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2008年08月06日

『害虫』塩田明彦

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この作品を観てちょっとしたショックを受けてなんと書いていいのかわからないでいる。
15歳の宮崎あおいが演じているのは壊れかけた或いは壊れてしまった精神を持つ13歳の少女サチコである。
少女はその無垢な愛らしさのために彼女と出会った男達はどうしようもない性的衝動に駆られてしまう。そんな時でもサチコは戸惑いはするが激しい抵抗を見せることはない。その空虚さは観る者に共感をまた反感を持たせてしまう。
そんな彼女と対照的に現れるのがクラスメイトの夏子であり、彼女もまた愛らしい少女なのだがサチコのような男性に対してのエロティシズムというのはない存在であり極めて善良な心の持ち主なのである。
彼女達二人がマルキ・ド・サドが生んだ悪のジュリエットと善のジュスティーヌであるというのは非常に判り易い。また悪のジュリエットが『悪徳の栄え』という著書で素晴らしい印象を残したのに対し、善のジュスティーヌはあまり引き合いに出されることもない、というのはやはり人は「悪」というものに惹かれてしまうからなのだろうか。
13歳のあどけないエロティシズムを持ったサチコに「ニンフェット」を重ねる人もいるだろうが、『ロリータ』はあくまでハンバートの目で見た少女の姿に過ぎない。ここでは少女が男達を見ている。その表現は(監督自身が男である為)非常に乾いていて感情がないようにも思えるのだが、突き放した語り口がサチコをより明確にイメージさせているように思える。

『ユリイカ』を先に観たのだが(製作はこちらが先)アレの中でも宮崎あおいはバスジャックという怖ろしい事件に襲われ何もないのに性的暴行を受けたのではないかという中傷を受け精神を病む。ただその後は兄の方の話が中心になってしまうので彼女自身の物語という意味では不完全燃焼だったのだがそれ以前の作品で彼女の(というか少女の)エロティシズムという題材がこんな風に表現されていたのだと驚いてしまったのだ。

本当はこんな回りくどい言い方でなく直接に感想を言うべきなんだろうけどそれがうまく言えないで困っているのだ。
サチコには怖ろしい出来事が幾つも起きるが彼女がそのことを表に出してしまうことは少ない。
ボーイフレンドの言葉に学校の机を引っ張って倒す場面と自分の部屋で壜に入ったビー玉をぶちまけてしまう場面、夏子の家に火をつけた後突然叫ぶ場面(最も感情が出たのはこの時だった)そして物語が終わった後に鼻歌を歌うことで彼女の心の空虚さを感じる。

サチコが男性を好きになる時は彼女に対して直接な性交渉を求めない相手だった。タカオとキュウゾウはどちらも彼女にそうした接触はしていない。もしかしたら小学生時代の緒形先生も性的な要求はしなかったのかもしれない。彼女がママの恋人を嫌ったのは最初から彼の視線に彼女に対する性的なものを感じていたのかもしれない。
だがサチコは最後の場面で慕っていた先生との再会を(その気になれば間に合ったかもしれないのに)放棄してしまう。
彼女はさらに先に進むことを選択したのだ。それが彼女がそれまでは避けていた性に関するものであることは間違いないだろう。

サチコこそが害虫なのだということが悲しい。

ジュスティーヌの役割である夏子に蒼井優。とても可愛い上に宮崎あおいと比べるとこの時はまるで棒読みで初々しい。(宮崎あおいも同じだったかもしれないが彼女は無口で感情のない役なのでその分得してる)
今をときめく二人の女優がこの作品で共演しているというのも凄い因縁なのかも。

目的の大森南朋は宮崎あおいちゃんをホテルに連れ込もうとするエロおやじ役。とほほな役だが時間もほんの僅か。その数秒を観る為に観たのだが素晴らしい作品でよかった。ナオさんの出演作は見ごたえあるものが多くてうれしい。

監督:塩田明彦 出演:宮崎あおい 田辺誠一 蒼井優 沢木哲 天宮良 伊勢谷友介 りょう 石川浩司
2002年日本






ラベル:大森南朋 少女
posted by フェイユイ at 01:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 大森南朋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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