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2009年06月21日

『ブラッド・フォー・ドラキュラ/処女の生血』ポール・モリセイ

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BLOOD FOR DORACULA

遠い昔に同監督スタッフキャスト(らしい)の『悪魔のはらわた』を観て面白かった記憶がある。本作は初観。

なんとも悲しい物語ではないか。『ブライズヘッドふたたび』ではないが落ちぶれていく貴族の哀愁に満ちている。
方やドラキュラ伯爵の末裔はもう周辺に処女が存在せず食糧難で息も絶え絶え。妹も顔色悪く地下室で寝込んでいる。ドラキュラ伯爵自身も何の希望も持てないでいる。だがそんな彼を励ましカトリックの国であるイタリアへ行けばきっと処女の生き血にありつけますと準備を整えるのが忠実な僕アントンだった。
自動車の上に棺桶と車椅子をくくりつけ(つまりそういうものはある時代ね)空腹のために顔面蒼白のドラキュラ伯爵が古風な衣装を身にまとって旅行中なんて、もうコメディとしか思えないが作品は至って真面目にクラシックな態度を崩すこともなく思い入れたっぷりに進行していくのだから吸血鬼ファンにはたまらない作品ではないだろうか(吸血鬼マニアは絶対いるよね。いつもそういう作品作られるから)
だがなかなかこれという処女に出会えず伯爵はさらに瀕死の状態でとある村にたどり着く。そこには没落貴族で貧乏生活を強いられてはいるものの美しい4姉妹がいる家族があった。

伯爵の僕アントンは張り切って一家に近づき、伯爵が花嫁探しをしていると伝える。貧乏貴族の主人と奥方は大喜び。
ところでこのドラキュラ伯爵は処女の生き血しか受け付けないのだが、ちょうど適齢期の娘二人は日ごろから下男の若い男とセックスやり放題。長女は婚約解消された身なので控え目に退いている。4女はまだ14歳で早すぎる。
伯爵は我慢できずすぐに2女と3女に咬みつき血を啜るのだがたちまち非処女の血にもだえ苦しみおえおえと吐き出すのだった。
空腹で痙攣するほど苦しみ、喜んで飛びついた娘は非処女でこれまた物凄い悶絶で血を吐きだす。その壮絶さは恐ろしいほどで目を飛び出さんばかりに開け口から血が溢れだし胸は赤く染まる。こんなに憐れなドラキュラは他にないだろう。
最初っから赤ん坊か幼女にでも手を出せばいいじゃん、と言いそうになるがそういうモラルというものは守らねばならない掟でもあるのか。
若い娘と言われる年頃にはもう処女はいない世の中だよ、という風刺も無論込められているのだろうねえ。
さて14歳の末娘はまだ処女だったのだが、ドラキュラの正体を見破った若い下男が「命を救うため」と言って末娘の処女を奪う。
絶対絶命のドラキュラだったがなんと婚約破綻の長女がまだ処女でその血をドラキュラに与える。
下男は斧でドラキュラの手足を叩き落とし(何故こんなことを?)最後に胸に杭を打ち込んで殺す。それを見た長女は嘆き自ら杭に身を投げ死んでしまうのであった。

一体何がなんだか、という物語なのであるが、これが何故だか滑稽でもあり悲劇的でもあり案外薄っぺらではない伝統的なドラキュラ伯爵の重厚さもあって面白いのだ。
それはなんといってもドラキュラを演じたウド・キアーの不思議な魅力によるものなのだろう。

このアンディ・ウォーホル、ポール・モリセイによる作品はゲイ的な雰囲気があるようなのだが、本作は姉妹によるビアン的な演出はあるが男性同士のほうは皆無であった。ドラキュラとアントンの間にそういう部分があるのかと思ったがそういうのではないようだ。
代わりに下男役のジョー・ダレッサンドロの裸体がそのままゲイ方面へのサービスなのかもしれないが(私はあんまりというか全然・・・^^;)

さて実はそのジョー・ダレッサンドロ主演ポール・モリセイ監督ウォーホル製作の『フレッシュ』も観たのだがこちらはもう全然観れなかった。ゲイとビアンとセックスシーンがたくさん出てくる映画だが、こういうのは観る気になれない(主演が好みならいいんだろうがジョーくんは駄目だわ)彼は下男役みたいなのはいいが、こういうぐうたらして売春している男娼なんていうのはつまらないじゃないか。

監督:ポール・モリセイ 出演:ジョー・ダレッサンドロ ウド・キアー ビットリオ・デ・シーカ ロマン・ポランスキー
1974年フランス/イタリア/アメリカ


ラベル:ホラー 吸血鬼
posted by フェイユイ at 22:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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