映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2010年02月01日

『蟹工船』SABU

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主人公に松田龍平で一緒に蟹工船で働く一人が新井浩文しかも二人がつるんでいる場面まであるとなったら『青い春』の九條と青木を彷彿とさせてしまうわけでまるでその後の二人か前時代の二人か、などという妄想と共に楽しませていただいた。

とにかく驚かせてくれるのは(といっても判ってはいたんだが)松田龍平の存在感の恐ろしさ。恐ろしさっていうのはどうだかだけど、ほんの少し台詞をいうだけでもなんか他の人たちと全然違うと感じるのはどういうものなんだろう。
本作の彼は今まで観てきた松田龍平とは随分違う言動をする。それは九條の時の彼のキャラクターがどの作品にも投影されているようなところがあって無口でやや退屈気な感じ、という倦怠感がいつもあった。『悪夢探偵』などはその代表かもれない。
今回は『蟹工船』という支配者から虐げられた労働者が自分達の権利を勝ち取るために戦う意志を持とうと呼びかける指導者という役柄なので原作の時代背景もあってか皆の前で大声でアジテーションを行う熱い男を演じている。ぼそぼそと小さな声で口数も少ない印象であったのが意外にも声を張るとよく通って迫力があるのに驚いてしまったのだ。確かに彼がリーダーとなって聴衆を鼓舞すれば一種洗脳されてしまうようなカリスマ性があるのではないだろうか。無口であってくれるのが安心であるかもしれない(変な心配してるが)
はっきり言って作品的には力量や深みが足りなくて観客が思想を変えてしまうほどの陶酔感を持っていないのだが、それを松田龍平が語る時だけはうっかり染まってしまいそうな何かがあるのである。周囲の配役も悪くないだけにもう少し演出の技が欲しかった。
という、これはもう単に本作の作り手がまったく「アカ」でないからなのではないのだろうか。そして今の時代で共産主義を訴えることの意味が昔とは全然違ったものになってしまっている。新しい世界を作る理想的な思想ではなくあちこちで失敗し衰退した思想体制だと判ってしまったからだ。
当時原作者はこの物語で共産主義思想を咎められ拷問を受けしんでしまったのだ。まさか拷問が怖かったんじゃなかろうけど『蟹工船』の中で血を吐くように訴えた労働者の権利、という強い要求が今の人間に足りないのは仕方ない。就職難、不当な首切り、と取りざたされてもやはりかつての人々のような、つまりこの蟹工船で働いていた人々に対する思いのような激しさは欠けてしまっているのだろう。
それはどうしようもないものだろうがそれなのにあえてこの題材を使ったなら本気でそこまで感じさせるか、今らしい違った設定に変えてしまえばよかったのかもしれないが。
とりあえず今風のテイストを取り入れながら原作通りの労働者の権利を要求、という形で制作された。
奇妙な笑いも含まれていて私としては結構楽しむことはできた。
新井浩文も青木じゃないんだけど本当に九條=松田龍平と組んで演じるのが嬉しそうに思えてしまう。久しぶりに顔をゆっくり観れるほどの出演だった。

監督:SABU 出演:松田龍平 西島秀俊 高良健吾 新井浩文 柄本時生 木本武宏 三浦誠己 竹財輝之助 利重剛
2009年日本


ラベル:思想 松田龍平
posted by フェイユイ at 22:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『テス』ロマン・ポランスキー

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Tess

これを観るまで(という恐ろしく長い時間)『テス』という作品は、ナスターシャ・キンスキーが主演だったので(しかも監督もスキーなので)ロシアか東欧かポーランド辺りの物語だと思ってたらトーマス・ハーディ原作のイギリスが舞台だったのだ。しかしナスターシャの顔からイギリス女性が連想できなかった。

ポランスキーという人はとてもユーモアを持っている監督でどの作品にもどこかおかしさがあるのだけど、この作品でとてもおかしかったのはテスの夫になる牧師という人がとても不運なこと。多分観客としてはテスに共鳴して観てしまうのでこの男はとんでもない悪い奴ってことになるんだけどこの男の目線で見たらとても笑える。というのはナスターシャ=テスの美しさをそのまま清らかさと勝手に思いこんだ彼が結婚した後告白されたのがすでに性体験済みで子供を産んだ後その子を死なせてしまった、という辛い過去を背負った女性であったこと。そのことに衝撃を受けた彼はテスを放り出してしまうのだがこの弱気な坊っちゃんの唯一の性体験はロンドンでの年上女性との2週間だったわけでしょ。偽りの愛だった、なんてかっこつけてるけど実際は坊や過ぎて捨てられたのかもしんないしそれを誤魔化してたのかもしれない。せめて今度は自分より幼い少女だったら負けないだろうと思ったらどっこい彼女の方がウワテだったんで泣きっ面になったっていうことはないのかな。その後もテスから何度も手紙で帰って来てと言われてもなかなかセックスに自信が持てなかったのかもしれん。なにしろこの二人まだいたしてないわけですよね?この坊っちゃん牧師、怖れていたのかも。
その後なんとか体験を増やしたのだろうか。テスにやっと再会する牧師。テスに「遅すぎる」と怒られるけど彼としては男になるのに時間がかかったのだよ。それにテス自身きっとプレイボーイ風のあの一番目の男より坊っちゃん牧師みたいな可愛い男子が好きだったわけでしょ。テスって本当にあの一番目の男が嫌いなんだよね。徹底的に嫌ってる。何故あそこまで?
で、坊っちゃん牧師がやっとテスに再会して「僕はあの時の僕じゃない!(経験積んだってこと?)今度こそ君を離さない!」って言ったらテス「彼を殺してきた」って(爆)どこまで先につっ走るんだテス。正直ここで笑ってしまいそうになった。牧師の身になって考えたらやっと彼女に追いついたのに彼女はもっと凄い人になっちまった。もう牧師さん目が点になってたけど。ここでまた茫然としたらもう駄目っ点でなんとか自分を立て直して逃亡し途中でついに性体験を終えた。よかったよかった。しかし汽車に乗った牧師を窓からテスが覗きこむんだけど、あのシチュエーションは駄目なの。どうしてもドリフ思いだして笑ってしまうんだよね。どんだけ足速いんだ(いや汽車はまだ走ってないと思うんだけど)

いや私が突っ走ってしまって申し訳ない。決してこの映画を笑おうとしたわけではない。ポランスキーの手腕がここでも光る素晴らしい映画作品なのだ。
でもでもどうしても考えてしまう。ポランスキーといえばホラーと笑いが常にある。この映画もその高い格調の中に隠れた笑いとホラーがあるのではないか。無論エロチシズムもまた。
テスが一番目の男に苺を食べさせられる場面は非常に印象的でエロチックなのだが、頑固に「自分で食べます」と拒否しておきながら結局は男に咥えさせられてしまうのがテスの特徴で彼女の生き方そのままになっている。
真に清純で美しい少女テスが父親の聞いた「お前の家系は由緒ある名門なのだ」という貧乏人にとっては何の意味もないような一言から間違った道へと歩き出すことになり殺人者にまであってしまうとは、なんという恐ろしい一言だったのか。それはどんなホラーより恐ろしくまたおかしさも含んでいる。そしてそんな不幸な運命に弄ばれ悲しみと苦しみの表情を見せる美少女という設定はちょうどホラーの物語の中で叫び逃げ惑う女性にエロチシズムを感じてしまう男性にはこれ以上ないセクシャルなものであるに違いない。
そんなテスを演じるという生贄にナスターシャの美貌と初々しさはぴったりなのである。
彼女がボロボロの服を着て髪を乱している時ほど嗜虐的な思いを抱いてしまうのではないだろうか。

テスは何故あんなに一番目の男が嫌いだったんだろうか。女を見下したあの物言いが腹立たしかったのか。
それに引き換え何故牧師は好きなのか。さほど彼の方がより素敵とも思えないが。観客としてあんなにむかつく男もないが彼は彼で不幸なのだ。許してもいいはずのテスの過去をどうしても許しきれず貴重なテスの若い期間を捨ててしまった。やっと踏ん切りがついて戻ったら彼女は元の木阿弥一番目の男のモノになっててしかもそいつを殺害した罪で死刑。彼がテスを自分の愛する人として傍に置いたのはほんのわずかな時間だけ。不幸な男である。

さておとといの『青いパパイヤの香り』昨日の『細雪』と本作『テス』女性年代記という3作を続けて観ることになった。
どれも素晴らしい映画である。自分としては『細雪』の倒錯性に最も惹かれてしまうものである。

監督:ロマン・ポランスキー 出演:ナスターシャ・キンスキー ピーター・ファース レイ・ローソン リー・ローソン デヴィッド・マーカム アリエル・ドンバール
1979年 / フランス/イギリス
posted by フェイユイ at 00:46| Comment(4) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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