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2009年01月03日

『バベル』アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

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BABEL

様々な受賞をした作品でもあり、日本のパートで光の点滅で具合の悪くなる観客が出たり、菊地凛子が評判になったりと様々な話題を呼んだ作品でイニャリトゥ監督でありガエル出演と自分的にもとても興味があったのに何故か今頃鑑賞。
さすがに見応えのある作品でテーマも演出もエンディングも申し分のないものであった。
言葉も人種も違う世界中に点在する幾人かの運命が些細なことからつながり、ちょっとした出来心から大きな事件へと膨らんでいく。
物語が観る人によって政治的な面から人間同士のつながりから親と子の愛情ということから運命的なものからと様々な見方ができるのも上手いとしか言いようがない。
アメリカ〜メキシコでのアメリカ人とメキシコ人の出来事、モロッコでのアメリカ人とモロッコ人の出来事、日本での日本人とモロッコ人の出来事、などが細い糸の様なものでつながりながらどうしようもなくとんでもない事へと発展していく。
そしてどの国でも子供達は大人の影響によって様々な運命を受け入れていくことになる。
自分が日本人なのでやはり日本パートは気になるところだが、他の国の人が考えたとは思えないほど自然な日本に見えて不思議なほどだった。
他の場面は殆どがモロッコとメキシコ舞台になるので街並みの人工的な高級さというのが際立っている。彼の国なら酷く差別されてしまうだろう「聾の少女」が普通の女子高校生と何ら変わることのない格好をし、同じような欲望と不満を持っているのにそれが満たされないことへの怒りが極端に過激な行為で表現されてしまう。もしかしたらこんなに裕福なのに何故彼女は不満なのだ、と言われてしまうのかもしれない。美しい高層マンションで不自由なく遊び暮らせる。だが彼女の中では亡くしてしまった母親とそのことでつながりを失った父親への言い難い渇望がある。日本のパートは豊かであるがゆえに共感しにくい物語でもあるが、そこに住むまたは同じような環境である者たちには苦しく迫ってくるのではないだろうか。

政治的な面からも考えられるモロッコパート。
アメリカ白人とイスラム圏との物語にもなってくる。死ぬかもしれないほどの傷をうけても現地の人間を信用できないアメリカ人の気持ち。そして物見高く追いかけてくる現地の人々。
銃が役に立つだろうという父親のちょっとした買い物がまだ幼い息子たちのちょっとした張り合いから政治的摩擦にまでなる事件へとなっていく。人身事故を起こしたとはいえ、まだ子供である長男は命を落としたのだろうか。次男はどうなってしまうのだろうか。
父親が銃を買わなかったら。日本人が銃を与えてなかったなら。
世界中の事件と戦争は些細なことで出来上がっているのだろうか。

自分が一番怖かったのはアメリカ〜メキシコパート。
やはりアメリカ資本でメキシコ人監督が作ったものだからこの物語がどうしても力がはいるのは当然だろう。
不法就労者のアメリアはモロッコパートで事件に会う夫婦の幼い子供達のベビーシッターをしている。
家にいて子供達の面倒を見るのが仕事だがこの日は息子の結婚式で彼女はどうしても行きたかった。ごく当然の欲求だと思う。
だがモロッコにいる父親は代わりの子守を探せず、アメリアにあきらめて子守をしてくれと頼む。アメリアはあきらめきれず、あちこちで代わりを探すが見つからない。仕方なく甥に運転を頼み、アメリカ白人の子供たちをメキシコの息子の結婚式に連れて行くことにした。無論、主人達には黙って。
華やかな結婚式を楽しんだ夜、アメリアは泊まっていけばという誘いを断って再び甥っ子に車での送迎を頼む。酔っ払っている甥っ子だが大丈夫と国境へ向かった。
何の罪もないのにメキシコからアメリカへ不法入国する者たちの恐怖を彼らは味わうことになる。
なんとかなるだろうという感覚だったアメリアと甥っ子は国境で捕まり強行突破してしまう。
警察をマクからと暗闇の砂漠に取り残されるアメリアと小さな子供達。何とか子供たちを救おうと歩き回るアメリア。
何の力もないメキシコ人たちの悲しさ。息子の結婚式をあきらめれば、少なくとも帰宅を次の日の昼間にすれば状況は違ったのかもしれないのだが。
ここでも些細な欲求が怖ろしい事件へとつながってしまう。アメリアがどんなに愛してもアメリカ人の子供達は肉親ではない。
ただ子供達が最後助かったという台詞が救いだった。
日本の話とちょうど反対で貧しいからこそよりつながりのあるアメリアの家族の物語になっている。

観終わってもいいお話だとかはとても言えない怖ろしく不快感のある作品なのである。
世界は混沌として矛盾だらけで理不尽なことばかりである。人と人との会話も理解も酷く困難を極める。だがほんの少しでも人々は理解とつながりを求め持つことができる。モロッコを嫌悪しているアメリカ人女性が傷の痛む自分に老婆が与えた煙草を吸って癒しを感じたように。
最後に現れる文字が「子供達に。最も暗い暗闇の中の光」というものであり、作品の中に登場する子供達も同じく光であって欲しい。
モロッコの子供たちもアメリカの子供達もメキシコの花嫁のおなかの子供も日本の悩める子供達にも同じく光があればいいと願ってしまう。

アメリカ人というのが殆どいい形で登場していない作品なのでよくこれが受け入れられたな、と思ってしまうのはどこかアメリカ人が狭量だと思っているからなのか。

ガエルが出てなかったらやっぱり観る気はしなかったかもなあ。別にいい役ではないのだが、やっぱりおっそろしく魅力ある人だ。笑顔にばったり。

監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ  出演:ブラッド・ピット ケイト・ブランシェット ガエル・ガルシア・ベルナル 役所広司 菊地凛子
2006年アメリカ


ラベル:世界 人種
posted by フェイユイ at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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