映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2009年10月28日

『トップガン』トニー・スコット

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TOP GUN

もう二度と観ることはないと思っていたのに(昔観た)ティム・ロビンスが出ていたばっかりにまた観ることになってしまったぞ。一体なんでティム、これに出演してるんだ?絶対こういうのには出なさそうなのに。やはり意地っ張りでは食えない、ということなのだなあ。
と思って観たのに、うへ、ほんの冒頭に数秒いや一秒もなかったワンカットと最後、え、これいつの間に乗り込んでたの?マーべリック一人で乗ったと思ってたのに後ろに人影あったからグースの亡霊だと思ったよ。だってマリーンはトップガンに選ばれてないはず????ま、いいか。つか、背が高すぎて画面に映ってないし、こんなでかいパイロットって体格で落とされそう(そんなことはないのかな)冒頭だけかとがっくりしてたのに2場面観れたからいいか。
あんなぽっちゃりした顔のパイロット・・・。

トム・クルーズ。あまり変わらないのではあるがやはり若い。その昔かなりの人気作品だったし、バイクがカワサキだとか、教官が女性で恋に落ちるだとか、皮ジャンがかっこいいとか、音楽がどーとかで話題だった。
私は、戦闘機だとかドッグファイトだとかが嫌いなわけではけしてなく、それどころか告白すれば実は物凄く興味があって好きなのである。人を人とも思わぬように敵機を撃ち落として歓声をあげるのもいかんと思いながら快感なのである。(映画だから許せ、勝手な自分)
トム・クルーズだけは避けたいが他の筋肉男たちの裸も素晴らしい。軍隊物はどうしたってそう見えてしまうものだが、これって絶対ゲイの為の映画だよね。女性はグースの妻役のメグ・ライアン(なぜか老けて見える?この後で可愛くなっていったんだなあきっと)と女教官のケリー・マクギリス。さすがに教官役なので極端なお馬鹿娘やセクシー路線ではまずいのか結構強面だ。後はやたらとかっこいい男たちがくっついているシーンが多くてトムもグースに「君が僕の家族なんだ」と告白したりヴァル・キルマー演じるアイスマンも相棒といつもいちゃいちゃしてるのである。

作品としては初っ端から始まり最後のミグ相手の戦闘シーン、および間にもわくわくするようなトムキャットの華麗なアクロバティック飛行を堪能できる。そして女性教官との恋、優秀なパイロットだった父への郷愁、ライバルとの争い、そして親友の死、とこういう軍隊物になくてはならない要素がたっぷり盛り込まれ軽快な音楽が流れる、これ以上ないエンターテインメントドッグファイト。
戦闘機の離着陸からミグとの手に汗握る空中戦は今観てもまったく遜色のない迫力で見応えありなのだ。
その他の物語部分はいかにもトム・クルーズをかっこよく見せる為のよくあるパターンのものなのだが、どうせ見どころは戦闘機とバイクが夕陽の中を走っていくかっこよさなので問題にすることもなかろう。

しかしティムはこれに出たことをどう思っているのだろうか?若気の至り?

監督:トニー・スコット 出演:トム・クルーズ ケリー・マクギリス ヴァル・キルマー アンソニー・エドワーズ トム・スケリット マイケル・アイアンサイド ジョン・ストックウェル バリー・タブ リック・ロソヴィッチ ティム・ロビンス メグ・ライアン
1986年アメリカ


posted by フェイユイ at 22:40| Comment(2) | TrackBack(0) | ティム・ロビンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『めまい』アルフレッド・ヒッチコック

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Vertigo

ベン・ウィショーがヒッチコック『めまい』のジェームズ・スチュアートが好きだと言ってたので観賞。このブログでもヒッチコック映画は時々に観て来たのだが『めまい』はまだだった。

というわけでスチュアートに神経を向けて観ようと思って観始めたのだが、さすがにヒッチ映画は面白くてついストーリーにのめりこんでしまい最初の目的はすっかり忘れてしまったのだった。
高所恐怖症の話か、と思っていたらミステリーになりついでゴシック調になり幽霊に取りつかれたかと思いきやどんどんと物語は変な方向へ向かっていく。かなり変わった展開なのでうっかりすると単なる変てこな話と思ってしまいそうでもある。サスペンスの神様的な存在のヒッチコックだが彼の第一の代表作が(多分)『サイコ』であることが(物凄く反論されそうな気もするが)示しているようにヒッチの特徴は精神の闇を描いているということが本作にも表れている。なにしろ主人公を演じるのが「アメリカの良心」と言われるようなジミー・スチュアートでグレン・ミラーのような善良なイメージの人が最初はそのままに善良でややひ弱な精神を持っている刑事として登場し旧友の無理な願いも断りきれない男が次第に奥に隠れた本能というか善良な人間としては有り得べからざる歪んだ趣味嗜好を他人に強制していくのである。(これが好きだなんてやっぱりベンってダークなのだなあ)
友人の妻に恋をしてしまい、その女性が亡くなった後、瓜二つの女性を見つけてしまうのだがストーカー丸出しで彼女を追いかけ部屋に入り込み(この部分だけでも相当おかしい)執拗に迫ったあげく彼女に今は亡き(と思っている)愛した女性そっくりになるようしつこく要求していく様は彼自身が「どうしてこんなことをしてしまうのか判らない」と言うほど異常になってしまっているのだ。
事の顛末は旧友が「妻は曾祖母の霊に取りつかれている。彼女を守ってくれ」ということでジミー演じるジョンが友人の妻を見守っている間に互いに恋に落ちてしまうのだが、その妻は高所恐怖症のジョンが登りきれない教会の塔に登って投身自殺したのだ。
実はこの一件はすべて友人の計略で彼は関係ない女性を妻に仕立て上げて旧友ジョンに見はらせ投身自殺と見せかけて実の妻を殺害し、妻になりきってジョンを騙した女性は元の自分に戻っていた、という筋書きなのである。
それを知らぬジョンは街で見かけたその女性を追いかけ「偽物だった恋した女性マデリン」に(再び)なるよう彼女をけしかけるのである。
想定外だったのは偽のマデリンだったその女性ジュディが本当にジョンを愛してしまったことで二人は本気で互いを愛しながら実はそうではない、という歪んだ関係にある。虚構の女性マデリンを追い求めてジュディをマデリンに仕立てようとするジョンの欲望はジュディの心を苦しめる。彼は彼女を真剣に愛していることが即ち別の女性を愛しているという矛盾。彼は彼女を見つめていながらその目は彼女を通り越した別の女性を求めている。
原題の『Vertigo』と言う言葉の微妙なニュアンスは私には判らないが高所恐怖症というものは自分の作り上げた「落ちてしまうぞ」という思い込みからめまいや震えを感じてしまうものなのだが(私自身強度の高所恐怖症なのでその恐ろしさはわかる。映画を観てるだけで高所の場面は足ががくがく震えてしまうのだ)友人が作り上げた虚構の女性に恋をしてしまうのも高所恐怖症からくるめまいに似ているのではないだろうか。
彼女の正体を知って彼はやっとめまいにも似た恋から目覚める。だがジュディのジョンへの思いは変わらない。
同じ場所に行くことで恐怖症が治るという気持ちでジョンはジュディと教会の塔へ登る。「私を愛して」という悲痛なジュディの願いはジョンとのキスでかなえられたかにも思えたが、次の瞬間、人影が登って来たのを見てジュディは驚き落ちてしまう。
それは塔の鐘を鳴らしに来た尼僧だった。ジュディは彼女を何と思ったのか。ジュディが不本意ながら加担してしまった男の妻殺しで哀れに殺されたその妻の幽霊が復讐しに来たと思えたのだろうか。
その理由が何であれ彼女は殺人を手伝ってしまったのだから。

映画に関する様々な手法を高く評価される本作なのだが、その辺は私には語れないとしても次第に醜悪になっていく主人公の描き方に見入ってしまう。ジェームズ・スチュアートにこうした人間の負の部分を演じさせるというのもヒッチコックならでは、ということなのか。
元婚約者だったという女性はリアルに可愛らしい存在なのに虚構の女性の美しさに惹かれていってしまう男の心。その美しさが虚構だったと知った時、その女性が目の前にいるにも関わらず男の欲望は冷めてしまう。でき得ることなら彼は騙し続けて欲しかったのだろうな。

監督:アルフレッド・ヒッチコック 出演:ジェームズ・スチュアート キム・ノヴァク
1958年アメリカ
posted by フェイユイ at 00:41| Comment(2) | TrackBack(1) | ベン・ウィショー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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