映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2009年04月04日

『コッポラの胡蝶の夢』 フランシス・フォード・コッポラ

Youth Without Youth.bmp
Youth Without Youth

コッポラ監督が『レインメーカー』以来10年ぶりの監督作品ということもありさすがの彼もそう若くはないだろう、とまったく期待せずに観てしまったのだが、これがとんでもなく面白いものだった。
原題『Youth Without Youth 若さのない若さ』ではなく非常に若さある力強い作品なのではないだろうか。無論主人公は監督自身と重なる老人ではあるのだがきびきびとした映像には年寄りじみたものがない。

いつものことながら『コッポラの胡蝶の夢』という邦題だけしか知らずに観たので退屈な老人の昔話みたいなものを想像したのだ。
確かにタイトルどおりの『これは夢か現実か。彼が自分なのか、自分が彼なのか』という物語なのだが幻想というよりは昔夢中で読んだサイエンスフィクションを思わせる人生や時間や世界の不思議を体験させてくれる作品だった。
ルーカスやスピルバーグとは違うコッポラ流SFということだろうか。しかもコッポラ独特の映像の深みのある美しさは健在である。

観ていてふっと思ったのは昨日観ていた『パフューム』と非常によく似た主人公だということだ。
取り憑かれるほど己の好きなものに没頭し大切な愛を失ってしまう孤独な男の物語である。
『パフューム』のグルヌイユは匂いを、ドミニクは言葉を追い求めている。
だがやはり違いとなるのはドミニクには最後に愛する女性の為に己の必要とした追及を捨てることができたことだ。
学者としてあと一歩で完成する研究を捨て、一生を未完のまま終わらせることはどんなに辛かったことだろうか。
しかし完成したグルヌイユが結局は失望したのと違いドミニクは満足して死んだのではないだろうか。
もし研究が完成する代わりにヴェロニカが死んだならドミニクはグルヌイユ同様消え去るしかなかっただろう。

言語が題材になっているのも非常に興味深く面白い。特に東洋の言語が扱われているのは向こうの人にとってより神秘的でSF的な雰囲気を出すものなんだろう。
それにしても他の人間が作ったら軽薄になってしまいそうな雷に打たれて若返って天才になってしまうだとか、古代インド女性の生まれ変わりだとかいう展開をよく現実的で重みのある映像にできるものだと感心してしまう。
ナチスが絡んでくるのもきわどいがイタリア系のコッポラがナチスを出してきて日本人が観てるっていうのも白い目で見られそうだ。

ドミニクの年齢の変化も微妙に行われていて面白い。
実はこれも先日観たジョニー・デップ『ブレイブ』同様、メフィストフェレスに魂を売って若返ったファウストの物語なのかなと思って観ていた。
『ファウスト』そのものではないのだろうが研究に没頭して恋人も若さも失った老人が突然若さを手に入れ美しい恋人と愛し合い幸せだと思った後死んでしまう、という筋書きは『ファウスト』のようにも思える。
ドミニクの分身は悪魔的な存在にも思えたし。

悲しい最期のようでドミニクはある充実感を得て死んだのではないだろうか。愛するヴェロニカが再び若く美しい彼女に戻ったことを信じて彼は逝ったのだろう。

監督:フランシス・フォード・コッポラ 出演:ティム・ロス アレクサンドラ・マリア・ララ ブルーノ・ガンツ
2007年アメリカ=ドイツ=イタリア=フランス =ルーマニア

マット・デイモンがまたもやここでもカメオ出演。これも知らなかったので嬉しい驚き。そういえば前回主人公だったんだ。だからと言って必ず出るわけではないだろうが、彼らしい。

しかしこの邦題ってネタバレだよね。いいのか。


posted by フェイユイ at 23:26| Comment(2) | TrackBack(1) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。