映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2009年10月31日

『コットンクラブ』フランシス・フォード・コッポラ

cotton_club_ver2.jpgcotton_club.jpgB00005IA7Y_01_LZZZZZZZ.jpgcotton_club_ver4.jpgcotton_club_ver3.jpg1227121660.jpg←彼らがニコラスブラザーズ

THE COTTON CLUB

今年の8月に『オーケストラの妻たち』という他愛のないコメディ映画の中で初めて知った“ニコラスブラザーズ”物語と何の脈絡もなく最後の最後に突然彼らのダンスが披露され、それまでの馬鹿馬鹿しい(と言っては申し訳ないが本当)物語を吹き飛ばしてしまう数分間の彼らのダンスに唖然となってしまった。そこでふと頭に浮かんだ言葉が「タップで殺せ」
これは確か昔観た『コットンクラブ』で白人から屈辱を受けた黒人ダンサーが仲間にその怒りをぶつけ「殺してやる」と叫ぶ。仲間は「お前にはダンスがある。俺は踊れないから白人の中に入っていけない。だがお前は違う」となだめる。その言葉に気を静めた黒人ダンサーは「判った。タップシューズで殺す」と言うのである。
白人しか出てこないアメリカ映画の中に数分見せたニコラスブラザーズのタップダンスは確かに主役の白人俳優たちをタップシューズで殺してしまった。この映画を観た人は多分彼らのダンスしか記憶に残らないだろう。
そういうわけでその時から『コットンクラブ』をもう一度観ようと思ったのだが。

これがなかなかレンタルできなかった。無論その間に他の観たい映画も多かったせいもあるが。
ところでよくは判らないが多分この作品はコッポラの作品の中ではさほど高い評価ではなさそうだ。というか『ゴッドファーザーT、U』『地獄の黙示録』でカリスマ的評価を受けた後は『ランブルフィッシュ』『アウトサイダー』の佳作はあったものの後の評価はガタ落ちになっていったという印象がある。本作はちょうどその間にある作品でもあり、ここらからコッポラのカリスマ性は失われていったのではないだろうか。
本作を評価しない方としては物語の薄さとリチャード・ギアという二枚目なだけの役者を主役に置いたことのようである。
しかしこうして観返してみるとタイトルが『コットンクラブ』であることが示しているようにまさにこの時代のコットンクラブこそが舞台であり主役であり物語であるのだと感じさせてくれる。
やや甘めに思える物語も昔をよかったと思い起こさせるノスタルジーのなせる技なのだろう。
何の身寄りもないコルセット吹きの男がその美貌だけでハリウッドスターになり、同じように貧しい少女がその若さと美しさだけでマフィアボスの愛人となってクラブの女主人となり豪華な生活をする。ボスの手下と愛人という許されない関係ながら愛し合う二人はボスの死によって結ばれ旅立つというハッピーエンド。
マフィアたちの馬鹿馬鹿しい銃撃戦と男女の愛の駆け引き、黒人と白人の様々な形の葛藤や争いが繰り返されながらコットンクラブでは黒人たちが歌と踊りを白人だけの客に披露する。
お目当ての、つまりニコラスブラザーズがモデルなのであろうグレゴリー・ハインズらが演じた黒人ブラザーズは確かに目を見張る素晴らしさではあったのだが、悲しいかな、本物のニコラスブラザーズには遠く及ばないものであった。それがハインズの力なのかコッポラのせいなのかは判らない。ニコラスブラザーズのタップは本作より遥か昔なのにその切れと振付は人間技とは思えないものだったのだ。(フィルムを早回ししているようにしか思えない)
グレゴリー・ハインズのタップこそがこの映画の見どころだというのは誰もが認めることのようだが、実はそこだけ逆に残念だった。ニコラスブラザーズを見なければそうは思わなかったのだろうが(と言っても彼らを見なければ本作を観なかったのだが)

やや紋切り型の展開ではあるがこの時代独特の雰囲気、大人びているようで実は子供っぽい世界である、を楽しませてもらった。
勿論私がこの時代のアメリカの雰囲気が好きだから面白く観れるのかもしれない。
コッポラらしい倦怠感もまたいい。

俳優陣がなんとも懐かしい顔ぶれである。あの人もこの人も、という懐かしさも古い人間に楽しめるものであった。

監督:フランシス・フォード・コッポラ 出演:リチャード・ギア ダイアン・レイン グレゴリー・ハインズ ロネット・マッキー ニコラス・ケイジ ローレンス・フィッシュバーン トム・ウェイツ
1984年アメリカ

グレゴリーじゃなくてやぱりニコラスを



やっぱこれだったから、『コットンクラブ』で白人客を殺せた(魅了した)んじゃないんでしょうかねえ。

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2009年10月30日

『NOISE ノイズ』ヘンリー・ビーン

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NOISE 

「もしも、〜をやってみたら」ていうような物語の系譜があるのならそれに属する話作りでかなり真面目に取り組んだ作品、という感じである。
私的には出だしがそれであっても話がとんでもない方向へ流れていってしまうようなモノの方が面白いと思うのだがこれはこれできちんとまとまった手堅い作品になっている、手本的な感じ。

物語のテーマ自体は当たり前の感想しか言えない気がするが、大概の人は騒音が嫌いで日常では静かな方が好きだろう。たまに大音量を聞きたくなるような人でも。
今現在の私の環境は田舎町でもあるしこれと言うほどの騒音は日常にはない。以前は犬の鳴き声とか隣が飲み屋で週末はカラオケの歌声が夜中に響いたりとか毎朝それこそ変な警報音が鳴るので何だろうと思っていたのだが、どれも無くなってしまったので今は平和である。
今まで一番閉口したのは学生時代住んでいたアパートの向かいの住人が毎日曜日の朝自分がまだ寝てる時間に(何しろ私は朝弱いので)大音量でカントリーミュージックをかけることだった。いつも同じ曲のようだが何だったのかは判らない。
本作での主人公を悩ませているのはそういう人間がその時鳴らす音ではなく意志のない電子音の類のようで、人によって嫌いな音も様々であることも作品中きちっと抑えている。
つまり自分の嫌いな音は騒音なのだ。
主人公の嫌いな警報音も遠くで鳴っていると物悲しくて心地いいよという奴が登場するが、工事中の杭打ちも恐ろしい騒音だが遠くで鳴ってると一定リズムなので物凄く眠くなる(なんだか寝てばかりだな)

さて本作の作者は「もしも警報音に我慢できない男が復讐を考えたら」というお題を考え家族はどうする仕事はどうなる男の行動は次第にエスカレートしていくだろう、そしたら・・・という風に進み結末は頭のいい方のティムとしての結果であった。
本格派SFだったらティムは精神異常者としてロボトミーの手術を受け、何らかの手術ミスで彼の頭の中でいつまでも警報音が鳴り響いている、ということになりぞっとさせてくれるはずである。しかも自殺ができないようにされてしまう、というのはどうだろう。
この騒音は政府による政策でこれらの音に混じるある周波数によって民衆の頭脳と精神を操っている、っていうのは駄目か。
ま、そう言うのじゃなくて真面目に騒音についての提議だったのだろうな。

作品中に主人公の幼い娘が話すギリシャ神話の人魚「サイレン」その歌声で通りかかった男を惑わすのだが、それとあの人を驚かす「サイレン」は同じものなわけだよね。不思議。

監督:ヘンリー・ビーン 出演:ティム・ロビンス ブリジット・モイナハン ウィリアム・ハート マルガリータ・レヴィエヴァ ガブリエル・ブレナン ウィリアム・ボールドウィン
2007年アメリカ
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2009年10月29日

『フライボーイズ』トニー・ビル

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FLYBOYS

『ミルク』でハーヴェイ・ミルクの同性の恋人スコットを演じたジェームズ・フランコが主演なので可愛い顔をもう一度観れればいいや的なノリで観たのだが、これが物凄い儲け物であった。

しかし戦争映画である。しかも本作は昔懐かしい戦争の中での青春友情物語、という風情のものでなんとも大らかに主人公は英雄であり、友を愛し、敵を叩き潰す、という描き方である為に真っ当な平和主義者からは間違いなく反発を食らいそうである。
第一次世界大戦時とはいえ、戦争を題材にした場合は必ず戦争は悲惨で愚かだと描かなければならないという暗黙の掟のようなものがあると思うし、私もとりあえずそう思ってはいるのだが、何故かなあ、すっかり好きになってしまったのだ。

それは多分、時代も登場する戦闘機も(搭乗する、でもいか)古めかしいものである為、ノスタルジーに騙されてしまったのであろうか。
敵機であるドイツ機を容赦なく撃ち落とす主人公たちに見惚れてしまっているのだから私もしょうがない。
こういう感想記事を書いていること自体、どうも許せん、いつもと違うではないかと言われてしまいそうな肩身の狭さを感じつつも。

第一次世界大戦。ドイツ軍と戦うフランス軍と共に闘う為にアメリカの青年たちが義勇兵として入隊を志願する。
物語は思い切り紋切り型、というのか、正義感溢れる主人公ローリングスが仲間の為に命がけで戦ったり、出会ったフランス娘と恋に落ち、また彼女を救う為に軍規を無視して戦闘機を飛ばしたり、という軍隊青春物を突っ走った展開である。
とはいえ、ローリングスを演じたフランコがまさにいかにもな二枚目ぶりで一本気な若者を演じて見せてくれる。
特にちょっとはにかみ加減の笑顔がたまらない魅力の持ち主で、軍法無視で愛する女性とその甥っ子たちを助けた後、大尉からお咎めなしと言われた時の笑顔は悩殺なのだった。

そして何と言っても圧巻なのはぺらぺらの飛行機による空中戦。は、昨日観たトムキャットによる『トップガン』よりも恐ろしい迫力であった。
それは無論映像技術が『トップガン』の時より勝っているからでもあるし、この数年前まで飛行機がなかった、という時代の恐ろしく簡単で無防備な戦闘機、銃撃を浴びると表面がペラペラにめくれ上がり、薄いべ子べこの羽が針金で固定されているし、肩から上は空中に出てるわけだし、弾を撃ち続けていると途中で弾が詰まってしまうのでトンカチで詰まりを直さねばならない、飛びながらしかも敵機は傍にいるのに(涙)
こういう手合いの戦闘機が敵も味方も入り乱れて空中で撃ち合うのだ。頭を守っているのは薄い皮の帽子だけ。敵が現れると手で合図をする「あそこだ」
こういうのが空から自分の頭上に飛び込んでくる物凄い恐怖。落ちる時はゴーグルを外すように。目にガラスが刺さるからね。
あっという間に自分が乗っている戦闘機は穴だらけになってしまう。
そして彼らは志願してから初めて飛行機に乗ったのである。操縦だけでなく乗ったことさえないだろうし。なんつートップガンだろ。訓練期間は2週間くらいで命がけの空中戦をやるわけなのだ。『トップガン』より確かに怖い。

おもちゃのような飛行機での激しい戦闘に息をのみ、『ミルク』の時よりまた一層可愛らしい短髪のジェームズ・フランコに参ってしまったのだった。

監督:トニー・ビル 出演:ジェームズ・フランコ ジャン・レノ マーティン・ヘンダーソン ジェニファー・デッカー タイラー・ラビーン
2006年アメリカ

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久々にジェイの歌声!Cindy袁詠琳&周杰倫「畫沙MV」

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すっかり最近ご無沙汰で詳しく書けないのですが、歌うジェイです!!
ジェイの事務所からデビューする新人歌手さんの為のデュエットなのですねー。

Cindy袁詠琳&Jay Chou周杰倫-畫沙MV

posted by フェイユイ at 00:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 周杰倫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月28日

『トップガン』トニー・スコット

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TOP GUN

もう二度と観ることはないと思っていたのに(昔観た)ティム・ロビンスが出ていたばっかりにまた観ることになってしまったぞ。一体なんでティム、これに出演してるんだ?絶対こういうのには出なさそうなのに。やはり意地っ張りでは食えない、ということなのだなあ。
と思って観たのに、うへ、ほんの冒頭に数秒いや一秒もなかったワンカットと最後、え、これいつの間に乗り込んでたの?マーべリック一人で乗ったと思ってたのに後ろに人影あったからグースの亡霊だと思ったよ。だってマリーンはトップガンに選ばれてないはず????ま、いいか。つか、背が高すぎて画面に映ってないし、こんなでかいパイロットって体格で落とされそう(そんなことはないのかな)冒頭だけかとがっくりしてたのに2場面観れたからいいか。
あんなぽっちゃりした顔のパイロット・・・。

トム・クルーズ。あまり変わらないのではあるがやはり若い。その昔かなりの人気作品だったし、バイクがカワサキだとか、教官が女性で恋に落ちるだとか、皮ジャンがかっこいいとか、音楽がどーとかで話題だった。
私は、戦闘機だとかドッグファイトだとかが嫌いなわけではけしてなく、それどころか告白すれば実は物凄く興味があって好きなのである。人を人とも思わぬように敵機を撃ち落として歓声をあげるのもいかんと思いながら快感なのである。(映画だから許せ、勝手な自分)
トム・クルーズだけは避けたいが他の筋肉男たちの裸も素晴らしい。軍隊物はどうしたってそう見えてしまうものだが、これって絶対ゲイの為の映画だよね。女性はグースの妻役のメグ・ライアン(なぜか老けて見える?この後で可愛くなっていったんだなあきっと)と女教官のケリー・マクギリス。さすがに教官役なので極端なお馬鹿娘やセクシー路線ではまずいのか結構強面だ。後はやたらとかっこいい男たちがくっついているシーンが多くてトムもグースに「君が僕の家族なんだ」と告白したりヴァル・キルマー演じるアイスマンも相棒といつもいちゃいちゃしてるのである。

作品としては初っ端から始まり最後のミグ相手の戦闘シーン、および間にもわくわくするようなトムキャットの華麗なアクロバティック飛行を堪能できる。そして女性教官との恋、優秀なパイロットだった父への郷愁、ライバルとの争い、そして親友の死、とこういう軍隊物になくてはならない要素がたっぷり盛り込まれ軽快な音楽が流れる、これ以上ないエンターテインメントドッグファイト。
戦闘機の離着陸からミグとの手に汗握る空中戦は今観てもまったく遜色のない迫力で見応えありなのだ。
その他の物語部分はいかにもトム・クルーズをかっこよく見せる為のよくあるパターンのものなのだが、どうせ見どころは戦闘機とバイクが夕陽の中を走っていくかっこよさなので問題にすることもなかろう。

しかしティムはこれに出たことをどう思っているのだろうか?若気の至り?

監督:トニー・スコット 出演:トム・クルーズ ケリー・マクギリス ヴァル・キルマー アンソニー・エドワーズ トム・スケリット マイケル・アイアンサイド ジョン・ストックウェル バリー・タブ リック・ロソヴィッチ ティム・ロビンス メグ・ライアン
1986年アメリカ
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『めまい』アルフレッド・ヒッチコック

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Vertigo

ベン・ウィショーがヒッチコック『めまい』のジェームズ・スチュアートが好きだと言ってたので観賞。このブログでもヒッチコック映画は時々に観て来たのだが『めまい』はまだだった。

というわけでスチュアートに神経を向けて観ようと思って観始めたのだが、さすがにヒッチ映画は面白くてついストーリーにのめりこんでしまい最初の目的はすっかり忘れてしまったのだった。
高所恐怖症の話か、と思っていたらミステリーになりついでゴシック調になり幽霊に取りつかれたかと思いきやどんどんと物語は変な方向へ向かっていく。かなり変わった展開なのでうっかりすると単なる変てこな話と思ってしまいそうでもある。サスペンスの神様的な存在のヒッチコックだが彼の第一の代表作が(多分)『サイコ』であることが(物凄く反論されそうな気もするが)示しているようにヒッチの特徴は精神の闇を描いているということが本作にも表れている。なにしろ主人公を演じるのが「アメリカの良心」と言われるようなジミー・スチュアートでグレン・ミラーのような善良なイメージの人が最初はそのままに善良でややひ弱な精神を持っている刑事として登場し旧友の無理な願いも断りきれない男が次第に奥に隠れた本能というか善良な人間としては有り得べからざる歪んだ趣味嗜好を他人に強制していくのである。(これが好きだなんてやっぱりベンってダークなのだなあ)
友人の妻に恋をしてしまい、その女性が亡くなった後、瓜二つの女性を見つけてしまうのだがストーカー丸出しで彼女を追いかけ部屋に入り込み(この部分だけでも相当おかしい)執拗に迫ったあげく彼女に今は亡き(と思っている)愛した女性そっくりになるようしつこく要求していく様は彼自身が「どうしてこんなことをしてしまうのか判らない」と言うほど異常になってしまっているのだ。
事の顛末は旧友が「妻は曾祖母の霊に取りつかれている。彼女を守ってくれ」ということでジミー演じるジョンが友人の妻を見守っている間に互いに恋に落ちてしまうのだが、その妻は高所恐怖症のジョンが登りきれない教会の塔に登って投身自殺したのだ。
実はこの一件はすべて友人の計略で彼は関係ない女性を妻に仕立て上げて旧友ジョンに見はらせ投身自殺と見せかけて実の妻を殺害し、妻になりきってジョンを騙した女性は元の自分に戻っていた、という筋書きなのである。
それを知らぬジョンは街で見かけたその女性を追いかけ「偽物だった恋した女性マデリン」に(再び)なるよう彼女をけしかけるのである。
想定外だったのは偽のマデリンだったその女性ジュディが本当にジョンを愛してしまったことで二人は本気で互いを愛しながら実はそうではない、という歪んだ関係にある。虚構の女性マデリンを追い求めてジュディをマデリンに仕立てようとするジョンの欲望はジュディの心を苦しめる。彼は彼女を真剣に愛していることが即ち別の女性を愛しているという矛盾。彼は彼女を見つめていながらその目は彼女を通り越した別の女性を求めている。
原題の『Vertigo』と言う言葉の微妙なニュアンスは私には判らないが高所恐怖症というものは自分の作り上げた「落ちてしまうぞ」という思い込みからめまいや震えを感じてしまうものなのだが(私自身強度の高所恐怖症なのでその恐ろしさはわかる。映画を観てるだけで高所の場面は足ががくがく震えてしまうのだ)友人が作り上げた虚構の女性に恋をしてしまうのも高所恐怖症からくるめまいに似ているのではないだろうか。
彼女の正体を知って彼はやっとめまいにも似た恋から目覚める。だがジュディのジョンへの思いは変わらない。
同じ場所に行くことで恐怖症が治るという気持ちでジョンはジュディと教会の塔へ登る。「私を愛して」という悲痛なジュディの願いはジョンとのキスでかなえられたかにも思えたが、次の瞬間、人影が登って来たのを見てジュディは驚き落ちてしまう。
それは塔の鐘を鳴らしに来た尼僧だった。ジュディは彼女を何と思ったのか。ジュディが不本意ながら加担してしまった男の妻殺しで哀れに殺されたその妻の幽霊が復讐しに来たと思えたのだろうか。
その理由が何であれ彼女は殺人を手伝ってしまったのだから。

映画に関する様々な手法を高く評価される本作なのだが、その辺は私には語れないとしても次第に醜悪になっていく主人公の描き方に見入ってしまう。ジェームズ・スチュアートにこうした人間の負の部分を演じさせるというのもヒッチコックならでは、ということなのか。
元婚約者だったという女性はリアルに可愛らしい存在なのに虚構の女性の美しさに惹かれていってしまう男の心。その美しさが虚構だったと知った時、その女性が目の前にいるにも関わらず男の欲望は冷めてしまう。でき得ることなら彼は騙し続けて欲しかったのだろうな。

監督:アルフレッド・ヒッチコック 出演:ジェームズ・スチュアート キム・ノヴァク
1958年アメリカ
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2009年10月27日

『ミルク』ガス・ヴァン・サント

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MILK

ガス・ヴァン・サント監督がこの映画を作ると聞いてからハーヴェイ・ミルクという人物のことを知り、またドキュメンタリー映画がDVDでレンタルされていたので参考にと思って観賞したのだがそのドキュメンタリーが非常に優れた作品で初めて知ったハーヴィーにすっかり魅了されてしまった。
そのせいもあって実を言うとサント監督の『ミルク』の方が不安だった。正直ショーン・ペンは幾つか観ているけどどうも好きになれないのだ。先日もティム・ロビンス監督作品と共演作品を観たが筋張った切れそうな男の演技とあの表情も好意を持って観れない。ハーヴィー本人は物凄くのっぽで凄く優しそうな明るい顔のハンサムでショーンとは全く違うイメージである。何故サント監督が彼を選んだのか、やはりネームバリューのある俳優だから注目されたい目的なのかと思い、観るのすらためらわれていたのである。彼のことはドキュメンタリーを観て知ったからもういいや、とも思った。

まあでもサント監督の作品は観たいし、ショーンのことはなんとか我慢しようという気持ちで観始めたのだが。
とんでもなかった。
いつ観ても嫌だったショーンの顔はそこになくてあの映像で観たハーヴィーそのもののような顔と雰囲気だった。それはちょっとした仕草や表情にも感じられたし今までいいとは思ってなかったけどやはり皆が認めるだけあって力のある役者なのだと今更判ったのだった。
それは勿論私が嫌だと感じる腫れものみたいな男っぽさを消してしまっていつも笑顔や冗談を交えた話しぶりや時々すっかり女っぽくなってしまうのが私には好ましく思えるからなんだろう。
観る前までの不安はどこへやらすっかりもうハーヴィーを観てるんだと言う気持ちで入り込んで観てしまった。

ドキュメンタリーを観ていたせいもあったし、物語もほぼあれで語られていたことそのままのようだったのでそれに物語と登場人物の肉付けをしたような感じで観て行くことができた。
何と言っても感心してしまうのはジョシュ・ブローリンで彼はブッシュも演じたわけだが、よくこんなにも嫌われる人物を恐れることなく演じられると思ってしまう。誤解されることもあるのではないだろうか。ショーンにミルクが乗り移ったのならジョシュにもホワイトが入り込んでしまっているような嫌らしさ。それでも彼が単なるゲイフォビアなのだけではなく、複雑な強迫観念に苦しめられていると感じさせた。彼の刑期が短すぎることが却って彼を自殺させてしまったのかもしれない。ゲイを嫌悪し差別しなければいけないとする考えや社会が彼を追い込んでしまったのではないだろうか。
しかしそんな原因や理由が何であれ、何故ミルクのような素晴らしい政治家が殺されてしまうのだろうか、という単純な疑問を感じてしまう。
彼がもっと生きていてくれたら。政治家としてだけではなく、彼自身も自分を隠し続けてきてやっとカムアウトし、これから自由に生きていける、というはずだったのに。
(ハーヴィーが「自分がゲイだと隠し続けたことで恋人たちを自殺未遂に追いやった」と苦しむ。そして、彼がゲイ解放の為に忙しく働くことで恋人を死に追い込んでしまう。この経緯は悲しかった)
ゲイフォビアの人たちはこの映画を観てもやっぱり気持ち悪いと思うのかしら。今まで嫌いだったけど彼を観てそうでなくなった、という人が少しでも増えることを願いたい。

それにしてもガス・ヴァン・サント監督。私の不安感と不満感を見透かしたかのようにショーンの脇に凄く可愛い男たちをずらりとそろえていたのだねえ。知らなかったのだ。
物語の中でハーヴィーの最初の恋人スコットにジェームズ・フランコ。えー凄く可愛い。最初の巻き毛ヘアーから短髪お髭。私は短髪髭が好き。眼鏡君にエミール・ハーシュ。何か軽いノリで可愛い。そしてハーヴィーの2番目の恋人にディエゴ・ルナ!これがすんごく可愛いの。何故かお馬鹿なんだけど。ひたむきで…、なのに…あんな最後なんて。
最後に役者と実在の人物が出てくるんだけど本物の方が皆ハンサムと言う(笑)不思議。

私にとってサント監督の映像がなによりの好物なんだけど、ここでも大好きな移動する風景が出てきて嬉しかった。あのがさついた荒い映像も好きなのだ。

監督:ガス・ヴァン・サント 出演:ショーン・ペン エミール・ハーシュ ジョシュ・ブローリン ジェームズ・フランコ ディエゴ・ルナ ルーカス・グラビール ヴィクター・ガーバー ジョセフ・クロス
2008年アメリカ
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2009年10月25日

『オリバー!』キャロル・リード

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Oliver!

ミュージカル映画『オリバー!』
ベン・ウィショーや他の多くのイギリス俳優はどうやら幼い時にこれを観て俳優になろうと志すようである。私も今まで何度も本作は観ているのであるが。
今回『オリバー・ツイスト』映画の3作目観賞になるのだが、やはりミュージカルは楽しくて他の2つより惹きこまれる。無論作品自体がいいものだからだろうけど。

冒頭も他の二つと違っていきなり救済院でオリバーたち孤児が働いている場面から始まる。しかも凄く大きな足踏み車を踏んでいるというのもあってこの場面だけでも他の二つが地味な作業をしているのと違って子供の気を引くような面白さがある。続いて食事のシーン。ここは『オリバー・ツイスト』の中でも名場面(?)の一つだろう。金持ちの大人たちが豪勢な食事を楽しむ隣で働きづめに働かされた子供たちが不味そうなお粥だけをそれもお椀に少しだけついでもらいガツガツと食べる。勿論満たされない孤児たちはくじ引きでお代りを要求する者を決めるのだ。何も持っていない孤児たちは藁でくじを作るのだが、他の2作が長い藁の中でオリバーだけが短いのを引くのだったのに本作は逆でオリバーだけが継ぎ足した長い藁を引く。これも確かに判りやすい気がする。ほんのちょっとしたことだけど。
(横道にそれるが少し前に『ジェーン・エア』を読み返していてやはり孤児であるジェーンが孤児院で酷く不味いお粥を少ししか与えられず少女たち(無論ここは少女ばかり)はいつもおなかをすかしていてしかも年上からほんの少しのパンを取られたりする、という箇所があった。小さな子供がお腹をすかして涙する場面と言うのは大人になってから読んだ方がはるかに辛い気がする)
本作のオリバーは自分が少女期に絶大な人気があったマーク・レスターくん。今観てもその愛らしさは他の追随を許さない。ちょっと困ったような表情がますますいじらしいのである。しかも本作のオリバーが一番感情を表現しているようで葬儀屋で先頭に歩く時の微笑みとか、お母さんを馬鹿にされた時の怒り方とか、地下室に閉じ込められた時「愛はどこにあるの」と歌うのなんかつい泣いてしまいそうだ。
ロンドンに行く辛い道のり。他のオリバーは悲惨だったが、マーク=オリバーはちゃっかりロンドン行の馬車に乗り込んでキャベツの入った籠から可愛い顔をのぞかせる、という茶目っ気である。

そしてオリバーがロンドンに到着してからのミュージカルの見せ場。ロンドンって皆歌い踊りながら歩くのね、って感じですごく楽しい。
他と違って疲れきってないオリバーはロンドンで同い年くらいの少年ドジャーと出会いすっかり意気投合。パンをくすね二人が歩き出すとスマートな警官、肉屋、野菜籠を持った女性たち、魚屋、踊りも腕を大きく振って歩くだけみたいな感じなんで誰でもできる、みたいなのが嬉しい。登場する子供たちもみんな可愛くて凄く楽しそうでいいなあ。このミュージカルってほんとに凄くいい作品なんだねえ。
この作品では子供たちが生き生きと描かれていているのがいい。『小さな恋のメロディ』でマーク・レスターの親友だったジャック・ワイルドがここでもドジャー役で登場。さすがの貫録。
この『オリバー!』は昨日観たポランスキー版とは随分違うのだが、ビル・サイクスも一味違った。かっこつけた登場で他のと違っていい男なの。他のでは少女みたいなナンシーと親父だったのでなんだかちょっとかわいそうな感じがしたのだけど、本作は確かにナンシーが好きになるのも判る。
そしてベン・ウィショーが真似をしたと言うフェイギン。ほんとに何故フェイギンなんだろうね。サイクスでもドジャーでもいいと思うのに子供のベンが爺さんのフェイギンを真似しようと思うってのが凄い。オリバーの子守唄に「スリをしよう」っていう歌を歌うのがちょっと悲しげな歌い方で余計おかしいの。

昨日のポランスキー版の美術を褒めたが(リーン版もよかったが)本作の方がもっと楽しい感じなのである。街並みの中を機関車が走るとか、酒場が川べりで橋を渡って行くのとか。セットなのかよく判らないが街並みもとてもデザインが可愛らしくて独特の雰囲気。遊び心が詰まっていいるんだね。
昨日まで裁判長がやたら怒るので???となってたが、今回のでアルコール中毒だったと判った。なるほど。

オリバーがブラウンロー氏の家で朝を迎えた時の歌「さわやかな朝はいかが」という歌って不思議。オリバーが目覚めて窓から外を見ると薔薇売りや牛乳売り、苺売り、また警官や学校へ行く子供たちなんかが通りかかるという踊りなんだけど歌がマイナー調で寂しげな感じ。ゆったりした踊りでさわやかな朝をイメージしているはずなのにちょっと悲しげなのだけど、それが却って印象的。なんとなく『ダンサー・イン・ザ・ダーク』を思い出してしまった。

本作は二作品と比べるといろんなとこが改変してあり、私はそこがとてもいい方になったと思う。例えば子供向けの為なのか、オリバーが殴られる場面がなくなって機関車にいぶつかりそうになる、というアクションものになってるし、ナンシーが殴り殺される場面は壁の向こうで行われ映されない(他のでは激しく殴打される)
他作品ではブラウンロー氏の家に行ったオリバーを突然ナンシーが捕まえた後、彼女がオリバーをかばう台詞をいうのが辻褄が合わなくて変に思えるが本作は前説があるのでナンシーの気持ちが理解できる。
とにかく心理状態が本作では細かに説明されるので筋道が通っているのだ。
ポランスキー版では最後にフェイギンが憐れな姿をさらしていたが本作はドジャーと共にまたスリ生活を続けようという前向きな姿である。私としては断然こちらが好きである。

というわけでなんとか3つの『オリバー・ツイスト』映画作品を鑑賞した。順位としては断然ダントツで本作ミュージカル『オリバー!』が素晴らしい。ミュージカルとしても屈指の作品なのは私が言わなくても授賞歴でわかるからいいか。
2位をつけるならリーン版。過不足ない出来栄え。ポランスキーは悪くないが最後は蛇足かも。蛇足、というのは間違いかもしれない。ユダヤ人である監督がユダヤ人のフェイギンを単なる悪党にしたくない為にこのラストを描きたいが為に作ったのかもしれないのだから。でも私としてはこの部分が物凄い衝撃を与えるほどにはなかったのだ。
印象としては、リーン版で忠実な映画化がされているのにまた普通どおり、と言うのは観客にとっては物足りない、という感じであった。
本作を見るとよりポランスキー版が現代ならではの映画化でない物足りなさを感じてしまう。

また、こういう悲しい話こそがミュージカルにぴったりなんだと改めて認識。そういえばそうなんだよねえ。その中での希望だとか強く生きる意志だとかが貴く思えるのだ。

マーク・レスターとジャック・ワイルドはこの後、『小さな恋のメロディ』で日本の少年少女の心を足掴みにする。あ、少年はトレーシー・ハイドでだが。可愛らしかったねえ。素敵な映画だった。
なので本作のマークはさらに可愛い。ほんとに小さくて天使みたいである。

監督:キャロル・リード 出演: マーク・レスター オリバー・リード ロン・ムーディ シャニ・ウォリス ジャック・ワイルド
1968年イギリス
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『オリバー・ツイスト』ロマン・ポランスキー

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OLIVER TWIST

『オリバー・ツイスト』第二弾。今回はロマン・ポランスキー監督作品。私はポランスキー監督の映画をあまり意識的に観てなくて「彼の映画」というような意味合いではまったく語ることができないのだが、本作は几帳面なほどの制作意欲を感じさせる。

昨日観たデビッド・リーン版とは内容も雰囲気も殆ど変わらないものだったのは不思議にさえ思える。ポランスキーというとかなり個性的な作品を作る監督なのかと思っていたのだが、登場人物の表現も物語も主な部分は寸分違わない、と言ってもいいのではないだろうか。
(そういう意味ではキャロル・リードのミュージカル『オリバー!』は異色なのかもしれない)
無論モノクロームがカラーになり、映像もクリアで予算もしっかりかけられているようで霧深いロンドンの雰囲気や細かい部分も神経の行き届いたこだわりが感じられ、カラーになっても重厚さがなくならないような色彩が使われモノクロでは見づらかった闇の世界をさらに深いものに思わせてくれる。
オリバー役の少年も他の二作品に見劣りしない可愛らしさで若干今の子らしく憂いが足りない気はするのだが貧しい服装でコスプレすればより愛おしさが増してくるのである。
『オリバー・ツイスト』の目玉人物はやはりベン・ウィショーが真似しただけあって、子供たちの親分フェイギンなのだというのは今回観てさらに納得したが本作ではベン・キングスレーがやはりかなりのメーキャップを施して怪異な風貌になりきっている。
そしてここがリーン版と大きく違ってくる。最後のシーンがリーン版はサイクスが死んでオリバーはめでたくお金持ちのブラウンロー氏に引き取られました、なのだが、本作はその後があって、オリバーがブラウンロー氏と共に牢屋に入れられ絞首刑目前のフェイギンに面会するのである。これは先にフェイギンがオリバーに「一番悪いことは恩を忘れることだ」というのがある為なんだろうけど、ここでオリバーはフェイギンに「助けられた恩がある」ことを伝え彼が決して悪人だけではないことを表現している。またフェイギンもオリバーを特に気に入って可愛がっていたことを示している。フェイギンのキャラクターもリーン版のアレック・ギネスの鼻高で恐ろしげなのに比べるとなんとなく憐れな爺さん、というイメージに見える。私としてはあまりフェイギンの憐れさを出して同情させるより、奇怪な男で恐ろしい方が面白い気がするのだが。
つまり現代の感覚としては『オリバー・ツイスト』は運命に弄ばれる可哀そうな美少年、子供を操る恐ろしい老人(ちょっと優しいとこもあり)犬を連れた乱暴者、その愛人で綺麗で優しい女、お人よしな金持ちの老人、などというキャラクターでパロディ遊びをするような設定として感じられてしまうのだろう。フェイギンも可哀そうな老人ならそれはそれで面白いからどちらでもかまわない。
キャラクターが個性的で面白いのでパロディごっこには最適なのである。

とにかく作品としては美術が綺麗で見惚れてしまう。同じような雰囲気でこの時代のロンドンを舞台にしたホラーもの、ミステリーものなんかを作って欲しいものだ。(その際、是非ベン・ウィショーに何か演じてもらいたいなあ。犯罪者でも探偵でもいいけど)

ポランスキー作品、素晴らしい仕上がりなのだが(多分)原作に忠実すぎて彼の言わんとするところは読み取り難いのではないだろうか。彼の目的はディケンズ世界を再現することそのものであったのだろうか。
最後の場面でオリバーが金持ちのブラウンロー氏のもとで幸せに暮らすことを願いながらもフェイギンへの感謝と同情の気持ちを表している、という描き方がポランスキーの意思表示なんだろうか。
本作でもオリバーはあまり感情をむき出しにしないのだが(そこが頼りなくて可愛いんだろうけど)ロンドンに着いたオリバーに声をかけるドジャーくんは対照的に感情豊かでしたたかで少年らしい魅力を発揮している。ナンシーを殺したサイクスに悪態をついて飛びかかって行くとこなんかすごくかっこいい。この役を演じたハリー・イーデン君もミュージカル『オリバー!』を観て俳優を志願したそうな。イギリスの男の子ってみんなこれを観るというものなのかもしれない。

監督:ロマン・ポランスキー  出演:バーニー・クラーク ベン・キングズレー ハリー・イーデン ジェイミー・フォアマン エドワード・ハードウィック マーク・ストロング リアン・ロウ
2005年 / フランス/イギリス/チェコ
ラベル:孤児 Ben Whishaw
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2009年10月24日

クライヴ・オーウェン、タクシーの運転手に「俳優はウソをつく職業」と言われショック

クライヴ・オーウェン、タクシーの運転手に「俳優はウソをつく職業」と言われショック

クライヴの物凄いファンと言うわけではないのですが、なんだか真面目な人なんだなあと思えてしまった。
タクシーの運転士さんの言葉を懸命に考えるのもですが、家族思いなのとえり好のみしすぎかな、とまた悩んでるとこも(笑)
えり好のみはできるならした方がいいと思いますが。
『ザ・バンク』はよかったです。
もっさりした感じが魅力的な人ですねー。
posted by フェイユイ at 09:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月23日

『オリバー・ツイスト』デビッド・リーン

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OLIVER TWIST

先日観たベン・ウィショーの動画で彼が「初めて観たミュージカル映画が『オリバー』で」と言っていたのでつい気になって観賞。多分ベンが観たのはこれじゃなくてマーク・レスター主演のだと思うけどレンタルできる『オリバー』映画が3作あってマーク・レスターのは私も観賞済みだし、とりあえず昔のから観てみるかということで1947年作のこれから観てみる。監督はなんとあのデビッド・リーンだけあって、知っている内容とはいえ、非常に見応えのある映像だった。

陰影のきついモノクロ映像がロンドンの貧民街を描くのにはぴったりである。遠くから映した橋のある風景などまるでファンタジックな雰囲気を持っている。
過酷な運命が待っている幼い少年オリバー・ツイストの物語だが、ぽんぽんと進行していくせいかさほど深刻にはならず(と言うのは褒め言葉にならないのかもしれないが)楽しんで観ることができた。
孤児の少年たちにスリをさせているユダヤ人フェイギンのぎょっとするような怪異な容貌だとか、犬を連れた乱暴者サイクスとその愛人ナンシーなどのキャラクターは他の多くの作品にも影響を与えているのではないだろうか。
観賞した『オリバー!』のマーク・レスターはすこぶるつきの美少年だったのでこちらのオリバーはどうだろうかと思っていたのだが、同じように金髪でやや面影も似ているような可愛らしい少年でもっと痩せている分、本作のオリバー君の方がらしい気がする。
物凄く奇怪な鼻を持つフェイギンはなんとアレックス・ギネスであった。フェイギンというのは少年たちの親分と言うことにはなってるがそれほど少年たちを虐待しているわけでもないのだった。そのせいもあってこのスリの一味はなんとなく楽しげに見える。孤児院から葬儀店でのオリバーの生活が悲惨だっただけにロンドンのこのスリ集団は自由で面白そうに見えてしまう。
物語自体は可哀そうな運命に翻弄されるいたいけなオリバー少年が実は・・・というハッピーエンドでそれほど感銘を受けるようなものではないのだが、彼を取り巻く人々や街の描写などが魅力的で観てしまうのだろう。オリバーは何もしないという指摘もあるようだが、一応「お代り欲しい」を訴えたり、母親を侮蔑した男が自分より遥かに大きいにも関わらず飛びかかったり、スリ集団にも興味を持って仲間入りしているとは思うのだが。

映画としては極めて忠実に映像化しているという作品なのだろうが、重厚な味わいのある締まった作品になっているのはさすがにデビッド・リーン監督の手によるものだからだろうか。
細身の美少年を愛でる方にも必見の作品だ。

ところで、ベン・ウィショー、子供の時に演じるなら孤児のスリ少年ならまさにぴったりなのにフェイギンを真似たりしてた、っていうのが面白い。サイクスと比べても非常に陰影のある役だし、優しいような部分もあったり複雑で難しいキャラクターなのだが。さすが、ベン、風変わりな性格を感じさせる。

監督:デビッド・リーン 出演:ロバート・ニュートン アレック・ギネス ケイ・ウォルシュ ジョン・ハワード・デイヴィス アンソニー・ニューリー
1947年イギリス
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『ミスティック・リバー』クリント・イーストウッド

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Mystic River

ティム・ロビンス作品を今回観続けている中で一度観たのだがもう一度観てみたいと非常に思ったのがこれなのだが、それは好きだったからではなく、面白いと思ったのにも拘らずすっかり内容を忘れてしまっていたからで、自分の記憶力のなさは自覚してはいるもののさほど時間が経ったわけでもないのにと自分自身にあきれ果てている次第である。
まあもう一度新鮮な気持ちで観れるんだから得であると言えばそうだが。
とにかく観直してもなかなか思い出せないまま最後まで観続けた。

記事も以前に書いていてどうでもいいようなことを書きならべているのだが、結局人生というのは悪い方に行くにしろ、いい方に行くにしろ、自分の思うようには進まない、ということなのであろうか。
冒頭の少年たちのちょっとしたいたずらが見知らぬ大人に見咎められ、子供の無知と無力さで言われるがままに車に乗せられてしまう。それは3人の少年のうちジミーでもショーンでもなくデイブだった。
とんでもない人生の貧乏くじを受け取ってしまったデイブは一生消えない心の傷を負ってしまう。それは11歳の少年が二人の大人の男に監禁され性的暴行を受け続けるという悲惨なものであった。
こんなに恐ろしい事件と比較して申し訳ないが自分も少女の時に公道である職業の器物破損をやってしまったことがあり、今思えばそれは公道に物を置いていたその人物が悪いので今だったら文句をまくしたててやれるのだが何も判らない少女だった自分はその大人にすごまれて真っ青になって帰宅した記憶がある。他人が聞けばどうでもいいような小さなことなのだろうがン十年経った今でもしょっちゅう思い出し苛々してそいつを殺してやりたくなる。子供だと思って怒鳴りつけるなんて、なんて卑怯な大人なんだろう。今でも同じ職業の人を見ると関係ないのにむかついて復讐したくなる。
また、ちょっとした事故でうっかり見知らぬ男の車に乗ってしまったこともあるし、怪しい男に声をかけられぞっとして逃げ出したこともある。
子供時代ってそういうもしかして一歩間違えばどうにかなっていたのかも、という事件がたくさんあるのではないか。そこを何事もなく乗り越えて行くのは稀であり、程度の差はあれ、何某かの傷は負ってしまうものではないだろうか。

勿論傷を負うのは子供時代だけではない。
そして成長し多くの人と関わりを持てばまた様々な事件に遭い傷を負う。子供時代と違い戦うことはできてもそれだけに複雑な骨折をすることになるんだろう。
ここに登場する人々は皆何らかのすれ違い、勘違いをしてしまい、人生を狂わせてしまう。皆同じように幸せになりたい、と願いながらも間違った選択をしてしまうのだ。
デイブは自分の悩みを秘密にしていたことで妻に疑いを持たせ、妻は無実の夫を密告してしまった。
ジミーは愛する娘ケイティーを殺害された疑いを彼女の恋人ブレンダンや友人デイブに向けてしまった。ジミーの妻は夫の前妻の娘に嫉妬心を持っていたし、夫の間違った行動を是認してしまった。ブレンダンが弟を可愛がるあまりに、弟は兄の恋人に嫉妬し殺害したのではないだろうか。
ただ一つ思わぬ行動が幸せに結びついたのはショーン(ケビン・ベーコン)の言葉で別れた妻が戻ってくることになったことだろうか。
そして残った幼馴染のふたりは失ってしまった3人目の友人の悲劇がもし自分のものであったらと考える。彼の運命は自分がたどったのかもしれない。
(とはいえ、加害者の好みを思えばはしっこそうなショーンやすれた感じのジミーよりおっとりしたデイブに目をつけていたんだとは思うんだが)
誰もが苦悩し、幸せを求めながらも人生は思うようにはいかない。町には大きな川が流れ、その川が彼らの人生を飲み込み流れていくかのようだ。

3人の幼馴染を演じているショーン・ペン、ケビン・ベーコン、ティム・ロビンスは同じくらいのバランスのうまさを持っている。とはいえ、アメリカ男性としてはショーンのような切れた男はやりたくても、ティムの演じた少年期に男から性的暴行を受けたトラウマから逃れきれず人生の敗北者となって死人のように生きている男、というのはあまり演じたくないのでは、と思うのだがどうだろう。
ここでのティムは彼が言うように吸血鬼のように死んでいるのに彷徨っている人間、なのである。彼はあの少年の時に自分を死なせてしまったのだ。もしもジミーが彼を殺害しなければ、生き返ることもできたのかもしれない。人生は自分の思うようにはいかないのだ。
ここでのティムはもう可愛らしさとかいうものもすべて失っているようだ。がっくりと肩を落とした抜け殻の男。彼にとっては息子を見守ることだけが生きがいだったのかもしれないのに。
ショーン・ペンは正直言って好きにはなれない俳優なのである。上手いのだが、何故か心惹かれない。しかしやはりこういう切れた男の役はぴったりである。
ケビン・ベーコンは逆に凄く好きでここでの役もよかった。幸せになれ多分、役者としては損だったかもしれない。

私自身、デイブと同じように自分を傷つけた犯人にはもうできない復讐を「同じことをやっている奴」にしてやりたい、と思っている。

監督:クリント・イーストウッド 出演:ショーン・ペン ティム・ロビンス ケビン・ベーコン ローレンス・フィッシュバーン マーシャ・ゲイ・ハーデン ローラ・リニー エミー・ロッサム トム・グイリー スペンサー・トリート・クラーク
2003年アメリカ
posted by フェイユイ at 00:43| Comment(0) | TrackBack(0) | ティム・ロビンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月22日

ロンドンフィルムフェスティバルで『Bright Star』でのベン画像

はーやさんから貴重なベン画像いただきました!
ただ今行われているロンドンフィルムフェスティバルでの『Bright Star』上映観賞に行かれたそうです!

これはレッドカーペット上でベンがインタビューを受けているところだそうですよ。
bright star 008_S.JPGbright star 009_S.JPG

はっ。この1枚目はベンと女性の姿がただ重なっているだけですか?一瞬どきっとしましたが(キスじゃないですね^^;)
熱気が感じられるような。
ベンの横顔すてきですねー(ポッ)

はーやさん、ありがとうございます!!!
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2009年10月21日

『サベイランス −監視−』ピーター・ホーウィット

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ANTITRUST

私が子供の頃、スポ根マンガなんかを観てると、コンピューターでプログラミングされた敵は必ず「悪い奴」であり、感性も体もコンピューターに支配され超人的に強いのだが、結局最後には人間的なチームワークや人情を持つ主人公チームに負けるものだと決まっていた。時は移り、実際のスポーツがコンピューターを利用するのは当然のようになってきたのだが人間の心と言うのは変わらないものなのか、相変わらず同じ題材なのねえとむしろ懐かしく観てしまった。

ここでのティム・ロビンスはガチガチのコンピューター野郎でそのまんまビル・ゲイツを意識しての外見と演技をやって笑わせてくれている。
今までの役柄にはないキャラクターでもあるし演じていてとても楽しかったのではないだろうか。ノリノリでやっているように思える。

物凄いクラシックな設定展開なのではあるがそれぞれのキャラクターが漫画的に面白く皆上手いので私としては非常に楽しんで観てしまった。
最先端の設定ながら攻撃方法は覗き見だとか(監視って言ってるけどつまり覗き)撲殺だとかかなり古風である。壁に差別用語を書くとか、女を利用して騙す、とかね。
コアなサイバーストーリーでは決してない。かなりアナクロいお話なのだった。(アナログでも可)

監督:ピーター・ホーウィット 出演:ライアン・フィリップ ティム・ロビンス レイチェル・リー・クック クレア・フォーラニ ダグラス・マクフェラン クレア・フォラーニ
2001年アメリカ
posted by フェイユイ at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | ティム・ロビンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月20日

『ナッシング・トゥ・ルーズ』スティーブ・オーデカーク

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Nothing To Lose

ティム・ロビンスの持ち味を思う存分活かした作品で愛らしいコメディであった。
ティムというのはいつでもどれでも大男なのに気弱でおどおどうじうじしていてとことん愛妻家、という設定ばかりなのだが、どうしても本人自身そうであるとしか思えないし、当人もそういうイメージを気に入っているのだろう。体は大きくても銃をかまえてもちっとも怖くないし似合わない。大きな手だけど殴られても、というかあんまり力一杯殴りきれないような優しい男にしか見えないのだよねえ。いくら奥さんを愛しているからとはいえ、浮気をされたと憤慨している時物凄く可愛い女の子から逆ナンされてベッドに押し倒されても「とてもできない」なんていくらコメディでもあり得ない気もするのだが、ティムならなんとなく納得してしまう気もする。

真面目で愛妻家のリッチな男が「妻の浮気現場を目撃」したことで壊れてしまう。
折悪しく彼の車に乗り込んで強盗しようとした黒人男性Tことポール(ほんとはテレンス)をいつしか相棒にして強盗になってしまうくだりはティムの奥さまスーザン・サランドンの『テルマ&ルイーズ』ばりだが、感動のあの作品に比べ、こちらの情けなさったらありゃしない。きっとご本人お二人も作品の違いを笑っているのではないだろうか。
『テルマ&ルイーズ』は自分としても破格な面白さの映画だが、こちらはこちらで気楽に楽しめる一品である。

私としてはティムの情けない弱虫っぷりだとか、定番のびっくりおどおど、めそめそする表情が可愛くて可愛くて見あきない。
でっかいティムの相棒となる小柄なマーティン・ローレンスとの掛け合いがばっちり相性いいではないか。しかしあのティムのパンチってなんなんだろ。勿論わざとやってるんだけど(多分)
女の子に襲われている時のティムがキュート&セクシーでたまんない。

監督:スティーブ・オーデカーク 出演:ティム・ロビンス マーティン・ローレンス ケリー・プレストン ジョン・C・マッギンリー ジャンカルロ・エスポジート マイケル・マッキーン
1997年アメリカ
posted by フェイユイ at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ティム・ロビンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月19日

『星に想いを』フレッド・スケピシ

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I.Q.

『ショーシャンクの空に』と同じ年の作品でティムが一番素敵に見える頃の作品、というと他は駄目だと思ってるのか、と言われそうだが、そんなことはないけどでもやっぱりとても美貌に見える(?)時期ではないだろうか。

一体、こういう物語を考えて実際に作れる頭脳ってのはどういうもんだろう、と思ってしまうのだが、そう言うと悪口のようだが全然そういう意味ではなく単純にそう思ってしまうのだ。とはいえ多分昔の少女漫画(いまがどうなのか知らないので)って思い切りこういうノリのものが多かったし、自分もけして嫌いではなかった。

小さな町の自動車整備店に勤める、ちょっとだけ科学に詳しい整備士が住む世界の違う数学者の女性(しかも何故かとんでもなくキュート)に恋をしてしまう、というとこまでは考え付くだろうが(それでも何故と言う気はするが。すくなくとも理系ではあるか)彼女の叔父さんがあのアルバート・アインシュタインで、何故か近所に住んでいる。そりゃアインシュタインは晩年アメリカ・ニュージャージーに住んでいるようで誰かが近所に住んでいるだろうが、しかもあんなに若い姪がいるとは計算が合わない気もするが。

ああ駄目だ。そういうことをうだうだ言う映画ではないのである。
とにかくキュートなメグ・ライアンに見惚れていればいいのだし、それにしても彼女は本当に物凄く上手い。あの顔やきゅっと口角が上がった口元や愛らしい髪型が魅力的なだけでなくこれほどファンが多いだけあって演技のうまさは抜群である。
本作のティムは凡人でありながら、ちょいと機転の利く利口さがあってしかも持ち味であるハートウォーミングな笑顔を思い切り利用しているってところ。左眉が思い切り上がる癖も秀でたおでこもさらっとかかる前髪もチャーミングなのである。
そして何故だかそんなティム演じるエドを凄く気に入って姪っ子と結びつけようと頑張るアインシュタイン叔父とその仲間たち。
姪の気に入るには頭がよくないと、という企みがヒートアップして彼を一躍天才物理学者に仕立て上げ世間の人気者になってしまう。
数学者メグ=キャサリンもすっかり騙されて彼に惹かれていってしまうのだが。

これってどうなんだろう。この映画で描きたいのはエドとキャサリンのラブ・ストーリーなのか。ただの自動車整備士のエドが天才物理学者アインシュタインと仲良くなるってことなのか。
だって一番楽しそうだったのはエドとアインシュタインがバイクのタンデムで走っていくシーンだもんね。
しかもアインシュタインはウォルター・マッソー。彼が口にする「ワーフー」という感嘆詞がなんとも可愛らしく印象的。

まあまあそういった自分がいいなと思う設定を色々組み合わせて出来上がったラブコメなのだ。ちょっとだけ頭がよくなったような錯覚を覚えさせてくれるのも楽しい。
私としてはティムがアメリカ映画にしてはよくバイク乗りになるのが嬉しい。バイクが好きなのか。たまたまライダーという設定が多かっただけなのか。
アインシュタインを後ろに乗っけて舞い上がる、という光景はファンタジックであった。

監督:フレッド・スケピシ 出演: メグ・ライアン ティム・ロビンス ウォルター・マッソー スティーブン・フライ チャールズ・ダーニング ルー・ジャコビ ジーン・サックス
1994年アメリカ
posted by フェイユイ at 22:44| Comment(0) | TrackBack(0) | ティム・ロビンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ベン・ウィショー動画「ニューヨークタイムス、スクリーンテスト」ですと

フランさんから嬉しいベン・ウィショー画像情報いただきました!!!ありがとうございます!




で、これがあったのはエディ・レッドメインEDDIE LEDMAYNE ONLINE
美形ですなー。『グッドシェパード』でマット・デイモンの息子だった彼ですね。

そしてさらにこのサイトがあったのがGaspard Ulliel Online
で、ございます。
ギャスパー、また観たいなあ。

フランさん、美味しい情報ありがとうございました!!!!感謝!!
posted by フェイユイ at 09:32| Comment(5) | TrackBack(0) | ベン・ウィショー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月18日

『クレイドル・ウィル・ロック 奇跡の一夜』ティム・ロビンス

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CRADLE WILL ROCK

ティム・ロビンスは監督。ジョン・キューザックは脇役で富豪ロックフェラー氏として登場。かっこいい役ではない^^;というか金持ちでいけすかない男を極めて嫌な感じに演じていた。あんな格好をさせるっていうのがもう馬鹿にしてるよな。

この映画作品の一番勿体ないところは冗長過ぎることで、観る者の緊張感と忍耐が殺がれてしまいもしかしたら是非見せたいはずの最後の場面の前で止めてしまう、もしくは気力が落ちてしまうかもしれないことで、何故そうなったかというとそれはティム監督の長年の努力と夢が作品を長くしてしまったのだ、ということは判るが、やはりそれでも上りつめるまでが長い。
私としては結構楽しんで観れたのではと思うのだが、まあそれはどこかでティム監督の思い入れを慮っての面白さだったかもしれない。
丁寧に説明してくれているので当時の思想や経済状態が判りやすいのはいいのだが、却ってくどいと感じられもする。
またティムが何度か出演したロバート・アルトマンを意識した群像劇的なイメージも感じられるのだが。
リベラル派と名高きティム・ロビンスらしいアメリカの保守的な差別意識を一掃するような内容でコミュニストを擁護もしくは推進しているように感じられるので自国ではまた叩かれたのではないだろうか。
他国から見れば(まあ日本もそうではあったろうが)極端な共産主義嫌悪が「そこまで追い詰めなくても」と思ってしまうのだが、それが自由の国というのも不思議なようなアンビバレンツというような。
経済的大恐慌があるから共産主義が生まれ、だからこそそれを激しく問い詰め、断罪していくという仕組みになっていくのか。

前半は長い時間をかけて当時のアメリカ社会の様相をじっくり念入りに描いていくので劇映画というより当時のドキュメンタリーフィルムでも観ているかのようだ。
メキシコの画家ディエゴ・リベラの壁画破壊のエピソードなどは当時の思想と意識を表現するのにぴったりの衝撃的な事柄だが本筋とは直接関係ないわけでこれを削らないで使いたかったティム監督の気持ちは汲めるがこれでまたかなり長くなる(しかしあの壁画を破壊するなんて勿体ない!せめてこっそりどこかへ移せばよかったのに。違うか?)私としては映画『フリーダ』を観ててよかった、と思ったところ。
ティムの愛するスーザンはディエゴの友人でイタリアから絵画を売りにやってきたユダヤ女性という役どころ。相変わらずかっこいい。
またもう一つの物語としてかつてはコミュニストとして運動していた腹話術師の物語があってビル・マーレイが才能豊かに演じているのだが、これも物語を説明してはいるがまた拡散してしまう。ここに登場するジャック・ブラックと共に演技には魅了されるのだが。

本筋は、政府が失業者救済処置として計画された「フェデラル・シアター・プロジェクト」でオーソン・ウェルズが演出するミュージカル劇『ゆりかごが揺れる』での(ほぼ)実話である。
様々な苦難の後、ついに上演という日になって、なんと政府は上演禁止令を出す。用意された劇場も組合に入っている役者たちも使えないのだ。
しかし劇を期待する人は多い。ウェルズら関係者たちは別の劇場を探し出し、組合に入っていない作曲家マーク一人だけでの上演を思いつく。
出演できない役者たち、劇を期待する人々はパレードしながら別の劇場へと向かう。
舞台に一人作曲家のマークはピアノを弾き歌い出す。そこへ重ねて歌い出したのはその歌を歌う役の女優オリーブだった。

そこからの劇場の光景は鳥肌がたつような緊迫感と高揚感がある。劇場のあちこちに隠れるように座っていたミュージカル俳優たちがマークの先導する歌と共に合わせて歌い台詞を語る。客席を縫うように彼らはあちらこちらに集まり『ゆりかごは揺れる』を演じたのだ。舞台には上がることなく。
劇は仕事もなく食うことにも困った労働者男女の激しい怒りを歌ったもので同じ気持ちを抱える観客たちはやんやの喝采を俳優たちに与えた。
その一体感は映画を越えるような素晴らしいものがあってぞくぞくしてくるほどだったのだ。

この感動とこの作品をどう評価したらいいんだろう。
題材も考えも映像も優れたものだと思う。冗長に思える前半も私は決して悪いものではないと思うのだが、それでもこの長さはやはり命取りだったかもしれない。
悔しいだろうけどせめて2時間を切るくらいの作品に仕上げていたらもう少し感動が強かったのではないだろうか。
(なんだか大好きな彼とのセックスなんだけど、あまりにも前戯が長すぎて凝り過ぎてクライマックス前でもういいよってなってしまった女性の気持ち)
でもティム・ロビンスが好きだし、しかもこのテーマ、彼の気持ちが物凄く伝わって来て私としては「うん。凄く素晴らしい映画(セックス)だったわ。感じちゃった」ってだけ言ってあげたい。

本作は監督のみなので(多分)彼の出演姿は観れないが特典にたっぷり登場。
しかもすごくかっこいい。こういうコメディーな俳優って実際見ると全く違ってクールにハンサムな場合があるけど、見事にそういうタイプ。
スーザンと共に来日してた様子。一緒のインタビューじゃなかったけど、二人ともやっぱ素敵なのだわ。ティムはさすがすらりと長身で結構細身に見えて少し白髪交じりの顎髭もあったので丸顔が少し面長になってサングラスもしてたし、よりインテリジェンスであった^^;
二人で来てたということでも仲がいのだろうけど互いに相手を認め合ってうーん羨まし過ぎるわ。

監督:ティム・ロビンス 出演:ジョン・タトゥーロ エミリー・ワトソン ハンク・アザリア スーザン・サランドン バネッサ・レッドグレーブ ジョーン・キューザック ジョン・キューザック アンガス・マクファーデン  ビル・マーレイ
1999年アメリカ
posted by フェイユイ at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ティム・ロビンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『ハイ・フィデリティ』スティーヴン・フリアーズ

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High Fidelity

これもティム・ロビンスはほんの僅かの出演でしかも相当キモイ(そういうつもりじゃないのかな)役であった。本当の意味の友情出演なのかもしれない。

ジョン・キューザックとは何故かこれまで(多分)縁がなくてじっくり彼を観るような機会がなかったのでこれが初なのだが、この作品の彼を観て「この人いいな」と思わない人がいるんだろうか。
ヲタクでいつもふられてばかり、という役としてはちょいとハンサム過ぎる気はするが、でも観てると「ふられるのもなんとなく判るなあ」と思ってきてしまう。本人は自分をいい人間だと思っているんだが女性から見ればちょっとずつずれている奴なのである。もし自分が男だったらふんふん判る俺も同じ、みたいな共感をしてしまいそうだ。でもこの主人公はそのまんまでいいやというダメオじゃなくて自分が彼女をどうして傷つけていたのか、これからどうしたらいいか、ってのをきちっと解決していくという随分前向きヲタクなのである。

音楽が大好きで自分の感性に自身があるが為に趣味半分兼ねて経営している中古CDレコード店も半分利害抜き半分はやっぱり利益欲しい、という感じである。二人の店員も主人以上のマニアで何かと3人の意見がぶつかるのがおかしい。
私はとても音楽マニアとか言えるような人間じゃないけど音楽マニアに凄く憧れていてクラシックは抜きにしても音楽関係はなんでもござれと語れる人になってみたい。系統立てて話したり色んな裏話を知ってたりこれが好きならこれもいいよと勧めてみたり。キューザック演じるロブもいいけど他の店員二人が実に楽しそうで羨ましくなってしまうのだ。
いつもながら凄い迫力あるマニアのジャック・ブラックの激しい語り口が楽し過ぎるのだがもう一人の大人しめのマニアくんも捨てがたいいぶし銀的魅力がある。同じようにマニアックなお客の女性といい仲になってしまうという展開も楽しい。
このレコード店って映画の為に作ったものなのか、中古レコード店ということでどこか侘しげな佇まいであるしこじんまりとした空気がなんともよいのである。

主人公が語りかけてくる式の構成も判りやすいし、マニアックなこだわりも楽しいし、電話魔になったりホントに情けない男全開の奴なんだけど共感してしまうのだよねえ。
前向き人間になるのはいいがあこのヲタク感覚は無くさないでいてほしい。

ティム・ロビンス探求としてはまたまたちら観で終わってしまったが長髪で物凄く嫌らしいティムを観れてよかった、かな。
次回はティム・ロビンス監督でジョン・キューザックが出演している『クレイドル・ウィル・ロック 奇跡の一夜』を観ようと思っている。製作時期は本作の方が後になるのだが。

監督:スティーヴン・フリアーズ 出演:ジョン・キューザック イーベン・ヤイレ キャサリン・ゼタ・ジョーンズ ティム・ロビンス リリ・テイラー ジャック・ブラック リサ・ボネ ジョエル・カーター
2000年アメリカ
posted by フェイユイ at 00:16| Comment(5) | TrackBack(0) | ティム・ロビンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月16日

『青髭』カトリーヌ・ブレイヤ

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LA BARBE BLEUE

カトリーヌ・ブレイヤ監督という存在をまったく知らなかったし、『青髭』というような童話を映像化した作品と言うのは当たり外れが大きいのでできるだけ期待しないようにして観たのだが、これはなかなか好みな出会いだった。ただ解釈としては斬新だとか衝撃的とかいうものではないようだ。

『青髭』というタイトルのみで観たのはこれがシャルル・ペロー原作だという理由ではなく、無論これがジル・ド・レイを意味しているのかも、と若干の狙いもあったのだが。
その点は全く外れていてジル・ド・レイのように少年を集めては惨殺する、という含みはなかったようだ。
ただ幼い少女が姉にぺローの『青髭』を読んで聞かせる(ちょっと変な設定ではあるな)場面が幾つかのパートに分かれて出てくるのだが唐突に少女が「結婚した後、二人は同性愛になるの」みたいな変なことを言いだすのが少しだけジル・ド・レイを意識したのかもしれないし、青髭が結婚相手を選ぶ場面があるのだが、何故か少女たちだけでなく綺麗な少年たちも集まっていたのは無意味だけどそういう含みもあったのか。またマリーたちの家に青髭の招待を告げに来た若者は青髭を好いていたようである。まあ本筋に関係ないことばかり勘ぐってもしょうがない。

さて本作は『青髭』を元にブレイヤ監督が独自の表現をしたということで昔、厳格な私立女子校で寄宿生活を送っていた姉妹が父親の死で学校を追い出され帰宅すれば父の残した借金のせいで家財道具は持ち出され食べるものもない、という生活を送ることになる。困窮した母娘に青髭の招待があり、姉は醜い青髭(と言う設定になってるがさほど醜くはないちょい太めな男性)を忌み嫌うが妹は何故かそんな青髭を気に入り結婚してもよい、と思う。青髭も彼女を妻として招き入れる。
ここまでは確かにかなり違うがこの後の展開は進行としては原作とあまり変わらない。青髭が長い間家を出ることになり妻に大きな鍵束を渡しどの部屋も自由に使って友人や姉を呼んで娘らしく楽しむがいい、という。やがて帰宅した青髭は妻が遊んでいるのを見てやや苛立っている。だが「自由にしていいと言ったでしょう。寂しかったわ」と言う妻の言葉に落ち着く。暫くしてまた青髭は家を留守にすると言いまたあの鍵束と今度は小さな鍵を一緒に渡し「これは地下室の秘密の部屋の鍵でお前は絶対に開けてはならない」と言うのである。
鍵を渡して絶対に開けるな、という童話にお決まりの約束ごとで勿論妻はこれを守らず鍵を開ける。
果たしてそこには青髭の前妻たちの死体がぶら下がり床は血の海になっている。彼女は鍵をそこに落とす。鍵についた血は決してとれないのだ。青髭はすぐに帰ってきて妻の裏切りを知り彼女を殺そうとする。
普通に考えて、これは権力的な夫が妻に従順性を求める、という物語だ、ということになる。
愛していると言う妻の言葉を信じ切れず、本当なのかテストしてみる、そして案の定彼女が裏切ったのを見て怒りで彼女を亡きものにしようとする。まったく理不尽な言動で多くの妻が夫のこういう横暴な言動を経験する、ということなのだろうか。
しかしこの後、青髭は駆け付けた男たちに取り押さえられ殺される。これは原作がそうなっているわけで皿の上に首が置かれている、とうのは絵としては幻想的だが、衝撃というものではない。
本作が独特に思えるのはこの本筋に現代の少女の姉妹の物語を絡ませていることで最も衝撃的なのは小さな妹が『青髭』を読み聞かせるのを怖いからと嫌がっていた姉が部屋の床に開いていた穴から下の階へ落ちて死んでしまった、という描写の方だろう。しかも奇妙なことに母親は落ちている姉にまったく気付かず、かといって「また苛められたの」とか聞いているから姉の存在がなかったのでもないようだ。一体これがどういう意味なのかは判らない。姉の死は、童話を怖がっていた姉が穴から落ちて死ぬという、すぐそばにある恐怖に気づいていなかった、という皮肉なのだろうか。

全体の雰囲気もとても好きだったのだが、青髭がどこへ何をしに行ってたのか、とか、何故彼は前妻たちを殺していたのか、とか何故「私は何の希望もない一匹狼だ」みたいなことを言っていたのか、何故彼はお金持ちなのか、などの解釈も聞きたかった気がする。

青髭、というのは本当の青い髭じゃなく、この映画で観ても判るように黒い髭のことであるらしい。
多分彼は西洋人じゃなく東洋人、極東じゃなくアラブ系なのではないだろうか。そこから来る謎めいた恐怖感や残酷性をイメージさせているのではないだろうか、と思ってしまうのだが。

フランス映画と言うのはいつ観てもどこか感覚がその他多くの国の映画とは違っている。しかもエロチックである。
も少し突っ込んだ表現もあって欲しかった気がするが、それでも非常に気になる映画であった。

監督:カトリーヌ・ブレイヤ 出演:ドミニク・トーマス ローラ・クレトン ダフネ・ベヴィール
2009年フランス
ラベル:童話
posted by フェイユイ at 22:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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