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2008年12月14日

NHKスペシャルドラマ『最後の戦犯』オンデマンドにて

最後の戦犯.jpg

結局観てしまったNHKスペシャルドラマ『最後の戦犯』オンデマンドにて鑑賞。
むろん、新井浩文さん目的である。出番は冒頭と最後の僅かな時間なのだが。
主役のARATAさんは『ピンポン』くらいしか観た覚えがないが(『真夜中の弥次さん喜多さん』にも出てたのね)誠実すぎるくらいの真面目な九州男児を演じていてなかなか見応えありました。ちょっと九州弁はどうかなあと思うのだが、それは他の出演者も同じようなものなので。贔屓じゃないが新井さんくらいの九州弁のほうがリアルに聞こえるんだけどね。他の人のはやりすぎ。ARATAさんの「篠崎〜」は外人さん?っていうようなイントネーションだったので感動場面なのに思わず苦笑い。こういう時、地元人間は却って損ですな。
ま、そういうことはいいとして、このドラマ、かなり地味な内容ながらいい作品だった。
上官の命令によって捕虜を仕方なく処刑し、戦後裁判にかけられる、という物語はどうしても話題の『私は貝になりたい』と重なってしまうのだが訴えている内容はまったく違うものになっている。
『私は貝になりたい』(1958年ドラマ版)はよくできたミステリーを思わせる(と私は感じたのだが)のだがこちらは戦後、アメリカ人捕虜を処刑した仕官見習たちが上官から裁判から逃れるよう指示を受けてからの生き様と心の動きを描いているのだ。
主人公・吉村修が命令でしかたなくやったことで裁判にかけられる理不尽さへの怒りや上官への失望は『私は貝になりたい』の主人公と同じで物語の途中まではやや退屈にも思えたが、逃亡先の岐阜県多治見の陶芸工場で働く逃亡者としての彼の描写に段々魅かれていった。
周囲の人々とのふれあいや信頼が深まっていっても彼の心は鬱々として慕われるほど塞ぎこんでしまうのだ。
やがて3年半が経ちとうとう吉村は警察に逮捕されてしまう。
巣鴨プリズンで再会した同期の篠崎は死刑宣告を受けており、保身の為嘘の証言を述べ立てる上官たちに強い怒りを覚えている。
その姿を見て吉村は「例え、命令で仕方なかったとしても俺達が人を殺したのは事実なんだ。その裁判を俺は受ける」と言うのだった。
このドラマは実際に当時22歳だった見習士官左田野修さんの手記から作られたものだということでこの言葉も佐田野さんのものだったのだろうか。
だとしたらよくそこまで自分の行った行為を見つめられるものだと思ってしまう。
『私は貝になりたい』(私が観たのは1958年TVドラマなのでそれについては)では善良だった一兵士が大きな権力に押しつぶされていく恐怖が見応えある面白いサスペンスミステリーだったのだが、ここではその運命を受け入れていく悟りのようなものが描かれている作品となっている。このあきらめののような心情は人によっては共感できないものかもしれない。篠崎のように俺は絶対認めたくない、と思うのが普通の気持ちだろうと思うから。
だが戦争体験で吉村修がたどり着いたようなすべてを受け入れる悟りの心のようなものを感じた人もまたいたのだろうか。
戦争を体験していない自分は体験していない幸福を感じながらこの主人公の精神に驚いてしまうのである。

戦犯の家族たちが過酷な状況に置かれるというのも怖ろしい事実だった。ここの描き方も『私は貝になりたい』とはまったく違うものになっている。

演出 : 柳川 強 脚本:鄭義信  出演:ARATA 、田辺誠一 、石橋凌 、中尾彬 、倍賞美津子 、新井浩文
2008年日本ドラマ

ドラマ「最後の戦犯」


ラベル:戦争
posted by フェイユイ at 21:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 新井浩文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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