映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2008年11月13日

歌と放浪は続く『アイム・ノット・ゼア 』

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I'm Not There

再び観たことでほんの少し混沌の中にも道筋を見つけられたかもしれない。
改めて観てみてやはり素晴らしくですっかりのぼせ上がってしまった。当のボブ・ディランを知らずして映画で表現されたイメージに恋するのも奇妙なものだが、流れてくる歌声を聞き、歌詞を読み、様々に創造された男の姿を観続けるうちにこの歌手がどんなに人々に感銘と影響を与えたのかということに思いを馳せてしまう。
歌というものが大きな力を持ち多くの若者に「何かが変わるのではないか」と思わせた時代。だが目に見えて何かが変化するということを感じるのは難しい。歌うものも聞くものも何かを求め、期待し、裏切られ、傷ついていく。時が流れ、それでも何かが変わっていく。

6人の表現者が1人の男を演じている。1人の男であって、様々な顔を持つ捉え難いイメージだ。
私がぞっこん惚れてしまったのは歌手ボブ・ディランが憑依したかのような(と思われる)ジュードを演じたケイト・ブランシェット。
他の男性たちと比べものにならないほどかっこよくて煙草を吸う仕草、口や鼻をこすったり、ぼんやりとした表情で歩いていく場面なんかもめちゃかっこいいんである。歌っているような話し方、そしてあの眼差し。もうすっかりビアンになってしまったかのように好きになってしまった。
女性なだけあって繊細で華奢で美しい彼である。
私は歌手ボブ・ディランをまったく知らないのだがサム・ペキンパーの映画『ビリー・ザ・キッド 21才の生涯 』でナイフ投げの名人という役を演じた彼を観た。無論有名な歌手であることは知っていたわけだが、「こんなか細い男があんなに力を持った歌手なんだ」と驚いたものだ。
ほっそりとした体にもしゃもしゃとした髪の若者、うつむき加減で内気そうで無口だが話すとどきりとするようなことを言う男。
最後、空中にぷかりぷかりと浮いていたのはケイトだったのだろうか。とても印象的なこれもイメージである。
歌っている顔、ギンズバーグと話して珍しくとてもうれしそうな子供みたいな彼などケイトのジュード=ディランを見たら好きにならずにはいられない。

ちょっと損な役回り、というのかモノクロでバストショットだけの登場。ベン・ウィショーのアルチュール=ディラン。放浪の詩人だったアルチュール・ランボーのイメージと重ねて。
いやこの顔が好きで(笑)
ステキだ。
ただの進行係というような感じ。解説。弁士。でも重要だ。彼の存在も。
可愛いなあ。どう見てもイギリス人だ。
もっと見たかった。

マーカス・カール・フランクリンのウディ=ディラン。なぜ彼が黒人の放浪少年なのか。ウディ・ガスリーというのはボブ・ディランが傾倒した歌手の名前らしい。
孤児院から脱走したさすらいの少年歌手、というのはボブ・ディランのイメージだったんだろうか。実際の彼は普通の家の普通の少年だったらしいのだ。
あてもなく歌を歌いながら彷徨う少年、というイメージは最もボブ・ディランにふさわしいものなのだろう。
ギターという武器だけを持って。

ヒース・レジャーのロビー=ディラン。一番生々しいというのか素の人間としてのイメージの彼。
その分、ファンとしてはもっとも見たくない部分なのかもしれない。といってもどこまでがほんとうでどう虚飾されているかは全然わからない。
歌手ではなく俳優としての彼の姿として登場。私は先に書いた『ビリー・ザ・キッド 21才の生涯 』でのみその姿を観ただけだ。
ヒースファンが名残惜しんでこのロビーパートを観るのだろうな。パートと言っても複雑に織り込まれているからそこだけ観るのは難しいが。
ヒースは一番地味な彼を演じてくれている。と思うのは私がこういう恋愛や家庭の部分に興味が薄いからでそこに興味がある人にとっては一番華々しい部分なのかな^^;かもしれない。一番甘く一番苦い彼のイメージだ。

クリスチャン・ベイルは最も彼の尖った部分を、リチャード・ギアは他のとは全く違う姿を演じている。
というか映画はギアが貨車に乗り込んでいる場面から始まって(というのは、ほんとうは正確な表現ではないが)そこから黒人少年が同じように貨車に乗り込んで旅をする場面へ続くので成長した彼の姿、というイメージなのかもしれない。
そして最後はギアが列車で去っていく場面で終わっている。何かがまた変わっていくことを予感しながら。ギアのパートは特に意味不明でどういう意味のエピソードなのかよく判らない。ほんとうに起きたことなのか。彼が住む山間の村に道路が通ることを村人を代表して反対するという話である。村には仮装した子供達がいっぱいいて、きりんなんかもいたりする。不思議な夢の村のようだ。時代も古めかしく見える。もしかしたら彼が大事にしたいと思っている歌の世界を破壊されることを喩えた逸話の世界なのだろうか。
そこから旅立った彼はどこに行くのだろう。

そういった6つの違ったイメージが時系も真実か嘘かも混沌として時に長く時にワンショットのみで複雑に構成されていく。
自分はそういった構成の作品が凄く好きな上に初めて聞いたのに素晴らしく強烈な歌と放浪の場面が繰り返し続きなにか夢見心地で観てしまったものだ。
もしかしたらボブ・ディランその人を知らないほうが受け入れやすい映画なのかもしれない。またあまりそのことに捉われすぎず観たほうがいいのかもしれない。
ボブ・ディランという人は過去の人ではないだろう。この映画の最後の場面のように旅は続き歌は続いていくのに違いない。

監督:トッド・へインズ 出演:クリスチャン・ベイル ケイト・ブランシェット マーカス・カール・フランクリン リチャード・ギア ヒース・レジャー
2007年アメリカ


posted by フェイユイ at 23:23| Comment(2) | TrackBack(0) | ベン・ウィショー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
フェイユイさん流石と思います・2回もご覧になって^^;実は行きつけツタヤに『天国の日々』なく現在取寄せ中。ふと棚にあったこれを未見でしたから借りてみたのですが・・お昼のあと観たせいか瞼が・・;どーも、全然面白くない(爆)。。
ヒースが出て来てハッとはするのですが・・ケイトはかっこいいのですが・・出だしから“ナンジャコリャ?”状態の映画でした。気持ちは(努力は)解るんですが。。リチャード・ギアが出て来たところで止まってます。続きは勿論みるつもりではおります。
朦朧とした意識の中でひとつ感じた面白いこと〜ケイトバージョンの世界、白黒ですしフェリーニの『81/2』に似ている!ということ。ヘインズ監督意識してたのではないかな?^^違うかな?
ディランの歌声って吉田拓郎に似てますね。多分その時代彼が真似してたのかなと初めて気付きました。ベイルが一番似ているなあとか、シャルロットも老けたなぁとか、、、不真面目な感想ばかりで御免なさい。
あとそうですねベン・ウィショー☆超可愛い!私は彼が一番“得”な役と、思いますよ。^^v
Posted by フラン at 2009年02月17日 20:41
なにしろこの映画は私のテーマとなっております『放浪』そのものの映画なので2回ぐらいは観ないといけないだろうと^^;
いや1回目どうゆう話かよくわからなかっただけですが(笑)
ベン・ウィショーが可愛くて〜(笑)も一回観たいなと。
ボブ・ディランは知らなかったけど拓郎が真似してる、という話だけ聞いてました(笑)へー拓郎が真似するなんて凄い人なんだなあーって。
ちょっとわざと小難しくしたような気もしますがなかなか好きな作品でした。
Posted by フェイユイ at 2009年02月18日 00:42
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