映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2009年11月29日

『チャイナタウン』ロマン・ポランスキー

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CHINATOWN

ポランスキー観賞シリーズもこれで4作目になる。今までの感想がどれも「優れた演出だがどうしても嫌悪感を覚えてしまう」というものばかりだったのだが、本作はまったくそういうことを忘れてしまうほど面白かった。

とは言え、作品自体は彼の持ち味ではあるだろうが非常に重くやり切れない暗い影が覆っている。それはむしろ私には好ましい雰囲気であるし、ラストの苦々しい後味もどんよりとした空気もたまらない魅力であった。

不思議に思うのは、私は煩いほど言ってるのだがハードボイルドが嫌いなのである。
そこに登場する気だるさを売り物にしてその気になってるような主人公の男に反感を持つのが通例のことであった。
なのにポランスキーが作ったハードボイルドに今までにない好感を持ってしまったというのは一体どういうわけなんだろう。
マイナスとマイナスでプラスになってしまったということか。

というのは出まかせだが、一つは主人公が大好きなジャック・ニコルソンで彼はあまり男の美学みたいなものをちらつかせたりしないからなのと確かに本作では彼がいかにもタフガイというような活躍する場面もなく従ってかっこつける見せ場もなかったからかもしれない。
ジャックが演じるジェイクは社会の巨大な力に対しては個々の人々はどうしても抗えないのだという無力感を味わうだけの惨めな存在でしかない。
私は今まで観たポランスキー映画に登場する女性がいつも流されるだけでしかないのが嫌悪の対象だったし、本作はハードボイルドの定番として他以上に運命から逃れきれない女性の憐れさが描かれているのだが、この物語としてはそれこそが作品の堪え切れないほどの虚無感を生み出すことになっている。
一見凛としているように見えるイブリン(フェイ・ダナウェイ)が説明することもできない恐ろしく惨めな過去を持ち、好きになったジェイクにだからこそ言えない、という悲しさとやっともう少しで手に入れられる幸せが一瞬にして砕かれてしまう最後は他の映画でも感じたことのない悲しいものだった。
演出はいつものように冴えまくっている。
やっと出会えた愛する娘と車で走り去るイブリンが黒幕である父親の手先でしかない警官に撃たれ死んだことが、彼女が倒れて鳴りやまないクラクションで示される。
イブリンもその娘も権力を持つ男たちに翻弄されるしかない悲しい存在なのだ。そしてジェイクもまた己の惨めさを噛みしめるしかない。

『チャイナタウン』というタイトルにも惹かれてしまうのだが、一瞬先に何が起こるか誰も判らないという混沌とした街を思わせてくれるのだろう。
この作品だけでも私にとってポランスキーはやはり優れた映画監督の一人として数えてしまうだろう。

ずっと昔観ていたのに記憶になかったのはしょうがない。これはかなり大人の作品ではないだろうか。ポランスキー監督自身がチンピラヤクザに扮してジャックの鼻にナイフを突っ込んで切り裂く場面以外は淡々とした展開である。実に重厚な深みのある物語で苦い味が舌に残る、という映画なのである。

監督:ロマン・ポランスキー 出演:ジャック・ニコルソン フェイ・ダナウェイ ジョン・ヒューストン バート・ヤング ペリー・ロペス ロマン・ポランスキー
1974年アメリカ
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2009年11月28日

『吸血鬼』ロマン・ポランスキー

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The Fearless Vampire Killers

ポランスキーと言う人は本当に映画を作るのが巧い。これなんかコメディでありホラーであり、という代物なのだけど、その両方の水準が非常に高くてマジでホラーにしてもいいほどの格調の高さと映像の美しさを持っている。独特の味わいを持った優れたコメディなのだがきっちりと吸血鬼伝説を踏んでいてどこか勉強をしながら楽しめるとでもいうような仕上がりになっていて数多くあるバンパイア映画の中でも秀逸の出来栄えなのだ。

だがしかし、ここでもどうしても自分的には満足できないのは女性の描き方なのである。
いかにもお飾り的に登場するサラに私としては魅力を感じることができない。あまりにも馬鹿まるだしで何の意識も意志も持っていない女性なのだが、一体ポランスキーという人はこういうまるで人形みたいな女性が好きで描いているのだろうか。
ホラーには単なる飾り的な美女が登場するのが当然、かもしれないがそれでも僅かな台詞や行動に作り手の意識というものが感じられるはずである。
彼女は習慣が止められないという理由で風呂に入り続け尻を叩かれおっぱいを見せてそして最後昨日と全く同じで吸血鬼になってしまっている。僅かの反抗も意志表明もない女性にエロティシズムはあるのか。やはりこういうすべてに従順な女性が好みだということなのか。
同じようなホラーコメディにウド・キア主演の『処女の生血』があるがあの作品に登場する女性たちとは全く違うようである。無論私は『処女の生血』のほうが断然好きである。

何も言わず何もしない美女、というのが好きな人は多いのだろうか。『ローズマリーの赤ちゃん』同様本作も高く評価する人は多いようだ。いや、私もあの脳みそが半分しか入ってないのかと思えるサラのローズマリーと同じく鳥肌がたつようなボケ顔を除けばまったく楽しいホラーコメディの最高作と言っていいのだが、何と言っても作品の華である美女にときめきを覚えないのなら評価は半減してしまう。
『オリバー・ツイスト』の時にあまりそういう反感がなかったのはあれは男ばかりだったからなのだな。
ポランスキーは女性が好きなんだろうか。嫌いなんだろうか。
彼自身の噂を聞かず本作だけを観たなら激しい女嫌いなんだろう、と考えてしまったに違いないのだが。

逆に教授と助手(ポランスキーご自身)の関係なんかはとても愉快で楽しい。おっかない吸血鬼伯爵に、その息子が美男子で助手にぞっこんになって迫ってくる、なんていうのも抱腹。伯爵家に仕えるコーコルなんかも一途で泣けてくるし男性たちの描き方は凄くいいのになあ。ほんとにこの監督、女性が好きなんですか?
女のほうは宿の女将もなんとなく出てくるだけだし、舞踏会に登場する女性たちもしかり。そしてサラともう一人出てくる若い女性が同じ人物に見えてどっちがどっちかよく判らず混乱したのだった。女性には誰一人感情移入もできないし、血が通っているようにも思えない。

というわけでこの作品も非常に高度な技術で作られているがどうしても嫌悪感を抱いてしまう、という同じ感想になってしまった。
技術の高さは本当にずば抜けたものだと思うんだけど。

ポランスキー、忘れていたけど『水の中のナイフ』も観てたんだった。でも何も覚えていない。
そして『戦場のピアニスト』も確かTVでちょっと観たんだが、ある場面で物凄い反感を覚えてしまったのだが、これも記憶がないのできちんとした評価はできないでいる。(しかしこれはもう観直すことはないと思う。そのくらい強い反発だったので)

しかしそれでも彼の作品はもう少し観て行こうと思う。

監督:ロマン・ポランスキー 出演:ジャック・マッゴーラン フィオナ・ルイス ロマン・ポランスキー シャロン・テート アルフィー・バス ファーディ・メイン
1966年アメリカ
ラベル:コメディ ホラー
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『ローズマリーの赤ちゃん』ロマン・ポランスキー

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ROSEMARY’S BABY

この映画のことを自分はちらりと観ただけにすぎないと思っていたのだが観ているうちに全部観ている、と思いだした。
それに気づいたのはローズマリーが新居のアパートの洗濯場で出会った若い女性がペンダントを見せた場面である。
編んだような細かい細工の施された球体のペンダントでその中には「タニス草」という顔をそむけるほどきつい匂いのものが入っているのだ。隙間から出るその匂いで周囲の人が気づくほどなのだが、映画そのものよりそのペンダントが記憶に残っていたらしく時折思い出しては「何の記憶なんだろう」と思っていた。それ自体が内容に深く関わってくるのではないのだが、ローズマリーがこの物語の中に導かれていく最初のきっかけになっていたのではないだろうか。

こうして観てみると無論評判通り非常に面白く作品としての完成度というのか演出・構成など実に卓越した技術で見入らせてしまう。
では何故覚えてなかったのか。
これはもうこの作品があまりに自分に嫌悪感を与えるぞっとする仕上がりなので封印してしまったのではないか、とさえ思ってしまう。
キリスト教徒ではないので悪魔の話などは興味本位で楽しめるものだし、そういう話が嫌いなわけではない(実を言うとそれほど好きではないが)誰も信じられなくなるというサスペンスやホラーは大好きである。
では何故か。
最も嫌な気持ちになるのはミア・ファローの演技とローズマリーの描き方である。
ミアの演技が比類ないほどうまいのは判る。まるでいたいけな少女のように見える大きな青い目や細い体がこういう映画には得難いほどの魅力であるのも彼女のか弱さがよりサスペンスやホラーをかき立てるのも判るのだが。
やはり時代のせい、というのもあるのだろうが。昔からこういう男性や周囲の言いなりになっている女性を描いたものが嫌いだった。しかも窮地に追い込まれるとあたふたと間抜けな行動を起こし結局何もできない。だからこそ物語が面白くなるのだろうが、どうしてもこういう話が嫌なのである。
自分の生活の場に他人が入り込んでくるという物語がまず嫌いでそれを言いだせない、という設定の主人公のほうにむかついてしまう。何故いちいち亭主に相談するのかが理解できないし、こうだと思えばさっさとやってしまえばいいのである。
でもそれではこの物語が成立しない・・・・。
か細くて誰かを常に頼っていなければ生きていけない女、そういう女だから悪魔に見こまれたのだろう。悪魔だって強情な女に手を焼きたくはないはずだ。
だんだんやせ細ってめそめそめそめそ。だんだん苛々して早く死んでしまえ、という気持ちにさえなってしまう。
そして最後の最後で悪魔と戦うか!(つまり赤ん坊を殺すのか)と思ったら悪魔と手を結んでやんの。てめえには自我というもんがねえのか!

あああああ。女って。
っていうか。
こういう風に女を描くことって?
やはりポランスキーという監督には女とはこういうものだ、という意識なのだろうね。
なんも考えてなくてわがままで、セックスを求めて、子供を欲しがって、魂を悪魔に売った夫に唾を吐きかけるが、自分もなりゆきまかせなのに夫を軽蔑できるのか。それで最後は母の愛は強し、ってそうか?ただ流されてるだけにしか思えない。
いやその通りなのかもしれないが。

しれないが、嫌だ、こんなうじうじした偽善的な女なんて。
では、どんなのなら好きだったのか。
ローズマリーと夫が逆になるのである。
なかなか芽が出ない夫の為にローズマリーが悪魔と契約するのだ。夫は急に湧いた幸運に驚く。
夫が泥酔し気絶した間にローズマリーが妊娠する。「あなたが酔っぱらってやったのよ」と言われ納得する。無論実際やったのは悪魔。
嫌っていた隣の老夫婦と仲良くなるローズマリーに夫は苛立つが彼女は自分の妊娠を盾に夫を説得する。ハッチがローズマリーの異変に気付き彼に教えようとするがその前に死亡。残された本で夫はローズマリーの契約に気づく。
出産を目前にして夫はなんとかして彼女と悪魔崇拝者たちを切り離そうとするが逆に監禁されて彼女は出産。悪魔の母親として威厳を持っている。
という筋書きだ。ラストはかっとなった夫が赤ん坊を殺すか、多分続編の為に生き残るか。

面白いかどうかは保証しないが。

そして好き嫌いは別として本作が名作として残るのは確かだろう。ミア・ファローのぶりっ子としか思えない仕草もおえーっだが(受話器のコードを噛むとか、唇を噛むとかがキモ)ポランスキー派の趣味嗜好やはりロリ系を好む方々にはたまらんのかもしれんし、なんといってもこの作品自体のうまさは確かなもので苛々させる悪魔集団のおせっかいぶりも含め(なんで悪魔一派ってあんなに世話焼きなんだ?)そして妊娠した女性の不安やつわりなどの体調不良をサスペンスと絡ませるうまさ。この部分は男女が逆だと演出できないのだ。
今回何故自分がこれを忘却の彼方に追いやっていたかも判り、何故こんなに嫌なのかも認識できた。
そういえば先日観たポランスキーの『オリバー・ツイスト』も作品完成度の高さは評価するが締めくくりの監督の意思に反感を持ったのが何故なのかもこれで明白となった。

技術は高さは認めるががどうやら好きではないようだ。

ポランスキーの『吸血鬼』も観る予定である。
さてどう思うか。
自分自身の趣味の問題ながら、なんだか期待してしまう。

本作の夢の場面のあの雰囲気は凄く好きだ。ローズマリーの不安定さ、不安感が幻想的に描かれている。

監督:ロマン・ポランスキー 出演:ミア・ファロー ジョン・カサヴェテス モーリス・エヴァンス ルース・ゴードン シドニー・ブラックマー ラルフ・ベラミー チャールズ・グロディン
1968年アメリカ
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2009年11月26日

『WE LOVE BALLS!!』シェリー・ホーマン

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Manner Wie Wir/Guys and Balls

ドイツ、ブンデスリーガはボルシア・ドルトムント周辺にあるマイナーチーム・ボールドラップは最後の試合で引き分け昇格を逃してしまう。
PKを取り損ねたゴールキーパー・エキーはストライカー・ウドーから目の敵にされる。
傷心を抱えたエキーはつい皆の前で仲の良いチームメイトにキスしてしまう。
エキーはゲイだったのだ。
それからというものエキーは皆のつまはじきにされてしまう。最も彼を苛めるウドーの侮蔑の言葉にエキーは、サッカーのゲイチームを作り1カ月後に試合で勝つことを宣言してしまうのだった。

なんだか面白いようなさほどでもないような話で^^;そのまんま『少林サッカー』以外の何ものでもない。散々侮辱され仲間を集めて復讐戦でやり返す、という。ただしあれほど面白くもおかしくもない。
というか、ドイツってゲイ的な方向は随分進んでいてゲイだというだけでこんな無茶苦茶に侮辱されるとは思ってなかったんだよねー。実際どうなんだろう。ゲイだとカミングアウトしてる人なんてゴロゴロいるのかと思ってたんだが^^;ウドーくんなど何故あそこまで徹底して苛め抜くのかな。
『少林サッカー』ではその苛めの部分もおかしかったんだが、本作の苛めは強烈過ぎてコメディとしてはむかむかさせ過ぎる気がするのだが、これもドイツ風味わいなのか。
そんな苛めに負けじと立ちあがった主人公が共に闘ってくれる(と言っても目的は隠してて単なるサッカー試合ということになってるのだが)ゲイのサッカー仲間を集め1カ月後の試合に向け猛練習。様々な困難もありつつ、試合に臨むと言う物語で、なんとも定番よくある話。それでも最後まで観通したのはドイツのこういうゲイ映画は初めてで、よくある話であっても風味がやはり違ってくるのが目新しかったのである。
なんというか。まず全員でかい。性同一障害というビアンの女性(?)を除けば皆大きい。父ちゃんも誰もかれもなんかごついのだ。
なよっぽい男性はいるが女装癖ゲイは入れてもらえず。代わりに皮製品愛好者のハードゲイトリオが幅をきかしている。
主人公はハードでもなくなよっぽくもない普通タイプ。最初あまりハンサムじゃないような気がしてたがだんだん可愛く見えてきた。恋人役も似たような金髪ハンサムくん。
トルコ系のゲイ君が一番なよっぽくて何故かイングランドのベッカムを愛している。多分ドイツ選手にしたらまずいからかもしれない。ベッカムって色んな映画で登場してくるなあ。さすが色男。
やはりブラジル人選手が一番上手い。
あまり直接的なエッチシーンはないんだけど(主人公とハンサム君のエレベーター内でのキスシーン&絡みあり)何故か全体的に本物っぽくゲイっぽいムード濃厚。やはりハードゲイの彼らのせいか。
色んな男が出てくるが一番かっこいいのはパパがハードゲイになってしまった小学3年生の男の子ヤンくん。
ゲイのパパが(本当は規則で近づいてはいけないことになっている)訪ねて来たのを嫌がらず受け止めてサッカー試合を見に行く約束をする。途中でママに止められているにも関わらずパパのハードな家を訪問し挫けているパパを叱咤する。再びママの禁止を破ってパパの試合を見に来てハードなオヤジ達に混じって観戦。怒って飛んできたママにはっきりとパパを応援すると告げる。
うーん、小さいのに凄く男らしくて素敵なのだ。絶対かっこいい男になると思う(笑)

主人公エキーたちゲイチームは勝負に勝ち、パパにはっきりとスベンが恋人だと告げてハッピーエンド。
というお話なのだが(笑)
息子がゲイだと知って親父は怒り、母親は寛容だというのも普遍的だなあ。
ボルシア・ドルトムントサポーター応援はハンパねえ。

ゲイチームのコーチを引き受けるオヤジがなんかのパロディ?

監督:シェリー・ホーマン 出演:マキシミリアン・ブリュックナー リサ・マリア・ポットホフ デヴィッド・ロット ディエトマー・ベア ロルフ・ザッカー
2004年 / ドイツ
ラベル:同性愛 スポーツ
posted by フェイユイ at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月25日

『刑事コロンボ』完全版 Vol.1 「死者の身代金」リチャード・アービング

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Columbo Ransom for a Dead Man

おお、昨日観た『殺人処方箋』に比べ格段にコロンボがよりそれらしくなっている!髪がもじゃもじゃになりコートもこころなしかくたくたに。そして昨日コロンボのイメージでないほどの切れ者で横暴な態度が改善され、ますますくたびれ果て棒にも箸にもかからない男な感じがよく出てきた。

物語としても『殺人処方箋』の共犯者を騙して、というのより一人で企て決行という女性弁護士の才媛ぶりが際立っていて自分的にはこちらが面白かった。
飛行機を操縦するというアクションあり、最新型の電話機ありで楽しめた。と言っても弁護士さんが電話機の説明をするのはちょっとねえ。せめて他の人が「こういうのが今ありますよ」ということにした方がいいような。
変に思ったのはどうして義母と継子を同じタイプにしたのか、まあ、殺された男性が結局同じタイプが好きだった、つまり継子の実の母と2番目の妻も同じタイプだから好きになったのだ、と言えなくもないが、この場合は本気の恋愛ではなく騙されたようなものだという説明があるのに同じような体格で赤毛で繊細な顔つきで実の母子かと思ってしまったよ。
昨日の作品もそうだったが、70年代の服装やインテリアのデザインを見るのも楽しい。弁護士さんの髪型なんて峰不二子みたい。
吹き替えでおや、と思ったのはコロンボが空港で継子の見送りに来ていた弁護士さんとカフェで話す場面。弁護士さんがシェリーを頼み吹き替えではコロンボがグレープジュースと言ってるのだが、原語では「ルートビア」と言っているのだね。確かに映像だけではグレープジュースのようにも見えるのでまったく疑問は抱かないはず。なのに私が疑問を抱いて確かめたのは単に「グレープフルーツジュース」と聞き間違えたからで物凄く勘が鋭かったわけではない。
言語だと自分がシェリー=酒を頼んでいるのにノンアルコールもしくはごく軽いハーブ飲料を頼むコロンボを野暮ねえと笑っているのだった。

詳細に考えるとミステリーとしての疑問が色々でてくるわけだが、未成年かそこいらの娘にあんな危険な演技を頼むのはどうなのだろう。いくら空砲だからって少女にピストルを撃たせるなんてアメリカってやはり違う国なんだなあ。ピストルを向けたってことで弁護士から殺されてしまうかもしれないのに。

コロンボはチリコンカルネが大好物のようでクラッカーを砕いて入れて食べるのだが、私は食べたことがないせいか、見た目的にどうも不味そうに見える。もし食べてみて美味しかったらヨダレもの、になるんだろうか。どうも苦手そうな気がする。

監督:リチャード・アービング 脚本:ディーン・ハーグローブ 出演:ピーター・フォーク リー・グラント
1971年アメリカ パイロット版
posted by フェイユイ at 22:51| Comment(4) | TrackBack(0) | 刑事コロンボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ベンがEmmy賞とりました!

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はーやさんから嬉しいベン情報いただきました。いつもありがとうございます!!
以下、メールよりコピペ。

「うれしいニュースです。
ベンがInternational Emmy Awards(国際的に優秀なドラマ&俳優に与えられる賞?)で
最優秀男優賞を受賞しました。クリミナル・ジャスティスでの演技が評価された模様です。

米国を基準にした国際ドラマ賞のようなものだと思うのですが、すごい賞なんだと思います!
これでさらに羽ばたくのね〜ベン君☆
本人はロンドンで舞台の真ッ最中なので、授賞式には出なかったみたいです。。。」

うっわー凄い!!!!
仕事中でどたばたアップで申し訳ないですが、ますますベンの国際的活躍が期待されますねー。アメリカ映画の出演も多くなるのでしょうか。

Rising British star Ben Whishaw crowned best actor at Emmy awards
posted by フェイユイ at 11:27| Comment(2) | TrackBack(0) | ベン・ウィショー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ローズオニール『キューピー』WOWOWアニメ全26話!

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可愛いらしいキューピーを嫌いな人がいるだろうか?
と言いたいがどうやら苦手な人もいるらしい。
人の好みは如何ともしがたいが私はとにかく大好きである。ていうかちょい前にローズ・オニール著『キューピー村物語』クレスト社を読んでからその愛くるしいキューピッシュラブにめろめろなんである。ぽっちゃりぷっくりのほっぺとおなかとお尻を見てるとそれだけでほんわか幸せになってしまうではないか。

そんな折、どうやらWOWOWで『ローズオニール キューピー』全26話なるものが放送されるらしい。スタッフを見ると日本でのアニメ化ということなのか。
期待される。
つか。
可愛いといいな。

12/2(水)午前8:00スタート「スクートルズの大冒険・その1」
ということでキューピー人魚のマーキュープや全裸にエプロンという超セクシーなクックちゃんに会えるのも間近か。
毎週水曜午前8:00が楽しみになると嬉しい。

もしかして。キューピーブーム到来か。
いつも人気はあると思うけどね。各地のおみやげキューピーとか。

ラベル:アニメ
posted by フェイユイ at 00:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月24日

『刑事コロンボ』完全版 Vol.1 「殺人処方箋」リチャード・アービング

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COLUMBO Prescription:Murder 

少なくとも大人になってからは、外国ものの映画でもドラマでも絶対に向こうの音声で字幕付きで観るのが当然にしてる自分だが、『刑事コロンボ』だけは少女期に味わった小池朝雄氏のイメージが強すぎて他を考えられない。
とはいえ、さすがにDVDで観るならピーター・フォーク本人の声で初めて観賞してみよう、と決心して観始めたのだが・・・無理だった。まさか吹き替えでなければ観ることができないことがあるとは。本人の声と話し方だとまるで偽物を観てるようだし、頭の中に強烈に記憶しているあのフレーズ、あの言い方をしてくれないと物足りなくてうずうずして・・・結局10分ほどで忍耐ならず。DVD観賞で初めて(多分)の吹き替えに切り替えた。

ああ、落ち着く。こうでないと。
「うちのかみさんが」と日本語で言ってくれないと我慢ならん。
すまん、ピーター。
君のせいでは決してない。
ただ洗脳されてるだけです。

さて久しぶりに観る『刑事コロンボ』シリーズ前の単発放送版「殺人処方箋」である。
この話自体をよく覚えているわけもないが、懐かしいやり取り。今観るとコロンボが若い。
この話のコロンボはヨレヨレ感がまだあまりないんだろうか。意地悪な話しぶりはイメージそのものだけどかなり態度が強気で今カチンと来たなっていうのが伝わってくる感じ。二枚目でいい暮らしぶりのインテリ男性相手に負けるもんかという気迫がこもっている気がする。後のほうではもう少し力が抜けているんではないかと思うんだが。
しっかしこのドラマを観る人って殆ど犯人になってコロンボが早く消えてくれないかなと苛々するんだと思うのだが、それは一体どういうことなんだろう。
かっこ悪くて庶民派のコロンボ警部ではなく犯人である金持ちに共感してしまうっていうのも面白い。
というのはやはり完璧と思ってもあちこちで失敗している犯人が自分に近いと思ってしまうんだろうな。
本作の犯人である精神科医はコロンボに頼まれ彼を分析していく。「君のその取るに足りない容姿や道化師のような印象を君は逆に利用して犯人を騙し油断させて罠にはめようとする。頭のいい男なんだ」
コロンボ自身も自分の作戦を見破られてやや苦笑というところだが、相手にとって不足なし、という炎がコロンボの後ろで燃えている。
それにしてもしつこくやって来て「このライターガス欠かな」とか言いながら葉巻に火をつけたりするのが苛立つのだが、こういう風にして犯人の持ちモノをべたべた触ったり去ると見せかけてもう一度戻って来て質問したりして犯人を精神的に追い詰めていく。
しかし共犯の女性をあんなにきつく脅迫するなんてなあ、と思ってたらそれも布石だった、と。
やはり面白い。

監督:リチャード・アービング 脚本:リチャード・レヴィンソン
&ウィリアム・リンク 出演: ピーター・フォーク ジーン・バリー キャスリン・ジャスティス
1967年アメリカ
ラベル:ミステリー
posted by フェイユイ at 22:53| Comment(3) | TrackBack(0) | 刑事コロンボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月23日

『エリザベス1世 愛と陰謀の王宮 後編』トム・フーパー

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Elizabeth I

他のレビュー見てたら「前篇はまあまあだが後半は面白くない」みたいな感想が多かったので何となく自分でも流して観るか、くらいの気持ちでいたのだが、なんの!後半メタクタ面白くて大体前半もまあまあでなく面白かったんで、まあ人によって面白がり方も違う、ということだ。

前半はケイト版『エリザベス』で観てた感じだったので歴史の大まかな流れを再確認するのとヘレン&ジェレミーのやり取りでわりと落ち着いて観れたが、後半は自分的には怒涛の110分、と言ってよく、レスター伯を愛人としてもやや年老いた感が否めないヘレン=エリザベスがさらに若い20歳そこそこの青年(レスター伯の義息子)エセックス伯(名前がレスター伯と同じロビン)との恋に溺れ、まさに醜態をさらしてしまうという観るのも憚られるはらはらどきどき、なのだった。
無論、若き男女が観賞するならばキモイ老婆の色狂いとしか見えないのは仕方ないだろうし、これを我が身に置き換えてげんなり苛々やがてほっとするのはやはり年老いた女性でなければできないのかもしれない。年若くてしかも男性でこれを面白く観れる人はかなりスゲエ人である。

年老いた王が若い美貌の持ち主を寵愛するのは男王であればさほどの躊躇いもないのだろうが、こと女性しかもバージンクイーンの称号を持つ女王としては己の欲望と王としての権威と責任のはざまで悩み苦しむのは男王の比ではないだろう。
エセックス伯ロビンを演じるヒュー・ダンシーはそれほど私的には好みじゃないが祖母と言ってよい年齢の女王の寵愛を受ける表情と態度はそういう青年らしい愛らしさと傲慢さがにじみ出ていてなかなか見惚れてしまった。しかしよく彼の魅力をつき放すことができたものだ。
ロビンと結託するのが哲学者フランシス・ベーコン。そして女王の寵愛を受けて横暴に振舞うロビンと行動を共にするサウサンプトン伯がエディ・レッドメイン。ここでは長髪をなびかせているのだが、短髪が似合う顔なのか、他の出演の時よりあまり美男子に見えなかったのだが。
彼らはエリザベス女王の継承者ではあるがメアリーの息子でまだ彼女の支配下にあるジョージ6世(後のイングランド王ジョージ1世)と結託した疑惑が女王への反逆とされてエセックスは死刑、サウサンプトンは投獄される。
ところでジョージ6世はエリザベス女王との会見の後側近セシル(息子)に自分が王になったら美青年を侍らせて、という希望を打ち明ける。エセックス伯もハンサムで有名とのたまっていてこの辺のジョージ6世+フランシス・ベーコン+エセックス+サウサンプトンはどうやら同性愛的な結合であったような。はっきりと描かれてはいないがロビンは妻子もあるしエリザベスに言いよってもいるがゲイだったようでサウサンプトンと関係があったみたい(な空気だった)常にエセックスに寄り添い裁判を受け弁解する時もまだ愛情を持ち続けている様子なのがちょっとよかった、とかそういうのばかり観てる。
そういうところもあり、でさらに物語は白熱してしまうのだが、エリザベスに甘えきったロビンとその愛情を失いたくない思いと必死で戦う老女王エリザベスとの愛がなんとも虚しく儚いことか。
また女王から若干疎まれながらも支え続けてきたウォルシンガムの死、そしてバーリー卿父子。女王はバーリー父にねぎらいの言葉をかけ、息子セシルの格好悪さを「ピグミー=ちび」とあだ名しながらも次第に頼りにしていく。息子セシル役はトビー・ジョーンズ。日本公開されなかった、もう一つのトルーマン・カポーティ映画『Infamous』でカポーティであった。私はシーモア・ホフマンも悪くないが彼の方がカポーティらしいし映画もよかったと思ってる。

後編はつまり歴史的な出来事よりエリザベス女王の内面に入り込んだ内容になっているのである。老醜という悲しい形容をしなければならないのであろうか。おいてもなお少女のようにはしゃいで美しい恋人のキスを待つエリザベス。
とうとう最後まで彼女は国を夫として全うしたのである。後篇でも国民を前に女王らしい演説をして彼らの心をつかんでしまうエリザベスなのである。彼女が男性であったら恋も結婚も許されたのかもしれないが。
だが男性であればここまで登りつめることもなかったのかもしれない。
どちらが幸せであるかはまた別のことだが。

監督:トム・フーパー 出演:ヘレン・ミレン ヒュー・ダンシー パトリック・マラハイド  エディ・レッドメイン トビー・ジョーンズ イアン・マクダーミド
2005年 / アメリカ/イギリス
ラベル:歴史 愛情 同性愛
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2009年11月22日

『エリザベス1世 愛と陰謀の王宮 前編』トム・フーパー

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ELIZABETH I

今夜は全編のみ観賞。ケイト・ブランシェットの『エリザベス』も最近観たような気がするのによく何回も観るものだと自分で思ってしまうがやはり観始めると面白い。
というのはやはり女王役のヘレン・ミレンと愛人ダドリー=レスター伯のジェレミー・アイアンズが上手いからで。
エリザベスがメアリーを処刑することをこんなに躊躇していたなんてなあ、と感心しながら観てしまった。そしてメアリーの処刑シーンの恐ろしさには驚いてしまった。

またケイト版ではローリー卿が恋人だったが、バージンクイーン・エリザベスも実際は恋多き女性だったのだろうね。青年たちにダンスさせて喜んでる場面なんかあるし、結構そういうとこで美少年や美青年を集めて娯楽してたんだろうか。
ウォルシンガムらからは強制され、ダドリーから反対されたフランスのアンジー公との縁談が国民の猛反発によって破談となるのはなんだか哀れだったが、ほどなくして公が死んでしまったので結婚してたとしても幸福は長続きしなかったんだなあとか。

スペイン無敵艦隊の侵攻を迎え撃つまだひ弱な英国軍隊に女王が先頭に立って演説をする場面はやっぱり感動的。女王の白黒の旗を心待ちにしてるのに。最初から揚げてきてくれ。

明日は後篇。楽しみじゃ。

監督:トム・フーパー 出演:ヘレン・ミレン ジェレミー・アイアンズ ヒュー・ダンシー バーバラ・フリン パトリック・マラハイド イアン・マクダーミド  トビー・ジョーンズ
2005年 / アメリカ/イギリス
ラベル:歴史
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2009年11月21日

『赤い影』ニコラス・ローグ

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DON’T LOOK NOW/A VENEZIA UN DICEMBRE ROS

もし当たり前の撮り方をしていたらよくある話と片付けられてしまうのかもしれないが、思い切り70年代風テイストとニコラス・ローグ監督の感性とが相まって他にない独特のロマンチックオカルトに仕上がっている。主演が美しいジュリー・クリスティとこちらも大好きなドナルド・サザーランドであることも手伝ってホラーと一言では片付けたくないしっとりとして尚且つ衝撃的な作品なのだった。

こういうスタイルって当時は結構あったのではないだろうか。時間がすっと流れずに、映像が幾つかの断片として組み合わされていくような見せ方でぽんぽんと間が跳んでいく。現実ではありえない映画ならでは映像が作品のかなりの部分を占めているので観ていると不思議な感覚に陥ってしまうのだ。
登場人物も主人公のバクスター夫婦以外はどこかに謎を秘めたような表現なのですべてが怪しくよく判らなくなっていく。
イギリスからヴェネツィアへやってきたひと組の夫婦ジョンとローラ。夫は絵画の修復を仕事にしている。二人は深く愛し合っているが以前故国で愛娘を溺死で失うという悲しい経験をしていた。
妻はそのショックから立ち直りきれずにいたが、ヴェネツィアで謎めいた中年姉妹と出会ってから元気を取り戻した。盲目の妹がローラに「あなた方夫婦の間に小さな少女の姿を見た。彼女はとても元気で幸せよ」と告げたことで娘の死から立ち直れたのだ。次第に姉妹と仲良くなっていく妻ローラを夫ジョンは快く思わなかった。

原作が『レベッカ』の作者デュ・モーリアと知って納得。『レベッカ』もそうだったが、すでにこの世にいない存在に心が揺れ動き操られていく、という同じ題材がまた違ったストーリーとなってしかも魅力的である。
母親であるローラが姉妹に入り込んでいくのを苦々しく思いながら実は父親ジョンの方がもっと娘の霊的存在に惹き寄せられていく、という表現がうまい。というのは彼の方こそ霊感が強いからだという説明もあるのだが。
なんとも装飾的な演出、映像なので上手くなければ鼻につきそうなのだが、赤いレインコートの少女、ヴェネツィアの古びた物憂げな雰囲気とその時起きる連続殺人事件というミステリーを絡めて大人の映画に作られている。ジュリーとドナルドの絡み合うようなメイクラブシーンも映画のアンニュイさを物語っている。

イギリスよりもっとキリスト教の色合いの濃いヴェネツィアであること、言葉の通じないもどかしさ、夜の闇と運河と石畳で反響する靴音などが効果的だ。
最後のどんでん返しのアッと言う驚き。美しくまた恐ろしい記憶がよみがえる。
旅立ったはずの妻の姿を見た、という事実が最後にどういう意味なのか判るのだ。
悲しみを含む品の良い作品ながら非常にぞっとする恐ろしさも持っている。本作の不思議な映像美を堪能した。

こんな映画があるのも知らなかった。最近ぼつぼついい映画がDVD化されてきているようだ。どんどんやっていって欲しいことである。

監督:ニコラス・ローグ 出演:ドナルド・サザーランド ジュリー・クリスティ ヒラリー・メイソン クレリア・マタニア マッシモ・セラート
1973年 / イギリス/イタリア
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2009年11月20日

『博士の愛した数式』小泉堯史

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数学博士の話であるということで興味があった。数学という題材をどんな映像にするのか、物語にどう組み込んでいくのか。

登場する数学博士は80分しか記憶が保たれないという障害を持っている。それと彼独特の気難しさもあって家政婦が次々と辞めていった後へ主人公であるシングルマザーが雇われるのだが。
何度も繰り返される質問だとか、主人公の息子にルートというあだ名をつけるとか黒板に数式を書いて説明するだとかは確かに心惹かれるものがあるし、実はこの一見気難しく実は優しい初老の博士と義姉に人に秘められた恋があったとか、差し出される材料はなかなか含みがあると思ったのだがそれを表現していく手法は残念ながら納得できなかった。

まず中学校に新任した若い教師が突然自分の過去を説明していく、ということからひっかかってしまう。最初に騒いでいるような今時の中学生がこんなクドイ話を聞いているだろうか(その点は『モナリザスマイル』は納得できるな。話をしようとすると生徒たちからこっぴどく苛められる)しかも自分の母親が許されない恋でシングルマザーだとかそういうことは親密になった一部の人間に話すもしくは状況を見て打ち明けることではないか。
そこを我慢するとしても物語が最初からハートフルな方向へいくものとして予感させてしまっているし、家政婦が次々と辞めるというのは博士が相当な変人だとか恐ろしいことをしでかす、ということがなければいけないはずだが、主人公が入り込んだ最初の時に「仕事に没頭している時に邪魔をするとは失敬だ」とか怒鳴られただけで後はさほどのことは起きない。極めて温厚な人格であるし、強姦されたとか猟奇的な趣味があるのを見たとかいうようなこともないし、記憶がすぐなくなるのでトイレがどこか判らずそこらじゅうを汚すとかいうのでもないのに何故それまでの家政婦は辞めたのだろうか。金持ちで給料も悪くはなさそうである。
尚且つ子供がいると知るとここで一緒に夕食を取ればいい、とか主人公に都合のいいことばかりである。難しい人だが次第に好きになっていった、ではなく最初から互いに好き合っている。それが友愛数とかの比喩につながるのは判るが見せ方が簡単すぎるのだ。予定調和という言葉があるが最初から調和しすぎている。
つまり物語があまりに計算通りに進み過ぎて何の余分もなく完全なゼロになってしまっている為に人生の物語としての面白みに欠けてしまっているのではないか。
すべての人生も宇宙的な規模で見れば完全な数式になるのだとしても映画で描けるほどの人生の中では歪んだり端数が出たりどうしても解けない方程式として残ってしまうものではないか。
確かにこの物語が決して組み合わされることのないπとiとeが+1のせいで0つまり無になるというのは判るが人間の心の中にあるものはそうそう簡単に結びつかないのではないか。
(つまりπが博士でeが義姉、iが主人公でそれらは決して交わらないが+1である少年によって0となったのか。彼は√なんだけど)
それは希望だけであって作品の中で完全に示してしまわなくてもいいものではないだろうか。
タイトルが『博士が愛した数式』だからそのまんま、ということになるのだがどうもこのハートフルさにむずむずとしてしまうのはやはり私が完全なる28ではないからなのだろうか。

子供は純粋で企みなどありません、という主人公の言葉にも疑問あり。まさしく企んだのではないかと思うし、また企むことが何故悪いのか判らない。好きな人から引き離されたのならまた元に戻りたいと願うのは当然のことだ。主人公の女性が心のどこかでそれを望んでなかったとか思えないし、それが悪いことではない。いい方向にいくように企むべきだ。
というか。
何故義姉はもう何の邪魔もされないだろうに愛した人と一緒に住まないのかが判らない。若い家政婦を雇うこと自体絶対しないと思う。
・・・もし子供ができたらどうしたんだろう。それとも博士はもうできない人なのか?

非常に面白そうな題材だったのだが、人間の深淵を見ようとして止めてしまったように思われてならない。
タイトル通りの物語なので偽りはないのだが。
 
監督:小泉堯史 出演:尾聰 深津絵里 齋藤隆成 吉岡秀隆 浅丘ルリ子
2005年日本
ラベル:家族
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2009年11月19日

『ツィゴイネルワイゼン』鈴木清順

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鈴木清順といえば日本で最も有名な監督の一人だろうけど、大昔に『けんかえれじい』を観たのと(面白かった)最近『オペレッタ狸御殿』を観たくらいである(これは判らなかった)本作は当時凄い話題になったものなのでタイトルと監督名はさすがに知っていたのだが、やっと今になって観賞に至った。
 
もっと破壊的にグロテスクで難解で退屈なのかと懸念していたが、非常に入りやすく居心地も悪くない作品だったのでほっとした。というとまるで悪評のようだが決してそういうことではなく、さすが清順美学と言われる個性的な世界観がくっきりと見えてくる作品だった、ということである。大正デカダンスな雰囲気と生と死のはざまを漂うオカルティズムな空気は自分がとても好きなものなのでここまでそれを追求して描いた映像作品があることが嬉しくなってしまった。スチールを荒木経惟が担当しているのを見つけてこれはもう映像は間違いなく素晴らしいだろうと思い、その通りであった。
ただ、こういう生と死、そして性の世界をシュールな独自の世界観で描く作家といえば自分は寺山修司を筆頭に挙げるものなのだが、鈴木清順を知ってもその席順は変わらなかったのはどうしてなのか、今すぐ思いつけなかったので追々考えていきたいと思う。

思いつくところを挙げれば清順氏のユーモアというべきなのか笑いの部分が軽みというより若干自分的には引いてしまう箇所になってしまうのと、寺山氏の重い情念を味わってしまった後に類似した世界はどうしても物足りなくなってしまう。それは自分が寺山修司に心酔しているからしょうがないことではあるのだが。
類似した世界と書いてしまったが、それは生と死と性という題材というだけなのであってその答えというか、世界観は恐ろしく異なっている。寺山の世界はまず母親であり同性愛であり傷ついた美しい少年であり個と集団との対話であるが清順氏の本作はそのどれもが一切描かれてはいない。寺山氏の世界観が現実とかけ離れた異世界なのに対し、清順氏のシュールさはあくまで生々しい現実社会とつながっているからなのだろう。そういう意味では清順氏の作品は身近に共感しやすいものなのかもしれない。

なんだか清順の映画を観て、寺山修司がどんなに好きかを改めて確認してしまったようだ。
本作の類似としては寺山よりデヴィッド・リンチのほうが近いのではないだろうか。寺山はあくまでも文字の人でリンチは絵画の人なので。
それでも中砂・青地・小稲の3人が酒を酌み交わし会話する物憂げな場面などとてもよい。二人の男にはそれぞれ妻がいるが、芸者の小稲でないと対等な三角関係にならないのが面白い。

中砂役の原田芳雄。日本俳優には希少なエネルギッシュなセクシーさを持った男優である。セクシーというカタカナで言うより思い切り性的な男というべきか。とにかくスケベに色っぽい。
自分としては特に好きな俳優に数えているわけではないのだが、何故か出演作はよく観てる。というか観た映画によく出ている。やはりいい作品に出したい個性なのだ。他に似た人がいないから彼でないとどうしようもない。
寺山修司『田園に死す』にも『さらば箱舟』にも出演しているのだ。やはり稀有な存在なのである。
青地役の藤田敏八は真逆の知的イメージで二人の友人関係が微妙なバランスでいい。互いの細君との関係を匂わせるが芸者小稲と3人になった時に最も結びつきが生まれてくる。
小稲の大谷直子。色っぽい、の一言の女性。無論綺麗で芯の一本通った感じがかっこいいのだが、男だったらとろっとなってしまいそうなエロな女性だ。きりっとした顔立ちなのだが不思議。

あまりプロデューサーにまで触れたりしないが本作をプロデュースしたのが、荒戸源次郎。経歴を見ると凄いし、『ゲルマニウムの夜』もやってる。なるほど。監督作品には『赤目四十八瀧心中未遂』大森南朋、新井浩文目的で観たっけ。寺島しのぶ出演。どの作品も生と死と性だ。

本作を観てたら青地と小稲が出会う洞穴みたいな切り立った崖は『真木栗ノ穴』で観た光景だったので一瞬デジャヴュ状態になって驚いた。
順番から行けば本作を観てから『真木栗ノ穴』を観るわけだからあの映画を観た時に「あ、この場面は・・」となるべきだったのだね。
あの世とこの世をつなぐ場所のように思えた。無論『真木栗ノ穴』も同じ題材を描いていたのである。

監督:鈴木清順  出演:原田芳雄 大楠道代 藤田敏八 麿赤兒 大谷直子 玉川伊佐男 樹木希林
1980年日本
ラベル:
posted by フェイユイ at 21:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ベンの新作舞台『Cock』速報!!

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Cock

ロンドン在住のはーやさんからベンの新作舞台『Cock』についての羨ましい且つ素晴らしい情報&写真いただきました。いつもありがとうございます。ではメール内容以下貼らせていただきます。

「ご報告遅くなりましたが、ベンの新作舞台『Cock』(男性のあの部分という意)観てまいりました。
ベン出ずっぱり!1時間半くらい一度も引っ込みません!!
直径8メートルくらいの円形の空間を取り巻くように
ひな壇3段状の客席がセットされてて、もう目の前で
ベンたちがあちこちと動き回って演技…という感じ。
小道具なども全く無く、セリフとジェスチャーのみで
ベンと相手役女性とのセックスシーンも二人でおでこを
くっつけて目を見つめあいながら抱き合って声のみの表現。
めちゃくちゃセクシーな瞬間でありました。

まだプレビュー段階でこれから変わっていくのかはわかりませんが、
とりあえずベンの髪型&髭はあのまんま。けれどもピタッとした柄物のシャツがかわいくって
納得できる装い。コスチュームはプログラムに『Costume Supervisor』
っていう人が載ってるだけなので、出演者全員、衣装は自前かもしれません。
ベンの靴もほどよく磨り減ってて自前風でした。

他の共演者もとっても演技達者でよかったです。
プレビューだというのにリラックス感さえ漂ってましたし、ベンは途中で鼻をかんだり、
水飲んだりもしてました。ベンは鼻水でやすい体質のようですね(笑)

終演後、意外とさっさとベンおよび共演者は出てきたので、
プログラムにサイン貰って、咄嗟ながら以前から気になっていた質問を。
『この芝居の作者って、観客がボックスオフィスでCxxkのチケットを
ピックアップするときにわざわざCxxkって言わせようとしてると思う?』
って聞いたら『That's the whole point of this play!! hahaha』
(それがこの芝居の狙いなんだよー)って本当かどうだか言ってました(笑)
Cxxkなんて言葉をベンの前で発してしまう私ってどうよ…って後で思ってしまいましたが(泣笑)

そんでそんで、別れ際にハグついでにほっぺにキスも頂きましたっ☆
ベンのお髭はとっても柔らかでした〜☆あんなにゾリゾリしてそうなのに。
で、ベンは柑橘系のさわやかなかわいらしい香りがしてましたよ。ガム噛んでたのかな?
そういえば、その夜はベンのお父さんも観に来ていたそうです。

話かわりますが、先日お送りした写真が掲載されている雑誌Wonderlandで、
ベンは『ベニスの商人には僕出てません!』って宣言しています。
以前ファンで『あなたのPerfume&Mercant of Venice』が好きですって書いてきた人がいて
笑っちゃったって。どうしてああいうことになってるのかベン自身も疑問だそうで。。。。」

羨ましいを通り越して嫉妬に燃えた方、私も同じです(笑)
ベンとハグ+キスですよお。お髭が柔らかいって(うじうじうじ)
しかしなによりこの舞台を生で観れるのがいいですねえ。
とは言え、普通なら知ることもできないこんな生情報を素晴らしい文章で教えていただけるなんて嬉しいです!!キスも許します^^;
お父様もいらしてたんですねー。内容的にどうだったんでしょうか(笑)その辺も気になります。
『Cock』のタイトルについての質問は先日はーやさんと「これ絶対わざと言わせてるんですよねー」というので盛り上がったのでした。やはり思った通り(笑)だったようです(?)

はーやさん、ちくちくとイヤミを書いてしまいましたが、心から感謝しております。
また是非ベン情報羨ましさも加えながら教えてくださいませ!!!
posted by フェイユイ at 10:12| Comment(7) | TrackBack(0) | ベン・ウィショー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京山あつき『聞こえない声』『見えない星』『仮面ティーチャー』

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珍しくマンガの感想のみを書いている今夜である。
先日山川純一の漫画に夢中と書いたがまだ続行中である。
とはいえ私はゲイものが好きなくせにゲイマンガ特にボーイズラブとかBLとか言われる分野のマンガを読んでない。
これは、一つは貧乏な為で、とかくのめりこんでしまうタチなのでこれ以上没頭するものを開拓したくない。するのが怖いのである。金持ちだったらぽんぽん買いまくってしまうのだが。
第二は、なんとなく目につくBLマンガの絵にどうしても萌えない。
皆痩せすぎで、美形すぎ。こういうの見てると自分は美形が好きじゃないのだなあ、と確認してしまう。
かと言ってよくある男性向けの(って言い方もおかしいか)ゲイマンガは激しすぎて、そう考えるとやや女性っぽいと言われたらしいヤマジュン氏が描く男性は一番自分にぴったり好みだったりする。

前置き長過ぎでやっと京山あつき作品について書こう。
何故いきなりこの人なのかというと好きなブロガーさんのお勧めだったからだ。気にはなっていたのだがやっと読むことになった。
まずは『聞こえない声』『見えない星』のシリーズ。
高校の野球部に属するかっこいい今井と変な顔の後輩引田の物語。
まずはさすがお勧めされてただけあって読ませる。
凄く惹きつけられる。
受である後輩・引田が美少年でないのは人によってはNGかもしんないが私は美少年と聞くとむしろ引いてしまうし、彼くらいの変顔なら完全に圏内である。先輩・今井のかっこよさもよくあるきらびやかなハンサムじゃないのが嬉しい。
が、やはり細い。
どうしても細いのだねー、BLって。
っていうか細身でないとBLじゃないのか。
ああ、これで肉がついてたら。
変な願望だけど。

高校野球マンガって言えば私はやはり水島新司である。『ドカベン』である。
水島新司の漫画はどれも凄いが『ドカベン』はまさにゲイカップルの宝庫とも言うべきマンガでどの組み合わせも私は嬉しい。ゲイマンガを見なくても水島氏の漫画で充分なんだけど、それじゃ話が続かない。
今井&引田を見てると連想するのは土門&谷津である。ちょうどデコボコ加減が。違うのはとにかく受の後輩の体格で確かに谷津の体は素敵だー。
土門さんはホントは微笑が好きだったんだけどふられてしまって谷津を仕方なく選んだんだけど、きっと満足してると思う。谷津も土門さん尊敬しきってるしねー。土門&谷津を見てエロい妄想にふける私であった。
限りなく脱線するが、水島氏の漫画は『男どアホウ甲子園』の藤村&豆たん、『ドカベン』の山田&里中、弁慶高校の武蔵坊&義経(美形だし)『一球さん』の一球&九郎は殆ど夫婦だし、など他にも挙げたらきりがない。

いいから京山あつき。
てなわけで、確かに顔がいいとして体がいまいちMY萌えではないがそれでも話で読ませてくれる。
最初っから両想いなのが不思議といえば不思議だし、なんの障害もなく結ばれていくのもよすぎかなーと思いつつもやはりよい。
あーこれで今井が引田を見て「首が細い」じゃなく「首が太い」だともっと萌えるんだが。
でもよかった。

で、次読んだのが『仮面ティーチャー』危ないショタコンものである。
つまりこれもしょうがないけど「少年の細さ」が主人公のショタコン先生の趣味なわけで仕方ないけど細いのねー。
つまりやっぱり細いのが好きなのだね。
とはいえ、これは凄くおかしくてある意味『見えない聞こえない』シリーズより上手い作品だった。
今特にタブーな題材で笑わせ読ませてくれる。
ほんとに
この作者さん、すごい才能の御方である。私は無論まったく少年では駄目なので萌えは期待できないがとにかく面白かった。凄い童顔の臨時教師を抱けることになったのにモノが大人で萎えてしまい、どうしてもイケない、というのは傑作。
声変りもしてない少年期だけを愛するショタ先生なので純愛とは言えないのだが、なのに純情であるという。

京山あつき作品、引き続き読んでいく予定なので他の作品についてはいずれまた。
ラベル:同性愛 マンガ
posted by フェイユイ at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月18日

『フィリップ、きみを愛してる!』



『フィリップ、きみを愛してる!』

ジム・キャリー好きだ。これ観たいよねー。

ラベル:同性愛
posted by フェイユイ at 01:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『休暇』門井肇

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刑務所に勤める中年の刑務官・平井がお見合い結婚をすることになる。相手の女性は子供連れなのだが独身を通してきた無口で武骨な平井はなかなか打ち解けることができない。
そんな折、服役中の金田の死刑執行が決まった。死刑執行の「支え役」を志願すれば一週間の「休暇」を取って二人と旅行ができるのだ。だが結婚式という御祝の前日にそういう恐ろしい任務は免除されるのが通常でまして志願する者はいない。誰もが思ってもいなかったが、平井は死刑を受ける者の体を支える、という役目を引き受ける。

時間軸を交錯していく、という演出はあるものの極めて淡々と進行していく作品だった。テーマも内容も重く深刻で変な音楽も流れず静かにひっそりと物語られていく。台詞や含みのある演出などで登場人物の心情を表現する、ということも殆どない映画だったので心の奥底を覗くことができず想像に頼るしかない。しかし誰でも主人公の真面目な態度に心打たれるであろうし、何の罪だったのかは明かされないまだ若いハンサムな死刑囚の突然の死刑にも衝撃を受けてしまうだろう。
極めて重く真剣に考えねばならない映画である。

と思う。

ので。

これから先は真面目な方は読まないでいただきたい。
怒髪天を突かれても困るし。
勝手な感想の責任は負いかねます。

では。

しつこいけど。

勝手な感想ですので。




悪しからず。



このブログではあまり書いてないのだが、私は小林薫さんが凄く好きで。
好きなんだけどあまりそれほど作品を観ていない。
それはただそれほど観たい作品がなかったりする、ということになるのだが、少し前この作品を見つけてちょっと気になった。
共演は西島秀俊で彼もまた気になる人である。彼の作品の方が余計観てるかな。
というわけで気になる男二人が共演、しかも刑務所の刑務官と死刑囚という関係。
ここでよからぬ想像をしてしまう私なのだった。
悶々。
ああいけない。
そんな期待をしてもそんなシーンがあるわけもないだろう、とうずうずしながらDVDを差し込んだのである。
男なら大きくなってるとこで、女だから・・・まあ下品になるといかんから止める。
内容は上に書いたような極めて真面目なあくまで真剣な作品である。
だがだがいけない予感を膨らませながら観る腐れた観客にはうぎゃあと思えるほどの展開なのだった。

とても不思議な設定物語なのである。
確かに死刑囚金田と刑務官平井は余計な会話は殆どしないので彼らが互いの心情を語ることもないし、そちら系の漫画や小説のように突然キスしたり抱きついたりことに及んだりということはないんだが。
平井はこの中で特に金田に優しくしている風でもない。むしろ優しいのは他の刑務官の方なのである。なのに金田はその優しい刑務官には至って冷めた態度なのにそっけない平井にはなにかと話しかけたり他には見せなかった微笑みを彼だけに向ける。そして罰則も気にせず(といってもすぐ死刑だったんだが)彼の為に描いた絵を彼だけに渡すのである。
平井は何も言わない。金田も何も話さない。二人は互いをどう思っていたのか。
死刑の前に金田は刑務官長から「妹さんに遺書を書いてあげなさい」と言われるが結局何も書けず白紙を折りたたんで幾人も並んでいる刑務官の中の平井にそれを手渡す。何故彼は白紙を平井に渡したのか。書けない言葉がそこに書かれていたのか。
平井は独身を通していた、という話になる。説明が極端に少ないこの作品の中でされる説明の一つだ。
平井の結婚相手は子連れとはいえまだ若く美しい(大塚寧々)である。だが彼女は彼の心を見透かすように言う「あなたは私のことも子供のことも好きじゃないんでしょ・・・でもいいわ。私がずっと一緒にいる、と決めたんだから」平井はそれを否定もせず、ただ抱きしめるのだ。
だが映像上だけとはいえ、映画に付き物のサービスシーン、とも言うラブシーンもキスシーンもなし。彼女が服をはだけるようなことすらない。平井が彼女に対し男が持って当然の欲望を匂わせる場面すらないというのも奇妙でもある。

これはもう勝手に確信させてもらう。

金田は何故平井が好きだったんだろう。
この作品は本当に説明が少ない。なので逆にどうにでも想像できる。
金田は平井に何を伝えたかったんだろう。
金田が狭い仕切りのある屋外で縄跳び運動をするのを平井が背後から見守る場面がある。平井は「作業をずっとしていたので握力がないんです」と言って縄跳びを平井に渡しやはり背を向けて縄なしでぴょんぴょんと跳んで見せる。その後ろ姿を平井は見つめるのだが、足元から頭まで舐めまわすように見るのである(妄想?)
話が変わるがこの後独房に入った金田の背後に年配の男女が立って金田御見つめている、という幻がある。もしかしたら金田の罪は両親殺害なのかもしれない。
就寝した金田の部屋を平井が覗き込み(これは単に仕事である)布団をかぶって寝てるのを注意するのだが上目づかいに見る金田の顔が可愛い。
死刑執行を刑務官たちの態度で察してしまった金田は今までの冷静さを失い突然暴れ出す。移された反省房から部屋に戻る金田に付き添った平井に金田が結婚祝いの絵を渡す。それは平井が結婚式を挙げているような情景を描いたものだったが、彼の妻の顔を知らない金田は女の顔を妹に似せて描いてしまう。これも金田が平井とのつながりを願望しているかのように思える。
絵を渡されて平井が初めて金田に打ち解けた声で礼を言う。その時唯一金田が小さな微笑みを浮かべるのだ。

死刑が決行され首を吊られた金田の体を平井が支える。何故そうする必要があるのかは判らない。アメリカ映画などでは何度も観た光景だが、体を支えたりすることは一度もなかったが。
だがここでは平井は初めて金田の体を抱きしめることになるのだ。その体は痙攣し息絶える。
その後、平井は目的だった新婚旅行へと出かける。結婚相手の子供も一緒である。平井の目的はむしろこの子供に打ち解けてもらいたい為の旅行のようだ。
少年は金田と不思議な相似点がある。酷く内気で言葉がなく心を閉ざしていること。そして絵を描くことが好きであるということだ。
囚人とは打ち解けて話すことは禁じられているとしても、子供となる少年と打ち解けることは平井の願いでもあるように見える。無口で無愛想な平井だがなんとか少年から好かれたいと絵を褒めたりボールを買ってあげたりする。だが少年はなかなか心を開かない。

死刑の時、金田の体を抱きしめた平井に金田の手が触れる。物語の中で唯一二人が触れ合ったのが死の瞬間であるとは。

旅先の真夜中、一人起きていた平井は突然起き出した少年を抱きしめて「ごめんな」と謝る。それは金田への言葉ではなかったのだろうか。そして少年の「うん」という言葉は金田の答えだったのだ。
妻になった女性は平井の隠された心を感づいている。彼は本当は自分を求めていないと。平井もそれを否定はしない。きっと本当だったのだろう。
平井がどういう気持ちでいるのか。それはもう想像するしかないのだが。
結局妻との愛情を見せるシーンはなく、ただ平井が少年と仲良くなった状況が最後に示される。
平井の愛情がいつか少年に向けられていくのだろうか。

という萌え萌えの状態で観通した。もしかしたらこの映画退屈だとか眠いとか言う人がいるかもしれないが、私的にはギンギンに萌え上がって観ていたわけである。
多分提供の具合からして真面目な映画を作らざるを得なくて作った作品なのだろう。なのにこの含み。これが怪しいと言わなくて何が怪しいのだか。
腐女子的パロディマンガに是非ともしたい題材だが、さすがにブラックな内容になってしまうのだよなあ。
ここまで楽しく勘ぐらせてくれる映画も数少ない。小林薫、西島秀俊、二人ともエロい。嬉しい。

監督:門井肇 出演: 小林薫 西島秀俊 大塚寧々 大杉漣 柏原収史
2007年日本
ラベル:同性愛 犯罪
posted by フェイユイ at 00:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月16日

『マグアンタナモ、僕達が見た真実』イケル・ウィンターボトム マット・ホワイトクロス

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The Road to Guantanamo

パキスタン系イギリス人である4人の青年たちの一人が親兄弟の住むパキスタンで行う結婚式に参加する為に里帰りする。
結婚式前に彼らは米軍に侵攻されたアフガニスタン難民を救うボランティアついでに経験を積もうと言うような軽い気持ちで国境を越える。
ところが彼らを待ち構えていたのは想像もつかない北部同盟とタリバンの激しい戦闘だった。

イギリスの平和な暮らししか知らない彼らが気まぐれで起こした行動を軽はずみだと言っても仕方ない。
しかし彼らが体験したものは過酷という言葉では簡単すぎる。自分たちで選択した行動によって20代前半の輝かしい時期を彼らは拷問を受け続けることに費やしてしまったのだ。

それにしてもアメリカ軍の「人道的だ」と言い張る尋問の内容を見ていると恐ろしさに震えてしまうが、反面こういうことを繰り返さねばならない兵士たちの青春も虚しいものだ。一体あれらの行為をやり続ける為に「これは国の為だ」と自分に言い聞かせるのだろうか。それとも「仕事だから仕方ない」と?
無論、その拷問を受け続ける収容者たちの方を憐れむのだが、「勇敢な軍人」などと自らを奮い立たせ、行っている行為が真実に正義であると心から信じられるのだろうか。この映画を観ている分にはとてもそう思えないが、それでも「奴らは悪だ。テロリストだ。絶対的な信念を持って彼らに白状させねば正義のアメリカ国民に災いが襲いかかる」と唱えながらやっていることなのだろうか。アメリカ映画に観る正義感溢れる主人公ではなさそうだ。
だがこれが真実なんだろう。
もし自分がこの主人公のような運命にあったら、と思う以外にもしこの兵士の一人だったら、と考えるとぞっとする。同じような虚しい虐待を与え続けるしかない毎日。ナチスを悪魔のように例えながら自分たちも同じような行為を犯しながらそれを正当化する大義名分は自分たちだけは正義だと信じることだろうか。
何の答も出ないことが次第に判ってきても同じ質問を繰り返す。主人公たちが嘘の答えをしてしまうように彼らの信念も虚偽で支えられたもののように思える。
彼らの精神が何の歪みもないまっすぐなものであると信じられるだろうか。彼らもそうすることしかできない軍隊の規律に狂っていっているだけなのではないか。
戦争を描いた作品を観るといつも虚しさに襲われるがこの作品もまた同じである。人間は一体何をやっているんだろう。

ウィンターボトム監督作品を幾つか観てきたが、こういうドキュメンタリーのように思える映像の作り方がうまい。
本人たちよりさすがに役者の彼らがかなりハンサムなのは御愛嬌として。(本人たちも悪いわけじゃないが)

監督:マイケル・ウィンターボトム マット・ホワイトクロス 出演:アルファーン・ウスマーン ファルハド・ハールーン リズワーン・アフマド ワカール・スィッディーキー シャーヒド・イクバル アシフ・イクバル ローヘル・アフマド シャフィク・レスル
2006年イギリス

米軍から見ればムスリムたちは獣のようなものとして「扱う」のが妥当なのだとしか見えない。
中で収容された彼らが「動物園と同じだ」と言っていたがとんでもない間違いで、動物園の動物はもっと大事にされている。
ラベル:戦争 歴史 運命
posted by フェイユイ at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ベン・ウィショー『Bright Star』サウンドトラック

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kikoさんからベン・ウィショー情報いただきました。ありがとうございます!!

アメリカ版AMAZONで『Bright Star』のサウンドトラックが購入できます。

Bright Star [SOUNDTRACK]

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2009年11月15日

『今宵、フィッツジェラルド劇場で』ロバート・アルトマン

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A PRAIRIE HOME COMPANION

最近になってロバート・アルトマン作品をぼちぼちと観続けたのだが、晩年になるほど面白くなっていくような凄さがあるな。
これなんか、年寄りの為の年寄りによる映画という風情で思い切り渋いのだが作り方はエネルギッシュで情熱溢れると思うのだがどうだろう。

『ゴスフォードパーク』では素晴らしいオールドイングリッシュな世界を楽しませてくれたアルトマン監督がここでは戻ってじっくりアメリカの演歌的世界を堪能させてくれる。
実を言うとカントリーって凄く苦手で聞きたくはないのだが、もしこの映画をそのまま日本に置き換えて演歌というか昭和の歌謡番組の年取った歌手たちの話にしたなら(昭和歌謡曲も一部を除いてかなり苦手)どちらも歌もだがあの雰囲気というかあの人間関係というかあの感じがたまらなく鳥肌ものなのだ。
というとこの映画なんてまったく観れなくなってしまいそうだが、そういうゾゾゾ感も含めて極めて演歌調のこのムードを楽しませてもらったのだった。アルトマン監督でなければ、さすがに受け入れがたかったかもしれない。
最後のダイナーで出演者たちが今後の話をしている光景なんかも思い切り日本的演歌的に見えてくるのは何故なんだろう。あの雰囲気。

打ち切りになるラジオ番組の公開生放送の模様の舞台上と舞台裏をなんとも上手く取り混ぜながら出演者たちの人生を物語っていく。
歌手たちは誰もかれも年取った男女で打ち切りにならずとももう引退してもいいような年齢。だが、歌を愛し歌い続けたいと願っている。
長年続けてきた番組だから出演するのもなんだか余裕ありである。それぞれがそれぞれの持ち味を生かして歌っていく。
そこへ一人登場する若い娘。出演者の一人(メリル・ストリープ)の愛娘なのだが生き生きとした老人たちと違い自殺だとか殺人だとか死のことばかり興味を持っているのがおかしい。そういうものなのかもしれない。
だが突然の演出で娘が歌い始めるとこれが凄く愛らしくやはり瑞々しいのである。年老いた者から若い者へやはり歌は受け継がれていくんだろう。

アルトマン作品は前回でも唸ったが勢いがある半面実に細かい部分にも色んな細工をしているというさすが熟練工の腕前なのである。
登場する人の名前や台詞にも抜かりなく面白さを加えている。
美人の天使役も特別な意味があるのだろうなあ。無論彼女は天使で死へと誘うのであるから、彼女の姿を見た最後の彼らは。

これがアルトマン監督の遺作となったのだが、最期に我が身と重ねながらも彼らしい皮肉めいた面白い作品を作るとは。
まったく持ち味の変わらない技量にも感心するしかない。

監督:ロバート・アルトマン 出演:ウディ・ハレルソン メリル・ストリープ トミー・リー・ジョーンズ ケビン・クライン リンジー・ローハン バージニア・マドセン リリー・トムリン ギャリソン・キーラー
ラベル:人生 音楽
posted by フェイユイ at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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