映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2009年07月26日

『テンペスト』デレク・ジャーマン

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THE TEMPEST

というわけで、完全にベン・ウィショー出演『テンペスト』の予習として鑑賞。
デレク・ジャーマンだから最初から難しい&退屈いや荘厳であることは覚悟しての鑑賞だったがとりあえず戯曲をさらりとでも読んでいたので他の作品よりは飲み込めたかも。やはり元ネタを知っていればかの難物も少しは咀嚼できるのだ。
思い切りブルーの色彩か殆ど暗闇のような状態でとある孤島というがあまり自然の描写はなく狭い部屋で、効果音もなく静々と物語られていく。
気持ちはもうストーリーの如何などではなくベンが演じることになるアリエルに集中。といってもこの作品でのアリエルはかなり登場も多く、ほとんどがミラノ大公から魔法使いになったプロスペローと彼の会話のようにさえ思えるのでもしこのくらいベンの登場があるのならますます楽しみである。
しかも、本作でのアリエルは変な造形にはなっておらず、何故か作業服(?)を着用(違うのかな。どうみてもつなぎの作業服みたいだが)
元の主人だった魔女シコラクスからも裸にされて鎖でつながれ苛められる、というこれがベンならば、と涎モノの演出なのであるなくなってる。このベンのもといアリエルの裸もぼかしなし。最初から入れるなー)
本作のアリエルもスレンダーな男性なのでますますベンをイメージしやすいのだ。

テイモア監督の『タイタス』の雰囲気から言って『テンペスト』もデレク・ジャーマン風になってしまう可能性もあるけど、まさかまた同じような演出になってしまうとは思えないのでそこら辺は違ったものになるのかもしれないが、アリエルのヌードだけはどうぞ真似して欲しかったりする。
まあプロスペローが女性プロスペラになるのだから絶対何か変わってくるのだろうが。魔女シコラクスは男性になったりするのかしらん。

後、私にゃどーせわからないが、本作は台詞は現代風じゃなくそのままのシェイクスピア風らしいのだが、そういう語り口の問題もあるのだろうな。
また『テンペスト』の強烈なキャラクターはキャリバンという怪物にあるようでその辺もどう解釈、演出されるのか楽しみである。
つまり怪物、となっているがその実白人の有色人差別意識の表現ということであるらしいので。

そのまんまの雰囲気で行くのか、現代風に作り替えるのか。ベンのアリエルが不思議なクリーチャーとして表現されるのか、普通の格好なのか。どうにでも様々に考えられるがそんな予想を覆してしまうような発想なのか。
うーん、楽しい。
どちらにしても本作くらいアリエルの登場が多いことを願う。そしてできるだけエロティックであることを祈りたい。

監督:デレク・ジャーマン 出演:ヒースコート・ウィリアムス カール・ジョンソン トーヤ・ウィルコックス ピーター・バル デビッド・メイヤー ネイル・カニンガム
1979年 / イギリス


posted by フェイユイ at 22:59| Comment(6) | TrackBack(0) | ベン・ウィショー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『ランボー 地獄の季節』ネロ・リージ

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Una Stagione All' Inferno

『イギリスから来た男』を観てから突然テレンス・スタンプが気になって仕方ない。昔から美男子と知っていたのに全く観ようとは思ってなくこんなおじい様(失礼!)になってから好きになってしまうというのはどういうものなのか。その後観た『プリシラ』で決定的になってしまった。

さらにその後観た『シシリアン』では確かに美男の面影があり、本作は物凄く若返って32歳公開作品(くらいだろう)
このテレンスは本当に絶世の美男子で今更ながら滅茶苦茶好きになってしまった。昔ハンサムと言われた人を今観ると仕方ないがどこか古めかしくておかしく思える時もあるが彼の美貌というのは今観ても何の遜色も感じない。スタイルも素晴らしいし、ランボーのパリ時代というのは1870年代で当時からちょうど100年前になるのだがこの服装というのは何だろう。シルクハットは別としても細身のズボンにマフラーなんて格好だし髪型なんかもとても素敵(特にアフリカの時の)なのだ。
こんなにカッコイイ男性だったんだなあと今頃になって夢中になってしまった。ランボーがパリに着いたばかりで浮浪者たちに「初体験かな」と言われながら男色をいたされてしまう場面はテレンスのアップのみ(しかも痛そうとかじゃなく茫然としてるだけ)なのだが青い目が物凄く綺麗でそういえばアルチュール・ランボーの写真は目が印象的だった。

さて本作はアルチュール・ランボーの伝記と言っていいのだろう。彼の短い人生はちょうど半分のヨーロッパでの詩人である期間とヨーロッパを捨てアフリカ/エチオピアで武器商人として生きた半分に分かれるが作品構成はそれらを繰り返し織り交ぜて進行していく。
もしかしたらランボーのアフリカ時代にはさほど興味のない人がいて後半は観ない、なんてことになったら勿体ないからこのやり方でいいのかもしれない。
ただ時代的なことと予算的なことで難しいのかもしれないが、私としてはもう少しエチオピア時代を念入りに描いてヨーロッパでの出来事、特にヴェルレーヌとの関係を印象的なカットで挿入していく、なんていう方が嬉しかった気がする。
エチオピアでの背景が他の映画で観られるようなロマンチックなものでないのも少し寂しい。
ラストシーンだけは文字通り詩のような幻想的なものになっていて、さすがに高慢な白人のエチオピア人に対する見下した態度というのは今観れば腰が引けるが、どこまでも続く砂漠を白い覆いをかけた駕籠に横たわり腐りかけた片足の痛みに耐えながら脚の細長いシルエットの黒人たちに担がせて走らせる場面は不思議な絵画のように見惚れてしまうものだ。

このブログの映画感想で何度も「ヨーロッパに倦んでアフリカへ逃げる白人」という文章を書いたがランボーもまた同じ、というか先駆けの存在だったのか。
それにしてもヨーロッパからエチオピアに逃れた彼が病の為にヨーロッパへと戻らざるを得なくなり結局逃げ出したかった故郷で死ぬことになるというのも皮肉なことだ。

私が思うような挿入のカットではなくランボーとヴェルレーヌの物語も同時進行していくので二人の話もかなり描かれているが、表現としては台詞と軽いキスくらいのものだった。とはいえ、二人の関係の描き方としては申し分ないもので深い関係があったことが感じられるし、ヴェルレーヌがランボーの才能と美しさの両方を愛していたことが伝わるものだったので自分としては満足いく描き方だった(こういう同性愛関係の話でなんだか妙にがっかりさせられる表現の時もあるからねえ)

とにかく最初から最後までテレンスの美貌に見惚れっぱなしだった。脱ぐと意外に筋肉質のようで服を着てる時は凄く細身というまさに理想的なお姿である。年齢的にぴったりのせいか、パリ時代よりエチオピアでの彼がより素敵であった。
美貌といっても男性的な感じで髭が凄く似合うのもとても好きなのだ。

アルチュール・ランボーの映画と言えばディカプリオ主演のは当時どういう媒体であったか観たのだが、何故かもう忘れてしまった。今のところあまり観たくないのは何故だろう。

今凄く気になってるベン・ウィショーの主演映画はジョン・キーツという詩人を描いたものだがかなり対照的な人生のようだ。どちらも若くして亡くなったのではあるが。
 
ところで本作のエチオピアでの女性という存在は事実なのかな。なんとなく違う気がするが。

監督:ネロ・リージ 出演:テレンス・スタンプ ジャン・クロード・ブリアリ フロリンダ・ボルカン
1971年フランス/イタリア
posted by フェイユイ at 00:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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