映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2009年08月25日

『祇園の姉妹』溝口健二

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京都の花柳界を舞台にして芸妓姉妹の生き様を描く。姉の梅吉はおっとりとした性格で昔の恩義のある旦那が落ちぶれてしまったのを見捨てておけず家に住まわせ何かと世話をする。が、現代的な妹おもちゃはそんな姉が男に利用されているだけなのに我慢できず貧乏になった元旦那を追い出そうと画策する。

『祇園の姉妹』と言うタイトルからして日本的情緒に溢れたしっとりとした作品を想像していたが、冒頭に流れる音楽からしてモダンなものだったのでちょっとびっくり。だがしかし横文字はしっかり右側から読まねばならない。
かつらではあるが日本髪だし和服が主流なので大昔の話みたいに思っていたが途中から町中の看板のカタカナやおもちゃがお洒落なワンピースを着るのを見て映画の作られた昭和10年ころの話そのままなのだろうと気づく。デパートみたいな場所で食事をしようとするシーンもある。「横文字は読めん」と言ってるがまさか英語だとかじゃなくてカタカナ和製英語ってことだよね。

芸妓を金で買い慰みものにする男衆に恨みを抱き断固戦うと息巻く妹おもちゃと芸妓というのはそういうもの、と諦めている姉・梅吉だが結局どちらが賢い生き方だった、とかではなく二人とも男に酷い目にあわされてしまう、という救いのない作品なのだが、面白く観てしまうのは何故なんだろうか。

登場する3人の旦那衆が似ていて見わけがつかないのもあえての皮肉な演出なのだろうか。どれでも一緒。
騙したり騙されたり、というのがこの世界なのだろうが、おもちゃにコケにされたと恨みを抱いて暴力で仕返しをする男だけはむかついて仕方ない。

京都言葉のちょっと冷たい響きや逆に柔らかく聞こえる話し方がとても心地よく聞きいってしまう。
結局男衆の身勝手さが芸妓だけでなく妻である女性も傷つけていく、その悲憤が描かれていくのだがこの作品はそういう批判めいた語り口だけではない男女の掛け合いの絶妙な面白さがあって、姉の梅吉のおっとりさも妹おもちゃの負けん気も魅力的に表わされている。
しかしこの世界、男はやはり旦那でなければ意味がなく若者の出る幕はないようだ。

おもちゃを演じていたのが19歳の山田五十鈴だと知って驚いた。登場が下着姿で大あくび、歯磨きをして気に入らぬ男にちくりと嫌味を言うのである。
他の芸妓たちも寝ころんで店の悪口を言ったり。
こういうの当時は描かない情景であったのだろう。

監督:溝口健二 出演:山田五十鈴 梅村蓉子 
1936年日本


ラベル:溝口健二 人生
posted by フェイユイ at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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