映画・ドラマ・本などの感想記事は基本的にネタバレです。ご注意を

2009年01月19日

『雨月物語』溝口健二

雨月物語.jpg

続けて溝口を3作観た。今まで鑑賞したことがなかった自分である。
溝口、というとまず映像が並外れて美しく独創性に富んでいることが言われる。無論自分のように観る目がないものでもはっとするような衝撃を覚える場面がいくつもある。
だがそれ以上に驚いたのは美しいとだけ聞いていたのだがその美しさというのが虚飾的なものではなくリアリティの中で感じられるものだった、ということだった。
特に溝口というと『雨月物語』ということを聞いていたので多分幻想的な美に彩られたような作品を創作する人なのかと思い込んでいたのだが、本作を観てもそこにしっかりと描かれているのは『山椒大夫』でも観た貧しい人々の暮らしぶりである。
そしてどちらも貧しくても愛のある落ち着いた生活こそが最上の幸せなのだ物語っているのである。
つまりは非常にノーマルな考えから成り立った作品に仕上がっているのでとても受け入れやすいテーマなのではないだろうか。
だがこの作品で最も観ていて楽しいのは源十郎が妖しい美姫から求愛され桃源郷の日々をすごした後美姫が怨霊の如き風貌に変わり源十郎を逃がすまいとすると源十郎の体には阿闍梨が記した文言が覆っており魔性の美姫は近づくことができない。果たして源十郎が美姫と過ごした邸宅は焼け落ちた邸の幻影であった、という箇所と夢から醒めた源十郎が家に戻ると妻子が待っており妻は甲斐甲斐しく源十郎の労をねぎらう。安堵の思いで眠った源十郎が目を覚ますと妻はすでに盗賊から殺されていたことを知る、という二つの話である。
特に魔性の美姫を演じた京マチ子の妖しい美しさは類なきものでほんのわずかな化粧の違いだけで妖艶な美女が怖ろしい悪霊に変化してしまう箇所はぞっとするものがある。
そして故郷の家に戻った減十郎が家をあちこち探しても姿が見えないのにカメラがぐるりとまわるとそこにある囲炉裏で妻が食事の支度をしながら待っている姿が見える、という不思議な撮り方になっている。
源十郎が我が家で心からほっとすると愛する妻は実は幽霊だった(もしくは源十郎の幻想だった)ということになる。優しい妻は田中絹代が演じていて確かにほっとする情愛に満ちている。

とはいえ、この作品構成としては兄夫婦と弟夫婦の物語が絡んで語られていく。
弟夫婦の話は侍になって立身出世を望んだ夫がその間に愛する妻がそういった下っ端の侍たちに輪姦され娼婦になっていたのに驚き反省してもとの百姓に戻る、という話でさほど面白いものでもない。
弟夫婦の話はなくともいいのかもしれないが、兄が妻を亡くしてしまうために弟に妻が生き残っていた幸せを感じさせ対比しているのかもしれない。

自分が観た前2作は主演男優にやや不満を感じたが源十郎を演じた森雅之はとてもよかった。
妖しい美姫に惚れこまれ、妻子からも愛される真面目で優しい男性らしい魅力があったと思う。

監督:溝口健二 出演:京マチ子 森雅之 水戸光子 田中絹代 小沢栄 小沢栄太郎
1953年日本


posted by フェイユイ at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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