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2008年08月23日

『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド 』ポール・トーマス・アンダーソン

ゼア・ウィル・ビー・ブラッド.jpg
There Will Be Blood

強欲な人間ってどうしてこう魅力的なんだろう。その上冷酷ときたら。自分は絶対そう呼ばれたくはないがそういう人間を見て「あんなのよりは自分がマシだ」と安堵できるからだろうか。
偽善に満ちた胡散臭い宗教家というのもまたしかり。これが誰にでも施しをする優しい実業家と真の愛に満ちた牧師の話ならこうまで興味は持てないはずだ。
冷酷で強欲な人間と欺瞞に満ちた神を語る人間の行く末が悲惨なものであるならなおいっそう溜飲がさがり幸せな気持ちとなる。

この映画の主人公は強欲冷酷に満ちた男として描かれている。とはいえ無論そういう男は今までにも何度となく物語に現れ人々の関心を強く惹いてきた。
強欲な主人公と言えば『クリスマスキャロル』のスクルージ爺さん。彼が実直な事務員家族をないがしろにするところで歯噛みをした後、怖い幽霊に恐ろしい体験をさせられるくだりはこの上なく面白い。
私が小説でも映画でも凄く面白かったのはやっぱり『血と骨』金俊平と本作のダニエル・プレインビューとどっちが強欲なんだろう(二人とも名前に「平」という意味が含まれているのは何故)
私は映画としては『血と骨』の方が断然好きだが、強欲ぶりとしてはこちらのダニエルの方が上のようだ。俊平は強欲、というより本能のままに生きている、といった感じだから妻以外にも女がいるし結構愛してるように見えたりもする。実の子供達には冷酷ながらもやはり子供だと見ているところもあるし、「本当の自分の息子」を産ませようという考えを持ったりもする(まあその辺がタイトルにつながるが)
本作のダニエルは女を愛すること自体ケチっている。H・Wと呼ぶ息子が実の子供ではないし、「女と遊ぼう」などと言いながら何もしていない様子からしてこの男、精液を出すことも渋っているのでは、と考えられる。女など金を使うだけだから無駄ということか。最後に彼に仕えていたのが女中ではなく執事だったというのも女をまったく寄せ付けてないのが伺える。女嫌いとはいえ、無論同性愛者ということではなく彼自身が言っているとおり誰も愛することのない男(まあ男とも言い難いが)だったんだろう。

彼の究極のライバルでありつつ彼の対極にありながら彼と同じように醜悪な存在として描かれるのが宗教家イーライ。
傍から見てる分にはダニエルよりこちらの方がよほど気持ち悪い存在なので二人の対決ではむしろダニエルの方を応援してしまうのは映画の見方として正しいのだろうか。
それにしてもイーライを演じているポール・ダノは『罪の王』でも行き過ぎた宗教家をやっていたのであれで経験を積んでいる分こちらでもその異常性を発揮できていたんじゃないかな。
それでも異常な神より金の方が最後に勝ってしまったというのが未来を予告しているのだろうか。

異常な神も強欲男も惨めな最後を迎えることで観る者はほっと安心する。
可哀想なH・Wが彼の実の子ではないとわかり彼の元を去っていくのもほっとする。
『血と骨』のように望んでもいないのに奴の実の子であるほうが惨めである。
ダニエルの偽の子供とイーライの妹が結婚して幸せに暮らしているというのは皮肉だが。

『血と骨』ほどまでには面白いと思わなかったのだがアメリカの資本主義と怪しい宗教(これはマス・メディアとか芸能界といったものを象徴してるのだろうか)の歴史を描いた映画としてよく作られたものには違いない。

監督:ポール・トーマス・アンダーソン 出演:ダニエル・デイ=ルイス ポール・ダノ キアラン・ハインズ ケビン・J・オコナー ディロン・フレイジャー
2007年アメリカ




ラベル:人間
posted by フェイユイ at 00:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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