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2008年10月16日

『黒の報告書』増村保造

黒の報告書.jpg

なかなか面白い作品だったのだがそれと気づくのに時間がかかってしまうというちょっと癖のある作品だった。

ある社長の殺人事件、社長の秘書であり愛人である女性、社長の妻と浮気相手の元秘書、痴情と金が絡み悪徳弁護士が乗り出してくる。
いかにも、という法廷サスペンスもので主人公はまだ経験の浅い若手検事という設定である。
今これを観ていると問題になってしまうのが未熟な若手検事を演じているのが宇津井健だということなのである。
なにしろこの「若手」検事が血気盛んなばかりで「東京転勤」という褒美欲しさに与えられた事件の犯人を必ず「有罪」にしてみせると張り切る。がんがん証拠を握っていく過程は調子よかったが東京から来た敏腕悪徳弁護士が敵に回り法廷では証人が殆ど弁護士側に行ってしまい、窮地に立たされては物凄い感情的に叫びだしてしまうのだ。
観ていると一体これはどういう愚かな検事かと呆れてしまい映画としても退屈を感じてしまうのだが無論これは「若手」検事の未熟さという演出なのであって宇津井健が下手だとかいうわけではないのだろう。
ただし今これを観ているとなかなか同情すべき「若手」検事さんに共感がしにくい。
というのは宇津井健さんの印象のせいなのだろう。こうして観ていても宇津井演じる若手検事が結構年齢が行っていて(検事としては若いのかもしれないが)「若手」という印象が持ちにくい。その上、どうしても宇津井健さんという方は経験深い年配というイメージがあるので「どうして彼がこんなに未熟で愚かなんだろう」と首をかしげてしまうのだ。
例えば立場は違うが『レインメーカー』で老獪な弁護士(ジョン・ボイト)と懸命に戦った若手弁護士のマット・デイモンに対するような感情移入がしにくい。
せめて宇津井健があんなにわめくような追求をするのではなかったらもう少し共感しやすかったのではないかと思うのだが。
あんなに感情的な質疑をする検事がいるのだろうか。
私はほぼ最後近くまで彼の意味がよく判らず、最後の最後で「これは裁判や法律というものは老練の知識があるものが勝つ」という話をやっていたのだと気づいた。
未熟な若手検事は最後まで女性への態度も未熟であり愚かである。ここでも経験ある先輩検事に諭されて大人しくなるという不恰好さを演じて終わる。
とても面白い内容だったのだがどうして宇津井健にこの役をまかせてしまったのか、当時としては彼でよかったのか、彼がこの役であった為に訴えたいことが伝わりにくいと感じられたのだが。

この作品で凄くよかったのは若手検事を「息子のように」思って懸命に証拠を探し回る津田刑事を演じている殿山泰司。
ほんの脇役ではあるのだが唾を飛ばして目をむいている若手検事とは逆にひたすら歩き回って証拠を集めようとする老刑事の姿が渋かった。落ち込む若い検事を励ます優しさがかっこいい。

とにかく宇津井健じゃなかったらもっと(せめて知らない役者さんだったら)面白かったろうに、と残念である。

さて犯人を有罪にできたら東京へ栄転となるはずだった彼はこの失敗により「青森へ転勤」となってしまう。宇津井健のがーんと落ち込んだ顔
。うう、青森転勤ってそんなに嫌なことなのね。
「なんとか2,3年で戻れるようにするから」とか言われて。青森だっていいとこかもしれないじゃないか。ぷんぷん。ま、当時はそういう感覚だったのだろう。
かくして未熟な若手検事は青森で修行することになり幕は閉じたのだった。

物語は今観ると陳腐にも思えるがこの作品が後の法廷ものやサスペンスに影響を与えているのかもしれない。
それにしてもやはり展開の早さは小気味いい。冒頭の殺人現場の死体に大きな花瓶と花が散らばっているなど印象が強い。但し散らばっている花が白菊に彼岸花というのはやはり昔っぽい。
昔の映画を観ていると当時の様子が色々と伺えてそれだけでも楽しいものだ。主人公がいる建物の部屋なんかが物凄く狭いのだがこれは普通だったんだろうか。異常なほど狭いのだが。

監督:増村保造 出演:宇津井健 殿山泰司 叶順子 高松英郎
1963年日本


posted by フェイユイ at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 増村保造 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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