映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2010年02月02日

『トキワ荘の青春』市川準

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『黄色い涙』も思いのほかじんわり来てしまったのだけど、こちらはまたそれ以上に胸に詰まるものがありました。

芸術家の物語・映画というのは色恋沙汰に満ちて波乱万丈で面白いことが多いのだがこと日本の漫画家という芸術家だけはその期待を持つことはできないだろう(と多分日本人なら皆思ってるのでは)
イメージ的には(私の場合はほぼ昭和だが今もそうそう変わらないのでは)男女問わず田舎で夢を見ながらせっせと自分の世界を漫画に描いて海千山千の東京の出版社編集部から目を止められたらここぞとばかりに追い立てられ責め立てられ狭い部屋に閉じ込められて昼夜を問わず漫画を描かせられる。酷い状況でありながら田舎者の彼らは自分の夢がかなったことと頭のいい都会の編集者らに時には煽てられ時には諭されて奴隷のように漫画を描き続け、死なないように栄養剤などを飲ませられながらも自分の陥った地獄に気づいていない。まさに蟹工船に乗せられたのにそれに気づいてないが如くなのだ、というものである。
しかも他の芸術家と違い「漫画家」というと今でもちょっと笑われてしまう昔ならもっとその地位は低かったはずだ。
そんな憐れな存在ながら本人達は多分とても真面目で真剣に漫画という芸術を極めようと努力している。少なくとも昭和の漫画家のイメージはそんな感じであった。

『黄色い涙』では永島慎二と思しき漫画家が主人公となり、本作では寺田ヒロオ氏がトキワ荘に集った若き漫画家達の兄貴分的存在として描かれている。二人の共通点は(少なくとも映画内では)世間に媚びず子供達の為にいい漫画を描きたい、という信念を持っていることである。そこにまたノスタルジーが感じられるのであろう。
申し訳ないが私は永島慎二さん及びトキワ荘の他の方々(石ノ森章太郎、赤塚不二夫、藤子不二雄、つのだじろう、つげ義春)は知っているが当の寺田氏のことはまったく知らなくて漫画を見てもさすがに読んだ覚えはなくさらに申し訳ないが確かにこの漫画ではあまり読みたいと思わなかった、かもしれない。
『黄色い涙』の永島氏がどのくらいの売れ行きだったかは知らないが氏の漫画は自分も読んで酷く感銘を受けたし、多くのアーティストに影響を与えているのは有名である。
本作の寺田さんはその人格で周囲の人に愛された方で「いい人だ」と言われる。だがその作品は時代遅れで堅苦しいと評価されてしまう。編集者からは「言うとおりに書かないと売れませんよ」と苦言を呈されるがやはり自分を殺してまで作品を描くことはできないのである。
とはいえ、共に暮らしていた藤子不二雄、赤塚不二夫、石ノ森章太郎たちは自分の描きたいものを描いてその上で売れていくのに彼だけは(ということでもないのだろうが)そうした商業的路線から外れてしまうのだ。
しかしこうした青春を送った人は彼以外にも数多くいたに違いない。名前が残る漫画家になれた人物はほんの一握りのはずなんだから。
ただ寺田氏の略歴に書かれているように氏があまり幸福な人生でなかったのなら悲しいことだ。でも本当のところは判るんだろうか。

思ったとおり昭和の若き漫画家たちの青春は貧しい。色恋沙汰も皆無。波乱万丈も起こらない。狭くて古いアパートのそれぞれの部屋で自分の夢を漫画に描くだけである。映画の2時間弱物語はそれだけ。悩みは漫画。喜びも漫画。水野英子女史が登場した時だけちょっと画面が明るくなった気がした。いや男性的にはあまり嬉しくはないだろうが。威勢がよくてちょっとだけ跳んでる。でもセクシーではない。水野女史に対してまったくそういう視線がない男たちであった。(なににろ彼女の漫画も迫力あるからなあ。私は『ファイヤー!』しか読んでないけど)
むしろ石ノ森さんのお姉さんがちょっと色っぽい感じで。しかしやはりこの時代女性はご飯をよそう役として登場するのだな。

彼らの悩みはご飯で最初寺田氏が手塚治虫先生から出前の差し入れをしてもらうシーンは観てるこっちも助かった気がした。
仲間が集まってもあるのは玉ねぎとキャベツかなんかを炒めたのに安酒しかない。そんな風なので差し入れの大福が実にうまそう。
人のいい寺田さんはいつも誰かからお金を貸して、と言われて気の毒なのだ。
薄暗い部屋の中で漫画を描き、数人の青年がいるのにこれという事件もなく毎日が過ぎていく。波乱は出版社がつぶれることと自分の漫画が連載になること。
編集者に漫画家になるのは無理だあきらめろと言われた赤塚不二夫が(そうだったんだね)石ノ森の助言で才能を認められ一足先にトキワ荘を出ていく。
そんな後輩たちを寺田は静かに見守っていく。だがその心の中には苦しみがあったに違いない。
それでも藤子たちに「相撲をとりませんか」という無邪気な誘いを受ける寺田さんなのである。

こういう生活をしたわけでもない。でも物悲しくなってしまうんである。
何かを強調するわけでもなくぼんやりとフェードアウトしていく一つ一つのエピソードという演出が胸に迫る作品だった。

とはいえ、実は自分的には男性版だけでなく女性漫画家たちのこういう作品を作ってくれないかなあ、と願うのである。
どうしても作り手が男性が多いので女性漫画家にはあまり視線がいかない、か、作っても若干むむむなものになりそうなのだが。TVではちょこちょこそういう番組もあったりするので近い将来あるかもだ。
無論、萩尾望都や竹宮惠子とかね。森脇真末味なんかもいいなあ。
高河ゆんなんかの同人誌ものなんかも興味あるが。
この辺はまだ生々しくて無理、かな。

藤子氏の一人を阿部サダヲが演じてたのがおやまあだった。

監督:市川準  出演:本木雅弘 安部聡子 鈴木卓爾 柳憂怜 桃井かおり 阿部サダヲ さとうこうじ 大森嘉之 古田新太 生瀬勝久 翁華栄 松梨智子 北村想
1996年日本


ラベル:青春
posted by フェイユイ at 23:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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