映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2008年12月20日

『カウガール・ブルース』ガス・ヴァン・サント

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Even Cowgirls Get the Blues

ガス・ヴァン・サント監督の作品はどれも大好きで非常に自分の好みの世界で不思議で謎に満ちてて観るのが楽しみなのだが、この作品はその中でも特に素敵だった。順番つけてもしょうがないが昨日の『パラノイド・パーク』(勿論大好きだったが)よりもこちらの方がずっと好きになってしまった。多分一番好きなのは『マイ・プライベート・アイダホ』なんだけど(自分のことなのに多分っていうのもおかしいが)それと同じくらい、もしかしたらこっちが好きかもしれない。

というのはやっぱり主人公が女性でユマ・サーマンでかっこよかったからだろう。
ガス・ヴァン・サント監督はゲイと公言されていて作品もそういうニュアンスを感じさせるのが多いのだが、どこかベールで隠しているような、判る人にはわかるけど、はっきりと見せていない、というところがある。
『マイ・プライベート・アイダホ』は男娼の少年二人に話だったから明確ではあるがリバーの方の片思いでキアヌーは「商売だけでゲイじゃない」という男だったので物足りなかったのは確かだ。
本作は女同士の愛の物語なのでその辺サント監督も気が楽になるのか、ヒロインと恋人が深く愛し合う物語になっていて感動的である。リバーとキアヌーもこういう関係であって欲しかったんだけどね。

内容はこれも思い切りガス・ヴァン・サント世界。
移動する物語、である。旅ではなくムーヴィング、移動すること、という台詞もあった。
夢なのか現実なのかよく判らなくなるほどの不思議な出来事が起きることも流れる雲もまさしく彼の映画。
焚き火にあたる場面で主人公達二人が深く交わるのもお決まりのこと(ここではユマ・サーマンとパット・モリタ氏)

この映画の製作は『マイ・プライベート・アイダホ』のすぐ後だからもう随分前の作品である。若い頃の作品だからか、荒っぽい描写やテキトーな感じの描写もあるしなにより今まで見た中で一番明るく楽しい作品だった。

それにしても変な映画である。主人公はユマ・サーマンで申し分なく美しい女性なのだが両手の親指だけが特別に大きい(他の指よりはるかに長い)という「異常性」を持つ為に普通の生活ができずヒッチハイカーになってしまうというのである。
リバーがすぐ眠ってしまう「ナルコレプシー」でありながらヒッチハイクをしていく幻想的な美しさを持つ描写からするとこちらのヒロインのかっこ悪いことといったら。
といっても、彼女はその異常な長さの指を「神が与えた才能」として受け入れ「その指を優雅に動かせば止まらない車はなく、強姦魔も警官も彼女をよけていく」という力を持つのである。
ちなみに神はニジンスキーに鳥の骨格を与え、彼女にヒッチハイクの指を与えたそうな。知らなかった。だからニジンスキーは飛べるのだね。

シシーが長い親指を動かすとハイウェイを走る車は止まり、空を飛ぶ飛行機も流れ星も方向を変えてしまう。
だが彼女は今まで男性とセックスをしたことがなかった。
ニューヨークで女装のゲイであるカウンテスにハンサムな画家(キアヌー・リーブス)を紹介されるが「一日でもヒッチハイクをしないと親指がうずく」と言って飛び出してしまう。
そしてカウンテスが与えてくれた仕事「鶴の姿に扮して化粧品の宣伝をする」を引き受け、ラバー・ローズ牧場へと旅立つのだった。

設定も奇妙なら展開も突拍子もなくて一体どういうことでこんなことを思いつくのかさっぱりわからない。
何か元ネタがあるのか、とも思うのだが。
しかもそのラバー・ローズ牧場にはカウ・ボーイならぬカウ・ガールたちが働いていて牧場の管理者である女性と対立し牧場と天然記念物である「シロヅル」を自分達で守ろうと立ち上がったのだ。
男がいない牧場でカウ・ガールたちはレズビアンの関係になっている。
シシーはそこでジェリー・ビーンというカウ・ガールと深い恋に落ちるのだ。
ジェリー・ビーン、小柄でそんなに美人ではないのだけどシシーが好きになっていしまうだけあってすごくかっこいい。彼女はレイン・フェニックス。リバーの妹でホアキンの姉になるらしい。
つまり私が不満だったことを妹のレインが実現してくれたのである。
最後は悲しいものだったが、ジェリー・ビーンとシシーが愛を語らう場面は素敵だ。アメリカ女性で腋毛を見せているのも珍しいことだったのではないか。(とても柔かそうできれいだったし)
アメリカで「カウガール」というものが男性の飾り程度にしか思われてないことに怒り女性たちの権利を勝ち取ろうとするカウガールたち。
たった一人で立ち向かったジェリー・ビーンを勘違いで撃ち殺すのがやっぱりよくあるアメリカ男の行動ということなのか。
ということでシシーはカウガールになったのだねえ。男同士のカウボーイのゲイの物語『ブロークバックマウンテン』があったがそれよりずっと以前にカウガールのレズビアンの映画があったとは。
流れる星を見上げるのも美しく、クリシュナの物語も美しい。
「移動する物語」としてもレズビアンの物語としても特別に大好きな作品になってしまった。

なんだか変な衣装のインディアンの画家をキアヌ・リーブスが演じていて可愛かったし、カウガールの1人にヘザー・グラハムがいた。
パット・モリタさんは「日系アメリカ人」なのに「チンク(中国人というあだ名?)」と名乗る牧場近くの自然の中に住む不思議な男役。
ジェリー・ビーンやシシーと深いつながりを持つかっこいい役である。
しかし何と言っても女装の老人カウンテスを演じたジョン・ハートが忘れられない。

監督:脚本:ガス・ヴァン・サント 出演:ユマ・サーマン ジョン・ハート レイン・フェニックス パット・モリタ キアヌ・リーブス ショーン・ヤング
1994年アメリカ



posted by フェイユイ at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『パラノイドパーク』ガス・ヴァン・サント

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Paranoid Park

相変わらずなんだけどどうしても好きな世界なのでじっと観てしまうのだ。
交錯する時間も揺れる画面も粗い映像と広がる空と動く雲、光と風。美しい少年たちを集めて追い続けているカメラ。夢の世界のようでもあり、現実と記憶がごちゃまぜになってどっちがどっちなのか判らなくなってくる。
昨日はドラッグの映画を観たけど、この作品自体がドラッグのような不思議な感覚を味あわせてくれる。

退屈なくらいごく当たり前の生活を送っていた16歳の少年がある日を境に変わってしまう。
初めがそれが何なのか、隠されていて見えない。
少年はそのことを思い出したくない記憶として閉ざしているが、やがてその記憶を呼び戻してしまう。

それは16歳の少年が1人で抱え込むにはあまりにも重い出来事だった。

人を殺した。

偶然、だと思いたい。自分の意志ではない。
1人で言い訳をしても拭い去ることのできない記憶。
誰かに話したくても話すことはできない。
罰を怖れて逃れても自分を偽ることはできないのだ。

スケートボードをする少年たちの脆い美しさを映しとっていく。
貧しくてどこへいくあてもなくスケボーで走り回りジャンプしていくのが生きることすべてのような彼ら。
自分達でスケートボードパークを作り、そこが家だという彼ら。
主人公アレックスはそんな連中に憧れ、年かさの1人の男に誘われるがままついていき、貨車に飛び乗ったことが怖ろしい出来事を招いてしまった。
事件の後、雷が轟き光る。罪人であるアレックスに怒るかのように。
汚れた体を洗う為のシャワーの音が雨の音のように響いている。
筒状の中をスケボーに乗って走り抜ける少年たち。明るい光が見えてくる。
ガールフレンドは彼の心を察することもなくアレックスはもう彼女と一緒にいても何も感じていない。
アレックスに話しかけてきた別の少女の言葉で、心の中のもやもやを
紙に書いて燃やしてしまったことで彼は救われたのだろうか。

なにはともあれ、こんなに少年の美しさ、脆さ、危うさを魅力的に描いた作品もそうないだろう。
言葉も少なく感情の起伏も乏しいようにさえ感じられる16歳という年齢の少年たち。大人でもなく子供でもない中途半端でアンバランスな時代。現実と幻想の区別もはっきりとしないような、そんな時期なのだ。

アップになった少年の透明な瞳の美しさに見惚れない者が或いは嫉妬しない者がいるだろうか。

監督:脚本:ガス・ヴァン・サント 撮影:クリストファー・ドイル 出演: ゲイブ・ネヴァンス ジェイク・ミラー ローレン・マッキニー スコット・グリーン テイラー・モンセン
2007年アメリカ/フランス
posted by フェイユイ at 10:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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