映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2009年07月30日

『エデンより彼方に』トッド・ヘインズ

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Far from Heaven

アメリカ50年代の物語をいかにも50年代の映画であるかのように作り上げ、しかしその内容は当時とても描けなかった問題であり、こういう作品ができていたら、いやとても公開はできなかっただろう、という作品である。ということかな。

本作の題材はもう言い尽くされた感もあるだろうから、そういう意味では目新しくはないのだろうが、ではその問題がすべて解決しているのかと言えば決してそうではないはずだ。
ここでは同性愛、人種差別そして女性の地位という問題も扱われている。
遠い海の向こうから見ていてもとても黒人問題が少しでもよくなったかのようには思えない、などというと今の大統領は?となるのだろうが彼を見ていてもとても安定しているとは思えないし、むしろ絶えず人種問題で揺さぶられている、白人大統領なら考えられないいつ転げ落ちるか判らない針の先に立っているように見えてしまう。

キャシー・ウィテカー一家は1950年代アメリカ社会でまさに理想の家庭なのだろう。美男美女の夫婦、夫は一流企業の重役、妻は専業主婦で夫や子供の世話、黒人のメイドを使って家事を切り盛りし、パーティを開き展示会へ行き、周囲の人々との交流もそつなくこなしている。
映画はそういう50年代ならではの主婦の日常を丹念に映し撮りながらその奥に隠された秘密を暴露していく。
完璧な男性に思えた夫が実は同性愛者であることを妻に隠し続けて暮らしその欲望が抑えきれなくなってしまったこと。
「初めて人を愛したんだ」という夫の言葉は酷過ぎる。
自らゲイであることを告白しているヘインズ監督は妻である女性に自分のセクシャリティを誤魔化して結婚する男に対し、厳しく批判しているように思える。現実のしがらみが追いこんでしまうとはいえ、一人の人間の人生も人格も否定してしまうこの夫のような同性愛者は物語としては面白かろうが実際の話としてはとんでもなく惨たらしいことじゃないか。本作の出来栄えは申し分ない繊細さで描かれていて素晴らしいが、この夫の存在は仕方ないとはいえ腹が立つ。それは『ブロークバックマウンテン』でも描かれていたクローゼットの中のゲイという存在であの作品ではその夫は報いを受ける(愛する人の死を言ってるのではないよ。貧乏生活をさせられていること)が、本作の夫は妻を犠牲にして自分だけ「愛する人(むろん男性)」と暮らすなんてむかつくし、ヘインズ監督がこの夫を嫌っているのは彼が黒人差別者だと言うことからも伝わってくる。自分だけが辛い立場のように見せつけ、黒人や女性というか弱い存在の者には微塵も同情しないのだ。ゲイであることの苦悩ばかりを言いたて、愛していないとはいえ、偽装して結婚し、愛してもいないのに子供まで作ったあげく男性優位を見せつけ暴力をふるうなんていう最低の見下げ果てた男だ、とヘインズ監督徹底的に夫を攻撃している。絶対こいつは俺の仲間じゃない、と断言しているようである。
一方の妻キャシーは続けざまに起こる異常な事態に翻弄されていく。夫の告白、そんな折ふと出会った黒人男性の優しさに彼女は今まで味わったことのない本当の愛情を感じたのだろう。馬鹿夫と違いレイモンドはとことんいい男性に描かれているのも判りやすい。
背が高くたくましくしかも感受性が豊かで知性的、夫のように見せかけじゃなく本当に子供を心から愛し慈しんでいる。真面目で温厚で声が低音で素敵だ(これはいいなあ)寂しいキャシーの心に温かく微笑みかける彼の愛情にキャシーが惹かれてしまうのも無理はない。しかもキャシーはかなり長い間男性にご無沙汰だったに違いない。レイモンドからは男性的な体臭が感じられるようでくらくらしてしまったに違いない!と思うのだよねえ。
50年代アメリカ映画というのがどんなものかよく判らないが白人女性が素敵な黒人男性に心惹かれる、ということだって実際はあってもそれは許されないことで映画でも描ける題材ではなかったのだろう。
ここでも夫は男性とキスし抱擁してもキャシーとレイモンドのキスシーンも抱擁シーンもない。レイモンドが彼女の手にそっと唇をあてるだけなのだ。

さて今のアメリカは随分変わったのだろうか。ゲイムーブメントはかなり盛んになってきてはいるがそれでもなかなか社会的に公認されるのは難しいようだ。黒人問題となると傍から見てるぶんではさほど変わってきてるようには思えない。キャシーとレイモンドが結ばれる、という社会はまだ成立してはいないのではないだろうか。
少なくともこんな馬鹿ゲイ夫だけは消滅して欲しいものだが、実際はまだまだいるのだと思う。

物語はキャシーが二人の子供を車に乗せて去っていく場面で終わる。
彼女はどうなるんだろう。
はっきりとは描かれていないが彼女を支える黒人メイド・シビルが「金曜日はテーブルを磨く日です」と言ってごしごしこすっているのをキャシーが心強く思っていることが彼女の未来は続いていくのだと私は思いたい。善良でどんな時でも自分の信念どおりまっすぐ行動するキャシーを応援したいのだ。

映画を紅葉が美しく彩っているが、白人から黒人、黒人から白人へと色が移っていくことはとても美しいのだと言う願いが込められているように思える。

これで観ることができるトッド・ヘインズ監督作品3つをみたがどれも物語というよりは一つの時代、一人の人物に注目した作品であった。
どれもかなり偏ったところのある映画なので好き嫌いが激しく分かれそうだが私はどれも大好きである。
どの作品も実に繊細に行き届いた作品だと思う。私としては監督がゲイであることを公表されているのでそういう作品を作ってもらえたら嬉しいのだが。期待したい。

監督:トッド・ヘインズ 出演:ジュリアン・ムーア デニス・クエイド デニス・ヘイスバート パトリシア クラークソン ヴィオラ・デイヴィス
2002年 / アメリカ


ラベル:同性愛 人種差別
posted by フェイユイ at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マット・デイモン、フィリップ・K・ディック原作のSF映画主演?!

マット・デイモンの主演映画がない!と泣いてたらいつの間にかこんなニュースがあがってたのね。

フィリップ・K・ディック原作のSF映画の主演はマット・デイモンとエミリー・ブラントに決定

希望したような作品でないかもしれないけど、もしかしたら凄くいいかもしれないし、と一応期待する。
あんまりスピーディな作品じゃない方がいいんだけどな。
posted by フェイユイ at 14:05| Comment(2) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『ディア・ハンター』マイケル・チミノ

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THE DEER HUNTER

昔観た時から忘れられない映画の一つである。もうかなり時間が経っての再会だったが、昔観た時以上に心に響く映画だった。
こういう戦争を描いた映画にはどうしても避けられない評価があるが、それは「本当に忠実にリアルに戦った国を対等に描いているか」というもので、映画というものが絶対にその事項を守らねばならないのかよく判らないがもしそういう規則があるのなら、この作品は合格点は望めないだろう。昨日観たチェ・ゲバラの映画もそうだが結局人間は片側に立ってしか物事を語ることはできないのではないか。現実の問題としてはできるだけ向こう側のことを考えるべきだが、物語として両方を対等に描くことが完璧にできるとは言い難いし、もし描いたとしてもそれが本音なのかどうかはまた別のことかもしれない。
この作品は明確にアメリカ人であるマイケルたち若者側からのみ描いた作品であり、嘘くさく敵側に肩入れして描いていない分すっきりと観れるのではないだろうか。

それが判るのはこの物語のタイトルがあくまでも『ディアハンター』だということだろう。
この映画は3時間以上に及ぶ長さだがマイケルたち3人の仲間がベトナム戦争で実際に「戦争」をしている場面はほんのわずかである。後は彼らがべトコンの捕虜になり強制的にロシアンルーレットをやらされる、というエピソードがあまりに強烈な為にベトナム戦争もの、だというイメージが強く残ることになってしまうのだ。
物語の前3分の1はペンシルバニアの田舎町に住むロシア系住民のマイケルたちの生活風景特に仲間の一人スティーヴンの結婚式の映像である。
彼らは白人とはいえ、裕福な生活だとは言い難い。男たちは過酷な工場労働に従事し、ヒロインであるリンダはスーパーマーケット勤務で住居も生活も豊かには見えない。そんな生活の中で男たちの楽しみは山に入っての鹿狩りである。彼らは鹿を撃ち殺すことで自分たちの価値感と充実感を何とか満たしていたのかもしれない。
じきにベトナム戦争へ赴くことになるマイケルたち仲間は殆ど家族のよな関係に思える。マイケルがしっかり者の長男で後は色んな性格の弟たち。マイケル(ロバート・デ・ニーロ)が一番信頼し気に入りなのがニック(クリストファー・ウォーケン)だ。マイケルは他の頼りない仲間と違う強い絆をニックに感じており、ニックもマイケルを心から信頼しきっている。
スティーブンの結婚式は盛大だがそれは日本のもののような金がかりのものではなく近所の住人が手作りで仕上げ、皆で騒ぎまくる、という類のものだ。馬鹿騒ぎをすることはあっても彼らは実直に貧しい暮らしを生きているのである。

そんな彼らが次の場面でこの世とは思えないほど恐ろしいベトナムの戦地にいる。彼らアメリカ兵はベトナムの人々を焼き殺していく。
そしてマイケルたちは捕虜になりべトコン達の賭けごとの為に「ロシアンルーレット」(ピストルに弾を一つ込めてシリンダーを回し自らのこめかみにあてて撃つ)をやらされる。
この行為が本当にあったかどうかをまた問題にする人もいるだろう。私はそれはどちらでもいいのではないかと思う。
このゲームはロシア系アメリカ人であるマイケルたちにとっての「ベトナム戦争」そのものの比喩だと思うからだ。(マイケルたちの祖国になるソ連(ロシア)が北ベトナム側だという皮肉、ロシアンルーレットで命を脅かされるという皮肉)
自国での戦争ではないのに他の国の戦争に介入するアメリカ兵の一員であり、またロシア系でもあるというマイケルたちにとってベトナム戦争はくるりとシリンダーを回して銃口を自分の頭にあてることと同じなのだ。運がよければ生きて帰れるし、運がなければ負傷または死ぬことになる。また生きていても心の傷は癒されることはないのだ。
マイケルたち3人のスティーブンは体と心を損傷しニックは精神を蝕まれ死亡し、マイケルは肉体的損傷は少なくてももう心の傷が癒えることはないだろう。
マイケルが持ち帰ったのは勲章のついた軍服のみで彼は今までどおり小さな家で貧しく真面目に生きていくだけなのだ。
ささやかだが彼らにも夢があり希望があった。愛する女性がいて幸せな家庭を築く、それだけのこと。
その小さな夢さえも戦争の体験がすべて破壊してしまったのだ。

マイケルはもう鹿を撃つこともできない。銃口を向けられる恐怖、痛みを知ってしまった。
鹿はただの獲物ではなく、自由と生を求めている生き物だと認識してしまったのだ。
彼はニックを救えなかったことを悔い続けるのだろう。
ニックが助けを求めている時、彼はそれに気づかなかった。ロシアンルーレットの店でニックを見つけた時、何故捕まえきれなかったのか。
彼の心にほんの少しでもリンダを争う気持ちがありはしなかったか。
最後にニックを見つけた時、彼を殴って気を失わせてでもどうにかしてさらえなかったのか。マイケルは悔やみ続けるのだ。

ニックと同じようにマイケルもリンダを愛していたが二人の気持ちは揺れ動きどうなったとしても悲しみを忘れてしまうことはできない。

「この杯から一滴もこぼさず飲めば幸せになる」花嫁の胸にワインはこぼれた。
その予言どおり幸せは訪れなかった。

アメリカの中のごく小さな存在でしかないマイケルたち仲間。そんな彼らからごく小さな幸せを奪ったのは他国での戦争。そしてそれから生まれた狂気。
それらが彼らにとって大切な人を奪っていた。

ニックに乾杯、の言葉の後、映像のニックの笑顔がたまらなく悲しい。

この映画でのロバート・デ・ニーロのなんというかっこよさ。超人的な強さを持ちながらそれでも二人の仲間を無事に救うことはできなかった。そして一見タフな彼もまた心に傷を負ったまま生きていくことになる。
この作品で最も印象に残るのがニックのクリストファー・ウォーケンだろう。マイケルを兄のように慕っていたのにその彼のことすら忘れてしまい、ひたすら狂気じみたロシアンルーレットの賭けの対照となって生きていく。最後記憶喪失となって銃口を自分に向けるニックは透き通るような美しさなのだ。何故彼を救えなかったのか、何故、何故。
戦争さえなければ、としか考えられない。
ウォーケンもいいのだが、もう一人繊細な感受性を持つ青年スティーブンのジョン・サベージも好きなのだ。『ヘアー』でのイメージとあまり変わらない純真で少し神経質な表情。
もう一人、嫌な役だが強烈なのがスタン役のジョン・カザール。一々気に触る言動。常にピストルを持っているのが彼の心の弱さを露呈している。こんなにむかつく役をやれると言うのが凄い。
マイケルとニックから好意を持たれるヒロイン・リンダにメリル・ストリープ。この時の彼女の美しさは見惚れるばかり。

寂しく重々しい雰囲気が作品を覆っている。ロシアンルーレットの場面は知っていても恐ろしい。
戦争は人間を狂気に導いてしまうのだ。

監督:マイケル・チミノ 出演:ロバート・デ・ニーロ クリストファー・ウォーケン ジョン・サベージ メリル・ストリープ ジョージ・ズンザ シャーリー・ストーラー ルターニャ・アルダ ジョン・カザール
1978年 / アメリカ
ラベル:友情 狂気 戦争
posted by フェイユイ at 01:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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