

Война/Voyna /War
『チェチェン・ウォー』これで何度目か、の観賞だが何度観ても面白い。よく練られた脚本で簡潔な素晴らしい映画だ。
主人公イワンのナレーションが合い間合い間に入って物語を説明していくという構成もロシアとチェチェンにおける状況と彼らの関係が掴み難い外側の人間には判り易くなりまたこの映画で初めて観ることになるイワンの顔や人柄がすぐに認識できるというのも上手い工夫だ。
物語はカフカス地方の山奥でチェチェン人兵士たちに捕らわれの身となったロシア兵士たちとグルジアでシェークスピア劇を公演していたイギリス人男女とユダヤ人らが恐怖の体験をするところから始まる。
ここでは何となくトルストイの『コーカサスの虜』を思い起こさせる。コーカサスというのがカフカスのことだ。
『コーカサスの虜』でも捕虜は身代金を要求されるがここではその金を集める為に女性の方を人質にして男性であるジョンがイギリスへ解放されることになる。またロシア軍大尉が人質として残され若いイワンが軍へ人質交換を要求する為に解放されるのである。
イワンは軍に拒絶され諦めるが、ジョンは婚約者である彼女が強姦され殺害されることを確信している為必死でしかし要求額に満たない金をかき集め再びロシアに戻るが言葉が通じない為イワンを探しだすのだ。
ジョンの嘆願を受ける必要はないイワンだったが彼の義侠心がそうさせたのか、戦争を体験したこともない心もとないジョンを見捨てきれず手助けを引き受けてしまうのだ。
90分ほどの短めの映画ながら内容が非常に密にできている。ここで表現されるのは戦争反対というだけのメッセージではなく戦争が起きてしまう現実の中で人々がどんな状況に追い込まれていくかという描写なのだ。その中でもイワンのように2年前までは戦う方法も知らなかった普通の青年がテロリストを相手に殺戮を冒していくのである。その冷徹な神経と手口は残虐にも見えるが「人を殺した」と怯えるイギリス人ジョンに「これは戦争だ。戦っている間は考えるな。考えるのなら戦う前だ」と言い聞かせる。殺人に抵抗を感じるジョンと自分たちを守る為に戦うイワンは外国名として同じ名前である、というのが二人の立場を表現している。生まれ育った場所が代わっていれば二人の関係は逆になるのだ。
ジョンはイワンに助けを求め自らも殺人を犯していくが結局イワンの心を知ることはなかった。イワンを解り得たのは同じ兵士である大尉だけなのだ。
さてチェチェンのテロリストらに解放されたジョンはイギリスに戻る。
ジョンは資金繰りと助命の為にイギリスとロシアそれぞれにかけ合うのだが国は動いてくれない。
ここで乗り出してくるのがTV局でドキュメンタリーを撮るなら資金を出すという契約をジョンと結ぶのである。
ここら辺海外のドキュメンタリーや体験記を発表することが多いイギリスらしい設定というのか皮肉である。
頭にビデオカメラを取りつけてチェチェン軍と戦おうとするジョンの姿はコメディとしか言いようがないがそれがイワンの運命を大きく歪めてしまうのである。
イワンはまだ若い青年で除隊したばかりの身の上になる。チェチェンで死に直面して帰国したわけだが仕事もなく途方に暮れている状況でもあった。
ジョンの無理な頼みを引き受けてチェチェン兵の戦う覚悟を決めたそれからのイワンの行動は恐ろしいほどだ。彼も2年前は未経験でここまでなったというのだが、戦争なら何も考えずただ行動しなければいけない、という強い信念で次々とチェチェン人を抹殺していくイワンがまだ少年のようなあどけない顔をしていることに戦争のもたらす狂気を感じさせる。それは先日観た『ぼくの村は戦場だった』での小さな少年イワンと重なってくる。(名前が同じというのも奇妙に共鳴して感じられるのだ。ロシアで多い名前だとしても)
ジョンとの道中で、また捕虜が捕えらている集落の中で戦うイワンのまるで踊るような身の動きに目を奪われる。
出会ったチェチェン人の車に何の躊躇いもなく発砲し中の人間を引きずり出す。
煙草を絶えず咥え、銃を撃ち、手榴弾を投げ込み、敵のボス・アスランを抑え込む。
イワンの手榴弾で老人の腹は裂かれ、瀕死の兵士にとどめを刺す。
だがイワンには苦い結末が待っていた。すでに民間人になっていた彼は殺人を犯した罪で起訴されジョンの撮った映像がイワンを窮地に追い込む。ジョンがイワンの裁判で弁明をしなかったというのは信じ難いが婚約者を強姦から救えず彼女自身も失ったジョンにはイワンの存在が疎ましいものに変わってしまったんだろうか。
ジョンからもらった金は途中で捕まえて虐待して手下につけたチェチェン人の羊飼いと捕虜となって動けない体になっていた大尉にすべて渡してしまったイワンはこの人助けの為に青春の日々を牢獄で送ることになるのだ。
薄赤い夕焼けの下で敵同士であるはずのチェチェン人の羊飼いと元ロシア兵のイワンが寄り添い黙って座りこむ光景はなんとも奇妙に悲しい一体彼らは何のために戦い傷ついてきたのだろうか。
そして主人公イワンを演じたアレクセイ・チャドフの魅力をどう書き現わせばいいだろう。
ここでの彼は20歳ほどなのだがもっと少年にしか見えないような可愛らしい肢体とあどけない表情をしている。
そんな彼が人助けの為に決心し殺さねば殺される、という剥き出しの闘争心で人を殺していくのである。その結果投獄されることになる。
2年前まで何も知らなかったという彼がそこまで冷徹な殺戮者となってしまうという経験、ただ戦争だから殺さねばならないという理念が恐ろしい。恐ろしいがそれが事実なのだ。
困っている人を見捨てておけなかったという義侠心と人を殺すことに何の躊躇もない不思議な対立を併せ持っているイワンの刹那的とも言える行動にどうしても惹かれてしまうのだ。
今でもチャーミングな男性ではあるがこの時のアレクセイ・チャドフの美しさというのは何とも言い難いほどで少年らしい凛々しさと愛らしさに溢れている。捕虜時の汚れて髪の長い時、髪を切って兵士然とした服装になった時、どちらにも犯しがたいほどの魅力がある。
監督のアレクセイ・バラバノフは『ロシアンブラザー』でもセルゲイ・ボドロフ・Jrによって若者を鮮烈に描いてみせた。そうした青年の印象的な描写が素晴らしい。男性的でどこか物悲しい。
初めてアレクセイ・チャドフをこの映画で観た時「彼がこの映画しかなくても好きだと言える」と思ったのだが、予感が当たってしまったと言うべきか、いやまだ未見のものも数あるのだが、多分今迄のアレクセイの映画では本作がやはり突出しているのではないだろうか。
無論この先にはまたこれを超えるものがあると信じたい。
この辺は余計な言葉だった。
アレクセイ・バラバノフ監督がアレクセイ・チャドフにイワンという心に残る若者を演じさせてくれたこと、それをこうして観れたことが嬉しい。
なんというか、私にとってはただひたすら「かっこよくてたまんない映画=crazy and cool movie」なのである。
監督:アレクセイ・バラバノフ 出演:アレクセイ・チャドフ イアン ケリー ユークリッド インゲボルガ・ダクネイト セルゲイボドロフジュニア
2002年ロシア

それまで長袖を着てたのに雪景色になった途端何故か袖のない服に着替えたイワン???寒くないのか、ロシア人って