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2010年05月09日

『シルクロード 第一部 絲綢之路』第二集「黄河を越えて〜河西回廊1000キロ〜」

昨日とは大きく違い、どっと見知らぬ異国へと入り込んでいく。
黄河の水をくみ上げる左公車という巨大な水車があり、さすがスケールがでかい。というか日本のようにこじんまりした国に住む者には河も砂漠も磨崖仏も涅槃仏も何もかもがでか過ぎ大き過ぎである。こういう場そに住む人々は精神構造が絶対違ってくるのだろうな。

昔の人々は東西を行き来する為に黄河を渡り、そして水のないゴビ砂漠を渡らねばならなかった。半日をかけて次のオアシスに辿り着くという命がけの道を探しだしたのだという。乗りものが馬ではなくラクダになると突如感じられる異国情緒。砂漠の尾根をラクダの一行が通っていく情景はそれだけで必ず潜む危険と何か宝物が隠されているようなわくわくするものがあるのではないか。
漢民族が西域から求めたものが早く駆ける馬であってその理想を燕を踏んで駆けていく馬の像にして表している。天馬の如く駆けていく。これもやはり広大な土地を縦断横断せねばならない人々だからこその願いでこういう望みも日本にはあまりなかったんではないだろうか。

張掖の町は当時の漢民族が作り上げたオアシスの町でも第2に大きな町で特に東西の交流が盛んだったという。13世紀末、マルコ・ポーロが1年間滞在したらしいのだ。

そして万里の長城の最西にそびえたつ嘉峪関。ここには故郷を離れ西域から国を守る為、兵士となって戦う若者たちが集った。
様々な時代の様々な土地に生死の物語がある。
そしてそういう物語によってシルクロードも続いていったのだ。


posted by フェイユイ at 22:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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