映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2009年12月11日

『赤い航路』ロマン・ポランスキー

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Bitter Moon

この前観た『チャイナタウン』ですっかりお気に入りになってしまったポランスキー監督、この作品はどうかと思ったがなんだかもうまったく問題なくロマン世界へと入り込んでしまった。こういう物語を語って聞かせながら展開していく、という形式が非常に好きなこともあるのだが、いつ観ても(好きになれない作品でも)本当に映画作りの巧さは追随を許さぬものだと思う。私には技術的な説明をする能力がないので上手くは言えないのだが、歯切れの良さというのか過不足なく説明していく展開の妙というのか冒頭から観客の気持ちを誘いこんでみるみる妖しい国へと連れ込まれてしまう。やや長めの作品であるのに冗長にならない。他の映画でそういうことを特に考えないのだが彼の映画を観てると点数をつけても百点満点、みたいな気がしてしまうのはどういうものなんだろう。エロチックで残酷でありながらユーモアも含んでいるのも特徴なのだ。独特の残酷な愛の形、というのでキム・ギドクを思いだしてみたりもするがギドク監督が気の毒なほど制作貧乏で技術的に弱さを露呈してしまうのと比較すれば(そこも含めて好きなのだが)遥かに大人の仕事なのである。
無論エロティシズムの作品なのでポランスキーの主義嗜好がくっきりと描かれてしまうわけで、つまり対象がエロチックな少女なのでありサディズム・マゾヒズムでないと性的な欲望を満足させられないのである。
そこらが嫌いならどうしようもないが、私としては自分の欲望をここまでさらけ出して描いてしまえるロマンにもう脱帽するしかない。『吸血鬼』や『ローズマリーの赤ちゃん』で不満だったものが『チャイナタウン』『赤い航路』ではすっかり解消されて逆に非常に魅力的なものになってしまった。見れば前の2作は67,68年の作品で後の2作は74年、92年と分かれているのだからそういうものなのかもしれない。『オリバー・ツイスト』には反感がなかったわけだし。というわけでますます他の作品にも俄然興味が湧いてくる。

が、まず本作。
極めて上品で申し分のない優等生の夫婦フィオナとナイジェルが結婚7年目の旅行に出る。船上で知り合ったのは若くて美しい妻と車椅子に乗った初老の夫という夫婦。
大人しく優柔不断なナイジェルは妖しいほどの色香を持つミミに心惹かれる。その様子を見た彼女の夫オスカーはナイジェルを自分の船室に呼び、魅力的なミミと自分のこれまでの経緯を話し出すのである。
彼の話すミミはまるで男の夢のような女性なのである。少女のようなあどけなさと滴り落ちるような女の性を併せ持っている。そして溢れるような愛情をオスカーに与える。まだ少女と言っていいミミは金持ちというわけでもない売れない小説家のオスカーと激しいセックスの日々を送る。やがて欲望が褪せてくればますます二人の性の欲望は異常な方向へと向かいながら激しさを増していくのだ。だがついにオスカーの欲望がミミの美しい体に反応しなくなり彼はミミを捨てようとする。そんな薄情な中年男に対して愛らしいミミは「捨てないで」と自虐的な態度で懇願するのである。
ナイジェルが途中つぶやくようにまるで作り話としか思えない。若くて他にいないほど魅力的なミミが何故何の取り柄もない中年男にすがり続けるのか。
何故なのか、ということはよく判らないし、ここでその意味が必要であるわけでもない。
二人の性愛はサドマゾの関係を交代しながら繰り返しているのである。
初めは男が優位であり、美しい女性に虐げられたいと願うオスカーの為にミミはサディスティックな女性を演じる。そして倦怠期がくれば被虐的な存在となりオスカーのサディズムをけしかけることで関係を続け、さらにオスカーの欲望が行きつけば今度はまたサドの看護師となるのである。
今まで「健全」という名前の味気ない夫婦生活を送りそれに甘んじていたナイジェルは彼の物語とミミの堪え難い魅力に己を見失ってしまう。突然愛していたはずの妻フィオナに疑問を持ち、ミミとの性愛を夢見てしまう。だが筋書きは思わぬ方向へと向かってしまう。ミミが相手に選んだのはナイジェルではなくフィオナの方だったのだ。
ナイジェルは手に入れたと思った欲望をとんでもない形で奪われてしまう。
味気ないが健全な夫婦であったはずのナイジェルの目前で妻フィオナが彼の浮気相手になるはずだった美しい女性と愛し合って眠っている、それを見つめる夫たち。不可解な構図である。
その歪んだ構図を銃弾で破壊したのは車椅子の夫オスカーであった。彼ら夫婦の性愛はもうこれ以上どうしようもないほど膿み爛れてしまったのだろうか。
それとも、作者がこれ以上物語を続けられないほど描き尽くしたんで殺しただけかもしれないが。めんどくさくてさ。もういいや、とか。

導いてくれる二人を失い寒い船上でめそめそ泣き続ける夫婦には愛欲にまみれた生活を送る能力はないだろう。
それが幸せなんだってことだ(笑)よかったね。

監督:ロマン・ポランスキー 出演:ピーター・コヨーテ エマニュエル・セニエ ヒュー・グラント クリスティン・スコット・トーマス ヴィクター・バナルジー
1992年 / フランス/イギリス


posted by フェイユイ at 23:29| Comment(3) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『花の生涯〜梅蘭芳〜』陳凱歌

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梅蘭芳

この映画がこういう映画き方になってしまったのは「実話である」という枷の為なんだろうか。
かつて『覇王別姫』でレスリー・チャンが狂おしいほどの情熱を持って兄と呼ぶ京劇の相手役に恋したことを鮮やかに描いたものがここでは隠されてしまっている。
それは映画の冒頭で邱如白が奇しくも「京劇は厚塗りで表情を隠してしまっている」と言ったことそのものなのだろうか。
タイトルロールである梅蘭芳の表情から彼が何を思うのかをつかみ取るのは難しい。

本作はどうしても『覇王別姫』と比較して観てしまうが大きく違うのは女形である主人公が恋する相手が『覇王別姫』では男役の男性だったのに本作では男役の女性であることと、『覇王別姫』では蝶衣の恋心が作品の核になっていたのに本作は梅蘭芳に恋するマネージャーの邱如白の思いが中心となっていることだろう。
彼は代々官吏であった名家の子息で海外留学をし、すでに役所勤めをしていながらすべてを投げ捨て梅蘭芳と京劇に人生を賭けた男である。本作で観る分には結婚も恋人もなく彼の為だけに生きている。果たしてそれだけの為に人生を賭けてしまう男性がいるものなのか。彼が梅蘭芳に常に寄り添いながらその恋心はまったく性的なものではなかったのか。『覇王別姫』では描けたものが年を経た本作では隠されてしまっているのは「実話」という枷なのか。

この物語で切ないのは梅蘭芳と孟小冬の恋ではなく邱如白の思いだった。
彼は京劇に対し酷い偏見があったのだが梅蘭芳を観てまさに魂を奪われてしまう。
この映画を観た多くの人が『覇王別姫』と比較して何らかの落胆を感じてしまうのではないかと思うのだが、それは物語のダイナミックさが平板になり激しく感じられたエネルギーが静かに落ち着いてしまったこともあるだろうが、あれにはくっきりと描かれていた同性愛の感情がここではまるでないことのように濁されてしまっているからではないだろうか。

レオン・ライの表情は激しく変わることがなく、最も愛した孟小冬との別れもかつて蝶衣が落ち込んだほどの惨めさがない。それはレオンがいけないのではなくそういう風にしか演じられなかったのである。彼が最小限の演技で心の動きを感じさせているのは伝わってくる。
それよりも邱如白を演じた孫紅雷はもう少し梅蘭芳への気持ちを深く語っているように思える。
だがそれでも二人の互いへの感情が明確に表現されることはなく観る者が察するしかないのである。彼ら二人の心情をもっと描き出していたらもう少しこの作品のテーマがはっきり判ったのではないかと思うのだが。

残念ながらレオン・ライの演じた梅蘭芳には感情移入できるほどのイメージが持てなかったのだが、孫紅雷は今までの悪役とは一味違う人間像で常に梅蘭芳だけを思い続ける姿には惹きつけられるものがあった。彼の容貌もまた魅力的であったのに、もう少し彼らが触れ合う瞬間のような場面があれば、と悔やまれてしまう。

見どころの一つであった安藤政信の将校役。彼の美貌にはまったく見惚れてしまうのだが、惜しいのは今の俳優に多い活舌の悪さ。現代劇だとさほど気にならないのだが時代ものだと露見してしまうのだ。
それにしてもチェン監督は日本軍の描き方が甘すぎるのではないだろうか。

監督:陳凱歌 出演:レオン・ライ チャン・ツィイー 孫紅蕾 安藤政信
2008年中国
ラベル:歴史
posted by フェイユイ at 01:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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