらが言う事を聞かず足手まといなだけでなく、ここは言う事を聞いてはいけないという時だけ素直に言いつけを守るので観てるほうは歯噛みするしかないわけだ。その危機すら三十郎のとんちで切り抜けてしまうのだからやんやの喝采となるのである。
 
ここでまた森田版にいちゃもんだが、髭面の三船三十郎に対して、織田三十郎は非常に若く見えすぎる。
知らない人、外国人が見たら20歳前後であろう若侍と40歳に近いという三十郎の区別があまりつかないのではないか。別にそれは物語の面白さを失うものではないだろうが、年上の男と若い男達の違いというものも話の重要なポイントの一つだと思うのだが。
かつての三船ファンはあの髭の男前に年上の兄貴への憧れを持ったものだろうが織田三十郎にはあまりそういう兄貴的憧れを持つ男性は少ないのではなかろうか。
身なりも風貌も綺麗すぎるがこれも現代だから仕方ないことなのか。
垢なんてついてなさそうだもんね。あのむんむんとした男臭さを現代男性に求めるのは無理なのかもしれない。

とはいえ、昨日も書いたが極めて男っぽい三船三十郎と妙に色っぽさのある仲代室戸の濃厚な関係と同じように現代的に綺麗な織田三十郎と豊川室戸にも危険な香りを嗅いでしまった自分である。
黒澤版のふたりより以上に織田vs豊川は視線の絡み合いを濃厚にしているように思えるのだ。
この二人はこの神社の場面で初めて出合ったのだろうが、なんだか以前からの知り合いのような親密さがある。片思い、というのではなく互いに互いを認め合ったような話し方をしている、
会いに来い、と誘う室戸に「室戸が来いと言ったからな」と会いに出かける三十郎。
早々と訪ねてきた三十郎の姿を見つけた室戸は嬉しそうである。早速に個室に三十郎を招き入れてしまうのでますます怪しく感じるのだが、これは彼を見込んで個人的な仲間にしてしまおうという室戸の計略だった。
まったく一目見てよくそこまで惚れこめるものだと感心する。後で大目付・菊井の味方につこうとした腕利きの侍達には何の興味も持ってないのだからよほど三十郎の何かが気に入ってしまったんだろう。
しかもいきなり酒を飲ませて立て札の文が嘘であることや菊井が悪者であること、自分もそうとうの悪であり、三十郎と手を組んで二人で悪党どもの上に立とうと誘いかけるのだから恐れ入る。
室戸はどこか三十郎に自分と同じ悪の匂いを感じ取っていたのだろうか。三十郎はいい人のように見えているが実は室戸と同じような悪の人間だったのだろうか。
事件が終わって後、室戸は三十郎に決闘を申し込む。これは映像としてはないが三十郎とは義兄弟の契りを交わしたと室戸は信じきっていたのに、三十郎が義理を立てたのが若侍たちの方であったことに激しい嫉妬と失望を感じたのではないか。
つまり心が通い合ったと信じた男に裏切られたかわいそうな室戸なのだった。
三十郎とてその気持ちがわかるからこそ、一旦は果し合いを止めようと言い、また果し合いを受けたのである。
名場面とされる黒澤版の場面に比べ、森田版はくどい動きをしているのだがどちらも三十郎と室戸の恋心というか恋模様を表しているようだ。
黒澤版は極めて男らしく迸っているのだが、森田版では心のすれ違いが複雑に描かれていてより苦悩が感じられる。物凄くゲイ的な表現だと思えてしまうので見ていて恥ずかしくなってしまうのだ。室戸の「好きだったのにぃぃぃ」という声が聞こえてきそうでちょっとおかしかった(という感想は酷いか)なんにせよ、三十郎に止めを刺されてやっと幸せな室戸なのだった。
果し合いの前に三十郎が「俺をやってもこいつらには手を出すなよ」と釘をさすのもなにやらおかしい。室戸は小さな声で「ん」って言ってるんだけど、室戸さんは三十郎にしか恋してないから大丈夫だよん、三十郎。
深読みしていくときりがなくなる『椿三十郎』なのだった。
(やおいパロディ漫画とかすでにないのかな?)
三十郎が室戸を切った刀の血を紙で拭いて袖に入れてしまうのが妙に気になったりもする。

どうしても松ケンの出番が少なくなってしまうなあ(笑)
松ケンとしてはまだまだ子供なんで大人の男の関係の中には入れてもらえない。も少し筋肉つけようね、という感じだろうか。
『男たちの大和』の時も愛し合う主役二人の間に割り込みながらも子供はあっち行けと追い出されてしまうかわいそうな最後だったのだ。
もうそろそろ大人の男の仲間入りさせてもらってもいいのではないですか、角川さん。観たいです。




posted by フェイユイ at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 松山ケンイチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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