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2010年02月06日

『TOKYO!』「インテリアデザイン」ミシェル・ゴンドリー

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「インテリア・デザイン」
ミシェル・ゴンドリー監督作品というとガエル・ガルシア・ベルナルが主演していた『恋愛睡眠のすすめ」しか観てないのだが(『ヒューマン・ネイチャー』も観る予定だったのだがまだ予定の段階)それとかなり似たテイストのある作品であった。
出だしちょっとかったるそうなんで飽きるかな、と思ってたら意外にも面白くてはいりこんでしまった。
『恋愛睡眠』と同じように田舎(メキシコを田舎とすれば)から東京(あちらはパリへと)にやってきたお上りさんな主人公が都会の雑踏にもまれながら自分の夢を見る、みたいな思い切りオタク的なファンタジーですっごく可愛らしいのである。

もしかしたらこれは東京に住んでいる人より私みたいな外部の人間の方が素直に楽しめるのかもしれない。
信じられないほど狭いアパートに住む友人のところへ転がり込む田舎者の二人。一応恋人同士で男の子の方は加瀬亮が細っこい体つきに優しげな話し方でとてもフェミニンな感じに演じている。女の子は藤谷文子。知らないと思ってたが『ドモ又の死』に出てたのだ。父上がスティーブン・セガール氏なのだ。普通のだと女の子がしっかりしてて男が駄目駄目っていうのが日本映画は多いけどここでは逆で一見ひ弱そうで変な映画を作ってる男子のアキラのほうが案外器用になんでもこなしていく。一方のヒロコはアキラに「自分の存在を示そうとしていない」と言われたことにカチンときて拗ねて見せたりするけど気づいたらホントに自分は何もできない存在ででも周りの悪口には耐えきれなくてある日目覚めたら胸にポッカリ穴が開いている(つまり空虚さを感じてるわけね)そして足が棒になるほど歩き続けて行くうちに(ほんとに足が木の棒になってしまう)手も木になりそしてついに木の椅子になってしまう。
木の椅子になったヒロコは今までと違って色んな人から求められる。座ることができるから。
そしてある男性に拾われその人の家に落ち着くことになるのだ。
ヒロコを拾う男性を大森南朋が演じていて椅子がヒロコであることにはまったく気づいていない。彼は椅子であるヒロコに座り食事をしパソコンをし楽器を弾くのである。
ヒロコはやっと自分が人の役に立つ存在になれたのだ。

ヒロコが木の棒になっていくとこなんて凄く愉快なのである。アキラの映画ではヌードになれなかった彼女が思い切り往来で裸になってしまう(椅子は裸だからね)
難しいことを言う恋人の言うとおりの存在になれなくても自分は自分の好きなことをしながら存在していけるのが「東京」と言う町なのだ。

ゴンドリー監督の感覚はほんとに可愛い!っていうのがぴったりなんだけど、主人公ヒロコの拗ねかたも椅子になってしまう、っていうのも凄く可愛らしい。ゴンドリー監督は江戸川乱歩の『人間椅子』も御存じなのかな。あれでの椅子はあくまでマゾだが本作の椅子はあまりマゾっぽくはない。のんびり自分らしく生きている、と言う感じ。
映像のあれこれもキュートなものが多いのだが、ヒロコが入浴中にナオさんが帰って来て浴室を開けると風呂の中に椅子がいた、っていうのが滅茶苦茶好きだった。そんな椅子ヒロコを優しく拭いてくれるナオさんもいいなあ。一体彼の中でどう納得したんだろうか。

当たり前の感想だけど外国人が日本を撮るとやっぱり変なことに気づいて面白いんだよね。
一番の驚きは狭い部屋で、泊めてくれた友人が文句を言いたくても言わずにむっとして見せているだとか、アキラのバイトがラッピングだとか物凄い量を包まなきゃならない、と文句を言いながら結局真面目に働いてたり。
華奢な男の子とむっとしてる女の子の組み合わせだとかもとてもありがちでキュートで楽しかった。
妻夫木がおかまさんたちにからかわれている場面もよかったよ。

監督:ミシェル・ゴンドリー 出演:藤谷文子 加瀬亮 大森南朋 伊藤歩 妻夫木聡
2008年フランス/日本/ドイツ/韓国


ラベル:存在
posted by フェイユイ at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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