映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2010年05月04日

『ウイグルからきた少年』佐野伸寿

1936_1254367567_l.jpg
yashi

これも昨日に引き続き(と言うのか)監督の説明が不可欠な作品。ドキュメンタリー風のフィクションというのが前提なのである。だが納得できた昨日の映画とは真逆に説明のせいでさらに疑問が湧いてくる本作だった。
時間が60分ほどという短めの映画である。しかもその内容が台詞や文字による説明などはごく僅かでなんとなくなイメージ映像に近いのである。遠い見知らぬ異国で肩を寄せ合って住む3人の少年少女たち。彼らはロシア人、カザフスタン人、中国から来たウイグル人と言葉も宗教も別々である。ロシア人の少女は母親の顔も声も知らず売春をして生き延びてるがその体はすでに病に冒されている。カザフスタンの少年はどうやら裕福な家の子供らしいのにも関わらず彼らと寝食を共にし彼らには優しいが、いつも何かに苛立って町の少年たちに喧嘩を吹っ掛ける。また彼に近づいてくるキリスト教徒(?)の外国の老人を罵倒して金を巻き上げる。中国に住む両親から他の国へ行って自分の未来を切り開いて、と言われたウイグル人の少年は頼るすべもなく自爆テロの組織に使われてしまう。
監督の説明によると「日本人が殆どカザフスタンという国とそこに住むウイグル人について知らないのに気付き実情を知って欲しくてこの映画を作った」というのがほぼその動機であるらしい。
しかもその後に肝心の「ウイグル人がこのような自爆テロをすると勘違いされてしまうのが懸念だった」と続く。
確かに作品の冒頭でウイグル人の男性が「ウイグル人は報復ということをしない」という説明をする。とはいえその言葉を作品の最後まで覚えていて少年の行動はウィグル人としては普通ではないのだ、と理解しながら観ることができる人は相当解釈力が高いとしか思えない。そういうウイグル人の特徴がありながらあえて少年が自爆の道を進んだ、と考えさせたいのならもう少しクドク台詞説明をした方が判りやすいのだろうが、万事この作品はそういう説明を入れずに仕上がっているのである。
DVDなら何回も観て咀嚼すべし、でいいだろうけど映画館などで観る人にはなかなか一遍ですべてを解釈するのは難しそうだ。
なにしろ監督自身が「日本人が知らないウイグル人を教えたい」と言っているのだからもう少し説明過多であってもいいのではないか、と普段は説明を嫌うくせに想うのである。
ただ主旨が「なんだこれは?と思ってもらえればよい、後は各自で調べてくれ」ということなら確かに見知らぬ土地と人があるのを知ってもっと知ってみたい、と思ったのだから成功だと思うのであるが。

ところでもう一つ気になったのは、最近やたらと「児童保護」にまつわるタブーが多いのであるが、ここで題材となっている3人の少年少女たちがかなり際どい領域に入っていると感じてしまうこと。
露骨に酷い場面があるわけではなくても最近の映画としては珍しくぎりぎりのところまでやらせて撮っているのではないか。そこをどう感じとるかでも評価が著しく変わってくるに違いない。
妄想の中での少女の水泳シーンは綺麗というだけでないエロチックなものだし。
ウイグル少年のテロ訓練がかなりハードでありすぎて可哀そうに見えるのは、そこが問題提議なのだとしても実際にやらせているのが気にかかる。
カザフスタン少年が同性愛を匂わせる初老の男から金を巻き上げるという話があるのだが、少年が売春をしているという設定なのだろうか。
少年は売春をするつもりだったのに、男が手を出さずに何度も家へ招いては少年に話ばかりしていることに少年が苛立ってしまっただけのようにも見える。「金をもらうようなことをしていない」だとか「一体何をやりたいんだ」とかいう台詞からしてもこの老人、本当に買春したいのではなく宗教活動だったのかもしれない。そして最後にクリスチャンの同性愛者(かどうかよく判らんが)の男を恫喝した少年が路上で刺殺されてしまうというのもどの事柄からの結末であるのか。
どの子供の話も児童愛好者が好んで観る為のようにも思えてくる。

あくまで冒頭に「フィクションです」という前置きがあっての映画作品。文句を言わずイメージを受けとめればいいのかもしれないがなら何故の監督の言葉。

多くの疑問を抱えてしまった。
今後観る映画や世界の出来事で少しずつ何かが判ってくるのかもしれない。
ともかくもロシアとアジアに凄く興味を惹かれている自分としては何かしらの謎かけをされたようであった。

監督:佐野伸寿  出演: ラスール・ウルミリャロフ カエサル・ドイセハノフ アナスタシア・ビルツォーバ ダレジャン・ウミルバエフ
2009年日本/ロシア/カザフスタン


ラベル:児童虐待
posted by フェイユイ at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『四川のうた』賈樟柯(ジャ・ジャンクー)

dvd382_1.jpgC6F3BDBDBBCDBEEBB5ADA5DDA5B9A5BFA1BC_.jpg
二十四城記

ずっと観なきゃと思いつつ最近の嗜好と異なる題材であったので後回しになっていた。
今回珍しく観る前に若干予備知識を仕入れたところ、本作は元々ジャ・ジャンクー監督がドキュメンタリーを撮るつもりで取り壊される工場で働いていた人々とそれに関係する人々のインタビュー撮影をしていたのだが途中でそれらをまとめ実際の人たちと俳優の演技による映像を織り交ぜたほうがよりリアルで面白い作品になるのではという発想で作られたものであるらしい。
監督によれば出演した俳優陣は中国では有名な人ばかりで誰もがこの部分は演技だと判る、のであるらしい。中国には『三国志』と『三国志演義』があるが人は『演義』つまり面白く脚色したものに惹かれるのだと言う。
なるほど、そうかもしれない。ただし「有名な俳優ですぐ演技と判る」という部分と本物の人、の区別が私にはできなかったのが残念だった。皆俳優のようにも素人のようにも思える。
「工場のマドンナ」であったと言う女性と最後の若い女性はさすがにちょっと違う美しさであったが。
工場で働く人のドキュメンタリーだが女性が目立つほどなのはやはり共産主義であったせいだろうか。典型的な3人家族、という言葉もまた中国らしい。

そして映像の独特の美しさにも惹かれる。
美しい、と言っても一般的に言う綺麗さとは違う質のものだ。長い年を経て老廃化した工場の佇まい、殺風景な中国の建物などがジャ監督にかかると奇妙にも美しく見えてきてしまうものなのか。もともと自分が工場萌え的な要素があるせいなのか。古びた機械とそこで働く人たちの姿に見入ってしまうのである。
それは監督のどの作品でも感じられる殺風景な美かもしれない。
またどの映画にもあるジャ監督特有の微笑ましい遊び。今までもTVで『男たちの挽歌』があってたりレスリー・チャンの歌が流れてたり突然遠景にUFOが飛んでたり少女の部屋にジェイ・チョウのポスターが貼ってあったり、と時代を反映しながらちょっと笑わせてくれる遊びがあったのだが本作では工員が昔語りで「山口百恵の『赤い疑惑』」を持ちだし何故か百恵ちゃん本人ではなく中国の歌手らしい歌声が流れ(歌詞があちこちおかしな発音になるのですぐ判る)恋人の髪型が百恵ちゃんと同じだったと言うのである。
また最後の若い女性が恋人と住んだマンションの名前が花様年華、というのが愉快。本当にあるのかな。

こうしてあちこち結構楽しみながら、中国の移り変わりを感じさせる工場で働いてきた男女の話に聞き入る。
ソ連のミグを修理してきただとか工場と言っても軍部のようなもので遠い故郷から工場へ向かう航路の途中で子供を見失っても探すこともできなかったとか昔は残業ばかりで真面目に働き続けたのに世の中の変化で工場が廃れリストラされた工員たちの嘆きだとか、から若い人たちの意識の変化まで様々であった。

ジャ・ジャンクー監督の、次は清朝末期の物語や時代物も手掛けてみたい、という発言にも期待してしまう。
ちょいと変わった仕掛けがまた観れるかもしれない。

監督:賈樟柯(ジャ・ジャンクー) 出演:ジョアン・チェン チャオ タオ チェン・ジェンビン リュイ・リーピン
2008年中国
posted by フェイユイ at 00:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。