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2009年03月16日

『うなぎ』今村昌平

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これは最も嫌悪感のあるものだけで映画を作ってみよう、という意図で作られたものなのだろうか。
とにかく出て来る人物、起きる出来事、映画の中のすべてがむかむかと虫唾が走るようなものばかりなのだ。
というとこの作品がくだらないものだと言っているみたいだが、そうではない。
世の中で高評価を得ている映画というのは癒しであり、心地よくかっこよく共感と賛同を得るものであるはずだ。登場人物も憧れの対象で自分もこうなりたい、恋人にしたいという役柄である。
ところがこの作品には好きになれる人が全くいない。嫉妬だけで妻を殺し、そのことを悪かったとかかわいそうだったとか思いやりもしない主人公。すぐ見つかる場所で自殺未遂し嫌がる男の店に乗り込んで居ついてしまい、挙句にたちの悪い元恋人が押しかけてきて仮釈放中の主人公を刑務所へ逆戻りさせてしまう女。しかも堕胎ができなくなってから妊娠してたと言い出して男に親代わりにならせてしまう。最初から産むつもりならそれでもいいが、「絶対堕ろします」などと言うところが寒々しい。もっと早く処置をすればいいのに、といらいらしてしまう。その女の元恋人も女の母親も何とも嫌な存在だし、主人公を付け狙う元務所仲間の男も苛立つし、親切気な住職もその妻も近所の面々もよく言う淡々としてなくて皆ねちねちと粘っこくそうかだから『うなぎ』なのかと思うほどねとねとした関係で成り立っているのだ。
今村昌平監督作品は他のもそんなに気持ちいいものでもないがこの作品はそれらの集大成と言っていいほどに嫌なものだけで成り立っているようだ。
妻の浮気現場、「映画のようにロマンチック」ではない生々しい殺人、男の出所後に妻そっくりの女に出会うという気持ちの悪いこと、その女の態度、肉体関係がないのに噂が立つこと、同じ刑務所にいた男の言動、「うなぎ」にまつわる話をしながらさもいい話にしていく過程も、UFOを信じている若者という陳腐な設定も全部が大嫌いなのだがどうしてここまでこんな嫌なものだけでできているのか。何故さらりといい話にせずぬるぬると気持ちの悪い話にしてしまうのか。しようと思えばできるはずなのにここまで嫌悪感で満ちているのはあえてのことなのかと思ってしまうのだ。
そしてなぜそういう嫌悪感を感じるような人々を描いて見せるのか。それは多分こんなとんでもない人でも生きていくのだから自分はまだ少し頑張れるかな、という逆の安心感みたいなものかもしれない。そういう意味ではこの映画も癒しの作品になるのだ。
ただここまで強烈な安堵感を求めない人には嫌な部分だけが感じられてしまいそうだ。

これはだから単にいい映画いい話、というものではないんだろう。主人公はいやな奴で女もいやな奴なんだけどそれでも彼らは生きていく。正しくなかろうがなんだろうがそれでも生きていくんだと。UFOだって信じればやってくるんだというそんな開き直り、捨てばち、ふてぶてしさで彼らは生き延びていくのだ。

監督:今村昌平 出演:役所広司 清水美砂 柄本明 常田富士男 倍賞美津子 田口トモロヲ 哀川翔
1997年日本


ラベル:今村昌平
posted by フェイユイ at 00:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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