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2008年07月25日

『猫と奥さんと俺たちの青春 〜山田英治が綴る二つの世界〜 』山田英治

猫と奥さんと.jpg

『迷猫-MAIGO-』と『ゴールデンウィークエンド』の2作品が収録されている。

山田英治監督作品『春眠り世田谷』『鍵がない』に続き3つ目だがどれも好きな感覚を持っている。
そのどれもが30代にさしかかる若者とも大人ともつかない、つまりおじん・おばんとなるかならないかという年齢の切なさみたいなものが描かれている。
そういうのに共感したのかと言えば私自身はこの頃にはもうすっかり大人の生活にはまっていてこういった「私はまだ若いのにもう縛られた生活をしなけらばならないのか」というような戸惑いというものを感じる隙もなく仕事と生活に追われる日々を送っていたのであった。
こうして見るとこういう感情を持つことも必要だったかなーなんて思えるがその時はもう必死で映画なんぞも観なかったし遊び歩いたりしたいとも思わなかった。それどころではなかったのだった。
だもんで共感というよりこういう世界もあるんだなあという感じなのである。人によっては観る映画に「私と同じ」という共感を求める人も結構いるようなのだが、私はむしろ映画を観る時は「へーこういうこともあるのか」というSF感覚が好きなのでこれでいいのである。

『迷猫-MAIGO-』猫が可愛い。おもちゃの猫も可愛い。今時こんなとろんと可愛い奥さんがいるのかな、とも思ってしまうが。お話自体も凄く可愛いくてでも嫌味に思えないのがいいかな。
ナオさんはいつもそうだけど女の人が甘えたりする時のリアクションが凄く優しくて本当に女性から好かれるタイプだよなーと思えてしまう。演技とはいえね。キスもなんだかどきっとしちゃう。
ギタリスト大森南朋も見ることができた。全国ツアーの正体もおかしいし。

『ゴールデンウィークエンド』
男3人の物語なので女性が主人公の『迷猫』よりやっぱり具体的に現実味がある。
どこかアレクサンダー・ペインの『サイドウェイ』を思い出す。といってもこっちの作品の方が先に出来ているが。
やはり30歳に差し掛かった男たちの青春ストーリーでありロードムービーでもある。
山田監督自身が主人公を演じていて、出産の為里帰りした妻が帰ってくる前日と夜を「もうこれで青春も終わりかな」という切なさとともに描く。淡々とした作品なのはこれも同じだが私は結構密度のある作品だと思うし、短くブロックで切っていく構成も見やすくて好きなのだ。
『サイドウェイ』は2人の男だったがこの作品では3人の馬鹿男子という感じでバランスがとれていて面白いのだ。ナオさんはここでも2枚目役で美味しい思いを独占。ずるいのだ。でも寝顔も可愛いんだよなー。
主人公は奥さんと子供との再会を待ちながらも心のズレに不安を抱き自分がもう自由でなくなってしまうことに身勝手にも不満も持っている。
電話から赤ちゃんの泣き声がして、男たちはどうも怖いな、と思っているようなのがおかしい。私には赤ちゃんの泣き声は可愛くてにっこりしてしまうし、思わず「オーよしよし」と言いながら抱き上げたくなる声に聞こえてしまうのだが、やはりこの年齢の男達とは赤ん坊に対する感情が違うのものなのだろうか。彼らには赤ん坊の愛らしい泣き声が青春の別れの声に聞こえているに違いない。
ねちょりさん(名前を忘れた、か出てこない)の昔の彼女のアパートに行ってピンポン押したらまったく関係ない男が飛び出してきて追いかけられる話はちょっと面白かった。確かにこの彼のいうとおり31歳にもなってピンポンダッシュしちゃいけません。
馬鹿な一夜が過ぎて重い頭と体を引きずりながら妻と赤ちゃんを羽田に迎えに行く。『鍵がない』もそうだったが一夜の物語、というのがとても上手い。この朝の気だるさはわかるなあ。
馬鹿でしょうもなく情けない男達と対照的にきびきびと我が子を抱いて歩いてくる母たる妻の力強さよ。
ゴールデンウィークの終わりなどと言ってる場合ではないだろう、男たち。
なんだかんだと言いながら妻子を迎えに行く主人公。車の中で次第に表情が変化していく。あきらめとも決意ともいえる表情に。
ラストで車のウィンカーを羽田方向へ上げる音がする。いいラストだな。


いや『サイドウェイ』よりずっと好きです。

監督:山田英治 出演:山田英治 大森南朋 美月 和田縁郎 馬渕英里何
2002年日本




ラベル:大森南朋 青春
posted by フェイユイ at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 大森南朋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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