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2009年01月15日

『フリーダ』ジュリー・テイモア

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Frida

先日フリーダ・カーロの画集(ごく小さなものだが)を観ていて初めて観たわけではないが、その絵の持つ力に惹かれてしまった。映画があったのにまだ観てなかったと慌てて鑑賞。本当にもっと早く観てればよかった。

という感じで観たので途中もしくは後で知ったのだが、この作品はメキシコ産というわけではなくアメリカの女性監督だということも驚きでもあったし、そういうものかなと納得したりもした。まあ、英語を話しているというのはさすがに(それが狙いというような話ではないから)どうかとは思うがそこさえ聞き逃せば非常に魅力溢れる映画だった。

何と言ってもメキシコの女性画家フリーダ・カーロに惚れてしまう。つながった眉を個性にしている独特な美女であり、メキシコの情熱が満ちてた絵を描く女性、障害のある体にさらに事故で負った傷の為、全身に痛みを抱えた人、苦悩と苦痛にさらされながら芸術を追い続け、男も女も愛した人。
彼女の人生と共に描いた絵が映し出される。残酷で幻想的でどこかユーモアのある絵なのだ。
画家である夫ディエゴが言うように彼女の絵は内面を描いたもので従って自分自身の肖像画が最も見る人に衝撃を与えるのかもしれない。
病気と負傷による体の痛み、我が子を産めなかった苦しみなどが強烈な印象で描かれる。そしてまた美しく着飾ったフリーダ。眉のつながった意志の強い眼差し。真っ赤な唇。実際のフリーダもまさにその通りなのだが映画の中のフリーダと絵が重なって動き出すような工夫があって面白い。実際の夫ディエゴも巨体のようでとてもいい配役ではないだろうか。

彼女の苦しみは体のものであるのと夫ディエゴの浮気性からくるものである。絶え間ない浮気を忍んでいたフリーダも妹が相手になったことでついに切れて離婚することになる。
そしてフリーダはあの思想家トロツキーとの不倫をし、女性と性的関係を持つ。
その後、前夫ディエゴと復縁し、悪化していく病状の中でも絵を書き続け個展を開く。
念願の個展を開く日、医者からベッドで安静にしておくようにと言われたフリーダは「言われたとおり」横たわったままベッドを個展会場に運んでもらい皆の拍手を受ける。音楽を頼み、テキーラを飲み干すフリーダ。体中に釘がささったような痛みを感じながらも戦うフリーダに魅了されずにはいられない。

フリーダの肖像画には肩に小さな猿を乗せたなんともユーモラスなものが幾つもあるのだが、なぜかこの映画には(確か)その絵は出てこなかったようだ。その代わり、映画の中でフリーダが小さな猿を可愛がっている場面がある(メキシコだからチワワも登場する)

この作品は私同様しがらみをまとって生きなければならないアメリカ女性が自由奔放なメキシコ女性画家に大きな憧れを持って作り上げた理想なのかもしれない。
そう思うほどフリーダの美しさ、強さ、性的にも思想的にも自由でありしかも一途で熱心に生き、芸術に打ち込んでいる姿に憧れを持ってしまう。
絶対的な幸せでなかったとしても復縁するほどのつながりを持った夫を持ち、家族を愛し、国と酒と音楽と絵画を愛した人である。

「飛ぶ為の翼を持っていれば、どうして足が必要だろうか」
ついに足を切断しなければならなかったフリーダの言葉である。

フリーダの若い頃の恋人をディエゴ・ルナが演じていてうれしかった。アントニオ・バンデラスも登場。やっぱりかっこいい。エドワード・ノートンがディエゴの絵を打ち壊してしまうアメリカ人の役であった。

監督:ジュリー・テイモア 出演:サルマ・ハエック アルフレッド・モリーナ アントニオ・バンデラス エドワード ノートン ジェフリー・ラッシュ アシュレイ・ジャッド
2002年アメリカ/カナダ/メキシコ

鑑賞後、画集を見直したら今まで判らなかったものが急に意味を持って見えてきた。やはり物語を知るとそういうものか。


ラベル:芸術 人生
posted by フェイユイ at 00:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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