映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2010年04月07日

『天国と地獄』黒澤明

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黒澤映画って観るのはいいけど感想書くのは気が引けるなあ。嫌いなら色々書けるんだろうけど好きである以上書けることは「面白い」の一言に尽きてしまう。

がむしゃらに働いてきた男がここぞという人生の賭けの場面で全財産をつぎ込もうと決意した時我が子が誘拐されたと聞かされる。が、すぐに誘拐されたのは一緒に遊んでいた使用人の子供だったと判る。運命を賭けるべき金を他人の子供の為に払うのか。それとも幼い子供を見殺しにするか。
黒澤監督の映画は今風の一人ずつのカット割りじゃなくて舞台劇のように全体の人々の表情や動きを見せるので却って新鮮に見える。観る者は一か所ではなくあちこちに目を配らないといけないのでそれだけでもかなり大変だ。憤る権藤氏、うなだれる誘拐された子の父親、心配そうに見守る権藤夫人、成り行きに困る警官たち、そして権藤氏を裏切ろうかどうか考えている片腕の男。台詞の説明がなくても彼らの様子だけで心の動きが伝わるので一つの画面から発信される情報量が物凄く多い。退屈しないのはこういった観る者に注意を要求する緊迫した画面が多いからじゃないだろうか。ぼんやりしていられないのだ。
権藤氏はやや荒っぽいけど心根は正しい人だと言う信頼を得ている人物である。それは彼が何度も「誘拐犯に金は払わん」と言いながらどうしても躊躇してしまっている態度に現れているのだが、ついに彼が犯人に金を渡すことを決意してからは彼がほっとしているように見えること、そして使用人の子供である少年を見つけた時、その子供が犯人から逃れて走ってくる時、我が子を見つけたかのように名前を呼ぶことに現れている。

物語はこの少年が戻ってきたところで第一幕が下りたかのように転換する。
ここまでは権藤氏と見えない犯人の物語だったのが戸倉警部と正体を表した犯人に移っていく。内容もスピーディなサスペンスから渋い追走劇へと変わる。激しい音楽が重厚なものへと移っていくかのようだ。
大概は前半の派手な面白みに後半の地味さが負けてしまうのだがこの作品においては後半ますます惹きこまれていってしまう。
「ボースン」始め警官たちの描写が魅力的だ。黒澤映画では「正義」というものが率直に表現されるが、ここでも戸倉警部の「権藤氏の金を必ず取り戻すのだ」という意気込みが胸を打つ。

とはいえ、この作品が単なる勧善懲悪だけではないというのは犯人を山崎努が演じていることにも表れている。彼がどんな環境でどんな思いをしてこういう犯罪を犯したかは細かく描かれてはいないのだが醜い存在として登場しているのではないことが青年にも共感を持たせているのだろう。
それにしてもここで描写されるドヤ街の凄まじさには驚いた。こういう時代があったのだ。『野良犬』で見せられた街の様子も興味深かったが本作のドヤ街のおぞましさは日本の映画であまり登場しないのではないんだろうか。

そしてラスト。一体犯人は権藤氏に何を言いたかったのか。権藤氏は彼から何を受け取ってしまったのか。
権藤氏は結局あの金を犯人に渡したことでそれまでの地位を失ってしまったが再び新しい道を歩き始めている。
叩きつけるような犯人の独白は中断され物語は激しく唐突に終わる。
映画館で観たならば、いやあ凄かったねえ、とふらふらになりながら家路につくのであろうか。

監督:黒澤明 出演:三船敏郎 香川京子 江木俊夫 仲代達矢 木村功 加藤武 三橋達也 江木俊夫 佐田豊 島津雅彦 山崎努
1963年 / 日本


posted by フェイユイ at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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