
昨日の『青いパパイヤの香り』に引き続いて今夜のこの作品。どちらもその国の美しさを堪能できる情景描写とそこに生きる女性達を映しだした素晴らしい映画であった。
本作は純粋な日本の風景のようでいてやはりそこは谷崎潤一郎文学である、倒錯したエロスがほんのりと漂うのだ。
観ていると次女幸子の夫(石坂浩二)が羨ましくなってしまうのだが(男を羨ましがってどうする)美しい妻を持ちながら彼女の3人の美しい姉妹にかしずくように行動する男は作者谷崎その人そのものもしくはこうなりたいという願望のように思える。
長女の夫もまた妻を熱愛している様子で、4人の姉妹に敬慕の念を抱きまるで仕えるかのような二人の男の言動は他の日本の文学では見つけ難いものではないだろうか。
エロス、と言っても次女の夫の義妹への思慕は彼の言うとおり妹に対する気持ちであり禁欲的なものなのだろうが禁欲的だからこそより倒錯したエロチシズムが彼の胸の内に潜んでいるのである。
市川崑監督の演出には心酔してしまうしかない。冒頭の桜から最後の川面に落ちる細雪の景色、4人姉妹の細やかな描写にも神経が行き届いている。
そして配役の妙がある。4姉妹の布陣もこれ以上のものを望めない気がする。しゃきしゃきしてるが女らしい長女の岸恵子、何とも言えない甘さを持つ次女の佐久間良子、二人が何かとケンカをしながら互いに支え合っている様子が伺える。何を考えているのかよく判らない三女に吉永小百合、次女の夫が心惹かれるのが彼女なのだが無口でしとやかながら自分の意思を曲げない頑固さを持っており、度々の結婚話にも首を縦に振らず粘りに粘って意中の男性と結ばれることになる。心が読みとれないのでやや不気味に思えるのだが谷崎はこういう女性に惹かれたのだろうか。(追記:一日経って思うとやはりこの映画は雪子を描きたかったのだ。家のしがらみなどに追い詰めながらも自分が愛すると思える男性と会えるまで、まさに粘りぬいた。姉二人が感心するに価する雪子の生き方である。谷崎と思しき次女の夫が愛するにも相応しいしとやかでありながら強い日本の女性の姿なのだ。吉永小百合に演じさせたのも素晴らしい配役だった)
そしてその三女の意にかなった男性、華族の御曹司になんと元阪神タイガースの江本孟紀を当てたというのが驚きだった。台詞も殆どないに等しいので無理ではないしひと際高い身長と独特の二枚目な顔立ちが確かに御曹司として合ってなくもない。
長女の夫には亡き伊丹十三氏でこれも文句なしであった。
映像美以外に台詞の美しさも印象的なのだが、身内に話す時の柔らかさと違って使用人達にはかなり厳しい言葉づかいなのだと驚いた。
日本映画にしては稀有なほどの裕福な人々の優雅な生活風景なのであるが時代はこの後すぐ第二次世界大戦へと突入していくのだ。
この穏やかに美しい情景はこのままの形ではもうあり得ないのである。
ここに写し撮られた美は、姉妹がそろって見た桜の景色を見ることは叶わず、そして水面に溶ける細雪のように儚いものなのだろう。
監督:市川崑 出演:岸恵子 佐久間良子 吉永小百合 古手川祐子 石坂浩二 伊丹十三 岸部一徳 桂小米朝 細川俊之 小坂一也 横山道代
1983年日本