映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2009年10月16日

ベン・ウィショーの詩朗読が聴ける!!『Words For You』発売予定

いつものことながらふぇでり子さんの「ベン・ウィショー情報」で慌てて検索したらば!

       下をクリックしてください  ↓

ベン・ウィショーの朗読が聴けるCD『Words For You』
ふぇでり子さんの情報によりますと
『ところで「Words for You」というタイトルで音楽と誌の朗読を組み合わせたアルバムが
発売されるらしく、収録される27編の詩のうちの2つ(一つはキーツの詩)でベンが朗読を担当するのだそうです』(『ザ・バンク 堕ちた巨像』トム・テイクヴァの記事のコメントより)
だそうです。
確かに4. To Autumn by John Keats (read by Ben Whishaw)
20. Dulce Et Decorum Est by Wilfred Owen (read by Ben Whishaw) となってますね!!!
わー!!なんてうれしい!!ふぇでり子さん素晴らしい情報ありがとうございます!!!!

This title will be released on November 16, 2009.となってますから11月16日発売ですか。興奮!!!これは絶対買わねば!!ですぞ。
ふぇでり子さん、感謝しきれません!!

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こういうのも出るそうです。
Criminal Justice (2pc) (Ws) [DVD] [Import] (2008)
ただしリージョン1。注意。


posted by フェイユイ at 00:40| Comment(5) | TrackBack(0) | ベン・ウィショー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『ザ・プレイヤー』ロバート・アルトマン

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THE PLAYER

昨日の鬼才デ・パルマが唖然な内容だったのでより今回の鬼才アルトマンに期待したが、さすがにこちらは面白かった。
先日観た『ショートカッツ』同様皮肉たっぷり薄笑いを浮かべて眺める作品である。
本作のティムは若くてかっこよさげな業界人。お間抜けな表情と人の良さは今回は封印だが、根本的に気の小さい人間なのは彼の作品の共通点みたいだ。これが彼の体のでかさとアンバランスでおかしいのである。

映画業界の内幕話をくすくす笑いながら観て行くことになる。「映画に必要なもの・・・とにかくハッピーエンドだ」という台詞。『自転車泥棒』もハッピーエンドにしてくれと言ったり。
映画は娯楽か芸術か。さあてねえ。私にとっては作品によってその両方の要素が色んな配分で入っているものであって「映画」という一言ですべてを一括りにはできないだろうし。その上本作はそのどちらでもないが面白いのは確か。アルトマン監督はあえてそういう作り方をしたんだろうけど。
ティム・ロビンス演じるグリフィン・ミルは映画会社の重役で映画化する脚本を選ぶのが仕事である。1年に何千本という脚本を差し出され(全部読んではいないだろう)「OK」というのはそのうちの12本だと言う。
彼の属する会社は経営状況が危機にあり、彼自身は敵会社から引き抜かれたライバル出現で首になる恐れを感じていた。そんな折、ミルの元へ「お前は脚本家の敵だ。殺す」といった内容の絵葉書が続けざまに送られてくるのだった。
ティム=ミルは窮地に立たされた焦りと脅迫される恐怖から苛立っている。なんとか犯人と思える脚本家を見つけ出し、穏便に話し合いをしようとするが相手の傲慢な態度にかっとなったミルはその男を殺してしまう。
殺した男にはちょっと風変わりだが美しい恋人がいてミルは話をするうちに彼女に恋をしてしまう。

ストーリー展開はいかにも業界にありがちだと思えるものなのだが、語られる映画についての考えだとか、登場人物の顔ぶれの多彩さとか何と言ってもティム・ロビンスの小狡そうな表情だとかに惹きこまれてしまう。マルコム・マクダウェルが出てたのも驚いたがそういえばアルトマン監督の『バレエ・カンパニー』に出演してたっけ。ティムと恋に落ちるジューンはグレタ・スカッキ。ベン・ウィショーの『情愛と友情』でセバスチャンのパパの愛人の女性。ここではすっごく若くて綺麗なのだ。『情愛と友情』でも綺麗だったけどね。

私は映画の撮り方の違いだとか、見極める力がないので残念だが、映画のあれこれに詳しい人ほどこの作品、色んな仕掛けが見えるのかもしれない。
ティムとグレッタのラブシーンがいきなり濃厚な雰囲気だったのがびっくりであれも誰かの映画風なのかもしんない。

最後の仕掛け映画でホントにジュリア・ロバーツとブルース・ウィリスが登場したのも笑える。
そしてラストシーン。まったく幸せではないのに殺人者がお咎めなしで元の恋人も手酷く捨てたのに嘘のようなハッピーエンド。おなかの大きくなったジューンと熱いキスをするミルだが彼らが幸福になれるとは全然思えないのがおかしいのである。

この時期。ロバート・アルトマン監督、日本びいきだったのか、いつもそうなのか知らないけど、やたら日本と言う言葉が。没になった脚本が「日本に留学したアメリカ学生の物語」っていうのもなんだかうなづける。ヒットはしないだろうな。

監督:ロバート・アルトマン 出演:ティム・ロビンス グレタ・スカッキ フレッド・ウォード ウーピー・ゴールドバーグ ピーター・ギャラガー
1992年アメリカ
posted by フェイユイ at 00:21| Comment(2) | TrackBack(0) | ティム・ロビンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月14日

『ミッション・トゥ・マーズ』ブライアン・デ・パルマ

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MISSION TO MARS

こんなクラシカルなSFが2000年アメリカ製だなんてとても不思議なことである。しかも監督がブライアン・デ・パルマ。彼がこんな教科書の付録ででもあるかのような映画を作るとは思わなかった。かといって映像がしょぼいわけではない。ただもう当たり前すぎる内容なのだ。なんとなくテーマパークでイメージフィルムとしてエンドレスに流されている映像にぴったりのような気がする。

物語としての高揚感だとか謎解きだとかサスペンスだとかは全く感じられない。
近未来(2020〜2021年だと)宇宙航行がある程度進んだ世界なのである。
火星で謎の現象に脅かされた仲間たちを救助するためのミッション、という設定でジム(ゲイリー・シニーズ)ウッディ(ティム・ロビンス)たちが1年をかけて火星へと向かう。

仲間を救う為に1年をかける、というのはややのんびりし過ぎ。大概死んでいるだろう。
だが彼ルーク(ドン・チードル)は生きていたのだが。
物語のリアリティは死ぬほどないのだが、やたらと細部の描写が細かくリアルである。どうやらNASAが全面協力した、ということらしい。やはりストーリー映画ではなくNASAのイメージフィルムなのである。
ルーク達を助ける場面よりその前のジムたち救助船が裂傷を作ってしまった対処の場面の方がかなり凝っている。ここなど本当にテーマパークの宇宙船に乗りこんで周囲がぴーかぴーか光りながら画面や床がぐらぐらゆれたりしてその気分を出してみせるあの感じに似てる。
それにしても出演者たちは芸達者が多くてこれもまた不思議。ただ単にこういう映画に出たかったのか。何やら特典があったのか。
まあ出演するのもそれこそテーマパーク(しつこい)に入り込んだようで楽しかったのではないだろうか。
火星での強力なエネルギー物体というまではいいとしても巨大な顔のオブジェだとか、その中の宇宙の画像だとか、火星人のデザインだとか、物語の説明、最後のはるか宇宙への旅立ち、など本当にしつこいけどテーマパークの乗りで楽しいと思うべきなのか学校の修学旅行で体験するくらいの害のない優等生的な展開でゲイリーもティムもドンも真面目に演じていて偉いものである。

デ・パルマ作品なのでもっと異色なものを想像していた。どうやら酷評された作品らしい。酷いというわけでもないのだが、わざわざデ・パルマが何もこういうSFを作らなくともいいだろう、ということなんだろう。何故彼がこんな無味無臭な映画を作ったのか。その謎を解いてもらいたい。

監督:ブライアン・デ・パルマ 出演:ゲイリー・シニーズ ティム・ロビンス ドン・チードル コニー・ニールセン ジェリー・オコンネル
2000年アメリカ
posted by フェイユイ at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ティム・ロビンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マット・デイモンとベン・アフレックは遠い親せき

マット・デイモンとベン・アフレックは遠い親せき

うひゃあ。やっぱり人類は皆兄弟ということか。まあ、マットとベンはもっと近くても不思議ではないが。
それに比べ、オバマ大統領とブッシュも姻戚関係なんて、えー。

アンジェリーナ・ジョリーがヒラリー・クリントンと、ブラッド・ピットがオバマ大統領と遠い親せきに当たる、と聞いた時は面白いと思ったけど。
チンギス・ハーンの子孫も男系だけで1600万人いるということだから物凄い関係者がいるということだよね。
自分が誰とつながってるのか。知りたいような知りたくないような。
posted by フェイユイ at 14:19| Comment(0) | TrackBack(0) | マット・デイモン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『ブロードウェイ♪ブロードウェイ コーラスラインにかける夢』ジェームズ・D・スターン/アダム・デル・デオ

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EVERY LITTLE STEP

このDVDの存在を知って観てみたい、早く観ようと思いながらつい先延ばしにしてたら偶然前日TVでこの映画の「ポールのオーディション」の部分のみ(若干前後)を観てしまった。突然TVをつけてなにやらオーディションみたいでこりゃ『コーラスライン』だよね、と思ってたらあの青年のオーディション風景のあの演技。あまりの出来事に驚いて後で新聞観たら自分が先延ばしにしていたアレだと気づいて慌ててしまったのだった。いつもだけど早く観なきゃねえ。

ブロードウェイの凄まじい生き残り世界。大陸各地からその地に憧れて数えきれないほどの若者が集まってくる。一つのミュージカルの為に何千人というダンサーが集まり歌い踊り演技する。審査員は同じものを何度も繰り返し見続け、気に入らなければいとも簡単にバッサと切り捨てる世界で、何度も聞いてきた台詞をある青年が繰り返したことで審査員がそろって泣き出す、そういうことがあるなんて。信じられなかった。
ホントに早く観てみなきゃと自分を叱咤しながらレンタル。やっと観ることになった。

アッテンボローの映画『コーラスライン』は少し前にも観たから(何度も観てるが)まだ記憶が生々しく残ってる。
TVで偶然観てしまって私を慌てさせてくれたジェイソン・タムが演じていたポール役は特に印象的な役なのだ。
彼はゲイでずっと両親に引け目を感じていた。ある日彼の仕事場の舞台裏に両親が訪ねてきていて、ポールは女装して踊っている姿を見られ激しく動揺する。
だが父親がプロデューサーに頭を下げて「息子をよろしくお願いします」と頼んでいるのを見たポールは初めて父親が自分のことを息子と呼んでくれたことに涙する、という感動的な告白をする役なのである。
その役に挑んだジェイソン・タムはずっと選考に残っているのだから歌も踊りも上手いはずでその上で彼らを泣かせるほどの演技をしてみせたのだ。他の人は多くが台詞を書いた紙を持っているのにジェイソンは何も持っていなかったからきっとあの演技は彼の中に入り込んでしまってたんだろう。あの時点で審査員が「彼に決まりだな」と言っているから決定したんだろうけど、却って観れる時間が少なくなってしまったのが残念なほどだった。彼の全部の演技を観てみたい。

そして彼の部分だけでなくあの映画にも負けないほど感動的なドキュメンタリー映画だった。
これも少し前TVで話は聞いていたコニー役に挑戦した沖縄出身のユカ・タカラ(高良結香)さん。かつてコニー役だったバイヨークは最初彼女が気に入らなくて別のアジア系に一票入れてたんだけどオーディションが物凄い長期戦な為か最後の審査ではユカの方が圧倒的に魅力が勝っていてついにコニー役を勝ち取ってしまった。
この長期戦というのは他の候補にも影響してて半年前の演技は素晴らしかったのにそのやり方を忘れてしまったのがシーラ役の女性で私も最初素晴らしい魅力があると思っていたのに運命とは残酷なものである。そして代わりに輝いたのは黒人女性の演じたシーラだった。この役も印象的で覚えているが登場人物の中では年かさの女性でしたたかな強さを持っている女性の役なのだ。

あのおっぱいとお尻のダンスをするヴァル、絶対的に上手くなければやれない元スターのキャシーなどの白熱するオーディションが続くが、映画で一番飛び抜けていた「サプライズ」の黒人青年の場面はなかったのが少し残念。

それにしてもこの映画はオーディションに打ち込む若者たちの姿だけではなく、『コーラスライン』を作りあげた亡きマイケル・ベネット、彼と共に振付をし審査員の中心人物ボブ・エイヴィアン、初演でコニー役だったバイヨーク・リーなどの青春もまた彷彿とさせる。ジェイソンの演技で涙したのは彼の台詞を聞いているうちに初演の時の思いが蘇ったのではないのだろうか、と感じさせる演出でもある。
そしてこのミュージカルが最初から完全なものではなくあの「おっぱいとお尻」のダンスナンバーがネタばれだったと気づいてタイトルを変えただとか、2度目のチャンスを願って挑戦したキャシーが当初は落選されていたことがいまいち感動を失わせていてある上演時にそれを指摘されたことからキャシーがメンバーに選ばれるように脚本を変えたらその時から人気が出ただとか、とんでもない変更もされていたのだった。
確かにあんなに懸命に踊りプライドも捨てて嘆願するキャシーが選ばれないならがっかりしてしまうだろう。そう言えば昨日観たティム・ロビンスの『未来は今』もセカンドチャンスというのがテーマだった。

『コーラスライン』そのもののオーディションドキュメンタリー映画。選ばれる者がいれば勿論落とされる者もいる、非情な世界だがそれだけに選ばれたダンサーたちの喜びは大きい。日本人のユカさんはじめ、選ばれた見知らぬダンサーたちの喜びの涙についつりこまれてしまった。
ダンサーという人々にこうも惹きつけられてしまうのは何故なんだろう。また映画も観たくなってしまった。

いやできるならこの登場人物たちのダンスと演技を観てみたいものだ。

監督:ジェームズ・D・スターン/アダム・デル・デオ 出演:マイケル・ベネット ドナ・マケクニー ボブ・エイヴィアン バイヨーク・リー
2008年アメリカ
posted by フェイユイ at 00:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月12日

『未来は今』ジョエル・コーエン

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The Hudsucker Proxy

ティム・ロビンス主演作品であるとともにコーエン兄弟作品としても大いに楽しめる。
時代のせいなのか、まだコーエン兄弟が若いからなのか若干どたばた騒々しすぎる気はするが、アメリカンドリームファンタジーと言うべき作品。
クリスマスではなく大晦日ではあるが雪の降るニューヨークはファンタジックな雰囲気がある。
生き馬の目を抜くビジネス街で田舎出身のよく言えばピュアはっきり言えばお馬鹿な男ノーヴィル・バーンズ(ティム・ロビンス)が職を求めてさまようが愚図な彼がようやく入り込んだのは大会社の郵便物の仕分けという仕事。一応田舎のマンシー大学卒だとはいえ都会の猛烈なスピードになかなか追いつけない。
ところが折も折、会社の創設者で社長であるハッドサッカー氏が謎の自殺を遂げたのだ。第二の男であるシド(ポール・ニューマン)は会社の株を一旦引き下げて買い占める為に最も馬鹿で言いなりになる男を社長にしようと画策する。そこで目をつけられたのが例のマンシー出身の駄目男ノーヴィルだった。

どうしてこうティム・ロビンスってお馬鹿な役が似合うんだろう。ちょうど同じ年にあの『ショーシャンクの空に』を主演しててこちらは物凄く頭の良い銀行家(ただしお人よしなのは同じだが)で複雑な心理状態を演じ分けて見せているのに。ここでのノーヴィルの間抜け顔を観てるとほんとにお馬鹿にしか見えないから凄いもんである。しかもあのでかい図体がほんとに邪魔っけで余計愚図に見えてしまう。与えられたエプロンがすんごく小さくてティムが着けてるとますます笑える(ちゃんと大きいのだってあるよね。わざとよだれかけのように見せてるんだろう)
共演のポール・ニューマンは悪役だがスマートで実にかっこいい。

だけど恋に落ちる女性エイミーとは「カルマ」だとか輪廻の話なんぞをするロマンチストでもある。前世、彼女がガーゼルで自分はアンティロープでちょっと角をこすっただけかもしれない、とか変てこな空想を広げて行くのがおかしい。
ちょい昔の映画になってしまうが昨今の経済情勢を表しているかのようにも思えるのは結局こういう話っていつも変らぬものなのかもしれない。
ちょいかっこいいティムも好きだけどこっちのお馬鹿ティムはもっと好きかもしんない私。時折見せる天才的なひらめきもまた素敵。
思い切り笑って少しロマンチックな部分もあって楽しませてくれる映画だった。

監督:ジョエル・コーエン 出演:ティム・ロビンス ポール・ニューマン ジェニファー・ジェイソン・リー チャールズ・ダーニング スティーブ・ブシェミ ジム・トゥルー
1994年アメリカ
posted by フェイユイ at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | ティム・ロビンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『ショート・カッツ』ロバート・アルトマン

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SHORT CUTS

群像劇の一人としてティム・ロビンスが出演している作品。浮気中で妻子とは上手くいっていない無神経な印象の白バイ警官という役だった。

昨日観たどうにも出来損ないのコメディに見せつけるかのように面白い皮肉めいたコメディなのである。登場人物も物語もそれぞれに分かれていながら判り易く楽しめる、上手い映画と言うのはこういうものだと思わせてくれる。冒頭などはいきなりロサンジェルス上空からヘリコプター数機が突如発生した「メドフライ」なる害虫駆除の為に殺虫剤を噴霧していく、というSFめいた異常事態から始まるのだが、それに続く登場人物の顔ぶれと生活はごく普通の人々のそれだった。
描かれていく家族・夫婦・親子たちの関係はよくある話ながらすれ違いや軋轢のある歪んだものが多い。それぞれの夫婦が浮気や別居や疑惑不満の中にある。子供たちはそんな両親の間で揺れ動く。
様々なエピソードの中で最も衝撃的なのは唯一固く愛し合っている夫婦の一人息子が自動車事故に遭ってしまう、というのではないだろうか。
というか、実は私はこのエピソードを以前短編集の一つとしてこの物語だけを覚えていて折につけ思い出すのだが作者が誰なのかをすっかり忘れてしまっていたのだ。この映画がどういう経緯で作られたかを知らず観ていたので突然知っている話が群像劇の一つとして描かれていくので驚いてしまった。観賞後にこの作品がレイモンド・カーヴァーの短編の幾つかとオリジナルを組み合わせで出来たものだと知って納得したのだった。
それで自分にとってはあの子供のエピソードが一番くっきりと印象付けらるのだが、小説の段階でも他のを忘れてあの話だけを覚えていたのだからやはり自分には強い印象を残す物語なのである。それはまだ幼い我が子が突然の事故で死んでしまう、という悲しみとそれを知らずに注文されたケーキを無駄にされたケーキ屋の主人の怒りという偶然から起きた悪意と悲しみそして和解の時の「こういう時には美味しいパンを食べることがいくらか悲しみを和らげてくれるものです」と言う言葉が賛同するという意味ではなく妙に気になって残っていたのだった。私としてはその言葉に賛同はしないが、もしかしたらそういうこともあるのかもしれない、とは思う。
そしてこれは小説にはなかったか、別の短編かオリジナルかもしれないが同じ夫婦の男性の方へ数十年来に訪ねてくる父親のエピソード。
数十年前この父親は息子の叔母に当たる女性と浮気をしていた時折悪しく息子が自動車事故にあって入院する。息子の母親は夫がこんな時に妹と浮気していたことにショックを受け離婚することになり、彼の弁明を聞いてもくれなかった、と彼は言うのだが、彼の孫にあたる幼子が事故で死にそうな時にそんな話をする無神経さと可愛い孫の怪我を前に動揺もみせない冷淡さを見れば彼が何故離婚し弁明も許されなかったのか。我が子の事故の際も自分の弁明だけを心配し息子の事故に慌てふためき嘆き悲しむような愛情を見せなかったからではないかと思うのだ。息子がその息子の事故で動揺している時に自己釈明をし、孫の事故に落ち着いている愛情のなさは彼が長い間疎遠になっていただけの理由ではない彼自身の薄情さにある。

そして他のエピソードにもそれぞれの愛情のすれ違い、欠けたものが描かれていく。妻に何の気なしにキャンプ中に若い女性の溺死体を見つけた話をする男なども無神経の一つで黙っていればいいのに。
そして妻がテレフォンセックスのバイトをしているという男性の物語。一見何の変哲もなかった彼が突如友人と共にナンパした若い女性を殴り殺す。何故か同時に大地震が起こりロサンジェルスの街を揺るがす。そして静寂が訪れ、街とそこに住む人々は再び日常を繰り返していく。
ニュースではあの男が殺害した事件が地震での事故として報道される。

害虫の大量発生の為の殺虫剤散布という異常事態から始まり大地震という異常事態で幕が下りるがその間の出来事は日常茶飯事の出来事なのだ。そこには笑いも涙もあり憎しみも愛情も存在し、それらは毎日繰り返されることなのである。
天変地異が起きても政府の陰謀がなされても人々の生活は繰り返されていく。
アルトマン監督と登場する俳優陣によって3時間に及ぶ群像劇を楽しむことができた。
ティムはここではまったく冴えない一人の警官になりきっている。彼の役として何度かバイクに乗っているのがちょっとうれしい。バイク乗りが好きなのだ。

監督・:ロバート・アルトマン 出演:アンディ・マクダウェル ブルース・デイビソン ティム・ロビンス ジュリアン・ムーア マシュー・モディン クリス・ペン ロバート・ダウニー・Jr トム・ウェイツ リリ・テイラー ジャック・レモン
1993年アメリカ
posted by フェイユイ at 00:57| Comment(0) | TrackBack(0) | ティム・ロビンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月10日

『いとしい人』ヘレン・ハント

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THEN SHE FOUND ME

まあ色んなことを愚痴りたくなる映画だった。
まず言いたいのは冒頭で「中国では子供をゴミ箱に捨てるそうよ」という台詞。これもユダヤジョークなのだろうか。小説なんかでちょっと出てくる分にはそう思わないが、映画の冒頭でこんな台詞が出てくるとそれだけで作品を作った監督の意識とセンスを疑ってしまう。これで私はほぼ半分は後ずさってしまった。同じような人だっていると思う。こういうのをユーモアだとか「冗談が判らないの?」とか言って欲しくない。もし本当だとしてもそれはそれでシリアスにドキュメンタリーとして製作すればいい。馬鹿な登場人物の単なる台詞として流せないし、聞き流せなかったのはやり方がまずかったせいだとしか思えない。。
第2に(これは作品のせいではないが。少しあるか)出演者にティム・ロビンスの名前があったので観たのに昨日の『ザ・バンク』のベンより出番が少なかった、というかTV画面に映ってるだけだった。映画の中のTV画面。この状況の数秒を観るのに全部観たなんて、とほほ。これで主人公の相手役がコリン・ファースじゃなかったらDVDを真っ二つにしてるとこだ(嘘)
その次に言いたいのは物凄くたくさん同じレベルであって一遍には言い難い。まあ少しずつ言うか。

始めから思ったのは冒頭部分から物語やら画面やらが分裂気味で飲み込みにくく、これがこの監督ヘレン・ハントの味と思うべきなのかなあと思いながら観ていた。が、途中からそういうのでもなくなってきたので出だし部分の展開が上手ないだけなのかもしれない。
設定も物語も登場人物もリアルなようでいてかなり奇妙で変てこであり、これも特色と言うべきなのか、と思うのだが、そこまで異色でもない。と、抽象的なことばかり書いてもしょうがないのでもう少し具体的に書いていく。
一番この作品でいけないのは主役のヘレン・ハントでこう言うのも気が引けるし恐ろしいのだが、はっきり言って、この彼女を魅力的だと思う人がいるんだろうか?私が男ならここまで痩せてる女性に性的魅力は感じられない気がする。まだしもお母さん役のペット・ミドラーのほうが肉感的で可愛らしい。同性として観ても疲れきってヒステリックにおでこを叩くような仕草や自分勝手に言いたい放題で他人を批判し、自分は人格者であるような言動が「こんな風にはなりたくない」と感じてしまう。いくら痩せていてもおっとりしてたり我儘でもそれが可愛く見えたりするようなのならいいけど、ここまでぎすぎすしたヒロインに共鳴できる女性がいるんだろうかとさえ思ってしまうのだ。
元夫の坊っちゃん的マシューのほうはわからなくもないが何故コリン・ファースが彼女に恋をしたのか全く理解できない。きっと詐欺師か何かに違いないと思っていたんだが。
そして作品途中でやっとこれがコメディだと気づいた。あまりにヘレン・ハントの眉間のしわが怖くてコメディとは思わなんだ。
スティーブ・マックイーンとの間の子供と言われて「あーこれコメディなのね」と気づかされた。

ちょっとコメディにしてソフトタッチにしながら(あまり効果がないのだが)描かれていく内容は一人の中年女性の恐ろしい自意識。
ここでこの女性は「望んでいるのにどうしても子供が作れない中年女性」として登場する。彼女には子供を望める時期の終わりが迫っている。もし彼女のささくれ立った神経を誹謗したら「あなたには彼女の気持ちが判らない」と言われてしまうのかもしれない。
だが誰でも誰かの気持ちは判らないのだ。
現代の女性の考えと生き方をリアルに描いている、という作品なのかもしれないが、リアルであれば何でもいい、というわけではない。この作品を観て何を感じればいいんだろう。
すべての人間とすべての出来事に対して不満だけを持つ女性。愛情を持って立派に育ててくれた養母にも義弟にも元夫にも今の恋人にも自分自身にも不満だけを感じている。謝る時も「そういうあなたも私を裏切るだろうけど」なんていちいち理屈ばかり言いたてる。苛立って女性らしい丸みを何もかもなくしている。そんな自分が今風でかっこいいと思っている。自分自身に対しては欠点があるところが人間らしいと主張して他人の欠点は「大人になりきれない」だとか言いたてる。
「これからもあなたを傷つけるだろうけど」なんて物凄い知的な発言をするけどそう言い方が冷たくて悲しい。とてもクールなコメディだとか表現したくない。ただ本当に冷たいだけだ。彼女には共感もできないし、現代女性の姿を皮肉たっぷりに描いた作品というわけでもないんだろう。彼女を観て何を思えばいいのか。ただいつも苛立っている哀れな人だというだけだ。

多分「中国人は」の部分で観るのを止めるべきだったんだ。そういう発言を無神経にしょっぱなから言いだす人がいい映画を作るわけもなかった。

それにしても先日書いたがやはり監督主演、というのは難しい。この映画も本人じゃなくもう少し可愛い女性を使ってたら「彼女はキュートだから許せちゃう」なんてことになってたかもしれないのだが。コリンとのラブシーンがまるでおばあさんとしてるようで痛々しかった。やはり女性はぽちゃぽちゃしてた方がいいと痛感した映画であった。

ラストは結局養子をもらった、ということなのかな。ユーラシア大陸のゴミ箱から拾ってきたのだね。
私は観てる間は、受精した精子がアジア人男性のだったんだと思って観てた。どちらにしてもあまり嬉しそうな顔はしてなかったなあ。違う?失敗したあ、って言ってるように見えたんだよね。

次日追記:やっぱこれって単純に製作失敗というだけかも。同じ脚本でももっとコメディ上手い監督でコメディ上手い女優主演だったら結構観れたような。てことはヘレン・ハントが下手なんだ。
だってさ、元夫(というかその時点ではまだ夫)との会話で「コート脱げよ」「いやよ。自分で脱がせたら」とかいちいち絡んで落ちがコートの下は下着だった、って場面本当は爆笑シーンなんだよねプラスお色気でウワォウっていう。そのどちらも感じなかったってのは^^;これはまずいもん。
本当は大爆笑に次ぐ大爆笑で笑って泣いて考えさせられてっていうハリウッドのお家芸であったはずなのに。どれも薄い。
昔のゴールディ・ホーンみたいな感じだったら。勿論シャーリー・マクレーンとかね。ちょっと辛口でも楽しく観れたんだろうけど。
ヘレン・ハントはコメディになってないよ。苦い味だけが残ったんだよねー。

監督:ヘレン・ハント 出演:ヘレン・ハント コリン・ファース ベット・ミドラー マシュー・ブロデリック ジョン・ベンジャミン・ヒッキー ティム・ロビンス イーディ・ファルコ
2007年アメリカ
ラベル:女性 人生 家族
posted by フェイユイ at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | ティム・ロビンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月09日

『輝く夜明けに向かって』フィリップ・ノイス

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CATCH A FIRE

南アフリカ共和国のアパルトヘイト(人種隔離政策)で過酷な苦しみを負う黒人たち。
家族とサッカーを愛するパトリックは温厚な性格の人物だったが、職場である工場が爆破されたことでテロリストの嫌疑をかけられる。彼は妻までもが拷問をうけたことに怒り、ついにANC(アフリカ民族会議)の一員となってさらなる工場爆破計画を実行する。

無論アパルトヘイトで黒人たちがどんな恐ろしい目にあったかは予想のつくことであったから観るのもためらわれた。やはりというか映像になると予想など消し飛んでしまうほど恐ろしくどうしようもない怒りと焦燥感だけがこみ上げる。
それでもなんとか癒されたのは歴史的にはアパルトヘイトは廃止され、その後黒人たちは白人への復讐をすることもなく「許した」のだ、という言葉があったからだろう。それはあのマンデラ氏の教えによるものだとパトリックは言う。
この物語は実話によるもので実際のパトリックが最後に登場する。過酷拷問と長年の重労役を体験した彼はなんともさっぱりした印象の男性でなんだかほっとさせてくれた。現在の彼が再婚後、80人の孤児と共に暮らしているという説明にも驚かされてしまったが。

ティム・ロビンスはここでパトリックたち黒人を徹底的に痛めつける怪物と呼ばれるテロ対策捜査官を演じている。自分は家族や仲間を守っているのだ、という使命に徹している姿は自分を正義と信じて疑わないのだろうというやり切れない苛立ちを感じさせる。ここでも彼はギターと歌を披露しているが、何らかの使命感を持った時歌を歌うのだろうか。
とても効果的に思えるし。
とはいえボブ・ロバーツの時とは違い、ここでは正義に凝り固まったシリアスな表情を崩さない。彼が信奉していた政策が崩れた後のぼんやりとした様子は彼の無力感と落胆によるものだと信じたい。

実話に沿った物語なので却ってエピソードがぎくしゃくしているようにも思えるが南アフリカ共和国のアパルトヘイトとそこに生きた黒人と白人の姿を垣間見せてくれる。
パトリックが少年サッカーのコーチというのが2010年南ア共和国で行われるワールドカップを連想させるのだが、そこではかの国のどんな様子が観れることになるのだろうか。期待と不安が入り乱れるのである。

監督:フィリップ・ノイス 出演:ティム・ロビンス デレク・ルーク ボニー・ヘナ ムンセディシ・シャバング テリー・フェト
2006年 / フランス/イギリス/南アフリカ/アメリカ
posted by フェイユイ at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | ティム・ロビンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月08日

『ザ・バンク 堕ちた巨像』トム・テイクヴァ

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The International

観始めて暫くは頭の痛くなるような難しい話なのかと思っていたら思い切りエンターテインメントな映画で題材も納得させられる面白い作品だった。今流行りのドキュメンタリー風で渋い作品にもなっただろうけど。

ユーモアだとか笑いのないシリアスなタッチなので若干固い感じもするがあえて硬質にやったほうが「らしくて」よいのかもしれない。
圧巻は何と言ってもグッゲンハイム美術館を舞台にした銃撃戦でこの緊張感と美しさはブルース・リーの鏡の部屋での戦いを彷彿とさせてくれるではないか。やたらピストルが出てくる映画なぞつまらぬと思っていたがこれは一味違った。銃撃戦の名場面になるに違いない。
手強い敵だった義足の男と行きがかり上相棒になっていきなり襲ってきた殺し屋集団と華々しい撃ち合いになる。恐ろしい義足の男の腕前が逆に力強い味方になってしまう面白さ。手に汗握る緊迫感の中で一般客の地獄のメッセージ」が笑わせる(ここにもあったか)

「ひどい顔」とナオミに言われてしまう(ここだけおかしいか)だけあって酷くやつれ果て無精ひげと目の隈ともしゃもしゃ頭のクライブ・オーウェン(っていつもこんな風な気もするが)がなかなかセクシーであったり、ナオミ・ワッツの綺麗な金髪も作品に彩りを添える。
ラストの「永遠に終わらない」苦悩を漂わせた切り方もいい。
ナオミを夫子持ちにしてるので不倫めいた恋愛沙汰もなしなのは私的にはさっぱりして却って好きだったし。

さてさて作品には大満足なのだが、この映画を観た目的はトム・テイクヴァ監督作品だからというだけではなく、髭のオーウェンやキュートなナオミを観る為だけではなくほんのワンシーン出てるベン・ウィショーを観る為だった。はっは。
きっと変なとこかも。と初めから緊張して観たのだがブルーレイで観てて16分5秒の場面から。
ルネと言う名前で雑用係(?)みたいな。インターポール仲間がサリンジャーの仕事場を訪れ、箱を抱えて階段を上っているルネ(ベン)に「早いね」と声をかける振り向いたルネ=ベン・ウィショーは「サリンジャー」と一声話すだけだけど確かに声はベンの声である(当たり前だ^^;)
そしてサリンジャーのデスクの傍に箱を置いて出て行く、というだけの出演なのだ。画面から消えたのが16分23秒。差引18秒だが全部映っているわけではない。
この場面を撮る為だけに現場へ赴いたのかな。うーむ。

と言うわけで映画もベン探しも楽しめる一品であった。

監督:トム・テイクヴァ 出演:クライヴ・オーウェン ナオミ・ワッツ アーミン・ミューラー=スタール ブライアン・F・オバーン ウルリク・トムセン ジェイ・ヴィラーズ
2009年アメリカ
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2009年10月07日

『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』マイケル・チミノ

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Year of the Dragon

私は男臭い映画が好きな割にはマフィアものが苦手なのだが、マフィアものが苦手というのは男臭い映画を好きとは言えないのかもしれないな。多分男の夢はマフィアものにあるのだろうから。
とにかく小さな街中で男の夢だとかプライドみたいなものを掲げていい気になっている物語というのがどうしても馬鹿馬鹿しくてうんざりしてしまうのだが、それでもマフィアものというのは一つの社会を描く幾つかの設定の中で底辺だとか闇だとかを描くにはもっとも判り易く効果的で強烈なのだろう。
アメリカ映画でイタリアンマフィア作品の数は多いし名作もあるが、チャイニーズマフィアをここまで描いたものはないだろうしこの後作られてもいないかもしれない。それは彼らが自分たちをアメリカ社会で大っぴらにするのはよしとしなかったのかもしれないが。
そして主人公スタンリー刑事と同じくらいのバランスでマフィアの新ボスを描いているというのもアメリカの他の作品にはないのではないか。

ある種の均衡を保っていたチャイナタウンと周辺と警察の関係がスタンリー刑事の着任と亡き義父に代わって新ボスとなったジョーイ・タイの過激な行動によって急変してしまう。
チャイニーズマフィアの様相はイタリアンのそれとは(映画で観る限り)かなり違う。上層部と下で働くチンピラたちの重さがまるで異なっている。イタリアンはチンピラでも人間だが、チャイニーズの下っ端は人間ではない。ただの虫けら。その命には何の価値もないのだ。まだ子供のような彼らが何の存在価値も与えられないまま殺されていく様子はチミノ監督『ディア・ハンター』に描かれるベトナム戦争でのベトナム人たちの死と同じように見える。

チャイナタウンの奥はよそ者であるスタンリーにもまたアメリカ生まれの中国系アメリカ人である女性TVリポーター・トレイシーにもよく見えないのだろう。すべては謎に包まれていて奥の奥、底の底があるように思える。祖国から移住してきた人々はアメリカが建設されていった昔鉄道を引く為に過酷な労働に従事しその名を残されることもなく死んでいった先人たちと変わりない。彼らは香港からの移住者が多かったそうだが、このチャイナタウンの住人も香港系なのである。カナダのマーは普通語を話しているので彼らとは違う出自になるのだろうか。
新ボスとなるジョーイはアメリカ生まれではなくやはり香港出身で苦労してこの座まで登ってきた男らしい。そのためにやり方が過激で波乱を起こしてしまったのだろう。

スタンリーはポーランド系で彼もアメリカではあまり優位な立場ではない。彼のチャイニーズマフィアへの入れ込みというのはそういう劣等感も関係しているのかもしれない。

カンフーと関係なしにアメリカで有名になった中国系男優はジョン・ローンくらいかもしれない。本作でのジョンのクールなかっこよさは当時人気のあったミッキーと互角であった。
あの美貌でもってアメリカ映画でも活躍するのでは、と思っていたがやはり東洋系の需要というのはないものなのだな、と気づかされてしまった。
しかしジョン・ローンのかっこよさもあるのか、この映画は日本ではかなり人気があるようだ。
私も『ゴッドファーザー』がその成り立ちが面白かったようにこの映画もチャイナタウンの混沌とした様相が垣間見えるだけでもとても興味深い作品だと思う。

監督:マイケル・チミノ 出演:ミッキー・ローク ジョン・ローン アリアーヌ ヴィクター・ウォン レナード・テルモ アリアーヌ ヴィクター・ウォン レナード・テルモ カロライン・カハ
1985年アメリカ
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2009年10月06日

『ボブ★ロバーツ』ティム・ロビンス

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BOB ROBERTS

いやもうあまりのおかしさ面白さ楽しさにはまり込んで観てしまった。一部の例外はあれど、監督兼主演映画ってあまり面白くならない気がするが、これはまさにその例外、滅茶苦茶愉快な作品だった。

ティム・ロビンスがアメリカ人とアメリカ政治と自分自身のイメージまでおちょくってるようである。白人でとび抜けて背が高い彼はこういうアメリカの保守的若手政治家にはぴったりであるしどこか皮肉めいた表情で尚且つ童顔で人好きのするところはなんとなく人を騙しやすい特徴でもあるではないか。
古風なフォーク調メロディで政治的批判をしていくさまはそれこそ「ボブ」・ディランをイメージさせる。
英語を解さないものにはとてもかっこよさげな曲調に聞こえたりするのだが歌詞がどれもとんでもないものばかりでしかしそれがぱっと聞きにはいいことを言っているような風なのがおかしくてしょうがない。金持ちであることは力があることで貧しい奴は文句ばかり言っている怠け者、だとか犯罪者は吊るしあげろだとか確かに「古きよきアメリカ」というイメージの裏に隠されているものが歌われているような強烈な皮肉だったりする。
無論本当のティム・ロビンスはこの正反対であることは当然のことなのだが徹底して自分の裏返しの姿を演じているのがおかしくてしょうがない。回りを固めているボブ・ロバーツ陣営の役者たちも「あえて」この演技をしているわけなのだろうと思うとますます楽しくなってくる。
ボブ・ロバーツを信奉している若者にジャック・ブラックもいて大笑いであるし。
ボブの側近にアラン・リックマン。ティムの恋人のスーザン・サランドンがTVキャスターとしてTV画面にのみ出演しているのも楽しい。彼女のキャスターもかっこいい。

ラストにTV報道で、ブッシュ大統領(パパの方)がイラクに対し武力行使するというアナウンスが流れそれまで開戦反対が多かったアメリカ国民も大統領の声明で反対派が少数派になってしまったと告げる。
麻薬撲滅運動を歌っていることにしてもティム監督は明らかにパパ・ブッシュをおちょくっているのだろうな。

それにしてもロバート・ロバーツってどういうネイミング?
歌のタイトル「ボブ・オン・ボブ」もなんなんだか。物凄くボブにこだわっているよ。

とにかく最初から最後までおちょくりっ放しで笑わせてくれるんだけど、車椅子に座って動かないはずの足で拍子を取っているというのをアップにするとかね。

ギターも弾いてるみたいだし歌もうまい、と思ったらお父さんがフォーク歌手なのだね。なる。

監督:ティム・ロビンス 出演:ティム・ロビンス ジャンカルロ・エスポジート ゴア・ヴィダル レイ・ワイズ ブライアン・マレイ ジョン・キューザック アラン・リックマン ピーター・ギャラガー
1992年アメリカ
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2009年10月05日

『エリック・ザ・バイキング/バルハラへの航海』テリー・ジョーンズ

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ERIK THE VIKING

未見のつもりだったのだが、観始めたら記憶が蘇ってきた。当時関根勤氏が出演したということで話題になった。

北欧神話を下敷きにしたちょっとお馬鹿なファンタジー作品。モンティ・パイソン出のテリー・ジョーンズが監督&出演しているといえばなんとなくテイストが判るであろう。勇猛なヴァイキングの長の息子でありながら「僕らはずっとこんな略奪だのレイプだのばかりしてていいの?」と悩む青年エリックをティム・ロビンスが演じていてまさにぴったりっていうところだろう。初めてレイプする女性に気兼ねしてしまう様子がいかにも彼らしくておかしい。が、もたついている間に仲間が割り込んで彼女をレイプしようとした為驚いたエリックは誤って彼女をを刺殺してしまう。
深く傷ついたエリックは悶々とし、賢者である女性に問いかける。
エリックたちが住む土地には太陽が存在せず、争いが絶えない「神々の黄昏」の時期なのだと彼女は答える。この世を闇から救うにはハイブラジルへ赴きホルンを3度吹いて眠っている神々を起こさねばならない。1度目で神々の住むバルハラへ行き、2度目で神々を起こし、3度目で家へ帰れるのだという。
エリックはバルハラへ行けば殺してしまった彼女を連れ帰れると信じ仲間を連れ旅立つのだった。

設定もキャラクターも彩り豊かで楽しげなギリシャ神話に比べ、北欧神話はどうも重く暗くしかも受け入れにくい部分があって子供時代には面白く思えなかったのだが(なんだか爺さんばっかり出てくる気がするしね)その重苦しさがなかなか面白いように思えるのだが、まあこの映画ではそれほど深く追求しているわけではない。
とにかく利益ばかりを追求し闘争に明け暮れるバイキングたちの姿は愚かしいがまさに今の自分たちと変わりはないという皮肉と歌って暮らす楽園の人々は幸せを信じて死んでいく姿がこれも皮肉だが血まみれのバイキングよりずっと楽しそうである。
エリックが望んだ死んだ人を生き返らせることは叶わないことであったし、神の力をもってしても人間たちの争いを止めることはできないということが判るのである。
テーマは深淵だが内容は徹底してお馬鹿で情けない。
意気地なしのエリックが「見えなくなるマント」を着て自分が誰にも見えていないと信じ敵と戦う場面がちゃちでおかしい。やがてそれに気づいたエリックが気を失うっていうのがいかにもティムらしくて可愛らしい。
体は大きいが心は優しくて平和主義っていうエリックがティム・ロビンスらしい一作である。

監督:テリー・ジョーンズ 出演:ティム・ロビンス イモジェン・スタッブス ジョン・クリーズ 関根勤 ミッキー・ルーニー テリー・ジョーンズ
1989年イギリス
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2009年10月04日

『眺めのいい部屋』ジェームズ・アイヴォリー

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A Room With A View

昔、この映画の公開時ではなくてもビデオかTV放送だかで観たはずだと思うのだが、多分さっぱり判らなかったのだろう。まったく覚えていなかった。
今観てみても物凄く感銘を受けるだとか、血沸き肉躍るなんてことは些かもない作品ではあるが、あちこちでクスリと笑える楽しい映画である。少しは大人になれたのかもしれない。

とはいえ、私なんかはジョージよりもダニエル演じるセシルのほうがずっとハンサムな上にキュートで魅力的に思えてしまうのだが、それはダニエルだからということなのかもしれないが。
また嫌なキャラクターのはずのシャーロットが非常に面白くてKYな性格というのか彼女の言動一つ一つがどっか癪に障るのだが、それがこの作品のとてもいい香辛料みたいなもので効いている。
ヒロイン・ルーシーは行動的な現代娘でありながらもやはり当時の規範から抜け出すことは苦しい葛藤なしにはできないことだったのだろう。様々な人に様々な嘘をつき自分を最も偽りながら、危ないところで打開することができた。すべての答えはジョージの父親が親切にも話してくれるわけで「愛する人と別れることこそが不可能」なのであると。

私はフォースターは『モーリス』しか読んでいないのだが、ここでも物語のラストは「こうであって欲しい」という願いがかなえられた形で表現されている。実際はこの逆の「愛する人と別れ」世の中の規範どおりの結婚をし、眺めのいい部屋を人に譲ってもらうより、自尊心を崩さない人生を歩むものだったのだろう。特に女性においては。

ルーシーたち上流階級とは違い好きになった男性ジョージは身分も低く父親の言動はどうも品がない、としか思えない。
セシルはルーシーと身分は釣り合うが「女性の気持ちが判らず、彼女を所有物の一つとしか見ていない」
ルーシーが友人姉妹の為にヴィラを紹介した、と言ってもジョージはもう別の初対面の人に紹介したと言い切って彼女の言葉をまったく問題にせず、彼女が怒っていることも気にしてもいない風だ。
フォースターの物語は『モーリス』にしてもこれにしても(これの原作は読んでないが)非常に説明的で型にはめられ過ぎのようにも思えるがそこに込められている願いを強く感じさせる。描写も美しい。

この映画で初めて顔を知ってから以降様々な作品で活躍を観ることになるヘレン・ボナム・カーター。ジョージにジュリアン・サンズ、婚約者はダニエル・ディ・ルイス。『モーリス』でモーリスの恋人役を演じるルパート・グレイプス、イタリアで知り合う女性作家にジュディ・デンチなど見応えある役者がそろい踏みである。
テーマはシリアスながら語り口は軽快でユーモアたっぷり。ジュリアンとルパートの全裸シーンもありでゆっくりたっぷり楽しめる一作なのであった。

監督:ジェームズ・アイヴォリー 出演:ヘレナ・ボナム・カーター マギー・スミス ジュリアン・サンズ ダニエル・デイ=ルイス デンホルム・エリオット ジュディ・デンチ
1986年イギリス
posted by フェイユイ at 22:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『ショーシャンクの空に』フランク・ダラボン

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THE SHAWSHANK REDEMPTION

何度となく観た『ショーシャンクの空に』をまた観たのだが、判っているのに最初から涙腺刺激されてしまい、どうもしょうがない。
映画はどの作品だってごたくを並べて批評するものじゃないだろうが自分はいつもそれをやってるわけだけど、時にぐだぐだ言いたくもないほど好きになってしまうものがある。その一つがこれ。

最初観た時はとにかく原作者のスティーブン・キングが好きだし、彼の原作を映画化した奴は殆どと言っていいほど面白い。程度の差はあれ、やはり元が面白いんだからそうそうつまらなくはできないのだろう。作者キングが気に入らないという『シャイニング』もやっぱり面白いし、キングが脚本を書いたというTVドラマのほうも面白かった。彼のイメージであるホラーでなくても面白いのはまたどういうものか判らないが『スタンド・バイ・ミー』も『ダーク・タワー』も『グリーン・マイル』もまたしかり。
映画としての作品もいちいち挙げるのが大変なほど秀作が多くて一番を選ぶのも難しい。
その中でもやはりとても好きな作品が本作になるのである。

最初観た時は、ティム・ロビンスという役者自身には何の思い入れもなく観たと思う。モーガン・フリーマンはとても好きで本作の彼はやはり特筆すべき存在だろう。
一方ティムは白紙状態だったのでなんだかとても不思議な感じだった。大男なのに童顔でとても頭の良い人間を演じているのにどこかぼんやりしたところがある。
無論それは役柄のアンディの人格そのもので若くして銀行の副頭取までなった男が無実の罪で終身刑になるなんて相当ぼんやりだとしか思えない。多分彼はいい人間過ぎて自分が落ち込んだ運命がどんなものなのかよく判っていなかったんだろう。自分と同じように人は皆いい人間で無実ならいつか判ってもらえる、という「甘さ」があったのかもしれない。ティムはまさにそんな風な男に見えた。
今幾つかの彼の作品を観た後で観ているとこの作品の彼は他のより特に美しさを持っているように見える。それは私が彼の顔が特に好きだからなのかもしれないし、ここで彼は凶悪な男色家達に強姦しまくられる、という設定があるために少し美形になっているのかもしれない。
私がはっとしたのは大人しくて打ち解けないアンディが屋根の上の作業の時に鬼刑務官に銀行家の知識を使って彼の遺産に関する税金対策を申し出、見返りに囚人仲間にビールをおごって欲しいと頼む場面である。はしゃいでビールを飲む彼らの様子を不思議な微笑みを浮かべて眺める、というのは原作にもある描写なのだが、ちょっと難しい表情をティムはとても魅力のある本当に不思議な微笑を見せていた。大男のはずなのにここでは(原作も小柄な男なのだが)あまりそれを感じさせない繊細なイメージがあり気が弱い真面目な性格の人間、という印象を感じさせるのだ。
よく原作がよすぎると映画に不満を持つものだが、この映画は原作の良さと匹敵する素晴らしさがあって、語り手であるレッドを黒人のフリーマンにしたのも秀逸である。彼のレッドを観ると他の配役を考えられない気がする。

それにしてもなんて残酷な物語だろう。それはアンディが無実であるからなのだが、20年という年月を過酷な塀の中で過ごさねばならなかったアンディ。また有罪であることは自分で認めているレッドもまた40年という刑期を経て外へ出ることが逆に恐ろしくなってしまうという事実。
原作でラストにレッドがアンディとの再会を祈る言葉だけであったのが、映画では映像として映し出される。これをレッドの心象風景として捉えることもできるだろうが、どちらにしても私はこの光景が現実になったと信じる。記憶がない、と言われる太平洋を望む美しい砂浜で二人は再開し抱き合うことができたのだと。
とても残酷な物語でありながらまたとても美しい物語でもある。

キングの作品が大好きなのは彼の小説にいつも男同士の深い友情が描かれていることで、本作のアンディとレッドは特に映画では年齢も人種も生まれ育った環境も違いながら二人のつながりを強く感じさせてくれる。この部分もとても美しいと思ってしまうのだ。

ところでアンディがレッドにまるで暗号のような言葉を残していく。
木の下の黒曜石の下に大事なものを隠している、なんてまるで子供みたいなやり方だよね。埋めていたのも男の子が使うような乗り物が印刷された缶ケース。アンディという人間はずっと大人になりきれない子供みたいな人間なのかもしれない。それもまたティムにぴったりな気がする。

モーガン・フリーマンの語りの声が素晴らしくいい。聞き惚れる。

監督:フランク・ダラボン 出演:ティム・ロビンス モーガン・フリーマン ウィリアム・サドラー ボブ・ガントン ジエームズ・ホイットモア
1994年アメリカ
posted by フェイユイ at 00:53| Comment(0) | TrackBack(1) | ティム・ロビンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月03日

シネマトゥディの突然のベン・ウィショー記事に驚く『ブライトスター』

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25歳の若さで病に倒れた詩人ジョン・キーツの悲恋を描き出す『ブライト・スター』


な、何、これ。いきなり突然何の記事なの????
特に日本公開とかは書かれてないし?
しかも「まるで少年漫画から出てきたような顔立ちのベンだが」って^^;
「少女漫画から出てきたような」美形ってはよくいうけど「少年漫画から出てきたような」ってどういう形容なんだあ!!!

さらに「いまいちマイナー……でもイケメン図鑑」って何ですかー(爆)

posted by フェイユイ at 22:00| Comment(4) | TrackBack(0) | ベン・ウィショー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『デッドマン・ウォーキング』ティム・ロビンス

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DEAD MAN WALKING

この映画はティム・ロビンスが監督した作品だということで今まで存在すら知らなかったのだが観てみることにした。主役のシスター・ヘレンをティムのパートナーであるスーザン・サランドンが演じている。

ニューオーリンズ「希望の家」で黒人の子供たちの世話をするシスター・ヘレンのもとに死刑囚からの手紙が届く。面会を求めている彼のことをよく知らないままに彼女は刑務所を訪問する。自分は無実なのに死刑になってしまうと訴える死刑囚マシューはシスター・ヘレンに助命を求める。初めての体験に戸惑いながらも彼の要求を受け入れようとする彼女だが、マシューが犯した(とされている)殺人事件の惨たらしさ、彼自身の人格、そして被害者の家族の悲痛な言葉を聞くうちにヘレンは迷い打ちのめされていく。

死刑制度の賛否と犯罪者と犠牲者及び家族の様々な問題がヘレンを苦しめていく。単純に善行だと言われるどころかモンスターのような犯罪者を援護する者として侮蔑の目で見られることに耐えなければならない。
そして自分を無実だと訴えたマシューは最後に自ら殺人を犯したことを告白する。
他の映画では無実の死刑囚を助ける為に奮闘する、というものがあったっけ。だが実際には殺人を犯した死刑囚が存在するわけで彼らをどう思いどんな罰を与えるのかは人によって違うわけで刑罰を決めることがどんなに大変なことなのか改めて考えさせられてしまう。
映画作品としてかなり長い時間枠で丁寧に作られており加害者と被害者のどちらかに偏り過ぎないよう根気よく公平に構成されていると思う。
ヘレンがシスターとしてどちらの気持ちも汲もうとして自分を非難した被害者の両親から「我々のほうについてくれると思ったのに。両方の味方にはなれない。あなたは敵だ」と悲痛な叫びを聞かされてしまう。
そしてヘレンは善良な被害者家族ではなく、どうしても歪んだ考えを捨てきれない犯罪者マシューの傍につくことを決意する。

こういう犯罪者側の援護に思える作品を作るのは非常に難しいことだろう。作中での被害者の両親がそのまま作り手に苦情を言っているように思える。
作品の合間合間にマシューがどんな恐ろしい犯罪を犯したかが映し出されるのは、観客がマシューに感情移入して同情的になり過ぎないようにという配慮に思われる。

ティム・ロビンスの監督作品2作目みたいだが、地味で反感ももたれそうな大変難しい題材を非常に細やかに描いている。パートナーのスーザンにこの作品でアカデミー主演女優賞をもたらしたわけで最近観た2作のお馬鹿っぷりはやはり演技だったのだね(当たり前だ^^;)

監督:ティム・ロビンス 出演:スーザン・サランドン ショーン・ペン ロバート・プロスキー R・リー・アーメイ レイモンド・J・バリー
1995年アメリカ
posted by フェイユイ at 00:50| Comment(0) | TrackBack(0) | ティム・ロビンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月02日

田宮二郎『白い巨塔』<1978年版>第20話

2話までにしとこう、と思いながら結局我慢できず3話目観賞。でも判決を聞かないでいられる?

いきなり結果を書くとどっかで突然誰かの目に触れたりするからまだ書きにくいな。まだかな。

少し間を開けて、と。

もういいか。こんなことしても関係ないかな。

結果。原告の要求は棄却され、財前は無実となった。

うわあ。予想はしてたがこうなるのだねえ。だってダークヒーローだから当然か。
控訴するらしいがどうなるんだろうか。
そして里見助教授は田舎大学に名ばかりの教授となって転任させられることになる。が、彼は大学を辞任した。
妻はあまりのことに泣くばかり。里見の兄も行く先を探すが何しろ大学を追い出される身の上ゆえ他の大学も浪速大学の顔色を見て受け入れは難しいのだと言う。
そこへ登場したのが大河内教授。里見君にぴったりの場所があると言ってがんセンターを推薦。そこでなら今までの研究も続けられると言う。これには里見も細君も兄貴も大喜びで受け入れた。

そしてドラマはなんと1年数カ月後、となり、がんセンターの職員が地方回りでがん検査をしていく様子が映される。
あの里見先生大好き青年も大学を辞めてこちらに来たらしい。何と気持ち悪、もとい、けな気な青年ではないか。
そして浪速大学第一外科教授として活躍する財前の様子。おや。格上げになったはずの柳原君の姿がない。
後ろに続くのは以前の例の面々。しかも財前先生にがみがみ叱られとる。相変わらず社長さんとかには愛想良く接する財前くん。
ケイ子はまだ愛人で相変わらず財前をちくちく苛めている。そして里見先生の名前を出す。
財前は気にしないと言いながらもいない里見の影に怯えてしまう。

裁判編が終わった。見応えある展開だった。柳原はどうなったんだろう。彼のことが一番気になるのだが。

出演:田宮二郎 生田悦子 太地喜和子 島田陽子 中村伸郎 山本學
1978〜1979年日本
ラベル:白い巨塔
posted by フェイユイ at 00:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 白い巨塔<1978年版> | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月01日

田宮二郎『白い巨塔』<1978年版>第18・19話

裁判ってほんとに難しいものなんだと改めて痛感。里見さんや大河内教授の証言があり、あの頼りない柳原君の証言なんぞはきっと逆効果でどう考えたって財前先生の負けじゃと思ってたらいきなり登場の唐木名誉教授。最初は大河内教授と同じタイプの学究肌と聞いて私もやれよかったと思ってたのに話し出したらなんと学者らしい論理展開の上で財前に有利な証言つまり「彼の処置は誤診とは言い難い」ということになってしまった。
しかも聞いてたらなんとなく「そうかもしれんな」と納得してしまうのである。
そうだよな。これドラマだから全部を観通して財前が悪い、とつい思ってしまうけど、本当の裁判のみで証言だけを聞いてたらどう思うのか、よく判らなくなってくる。
判決は次回になったがどう転んでもおかしくはない。

それにしてもやはり一番の緊張は柳原証言だった。
財前からやんやと怒鳴られながら罪隠しの嘘の証言を暗記しできるだけ自然に聞こえるように練習する柳原くん。
知らないものと知っていたと言い、自分自身がきちんとやっていたことをやってなかったと証言し、財前をかばうために自分の落ち度だったと言わなければならない。
里見助教授の証言は正直ではあるがどこまで効力を示すのかは判断し難い。

判るのはこういう世界は素人が意気込んでいても何の力にもならんだろうな、と言うことくらい。
このエピソードは完全に原告側で観てるわけだが、逆に誤診でないのを誤診だと言う逆パターンの物語もありなのだろうし。

関係ない立場で観てる分には面白いが、当事者なら確かに神経すり減らしてしまうに違いない。

出演:田宮二郎 生田悦子 太地喜和子 島田陽子 中村伸郎 山本學
1978〜1979年日本
ラベル:白い巨塔
posted by フェイユイ at 22:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 白い巨塔<1978年版> | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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