








Иваново детство
初めて観たのはいつだったんだろう。自分もまだ少女という枠の中にいた時だったんだろうか。物語は当時の私には難しくただ戦争というものがこんなにも恐ろしいのだと感じさせる暗い画面と銃砲の悲しげな響きに戸惑うだけだったかもしれない。
その時、私の心に残ったのは主人公のまだ幼いと言っていい少年イワンの痛々しいほどの美しさだった。
真っ暗で何も見えない沼地を歩いて渡ってくる少年イワンを同じロシア軍に捕えられ若い将校ガリツェフのもとに連れてこられる。ガリツェフ中尉は質問をするのだが年に似合わず大人びて落ち着き払った少年はその問いを無視して司令部を呼び出せと命令口調でいい渡すのだった。
折れそうなほど細い体と細長い手足。泥だらけになっていた少年は確かに軍の斥候として働いていたのだった。
ガリツェフの疑いも解け体を洗ったイワンは金色(モノクロフィルムではあるけど薄い色の髪だ)の髪の毛先が渇き大きな目が可愛らしい少年なのだがその目はいつも悲しみに溢れているように見えるのだ。
体を洗って少しだけ食事を口に入れたイワンはどっと疲れが襲ったのか眠ってしまう。ガリツェフ中尉が抱き上げると本当にまだ小さな少年でしかない。
目が覚めたイワンはまだ司令部が来ないのかと気にしている。そこへやっと現れたホーリン大尉を見て初めてイワンは嬉しそうに駆けよって跳びついて喜んだ。
ここまでのイワンの描き方に打ちのめされてしまった。
少年が魅力的に描かれた映画は数多くあるが、ここまで印象的に今迄記憶に焼き付いているのはイワンだけである。
戦争によって家族を家族を殺された、という悲劇が彼の美しさを際立たせてしまっているのは辛いことではあるが確かにその通りなんだろう。
そして映像は復讐にとり憑かれてしまい半ば狂気に陥ろうとしているイワンの苦悩と思い出の中の愛らしい少年であるイワンを交互に見せていく。
夢の中のイワンは優しいママと可愛らしい妹との楽しい生活の中で過ごしている。
ママは井戸の中に星が見えると言う。星にとっては昼間が夜だからそこにいるのだと。イワンは手を伸ばして井戸の中の星を掴もうとする。
ママが運ぶバケツの水を飲んでにっこりと笑うイワンの可愛らしさ。
雨の中リンゴをいっぱい乗せた馬車にイワンと妹が乗っている。馬車は浜辺へつき砂浜にリンゴがこぼれ落ちる。その林檎を食べ始める馬たち。イワンと妹は砂浜を走り出す。先に走っていた妹を追い抜きイワンは走り続けるが、その前に大きな樹が立ちふさがる。
素晴らしく美しい幻想なのだが、それらはイワンの記憶の中の夢でしかない。優しい母も可愛らしい妹もこの世には存在しないのだ。そしてまたイワンも。
母親に可愛い笑顔で問いかけていたイワンは戦争の中でその笑顔をなくしてしまったのだ。
戦争は大人がするものだ、と言ってイワンを学校にやってしまおうとする将校たちにイワンは反抗する。戦争は大人がしても殺されるのは子供たちなのだ。
イワンの記憶の中で死んでいった子供達の悲鳴が聞こえている。
酷く辛い悲しい作品なのだが、私はイワン少年の綺麗な横顔に見入ってしまう。愛らしく跳ねた金色の髪をロシアの帽子で包み込みざっくりとしたセーターを着た細い体と細い脚が少年の儚げな魅力を出している。大人びた口をきいてそのくせホーリンやカタソーニチに子供っぽく甘えたりする可愛い可愛いイワン。
彼と同じように家族を亡くして木のふれた老人と話す時のイワンの目には悲しい思いが込められている。
タルコフスキー監督作品で観た他のものはもっと幻想的で難解になっていて、この作品もその要素は持っている。
くだくだしい説明はなく映像のみで物事を語っていく。
戦争の悲劇を衝撃的に伝えている作品でありイワン少年と彼に関わったガリツェフ、ホーリン、カタソーニチらの描き方にも惹かれてしまう。
特にイワンが綺麗なナイフに見惚れてしまう場面は少年らしさが際立つがそれを見たカタソーニチが代わりのナイフを探してやろうというのがイワンを可愛く思っている気持ちが伝わってくるのだ。
煙草を吸いすぎるホーリンを心配して止めさせるイワン、だとか、偵察に行く最後の時ホーリンに抱きついてキスをするイワンの姿も切なく思えた。
この作品レンタルで借りることもできず、長い間観なおしたくて叶わなかったのをやっと観ることができた。
イワン少年の美しさも作品の瑞々しさも最初に観た時以上に素晴らしいと感じさせる作品だった。
ところで最近ロシア映画に凝りだすきっかけともなったのが今夢中のアレクセイ・チャドフ主演の『チェチェン・ウォー』でこれもまた戦争ものになってしまうのだが、この主役もイワンであった。イワンというのはロシア男性に最も多い名前なのだろうけど自分の中では行かなくてもいいのに自分の身を犠牲にして戦う少年(アレクセイの方もあの時はやっと20歳になるかならずかなんで少年に入れてもいいだろう)というイメージが凄く似ている、と思っていたのだが、今日観てみたら少年の名前がイワンだったので(名前は忘れていた)驚いたのだ。やはり歴史は繰り返すのか。
ともあれそれは酷く嬉しい一致であった。
監督:アンドレイ・タルコフスキー 出演:ニコライ・ブルリャーエフ ワレンチン・ズブコフ イリーナ・タルコフスカヤ
1962年ロシア