映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2008年08月29日

『ジャイアンツ』ジョージ・スティーブンス

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GIANT

何故突然これを観たのかというと、フランさんから『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド 』と「テーマや背景が似ていると言われている」と聞いてそういえばこの名作をきちんと観ていないなあと思い出し急遽観たくなってしまったのだ。

名作、と聞くとどうもへそ曲がりに大して面白くないのでは、などと考えてしまうのだが、いやさすがにそんなことはまったくなくとんでもなく面白い作品だった。
200分という長時間があっという間に思えるほど展開も早いし演出もストレートに判りやすい。自分はどうも昔の映画と言うのは単純で類型的なものとたかをくくってしまいがちなのだがとんでもなく繊細で複雑に考えられたものでもあった。
絵のように美しいエリザベス・テイラー演じる上流家庭の娘レズリーは英国紳士との結婚をふいにして突然現れたテキサス男ビックと結婚してしまう。その潔さもアメリカ的で小気味いいがロック・ハドソン演じる超ハンサムで大牧場の持ち主ビックがに戻ると使用人であるメキシコ人に対し差別的な態度をとる辺りでこれはレズリーが男らしいが冷酷な夫に幻滅し牧童であるジェット・リンク(ジェームズ・ディーン)に心惹かれていく物語なのかと考えてしまったのだ。
ところがこれはそんな甘っちょろい不倫ものなんかじゃなくて最後までレズリーとビックの対立の物語だったとわかって凄く驚いてしまった。
ハリウッド女優のシンボルであるようなエリザベス・テイラーは昨今の流行からすれば美人過ぎるではあろうけどとにかく彼女が演じたレズリーが魅力的なのだ。
誰に対してもはっきりした物言いをして皆を驚かしはするが夫を深く敬愛しどんな時も明るい前向きな考えを持つ女性。
こんな明快な性格だったら人生有意義だろうなあと感心してしまう。メキシコ人や女性に対して差別的な意識を持つ夫やその仲間にはっきりと不満を述べて腹を立てた夫ビックに「でも私の性格はわかっていたでしょ。もう私からは逃れられないのよ」と笑ってみせる。なんて可愛くて素直なんだろう。こうなりたいと思うけどなかなかそれが難しい。
ビックもそんな自立した彼女にテキサス男らしく苛立つものの彼女を嫌いにはなれないのだなあ。
一度仲違いして実家に帰った妻レズリーを迎えに行くビック。ちょうどレズリーの妹の結婚式があっており、ここぱっと見た時レズリーが結婚しているように見えたんでしょうね。牧師さんの「病める時も健やかなる時も」の声が聞こえる中でビックに気づいたレズリーが振り返り二人がキスをする。そういえば二人の結婚式の場面はなかったわけで、ここで二人はもう離れないという誓いをたてた、ような演出になっていてなんとも素敵なのだった。

話は前後するがレズリーが美しい住み慣れた町からビックと共に風の吹きすさぶ荒涼としたテキサスの大平原に到着する場面は衝撃的である。
この美しい華やかな若い女性がこの荒れた土地に住むなんて。それからレズリーが体験していくテキサスの荒っぽい生活も暑さも観てるだけでうんざりするものだったがレズリーは牛の脳みそという衝撃な食べ物に失神した後、もう絶対負けたりしないと誓ってみごとなテキサス女性に変身していく過程はかっこよくて見惚れた。
ところでビックの姉ラズは一体物語にとってどういう意味をもたらしているんだろう。
私はレズリーのライバルのような存在でずっと対抗し続けるのかと思っていたらレズリーの黒馬に乗ってあっさり死んでしまう。
そして貧しいジェットに小さな土地を遺産として残す。ラズはジェットの唯一の理解者で彼に目をかけていたのだが、この遺産は果たしてジェットにとっていい遺産だったのか。確かに巨万の富を彼に渡すことになるのだが、一方その為にジェットは孤独のままの人生を送ることになる。とはいえそれがなくてもこの性格のジェットは孤独であったろうからせめて貧乏でなくなっただけでもラズの恩恵はあったというべきなのだろうか。

男女として愛し合い、人間的に互いを高めていくレズリーとビック夫妻の豊かな人生と比べジェットの人生は悲しい。
『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド 』が似ているというのはこのジェットの人生なのだろうが、ずっと愛し慕い続けた人妻レズリーは絶対その手に抱くことは出来ない。多分彼にとってその身代わりとしか思えないレズリーの娘ラズへのプロポーズも受け取ってもらうことはできなかった。
普通の話としては貧しいが懸命に働き勉強もしている若くハンサムな牧童ジェットにこそ幸福が訪れ、家柄ばかりを気にしているビックは堕落するものとばかり思っていたのだが、この物語はまったく違っていたのが驚きだった。
そういう単純な成功物語みたいな話ではなかったのだ。
いや、ビック自身も何も成功していない。ひどく落ちぶれたわけではないが、彼の人生の目的であるベネディクト家に恥じない立派な後継者を残していくという理想は失われてしまった。
妻はとんでもないはねっかえりで自由で自立しておりテキサス男としては女房の手綱も取れない、と言われかねない。期待の長男は牧場を継がず医者になりビックが激しく差別意識を持つメキシコ女性と結婚する。彼の後継者は肌の黒いメキシコ系の孫になるのだ。
可愛がっていた娘夫婦もベネディクトのような大牧場は時代遅れと言って小さな牧場を持つと言い出す。末娘ラズはハリウッド女優になると言って家を出る。彼の元から子供達は飛び出し誰も思うようにならなかった。
ラズ、ビック、レズリーと長男の嫁であるメキシコ女性ホアナがレストランに入った時、店の主人がホアナと別のメキシコ人たちに侮蔑的な態度をとる。怒ったビックはその店の主人と殴りあう。
酷く落胆した夫にレズリーは言う「あの床に倒れていたあなたこそ本当の英雄よ」
差別的だったビックが変わったのは単に家柄の自尊心からくるものだったのか、それとも妻レズリーと長く連れ添う間に彼もまた変わっていったのだろうか。
同じくレズリーを愛し続けたジェットは何故変わらなかったのだろう。彼はレズリーの何を見ていたんだろう。表面の美しさだけだったのか。
彼女の素晴らしさが偏見を持たない優しさと強さにあることをジェットは理解できなかったんだろうか。
もしジェットもレズリーと共に暮らしていたのなら彼もホアナに酷い仕打ちをするような人間にはならなかったのかもしれない。
ジェットは勤勉さで富豪になり得たが深い愛情から生まれる優しさを手にすることはかなわなかった。

ジェームズ・ディーンがジェットを演じることでどうしても彼を憎むことは難しいが、石油を見つけたことを自慢した上、ビックを殴りつけ、規則を作って人種差別をし続け、暴力を振るうジェットを憐れみはするがどうしたって人間的魅力は感じられない。まさに『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のダニエルと同じ人間なのだと思えてしまう。
それでもジミーが「俺はなんて惨めな男なんだ」と泣くシーンには涙が出てしまった。彼にもレズリーと同じ女性が連れ添っていてくれたなら、と思わずにはいられないが。それはまあ彼がビックと同じような寛大さでずっといたのかは判らないことなので(一緒にいたらいたでケンカ別れいたかもしれないし)
それにやっぱりジミーの演技は魅力的ではある。小さな土地をもらって青空の下で一所懸命歩数を計っているとこや風力計に登って自分の土地を見下ろしているとこはじんわりする。

この映画が『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』と似ているということで見たのだが同時に『ノーカントリー』との関連も感じさせられた。
『ノーカントリー』では古きよきアメリカの美徳がなくなっていくのをベルが嘆くのだが、すでにレズリー・ビック夫妻はその嘆きを感じている。
『ノーカントリー』で(原作だけだったかもしれないが)「今のアメリカの親達は子供を育てず祖父母が育てている」というのがあったがレズリー・ビック家族もその通りで古い牧場が廃れ、油田という巨大な富を生み出す産業の為にジェットのような若者の精神が崩れ、またメキシコ人とアメリカ人の人種偏見、貧しい白人などを見ていると『ノーカントリー』で描かれていた問題ともつながっているように思える。
どれもアメリカ社会を批判した物語なのだからリンクしていくのは当然のことなのだろうが。

『ジャイアンツ』に戻るがレズリー夫妻の長男を演じているのが(フランさんも書かれていましたが)デニス・ホッパーだというのがなんともいえない。ここでは神経質な感じの医師志望の青年なのだがどうしても「悪」それもとんでもなく「悪」なイメージの方なので。
非常に若いのは当たり前だが、優等生の役でありながらその表情にただならぬ狂気を見てしまうのは気のせいか。

非常に面白く感銘を受けた作品だった。女性とメキシコ人への偏見に対する批判を強く訴えているのも注目されるだろう。
今でもアメリカ映画でのメキシコ人の描写というのはとんでもなく差別的なものだし、この作品は立派でも現実はなんだかあんまり進展していない気もする。

本作はレズリーとビック、男と女、ビックとジェット、北部と南部テキサス、親と子、アメリカ人とメキシコ人などという様々な対立を複雑に絡めながらしかも判りやすく描いたもので『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド 』になるとこれのジェットにあたるダニエルの拝金主義とイーライの権力主義との対立に絞られていくのだろ。
この映画を観てからもう一度『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド 』観るつもりなのだがどういう風に見方が変わるか、変わらないか。

日本語表記って英語で複数形なのを単数形でやたら表記するのだがコレは何故か逆に単数を複数形で表記。
でもだからと言ってこれを『ジャイアント』って書くほど徹底できない私だが。
ただ不思議です。

監督:ジョージ・スティーブンス 出演:ジェームス・ディーン エリザベス・テイラー ロック・ハドソン デニス・ホッパー マーセデス・マッケンブリッジ サル・ミネオ キャロル・ベイカー
1956年アメリカ


ラベル:家族 愛情 差別
posted by フェイユイ at 22:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おぉ☆早速!〜しかしフェイユイさんのレビューの纏まりは流石!と思います〜『ゼアウィルビーブラッド』『ノーカントリー』の二つは鑑賞時期が近く私も共通点を強く感じていました。そこへ先日の『ジャイアンツ』放映、私もJディーン好きなくせ観たのは『エデンの東』『理由なき反抗』だけだったので観たのです。残念ながら途中(ビックが長男をむりやりポニーに乗せレズリーが失望する辺り)からです。最初からじっくり観ればより考察が深くなりそうな作品と感じました。いい作品って“短時間一部を観ただけでわかる”ものですよね〜(だからいい作品は途中からでも結局最後まで観ちゃう。)本当に骨太で見応えある作品ですよね。
この骨太な三本を一緒に評して果たして的を得ているフェイユイさんのレビュー◎。凄く読んでいてすっきり!アア私の感じたことそのままだ〜と感動しました!^^
『ジャイアンツ』は途中見なので最終的感想はいえないですが、とにかく一筋縄でいかない人達や社会を華麗に纏め上げていました。『ゼアウィル・』についてはこの時期真紅さん宅にコメントしていましたし(こういう紹介いいのかなと思うのですけど、いらなければ無視して下さい^^;)「豆酢館」というブロガーさん宅でもコメントしていました。こちらは原作も研究される方で考察めっちゃ(笑)深いです。私も勉強させて貰いました。
人種差別でメキシコ人、ていうことを見て「ああ〜現代(いま)は、メキシコ人俳優ガエルやディエゴや多くの優秀な監督らが輩出し、活躍している時代なんだよな〜」と感慨深いものがありましたよ。
Posted by フラン at 2008年08月30日 16:08
もーほんとにフランさんから『ジャイアンツ』と言われて観てみてよかったです!!!!
ずーっと「観なきゃ」とは思ってたんですが何かきっかけがないとこういう名作って却って観ませんねー(笑)やっぱり素晴らしい映画なんですね。昔のアメリカ映画の骨太さ、力強さって今のとは全然違うと思ってしまいます。今は今の方法があるんでそのまま同じようには作れないでしょうけどね。

私はなかなか他のブログを訪問することも少ないのでフランさんがここは!という方がおられるならまた紹介してください。

ガエル&ディエゴを知ってからアメリカ映画でまだメキシコ人が差別的に描写されていると物凄く反応してしまいます!!アメリカはやはり隣国なので他の国の映画よりメキシコがよく出てきますからねー。でもまだなんだか差別的。
メキシコがんばれ!(どういうコメントなんだ〜)
Posted by フェイユイ at 2008年08月30日 23:13
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