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2008年11月02日

『華岡青洲の妻』増村保造

華岡青洲の妻.jpg

これも短い映画なのだが内容の重さと巧みな脚本の面白さで非常に惹き付けられる作品だった。

原作は有吉佐和子で大変話題になったものであるらしいが自分は未読である。ただこの作品の内容は自分が子供と言っていいくらいの時期だったと思うがマンガで読んで知っていた。多分真崎守の作品ではないのかと思うのだが確かではない。読んだのはそれ切りだったのに今に到るまで忘れることができなかったのは作品への感動というより人体実験を行う描写への恐怖感で自分としてはむしろ一種のホラー作品として記憶に刻み込まれ忘れたくても毒薬に等しい麻酔薬を飲むことや確証がないのに乳癌の手術を行う恐怖でマンガの幾つかの場面が今も脳裏から離れられずにいる。マンガ自体は全く話題にもならないようなので大した評判でもなかったのだろうか。自分にとっては最も忘れられないマンガの一つになっている。

なので原作は知らずとも内容はほぼ知っていてかなりの恐怖感を持ちながら映画も鑑賞することになった。
そして知っていてもやはり怖ろしい作品だった。
この作品に描かれたものを表現すると嫁姑の確執と戦いということになるのだろう。そして映画の中で小姑が言うとおり「怖ろしいの争う母と義姉さんの気持ちを知らん振りして利用した男の身勝手さです」
華岡青洲は利口な人間だから嫁姑の嫉妬を人体実験に上手く利用したのは確かだろう。
でも私としては華岡青洲さんはまあどうでもいいのであって、やはりここで描かれているのは二人の女性の戦う姿である。
嫁姑の争いというとなんだか単に醜いもので片方からは息子であり片方からは夫である1人の男性の愛情を奪い合っている妙なもの、ということになってしまうのだが、この作品はまた少しその感情が違った所から生まれてきているのが面白いのだ。
姑と嫁である二人の女性は青洲がいない所で最初に結びついているのである。
嫁になる加恵はまだ少女の時美貌で評判の華岡家の奥様を見たくて覗きに行っているのである。そして噂どおりの美貌に魅かれ是非華岡家の嫁になりたいと願うのだ。
当の夫になる男性は無視で姑さんに惚れて嫁になる、と言う話を初めて知った(マンガではなかったのか覚えていない)
夫になる青洲が京で医学を学んでいる間、加恵は先に華岡家に嫁入りし美しい姑に見惚れながら懸命にいい嫁になるのである。また姑於継もそんな加恵を我が娘のように可愛がるのだった。
そんな二人の関係が歪んだのは青洲が帰宅してからで彼の関心を惹きたい二人はそれまでの仲睦まじさは嘘のように崩れてしまう。
そして日本の華佗になりたいという青洲の夢をかなえる為、二人は争って麻酔薬の実験役になることを願い出るのだった。
青洲は母親にはさすがに毒薬を薄めたものにすぎない麻酔薬で実験するのはためらわれ眠り薬程度のものを使用。妻の加恵には本来の実験を行った。そのため母親は無事に目覚めたが、加恵は2度にわたる実験の性で盲目となってしまう。
母・於継は息子・青洲が自分と違って加恵の実験には細やかに気遣うことに嫉妬し、また自分の実験は無意味なものだったことを知って激しく泣き崩れる。
妻・加恵は盲目となっても夫の役にたったことに満足する。

だが血液の癌を患った義妹が「私は結婚できなくて幸せだった。義姉さんの苦しみを見ていると。兄は母と義姉さんの気持ちを利用して実験をした。男というのはそういうものだ」と話す。

加恵の夫・青洲は医者として成功し立派な診療所をつくり多くの弟子を抱えた。村人は加恵の犠牲によって青洲が出世したと褒めたが加恵はそれを嫌ってひっそりと暮らした。

少女の時、姑になる於継を初めて見た曼荼羅華の花が咲き乱れる中に盲目となった加恵は身を潜めた。

加恵の於継に対する感情というのは一体なんだったんだろう。結局、加恵は於継に「立派な嫁です。誇らしい嫁です」と認めてもらいたかっただけなんじゃないだろうか。
それが青洲という男の存在で本来の目的が混乱してしまった。
男女の愛というものより「家の存続」というものが大切だった時代というのも加恵の価値観に作用しているのだろうが。
今の時代の嫁姑の争いというものではなく女性と女性の強い愛情と同時に生まれた競いあう心を鋭く描いた物語だと感じてしまった。
だからこそ心惹かれた姑が亡くなり夫の夢もかなえた後、加恵はひっそりと姑の暮らした部屋で過ごし続けたのだろう。
男同士の戦いがあるように女同士の戦いにも戦った相手への涙があるのだと描いているのではないだろうか。
青洲自身への愛というより二人の女性が競い合うことそのものが深く描かれそこにある悲哀も感じられるのだ。

監督:増村保造 出演: 若尾文子 高峰秀子 市川雷蔵
1967年日本

作品中登場する曼荼羅華。加恵はこれをキチガイナスビと呼んでいて於継から「朝鮮朝顔。曼荼羅華ともいうのよし」と教えてもらう。今では主に「ダチュラ」「エンジェルトランペット」と呼ぶ花である(細かく言うと違う種類とかであるのかもしれないが)有毒なので気をつけねばならない花であることは間違いないようです。



posted by フェイユイ at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 増村保造 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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