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2009年12月07日

『刑事コロンボ 完全版 Vol.4』「もう一つの鍵」

Lady in Waiting

他のコロンボ作品に比べると随分粗悪な作りになっているのでおや、と思ってしまう。一体何が悪いんだろう。
これはこれで面白い部分もあるのだが。

やはり気になるのは本作の主人公となる奇妙な若い女性ベスだろう。最初権威的兄の支配下で押しつぶされそうになっている憐れな存在として登場する。彼女には何の自由も与えられていないようなのは、兄の死後、大変身してしまうことからそれまでの抑圧ぶりが想像できるのだが、何故彼女はそこまで支配されていたんだろう。
気になるのは母親の存在である。どうやら彼女は息子の方を溺愛していたようだ。それに対して娘には酷く冷淡である。彼女が言うには「息子は素晴らしい才能があり妹もしっかり保護していた。それに比べ娘ベスは自分の世話すらできず、いつもしょうもない男を捕まえ今度も金目当てだけの男と結婚しようとしている」というのである。同じように犯人の兄も「あの男は出世だけを狙っている。おまえは何も判ってないんだ。私がお前を守るしかないんだ」と。
無論台詞は重要なヒントなので私はてっきりレスリー・ニールセン演じるこのやや年かさの二枚目男が途中で尻尾を出しまたもや女性を騙しているのか、と思っていたのだが。
彼自身は一途に善良な男性であった。
では一体あの二人の台詞は何だったのか。
つまり物語としては馬鹿な娘が男に騙されて兄を殺し母親を疎外したが結局は出世と金目当てだったのだ、というのならこの話は(あまりにも凡庸だが)筋が通るが、ベスが選んだ男は立派な人間だった。母親と兄が邪魔しなければ彼女は結婚し幸せになれたかもしれないのだ。それが理由で殺人を犯してよいわけではないが、美容室に行くことも洋服を買うことも恋人を選ぶことも許されないでいた彼女のそれまでの人生とはなんだったのか。何故母と兄はそこまで彼女を貶めていたのか。あんなにやる気がある女性なら兄とは別に勉強させ会社を経営させてもよかったのにどうして「駄目女」と決めつけていたのか。容姿もいい妹に何故兄は「お前に金以外の魅力があると思うのか」などという暴言を吐いていたんだろう。それこそが兄の本音だったに違いないが実際彼女は金ではなく彼女自身の魅力で優秀な男性の愛情を受けていたのだ。母と兄こそが男を見る目がなかったのだ。

この作品の中で「何故お兄さんは独身だったのですか」という質問があってすぐ特に意味はないと打ち消されているのだが、そこに何か秘密が隠されているんだろうか。
何故優秀で裕福な兄は結婚していなかったのか。何故妹は閉じ込められていたのか。何故恋人との結婚の為に兄を殺したのに彼女がすぐ行ったのは結婚より会社を経営すること、だったのか。自由になった途端、彼女は兄の言うとおり恋人は自分に向いていない、と感じてしまうのだ。
一見すると支離滅裂な物語の展開であり主人公の滅茶苦茶な行動がただの「馬鹿女」のように思えてしまう。
私がここから推察してしまうのはベスは兄から性的な支配下に置かれていて、自由に勉強することも働くことも無論男性と交際することも禁じられていた。そのために「お前は何の魅力もない」と言われている。しかしそれ以外では兄の言葉は妹に優しい。兄は優秀な男性だったが性的な欲望を妹だけにしか持つことができず、結婚しないでいた。息子を溺愛していた母親はそれを黙認していたがさすがに同居するのはできず離れて暮らしていた。兄が働く為には妹の人生を犠牲にするしかなかった。母親もまた娘は何もできないと言い続けることで自分を納得させていた。コロンボにタクシー代を払わせても何も感じていないこの母親こそ元凶のように思える。
妹は長年の辛い暮らしを恋人から救って欲しいと思っていたがとうとう自分で解決してしまった。
なので彼女が本当に望んでいたのは結婚ではなく自由だった。自分を抑圧していた兄が死ねば恋人は不必要になる。そして彼女は次第に自分がこうなりたいと思っていた兄そのものに変化してしまうのだ。

だが物語はそれらすべてを描かずにトリックだけを表現してしまったので、人物描写がこの上なく奇妙なものになってしまったのである。

そういう意味では本作は同性愛物語だったのにそれを隠してしまった『構想の死角』に似ている。
と思ったら本作とそれは同じ脚本家スティーブン・ボチコという人ではないか。これはどういうことなんだろう。
人物たちの性嗜好がどうなのかは判らないが、何かが隠されているような奇妙な台詞のやり取りが放置されてしまうとコロンボ並みに気になって眠れない。
大人しい存在だったベスの精神がこうまで歪み破壊されてしまったのはどうしてだったんだろう。

本作のコロンボは犯人であるベスに優しいのも彼女が負ってきた抑圧が尋常でなかった為ではないだろうか。
判決が下ったのにベスを追いかけたのはすでに精神が破壊された彼女が会社経営などできるはずもないというコロンボの優しさなのでは。
彼女の裁判はもう一度あり、会社社長にはもうなれないだろうが、刑罰がどうなるかはまだ判らないのだから。

以上、かなりの妄想として考えてみた。

監督:ノーマン・ロイド 脚本:スティーブン・ボチコ 出演:ピーター・フォーク レスリー・ニールセン リチャード・アンダーソン ジェシー・ロイス・ランディス
1971〜1972年アメリカ


posted by フェイユイ at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 刑事コロンボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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