映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2009年03月20日

『46億年の恋』三池崇史

46億年の恋b.jpg46億年の恋a.jpg

前に一度観ててそれからもなんだか気になってもう一度観たくなった。
短い作品でとても不思議な物語なのだが物凄く好きだ。前に観た時よりよけいに好きになってしまった。
この世に存在しないような奇妙な刑務所の話である。若者ばかりがいるから刑務所ではなく少年院というべきなのかもしれない。
と思っていたらもともと三池監督はこの映画を『あしたのジョー』実写版をやるつもりだったらしくてなるほどと思った。
滅茶苦茶ケンカが強い香月は力石徹だったんだ。
『あしたのジョー』は通して素晴らしいマンガだけど特にあの少年院の中の物語部分は秀逸である。
荒くれていただけのジョーが拳闘を通して力石と強い因縁を持っていく。それなのにオタクな読者は心の奥で二人の危険な愛の匂いを嗅ぎ取ってしまうのだ。
『あしたのジョー』を実写化するために他のマンガを下敷きにするなんてなんだか複雑な三池監督である。肝腎の原作マンガ『少年Aえれじい』は読むこともできないが『あしたのジョー』が元だったと知って納得したのだった。

有吉と香月は映像としてはそれほど接近するわけでもなく台詞で愛を語るわけでもないのだが、眼差しが互いを求めているような狂おしさがあって切なくてしょうがないのだ。
色んなゲイ的要素を持つ作品を思い浮かべてしまうのだが、「お前はどこへ行きたい?」というのは『009』でジェットがジョウに問いかける言葉みたいだし、有吉が香月に僕も行ったらいけないかなと言う場面は『銀河鉄道の夜』のジョバンニみたい。映画自体はファスビンダー『ケレル』を思わせる。
とはいえ二人を演じた松田龍平と安藤政信は他の誰とも比べようのないほど素晴らしく魅力的だ。
安藤政信はそれほどマッチョだというわけでもないがここではとんでもなく強い男になっている。彼には怖ろしいような刺青があるが眠っている時はそれが消えている。刺青は彼を守る鎧みたいなもので眠っている時はそれが消えてしまうのだろうか。
松田龍平は他で観る時の彼より優しげな風情を出しているがそれでも何をしでかすか判らない狂気のようなものも感じられる。

簡略化した舞台背景、ボロボロの囚人服、よく判らない洗濯場なんかが怖ろしく物語に合っている。
脇役達のメンツのよさといったら彼らの顔を眺めているだけで嬉しいくらいだ。石橋凌の青白い顔も楽しい。
ミステリー仕立てになっているのも自分的に非常なツボで堪えられない。問いかけが文字で出てきて人物が答えるなんていうのはたまんない。

こういう作品はこの短さであるのが正解だと思うがあまりに好きな世界なのでつい不満に思ってしまう。もうちょっとゆっくり観たかったし、できるなら香月と有吉の接触がもう少し深くあったらなあ、とか意地汚い。
でもこの「もう少し食べたかった」というとこが美味しいわけで。

自分が求めている不思議な感覚、切ない思いがこの映画には溢れるように表現されている。有吉の繊細な美しさも香月の心が引き裂かれそうな愛もたまんなく愛おしい。

監督:三池崇史 出演:松田龍平 安藤政信 窪塚俊介 渋川清彦 金森穣 遠藤憲一 石橋凌 石橋蓮司
2006年 / 日本


posted by フェイユイ at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『白痴』黒澤明

白痴.jpg

黒澤明監督作品はよくTVでも観ることができるので何度も観てしまう作品もあるがこの作品はあまり観ることができないのではないだろうか。
ダイナミックな活劇ものや『赤ひげ』『生きる』のようなジャンルともまた違う黒澤映画としては珍しいラブ・ストーリーであるし、何と言っても作品時間が166分という物凄い長さである。私も遠い昔に一度観たきりだと思うが他の映画以上に強い印象があった。

この映画はドストエフスキー『白痴』が原作となっていてこれもまた少女時代夢中になって読んだ小説である。
といっても自分はいつも熟読できない人間で好きな場面を偏って繰り返し読む、というどうしようない読書なのだが。
とにかくロシアの上流社会を日本の映画監督が映画化するというのはどういうものになるのか興味と不安の中で初観したものだが、そこはさすがに黒澤でそんな不安など蹴飛ばしてしまう面白さだった。
冬の北海道を舞台にあの愛らしいムイシュキンが亀田となって森雅之が絶世の美女であり男を虜にする魔性の女ナスターシャ・フィリポヴナが那須妙子という名前で原節子がムイシュキンと対立する野蛮な男ロゴージンが赤間となり三船敏郎が演じている。
ロシア小説と思って読んでいる時はさほど違和感を感じないのだが日本人が同じ言動をすると途端に突拍子もないもののように思えてくるのだがそういうとんでもなさも非常に面白く観れてしまう作品だった。
とはいえ原作をまったく知らない人がこの映画を観たらどんな風に思うのか、かなり不思議な世界なのではないだろうか。

ムイシュキンこと亀田の森雅之はタイトルの『白痴』を素晴らしく印象的に見せてくれた。「僕、わからないんです」という台詞が記憶に残ってつい口から出てしまいそうだ。
そんな純真無垢な亀田を一目見た時から「可愛い」と思って好きになってしまう野蛮男を三船がこれも魅力たっぷりに演じてくれる。彼ら二人はナスターシャ=那須妙子を取り合う関係でありながら互いに非常に好き合っている、というのもくすぐられる関係なのだが、ロゴージンがついにナスターシャを殺してしまった後、こっそりとムイシュキンを部屋に呼んで一晩二人で通夜をしながらナスターシャを偲ぶという場面は小説を読んでいた時から何度も頭の中でその場面が映像となって表れなんという美しい場面なのか、美しい女性が僅かな血を胸からこぼしただけで死んでしまい、二人の対照的な美しい青年が彼女の遺体を見守って話し合っている、その場面を思い描いたものだった。
こうして黒澤が作り上げたその場面は黒澤自身もこの場面に思い入れが深いことが強く伝わってくる。那須妙子の死体を一度も見せずにその美しさを表現しているのである。
二人の青年の震えるような魂の描き方も忘れることのできない闇の中の場面である。

私はこの時の原節子のイメージが強くて一般に原節子というと小津の彼女を指すことが多いのだが私には那須妙子なのだった。
日本の物語としてはあり得ない女王的存在の美女を演じられるのは彼女の美貌でなくてはいけないのだ。

『白痴』と言われる無垢な亀田を人々は笑いながらも弾かれ愛してしまう。だが無垢であることはやはり難しいことなのだろうか。
純粋な愛とはなんだろうか。
赤間と亀田の不思議な友情にも強く心惹かれる。

監督:黒澤明 出演:原節子 森雅之 三船敏郎 久我美子 志村喬
1951年日本
posted by フェイユイ at 01:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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