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2009年06月09日

『ビューティフル・マインド』ロン・ハワード

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A Beautiful Mind

例によって何も知らないまま(もういい加減言わんでいいって)観ていたら、物凄く不思議な世界に入り込んでいく物語だったのでのめり込んで観てしまった。しかも実在の人物だと途中(というかつまりあの最後)でやっと気づき驚いてしまった。

この映画を観ている分にはジョン・ナッシュは気位ばかり高くて大した業績を残してないように思われてしまうのではないのだろうか。無論最後に説明が僅かにあるがノーベル賞を取るだけの大きなそして数々の理論を発表し成功した人物なのだが、何故か映画ではあまりそのことが表現されておらず突然ノーベル賞を受けるので何に対してなのかとさえ思ってしまった。もしかしたら知っていて当然、ということだったのだろうか。(日本でなら湯川秀樹の映画というなら知ってて当然だろうし)

さて私のような者がいるからこういう頓珍漢になってしまうのだろう。
そういう当然のことを知らずに観ても非常に面白い作品だった。
業績に焦点をあてなかったのは話の面白さを引き立たせるためには正しい方法だったと思う。
主人公ナッシュは実に共感しづらいアンチヒーロー的な造形で言うことばかりでかいがさっぱり結果を出せずにいるばかりか人間嫌いで人を見下しているとしか思えない嫌な奴である。
映画の中ではやっと一つの面白い理論を発表することができ何とか教授に認められた、という感じである。彼は常に自分より他人が上手くやっていることに反感を持っていてその為に政府のトップシークレットの任務に就けたことに満足したのだろう。そしてそういう状況の中で結婚、妻の妊娠となり、ここで彼のスパイ活動が彼の幻想によるものだった、と判る。しかも大学時代彼の同室者だった親友チャールズとその姪までも彼が作った幻覚だった。
実際の教授や友人、彼の恋人などの中に彼の幻覚の映像が巧みに入り込んで表現されているので全くそうと思わずに観ていた。私なんぞを騙すのはいかにも簡単なことである。そういえば結婚式に何故チャールズは車から見ているだけなんだろ、とだけ思ったくらいのもんである。

ナッシュの幻覚の混ざった前半部分の面白さから後半は彼が病気であることを知った上での幻覚の表現を見せられ、こちらも混乱してくるみたいだ。
狂った夫に時には怖れを感じ、苛立ちながらも彼を見捨てずにいた妻(現実はちと違うようだが)学生だった彼女がいきなり結婚までして病気の彼を支え続ける物語に「こんな話って変なの」と思いながら観ていたのに、実話とは創作以上に不思議なものだ。
映画的にはさしたる仕事もできないまま、狂ってしまい、妻に世話をされながら何とか生活し無意味のような勉強を続け、また悪化し、さらに妻に支えられ、かつて勉強したプリンストン大学で教鞭を取る友人(といってもナッシュのライバルだった人物)を頼って図書館で過ごすことを許される。
統合失調症により幻覚は消えることもなくただ学生からかわれながら年月が経ちそれでも大学に通い続ける。ある日話しかけてきた学生との会話にナッシュはこれまでにない人との交流を見出し、教える楽しみをみつけやがて教壇に立つことになる。そして彼の業績に対しノーベル賞が贈られることになり、ナッシュは長年彼を支えてきてくれた妻に感謝を述べるのだった。

実際のナッシュ氏の説明を見るととにかく映画のようにしょぼい人物ではなく物凄い才能と成功を果たした人であり、アリシア以外にも子供を成した女性がいるし、ナッシュ氏に男性の愛人がいたためにアリシアとは一度離婚してでも彼を見捨てはせずに再婚、と映画とは全く違う話で(これも事実の方が衝撃的だ)驚くばかりである。
まあここはあくまで映画の感想であるからそちらに絞って言うことにして、なかなか面白い時間を過ごすことができた。ラッセル・クロウは初めてまともに作品を観たのだが非常によかったと思う。

しかし実話のほうを読んでしまうと(またそれが正しいかは判らないが)そっちがあんまり驚きだったので少々作品への驚きが薄れてしまったかもしれない。いかんなあ。
ラッセル・クロウに男の恋人がいるところを観たかった。彼の『人生は上々だ!』を観たいのだがまだ果たせずにいる。
 
追記:なんだか余計なことばかり書いて肝心の『ビューティフル・マインド』な部分には全く触れなかったようだ。
つまり実話を映画化した作品なのかもしれないがここで描きたかったのは純粋に数学を愛し続けた一人の数学者の人生なのだろう。それを実在の男性の姿を借りて表現した、ということなのだろう。
ただそれが他の部分があまりに面白くハリウッドらしい技術力を使って派手な演出をされているので主題が薄くなってしまっているようにも思える。
妻の犠牲的な愛情を強く出してしまったのも受けを狙ったせいなのだろうがもっと数学者の面白さと苦悩と喜び(ここでは生まれてしまった病気も)に焦点を当てて作った方がもっと自分としては好きになれた気がする。受けは悪くなるのかもしれないが。
それにしてもやはり実話の映画化というのは難しいものなのだが、ここまで違うものになってしまうなんてそれこそハリウッド映画を皮肉った映画によくある話である。

監督:ロン・ハワード 出演:ラッセル・クロウ ジェニファー・コネリー エド・ハリス クリストファー・プラマー ポール・ベタニー
2001年アメリカ


ラベル:精神 人生
posted by フェイユイ at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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