映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2008年09月05日

『長い長い殺人』麻生学

長い長い殺人.jpg

ナオさんの出演作品をずっと追い続けてどれもかなりの水準を持つ面白さだったのだが、突然これほど酷い作品もないだろうというくらいの酷さだった。
映画ではなくドラマだということを割り引いたとしてもこの軽薄さはないだろう。出演者が豪華で上手い人が多数いるにも関わらずそれを台無しにする脚本なのである。主演の長塚京三、仲村トオル、谷原章介もちろん大森南朋もさすがに上手いのにどうしてここまでつまらなくなってしまうものか。長塚さんの場面なんてそれだけで見入ってしまうのにねえ。
原作の宮部みゆきさんの作品を読んだことはないのだが有名人気作家なのでかなり期待してもいた。きっと原作自体はつまり文章で読むと面白いのではないだろうか(想像だが)
登場人物のそれぞれが持つ財布が物語の語り手となってつないでいく、というかなり変わった設定で私としては語り手が「財布」というのはどうも珍妙な気がするのだが文章ならそこまで違和感がないのだろう。
いやドラマでも上手い演出なら何も考えず見入ってしまうのかもしれない。
だがこのドラマの「財布」のナレーションはいただけない。「財布」が語る言葉もなんだか共感できず時々非常に気持ちの悪いものもあって複雑な筋書きを明瞭にする為の上手いやり方のようでいてドラマでこの演出でやられると却って妙にひっかかってしまうのだった。特に気色悪いのが「私の探偵さん」という声と三木一也(窪塚俊介)の財布の声だ。

殺人事件というのは嫌なものに決まってはいるだろうがこのドラマ(物語)に描かれている様々な事柄がどうもおぞましいものばかりでそれがいかにもTV的というか昼メロ的というか軽薄な台詞や演出で描かれていくので消耗してしまう。登場人物もどうにも嫌な人間ばかりなのだがそれが「人間の本質を描く」なんていうのではなくどうも上っ面だけの醜さを見せ付けられているようで気に触るのだ。
それは決して「殺人より怖ろしい現実がある」などというようなところを突いているということではなく、すべてがここで登場するマスコミの目線で表現されているような気持ち悪さなのだ。
(大体こういうドラマに出てくる「マスコミ」っていうのはなんなんだろう。ある種型どおりのイメージに過ぎない気がするのだが。マスコミというのはまったくこんな風なもんなのか。警察も皆してTVばかり見ててどうすんだ)
「マスコミ」というものに絡んで有名になりたいなどという功名心が原因というのもいそうではあるがなんだかがっくりしてしまう。
三木一也(窪塚俊介)がとってつけたようにマザコン(お母さんを女として愛してた)という設定だったのもこういう人って異常性欲者なんですよ、っていうよくある人格設定で興ざめだった。

ここんとこ『マルティン・ベック』シリーズ観ててかなり昔のスウェーデンの作品で突っ込みどころが色々ある、なんて思ってたが作品の面白さは『マルティン・ベック』とは比べ物にならない。
題材自体はそんなに悪くない、というか面白くもなりそうなのだから(役者もいい人ばかりで)ドラマ製作者の力量としか思えない。
あの財布の台詞だけはもう聞きたくない。

監督:麻生学 出演:長塚京三 仲村トオル 谷原章介 平山あや 大森南朋
2007年日本


ラベル:大森南朋 犯罪
posted by フェイユイ at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 大森南朋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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