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2008年06月23日

『青い春』豊田利晃

青い春nn.jpg青い春d.jpg

読み返してはいないんだけど、一回目観た時の記事もめろめろで書いてたんだよね。
でもそん時はさ、まだ新井浩文のことも知らなくて松田龍平が好きじゃないという状態で観ててそれでもぐさりとやられてしまったんだった。2度目観ると感動が以前ほどじゃなかったりする時もあるけど、これに関しては(1度目がめろめろだったうえで)それ以上に打ちのめされて観てしまったよ。

まあどうなるのか知ってっからもうただひたすら青木と九條の顔を見てたんだけど。
ただひたすら青木の九條への告白の映画なんだよな。
青木はもうずーっと九條が好きで好きでどうしようもないくらい好きなんだけどさ、うまくそれが言えないんだよね。
そりゃ男が男に「好き」って言うのはちょっと難しい。彼の場合は恋愛というんじゃなくて友達として好きなわけだけど、でも唯一無二な関係になりたくて九條にそれを言って欲しいんだよ。「お前は他の奴とは違う。お前とはずっと一緒だ」って。でもそれを言うのも恥ずかしいし、どう言っていいのかわかんないの。
馬っ鹿だなあ。言えばいいのにさ。
九條が青木に「どこか行っちまえ」って言った時青木は「ここが大好きなんだよ」って叫ぶけど「ここは」の部分は「お前が」って言うべきだったのに。

屋上で九條に髪を切ってもらってる時の青木の嬉しそうな顔ってないよね。
「アー、シアワセ。この幸せがずっとずっと続けばいいのに。もうこのまんま屋上に九條と一緒にいたいよ」って思ってる。九條もしゃべりながら青木の髪切っててなんか楽しそうだし。間違えて切っちゃっても「おいおい」って言ってるだけだし、青木。

どっかで青木がうざったくなってしまった九條と自分から離れていこうとする九條を青木は怖れはじめる。
九條を振り向かせる為に青木が取った行動はまるで子供みたいなこと。嫌がることをしたら九條が来るんじゃないかって。九條の冷たく動かなくなってしまった心を青木は動かしたかった。自分のところへ来て欲しかっただけなんだ。
放課後、九條が帰っていくのを屋上から青木がじっとみている。じっと見て九條が来るまでここを動かないって思って屋上の柵を握りしめながら意地で立ち続けている。日が暮れて真夜中になり星が動き朝が来ても。ずっと。

朝になり九條が登校してきて青木はベランダゲームを始める。
九條より多く手を叩いたらきっと俺のところにきてくれる。そう思って。

九條、俺も連れていってくれよ。

九條はやっと気づいて走ったけど、階段を駆け上がって転んで柵を越えて走ったけど。間に合わなかった。

青木が残した影の上に桜が舞い散る。
青春ってそんな時間。

今観てると松田龍平はかっこよくてさ、青木が惚れるだけの男に見えちゃうんだよ。クールで。クールだから好きなのに自分にだけは優しくして欲しいんだな、青木。
ずっと馬鹿やっていられたらな。九條はいつもかっこよくて人の上に立つ奴で自分はそいつの一番の友達って言ってほしかった。
青木の願いはそれだけだったのに。
青木が可愛くてせつなくてどうしようもない。
馬鹿だなあって思うけど。

一度目に書いた文章とそっくり同じか違ってるか、わかんないけど、こんな感じだった。
馬鹿馬鹿って思ってしまうよ。

新井浩文をずーっと観てきても一度これ観て。やっぱりこれは凄くいい。これだけ観るとあんまりよくて新井=青木でなくなれるのかと思うくらいだけど。
ちゃんと違う方向へも行ってることはもうわかってるから凄いや。
『ゲルマニウムの夜』は違うしね。
これと『ゲルマ』のどちらがいいか、というのは苦しい。っていうか、主演だからそりゃ新井浩文的には『ゲルマニウムの夜』のほうがいいんだけど、これの青木はもう何かと比較できないくらい自分の中で愛しい奴なんで。
大好きだよ、青木。

青木と九條が煙草をつけあうとこはキスの意味だよね。殴り合いがラブシーンだし。青木がニワトリ野郎って罵られるのは勿論オカマ野郎って言われてんだけど。


監督:豊田利晃 出演:松田龍平 新井浩文 高岡蒼甫 大柴祐介 忍成修吾 山崎裕太 塚本高史 KEE 鬼丸 小泉今日子 新井浩文 大柴裕介
2001年日本


posted by フェイユイ at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 新井浩文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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